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ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。



「あ……しまった」
 大瀬崎を投げた『ヤツ』はようやく自分のしたことに気が付いたようで、苦笑いしながら頭を掻いた。ほとんど無意識だったんだろう。
 『ヤツ』はのびた大瀬崎を拾い上げ、オレの隣に座らせた。目が回っている大瀬崎は、なんだかカラクリ人形みたいで笑える。
「うーん、ついつい本気を出してしまったけど、この人は大丈夫なのかな……?」
 『ヤツ』は困ったように苦笑いをしながら髪を掻き上げる。
「ああ、大瀬崎なら大丈夫だ。全身複雑骨折程度だけど心配する必要は全くない」
「全身複雑骨折だったら心配しろよ!」
 ガバリと起き上がれるのだから、大瀬崎は健康優良だった。
「え? お前って回復の呪文使えばカムバックするんだろ?」
「どこのRPGだっ! つーか、少しぐらいは心配してくれよ!」
 オレに突っ込みを与える。ナイスだ大瀬崎。
 大瀬崎に異常がないことを知り、伊東と大室はホッと胸をなでおろしていた。ちなみに奏はこのとき小さく舌打ちをしていたのをオレは知っている。
「遅かったね、白渚君」
 伊東が『ヤツ』に言う。そして、大室は満面の笑みを漏らし、小鳥が巣に戻ってくるように『ヤツ』の元へ駆け寄った。今まで見たことのないほどの笑顔だ。……でも、よく見ると大室の奴、泣きそうな顔をしている。よほど大瀬崎が怖かったんだろう。同情する。
「廊下の人ゴミにやられてしまったみたいだね。不意に僕といずみんの間に割り込んでくる輩がいて、思わずいずみんの手を離してしまったんだよ。いやあ、ここに来るの、初めてだったもんでね。……おっと、勘違いしないでくれ。僕はアホな子じゃない。不意に弱いだけなんだ」
 伊東の言う『白渚君』はそう言ってまた苦笑した。言い訳しないといけないくらい恥ずかしいことなのだろうか? ……こいつはさっきまで人ゴミで親とはぐれた子どものようなものだったらしいんだから、確かに恥ずかしいっちゃ恥ずかしいが。
「にしても、強いんだな、お前」
 正直、この程度の人ゴミで手を離してしまう奴が大瀬崎(一応元いじめっ子)を倒してしまうなんて信じられなかった。
「ふっ、これでも彼女を守れるくらいには鍛えてあるさ」
 またこいつは笑う。オレが恥ずかしくなるくらいのことをこいつは言ってのけた。ま、仮に彼女が守れたとしても人混みに流されない程度の足腰まで鍛えてほしいものだけどな。
「おっと、自己紹介がまだだったね。僕は白渚慶二(しらなぎケイジ)。いずみん……がこの子だって、知ってるよね?」
 白渚はすぐ隣にいた大室を引き寄せた。大室の顔が赤くなる。大胆な奴だ。
「僕はいずみんの彼氏なんだ。かれこれ中学からの付き合いだよ」
 中学からの付き合いというと、かなり長いじゃないか。それでも白渚は大室を小脇に抱え、大室はそんな白渚の行いに頬を薄紅色に染める。初々しさが残っているようで、とても長い時間を共に過ごしてきたのだろう。仲も良さそうだし、そりゃあ大室を襲った大瀬崎を彼氏である白渚が許すわけがないな。
「ちなみに」
 白渚が人差し指を立てる。みんなの視線が彼に集まった。
「僕の名前は白渚慶二だけど、お父さんは警部だ。刑事じゃないよ」
 白渚はまた笑った。
 ……えー、気のせいか、いわゆる一般的に言われるあのオヤジギャグと俗称される、高校生にとっては先生から聞くことはあっても同じ生徒から耳にすることはほとんどないような、そういうものなのではないか……? そして今、生徒しかいないこの場で肌寒い風が過ぎ去ったような気がするぞ。自分の名前と警察の階級『刑事』を掛けた、小粋なギャグ……のつもりか? なら、オレは突っ込むべきなのか……? 正直迷うところだ。奏と大瀬崎なんて完全に白渚の発言を呑みこんでないぞ。
 そんなことを考えている途中、大室が目に付いた。
 ……大室は照れたように笑っていた。
 おい、まさかこいつ……超低級ダジャレでウケてんのか? な、なんて希少種なんだ! オヤジギャグを抜かす高校生くらい希少だぞ!
「そうなんですよ。慶二君のお父さんは横浜の県警で働いていらっしゃるのですよ」
 でもって、伊東の方は白渚のオヤジギャグに気付かずに補足説明してるし……。なあ、新参三人組よ、各々理由は違えど、どうして今まで生きてこれた?
「それで……君たちも自己紹介、お願いできるかな?」
 白渚は自分のギャグがウケているのか自覚しているのかどうかわからないが、話題を元の軌道に戻し、オレたち三人を順々に見た。
 奏が改まったように白渚の方へ体を向けた。
「私は神子元奏。吉佐美の友達よ」
「ああ、君がきさみーに声をかけてくれたんだね。ありがとう」
 今更だが、白渚の笑顔は男であるオレからしてもハンサムでかっこいいと思う。きっと、容貌や容姿が整っているからなんだろうな。オレにはできない笑顔だ。これでオヤジギャグさえ言わなければ完全体と言っていいが、もうそのネタを使いすぎるのも飽きるので、しばらくギャグに関しては置いておこう。
「じゃあ、これからミコちゃんって呼んでいいかな?」
 白渚があまりにも爽やかな笑顔で言ったので、思わず吹きそうになった。
「ミコ……ちゃん? え、ええ。もちろん。嬉しいわ」
 明らかに奏は戸惑っている。こんな可愛らしい愛称で呼ばれたことは、記憶の中を探っても見つからない。奏の冷静で客観的な性格と可愛いネーミングに致命的な差が生じている。
 チラと白渚がオレを見る。次はオレの番らしい。
「オレは穂枝統流。奏とはもうガキんころからの付き合いで、腐れ縁みたいなもんだな。これからよろしくな」
「よろしく。えーっと……統流っち」
 奏が吹き出した。オレも吹いた。こんな恥ずかしいニックネームで呼ばれたことなんてないぞ……。
 でもまあ、面白いニックネームだったから許す。
「次は俺だな!」
 大瀬崎が立ちあがった。もうこいつは白渚に背負い投げられた痛みなんて忘れてるんだろう。それほど元気だった。
「俺は大瀬崎・ザ・エモンドラ・駿河。容姿端麗、成績優秀、才色兼備、伊東博文なガキ大将だ!」
 唯一正しいのは『俺は』と『ガキ』のみの自己紹介であった。あまりにも突っ込みどころが多いが、いちいち突っ込んでいたら日が暮れてしまいそうなので割愛する。
「大変参考になる自己紹介をありがとう。えっと……」
 白渚はここで言葉を切った。何かを考えているようすである。
「どうしたの? 白渚君?」
 心配する伊東が訊いた。白渚の隣にいる大室の表情も、どこかソワソワとしていて不安気に見える。
「いや……この人の愛称をどうしようかなって。防衛のためとはいえ、投げてしまった人だしね。真剣に考えないと……」
「そうだそうだ。愛称はゆっくり、しっかり考えてくれよな。特に俺に対しては」
 自称『成績優秀』の赤点ボーダーマンが威張っていた。
「じゃあ聞くけどさ『するがっぴー』『スルメっち』『大瀬左衛門』『スルえもん』のうち、どれがいいかな?」
「真剣に考える気ないっすよねぇっ!」
 目を見開いて、大瀬崎は白渚に対する初突っ込みをした。これは、今後のコントじみたトークに期待せざるを得ない。
「いや、君のミドルネームをもじって『大瀬左衛門』とか『スルえもん』にしたところは評価してほしいな」
「……なるほど」
 なんと、大瀬崎は納得してしまった!
 まあ……これはこれでいいコンビかもしれないな。


 冬、オレたちは四人だった。でもあいつは遠い世界へ帰ってしまった。オレたちは三人に戻ってしまった。
 あの頃はどこか隙間のあるテーブルだったが、今日からは六人になる。隙間なんて作る方が難しくなるくらいギュウギュウ詰めのテーブルになる。それ以上に賑やかになって、もっともっと楽しい日々が続いていくことだろう。
 なんてことを、ちょっとだけ、思った。


 つーかんじで、オレたちは誰もいない食堂で飯を食うことになった。伊東は大瀬崎の隣に座り、その前に白渚が、白渚と奏に挟まれるようにして大室が座った。伊東と白渚の席を変えればしっくりくるのだが、白渚は大室の隣に座ることを前々から決めていたようだ。ちぇ、惚気め。
「ヤキソバパンでも食うかな!」
「お、大瀬崎君、それ、昨日も買ってましたよね?」
「ヤキソバパンで何が悪い! 俺はヤキソバパンを愛してるんだ!」
「あ、そ。駿河の歪んだ愛の話なんてどーでもいいから、早くタマゴサンド買ってきて」
「今日も俺が買い行くのかよっ!」
 がらんどうの食堂は、どこかここだけが色に包まれて、他は黒と白の世界のように思えた。
「おや、もしかしてするがっぴーはみんなの分まで買ってきてくれるのかい?」
 白渚はいい勘をしている。その通りだ。
「んなことするか! いわんや俺のパンをや!」
「いや、最後の付け足しおかしいから」
 古典文法を使うのなら、もう少し勉強してからにしておけよ……。
 しばらくして、大瀬崎は自身のヤキソバパン、奏のタマゴサンド、オレのエビフライパン、伊東のメロンパン、白渚と大室のイチゴクリームサンドをテーブルにデンと置いていた。
 結局大瀬崎は五人のパシリ役として一年の任期を全うするのだろう。頑張れ大瀬崎。手伝いはしないぞ。
「……へえ、そっか。じゃあ一年の頃はずっとここで?」
「そうよ、ま、混んじゃってるときは教室でパン頬張ってたけどね」
 白渚と奏の話が盛り上がっていた。どうやら昼飯の話らしい。オレたちはほとんど毎日食堂で食ってたからなあ……。きっと食堂の常連なら誰しもオレたちの顔を知っている。
「僕達は逆に食堂に行ったことないからなあ……。ずっと屋上か教室で弁当だったからさ」
 まあ、廊下の人混みに揉まれるくらいなんだから、食堂慣れしてないことくらいは分かる。昼時の食堂はまさに戦場だからな。
「これからはどうするんだい?」
「え?」
 イチゴクリームサンドを大室に渡した白渚は身を乗り出した。
「だってそうだろう? この人数じゃ、毎日食堂ってのは難しいんじゃないかな? 今みたいにテーブルをくっつけるのって、混んでたら他の人たちの迷惑だろうし、かといって別々の席で食べるのは意味がないというかさ……」
「つまり、どうしろってのよ」
 奏はあからさまに嫌そうな雰囲気を漂わせている。よっぽど食堂に未練があるのか、弁当が嫌なのかのどちらかなのだろうが、なんとなく後者だと思う。
「つまり! 仏様は我々に断食せよとの思し召しなのだ!」
 突然立ち上がって大声を張り上げる大瀬崎だが、明らかに空気は大瀬崎を迎えていない。
「違いますよ、大瀬崎君」
 ただ一人、伊東を除いて。
「断食はイスラム教の儀礼の一つですから、正確には仏様ではなくアッラーの思し召しと言った方がいいですよ」
「え? でも仏教だってやってそうな気がするぜ?」
 二人の会話は思いっきり本題とかけ離れてしまっているので、置いておこう。オレたちは言葉も交わさずにそういうことにした。
「僕としては、弁当があるととても助かるんだよね」
「食堂の方が楽しいわよ? 楽だし」
 白渚は弁当派、奏は食堂派と、お互い譲る気はないらしい。オレとしてはどちらでもいい。ただオレ用の弁当を作るだけのために早起きするのはめんどくさいし、誰も「美味い」とは言ってくれない。かといって食堂だと、金が掛かってしまう(学食だから、そこらのファミレスやコンビニに比べれば安いのだが、弁当には敵わない)。
 と、軽い険悪ムードに挟まれる大室が白渚の制服をくいくいと引っ張った。
「いずみん、どうしたの?」
 白渚が優しく大室を見つめる。あたふたと目をちょろつかせたあと、大室は身を乗り出して白渚に耳打ちをした。
「ふんふん……ああ、なるほど」
 大室の声は漏れることなく白渚にだけ聞きとれる声量だった。聞こえない声に相槌を打つ白渚は、やはり大室にとって特別な存在なのだろう。
「そりゃあいい意見だね。どうだろう、みんな?」
 オレたちに投げかける白渚だが、「どうだろう」と言われても全く聞こえなかったんだが。
「食堂の日と弁当の日を決めるって言う意見なんだけどさ」
 その意見は、お互いの意見を尊重しまくった内容であった。その発想はオレにもあったし、妥当だと思う。
 オレは賛成なんだが……と、チラと奏を流し眼で見る。相当眉間にシワが寄っているのが分かる。
「結局弁当はあるのね……」
 げんなりとした溜息が奏の口から漏れるが、もう何度目だろうか? よっぽど弁当が嫌いなのだろう。まあ、奏にとっては無理もないことだろうが。
 だが、白渚は奏の溜息を想定していたかのように人差し指を立てて笑った。
「どうしてもダメなら、みんなからお裾分けしてもらうとか、パンを買うとか、そう言うことだってできると思うよ」
「嫌よ、お裾分けだなんて申し訳ないわよ。それに、自分だけパンだなんて寂しいじゃない」
 寂しい、という一言に胸底がズシリと重くなった。奏は今まで、一人だとか、孤独だとか、そういう寂しさから抗って生きていたことを知っているから。
「あー、なんて言うのかな……そういうわけじゃあないんだ。かく言う僕も、弁当なんて持ってきたことが無いしね。一年の頃はいずみんときさみーの弁当をちょこちょこっと頂いてたからなあ。それにさ、絶対に学食の食べ物よりも弁当の方が美味しいと思うんだ。愛情もこもってるしね」
 白渚はイチゴサンドを頬張る大室の髪をクシャリと撫でた。彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめるが、表情はとても嬉しそうだった。
 察するに、白渚は大室の弁当を食べたいがために言い争ってるんだろうな。ちぇ、惚気め。
 しかし、となると、だ。弁当を作るのが大室と伊東だとして、お裾分け組は奏と白渚と大瀬崎(前に親は弁当作らないと言っていたし、大瀬崎自信料理が出来ると思えない)とオレ、ということになる。弁当作る組は一人三人分の量を作らなければいけない計算になる。さすがにそれは大変だろう。
 弁当を作るために朝早く起きるのは面倒くさい。
 だが、「美味い」と言ってくれる人はいる。
 それなら早起きして作る理由としては十分すぎる。
「それならオレも作ろうか?」
 知らずと手を挙げて名乗り出ていた。
「あれ? 統流っちは料理出来るのかい?」
 白渚は意外だ、とでも言いたげな顔をして言った。なんか珍しそうにしているが、今は男だって料理する時代だぞ……。
「まあ、一応、な」
 夢は料理人だが、ここで言う必要もないだろう。それよか奏の呆気にとられた顔の方が気になった。白渚(というか大室)の意見に乗り気なのが意外なのだろう。
「一応言っておくが、誰かに食べてもらった方が作り手としては嬉しいもんなんだぞ」
 奏に対して、とは言わないが、奏の方を向いて言った。
「アンタは……食堂よりも弁当の方がいいの? それなのに一年間も食堂に通い続けてたわけ?」
 奏はまだ自分の意志を曲げたくないようだった。と言うか、口論で男子に――しかも会って間もないような男子に――負けることが悔しくて、意地みたいなものて抗っているのだろう。
「別に、そんなことじゃない。食堂で大瀬崎にこき使わせるのは楽しかったし、ここでゆっくり色んなことを喋るのも楽しい。でも、なんつーか、一年も食ってると味に飽きるんだよなあ」
 変に言いまわす必要はない。思ったことを正直に言う。
 しばらくオレたちに会話は無かった。聞こえるのは上の階からの吹奏楽と隣で繰り広げられる断食の話だ。『上座部』とかなんとかのワードが耳に入る。なんだよそれ。
「……なら」
 目の前の少女が口を開いた。
「私を本気で唸らせるくらい美味しい弁当を作りなさいよ」
 その瞳はオレを貫くほど強く睨んでいて、それでいて、少しいたずらっぽかった。
「わかったよ。その代わり、美味すぎて倒れても平気なようにヘルメットでも被っとけよ」
「考えとくわ」
 そう言って奏はふっと笑みを漏らした。白渚も目を閉じて胸を撫でおろした。
「慶二、それなら毎日弁当でもいいわよ。私も気が向いたら弁当作るわ」
「そのときは是非とも僕に言ってくれよ。弁当(ベントー)だけに、すぐにでも『返答(ヘントー)』しよう!」
 オレはその瞬間に固まった。奏の穏やかな表情から一転無表情になる。それでもって、大室はやっぱり俯いて笑いをこらえてるのな。
 今回もまた静けさが辺りを包み込むのかと思いきや、そうもしなかった。
「……俺さ、昔夏休みの宿題で鑑真のこと調べたら、レポート用紙二枚で終わっちまったんだよ」
「えと、ガンジーってインドの方ですよね?」
「マジ? 鑑真ってインド人なのかよっ!」
 ところでお前ら、どこまで話逸らしてるんだよ……。


 それからしばらくして、初めての六人での食事は終わった。明日からは弁当を作ることになる。あいつが遠い世界へ行ってしまってからは暇を弄んでいたから、このくらいの忙しさは欲しかった。
 帰り道は見事にバラけていた。オレは天端を渡る道を歩き、奏はオレとは逆の岸から湖の畔を行く。大瀬崎は国道を街の方へ歩いていく。それから白渚、大室、伊東の新参三人組はバスでの登校だそうだ。白渚と大室は上りのバスを使い、伊東はその逆だ。つまり、伊東はオレの家方面からやってきているらしい。まあ、多分オレの家よりも更に離れた住宅街にでも住んでいるのだろう。
 バス組を見送ったあと、奏も帰路に着く。オレも帰ろうと校門に背を向けようとした。
「おい、待てよ穂枝」
 大瀬崎に肩を掴まれ、呼び止められる。
 まだ二時前だが、オレはクタクタだった。今日は早目に夕食を作ってすぐに寝るところまで計画しているのだ。早く寝させろ。
「いずみちゃんの声を、お前は聞いたか?」
「はぁ?」
 大瀬崎の目が異様に輝いていたので、若干圧倒される。
「だから、いずみちゃんが喋ったかどうかを訊いているんだよ!」
 大瀬崎がここまでマジなのはいつ以来だろうか? 多分ソフィアと別れたあの日以来だな……。シチュエーションのギャップに半ば呆れながら、声なんて聞いてねえよ、と答えておいた。白渚に耳打ちをしていたから、恐らく喋ったのだろうが、その声を聞いたわけではない。
「そう、か……」
 オレの肩を掴む手があからさまに緩んだ。どんだけ残念なんだよ。人の彼女にあーだこーだ言うお前も相当残念な奴だけどな。
「なんつーかさ、あの人見知りというか、あの無言は異常過ぎるよなあ、なんて思ってさ。だってそうだろ? 高校生であれだけ何も言わない奴を、今まで見たことがあるか? ないだろ?」
 まあ、確かに言われればそうだな。これだけ長い時間いたんだ、一言くらい喋ってくれたっていいじゃないか。それに朝の件もある。まだクラスに慣れていないとはいえ、あの怯えようはなんだ? オレには分からない。
 大瀬崎が深呼吸をして気を静めた。
「まあ、とにかく、だ。もしもいずみちゃんが『うん』とか『すん』とか『駿河くん大好き(はぁと)』とか言ったら即刻俺に申し出てくれな!」
 上機嫌に親指を立てながら大瀬崎は言った。最後のセリフは絶対に言わないと思うし、セリフに(はぁと)なんて表せないからな……。
 生返事をして、今度こそ家に帰ろうと背を向ける。
「あ、穂枝っ!」
 また呼び止められる。
「明日の弁当、楽しみにしてるからなっ!」
「さてと、お前だけに効く毒薬たっぷり混ぜておくか」
「ねえよ、そんなもんっ!」
 背後から悲鳴のような突っ込みを受け流しつつ、天端へと続く階段を降りた。
 余談だが、オレの言ったことに対する大瀬崎の否定には一理ある。『馬鹿に付ける薬は無い』と昔から言うしな。


第五話『田舎来い草案提出締切日』に続く

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