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ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。



「えー、というわけで、えー、早めですがホームルームを終わりましょうかね」
 帰りのホームルーム。名前は忘れたがやたらと『えー』を付ける担任が言った。今日は午前授業のため、四時限目が終わってすぐにホームルームが始まり、一分としないうちに終わった。実にやる気のない担任で本当に良かった。
 とにかくホームルームが終わったので、オレは大瀬崎の襟を引っ掴み、急いで食堂に向かおうとする。
「なあおい! いきなりなんだよ!」
「食堂へ行くぞ!」
「はいい? 今日は昼休みねえよ?」
 案の定大瀬崎は昨日伊東と交わした約束を覚えていないようだった。
「伊東が友達を二人紹介してくれるんだろうが」
 走りながら言ってやる。大瀬崎はしばらく思考を巡らしてから「ああ、神子元のね」と合点がいったようだ。するとようやく自分の足で走りはじめる。
「だ、だからって、もっとゆっくりしてもいいだろ?」
「ぶっちぎりの一番ってのも、気持ちいいんじゃないか?」
 それは、素直な気持ちだった。ま、午前授業のあとは食堂はやっておらず、購買でパン程度しか売ってないから人はほとんど来ないんだけどな。
 そう、この学校には食堂がある。購買のある高校なら分かる。でも公立の高校に食堂があるのは珍しいんじゃないか? ま、ここのおかげで毎日弁当を作る時間が省けるからありがたい。
「だからって……全力疾走……しなくたって……いい……じゃ……」
 でも、既に息絶え絶えの大瀬崎を気にせず走りたくなるのも素直な気持ちだ。
 いや、オレがSなのではない。それくらいオレは楽しみだったのだ。


 食堂につくと、全力疾走のおかげかオレ以外の誰もいなかった。もちろん大瀬崎も。
 奏から、事前に六人分の席をとっておけとの連絡が来ていたので、窓に接している四人用と二人用の席をくっつけた。窓から見える山々とその間に挟まれるようにしてある細長い湖が風情を感じさせる。
「はあ……はあ……。ほえ、穂、枝……。は、速いって……へえ、へえ……」
 息を切らした大瀬崎がようやく来た。
「遅いな。次は四十秒縮めろよ」
「明日も走るんすか! ってか、四十秒縮めたらワールドレコードですからね!」
 目を大きく見開く大瀬崎。こいつのこの表情は一年前からずっと変わっていない。
「おー頑張れ世界新」
 オレは窓側の席に座った。
「軽く流そうとしてますよねえ!」
 そう言う大瀬崎もその隣に座った。
 あとは大瀬崎の訴えを右から左に流しつつ、春空を映す湖をぼんやりと眺めていた。
「やれやれ……」
 大瀬崎が溜息を吐く。本当に世界新を狙うつもりなのだろう。
「しかしなあ、今日はいいとして明日から食堂も始まるんだろ? この人数で毎日ってなると、さすがに食堂で食えない日も出るよな……」
 大瀬崎は六人分の席と、食堂の狭さ具合をまじまじと比較する。一年の頃に何度も体験したが、ここは昼休みになればほとんど満員状態になる。オレたちも何度食堂の領地争いで泣いてきたことか……。
 しかも昨年度は三人だけだったから勝率は比較的高かったと思う。
「今年からは二倍の人数だもんな」
 自分で言っておいて、それにオレが驚いた。
 これからは六人になる。二年生になって二日で、三人だけだったオレたちが六人になるなんて……。まあ、伊東の友達ってのがプレデターだったり、国連軍を数分で破滅に追いやるほどのパワーを持っていたりしたら、こちらから丁重にお断りだが。
「まあ、賑やかになるからいいと思うぜ。俺は」
 ポジティブ思想の大瀬崎はそう言って親指を突き出した。
「つまり、お前は二倍忙しくなるってことだぞ、大瀬崎」
 だからオレも親指を突き出す。
「どういうことっすかね……?」
 少しだけ勘付いているのか、大瀬崎は親指を突き出したまま苦笑いを見せていた。
 一年の頃はオレと奏だけだったのに、二年になると同時に五人のパシリになるだなんて、大瀬崎も昇格したな、悪い意味で。
 廊下が賑やかになってきた。他のクラスもホームルームが終わって、長い放課後をどう過ごすのか思いをはせていることなのだろう。
 と、奏がやってきた。食堂はがらんどうのため、居場所を教えることもなくやってくる。
「統流、席取りお疲れ様」
 それが奏の挨拶だった。そのそっけなさというか、可愛げがないというか……、とにかくひねくれた奏は幼い頃から変わらない。
「この様子じゃ、席取りなんて必要ねえよ」
 誰もいない食堂を見渡し、肩をすくめた。席を取ったというより、食堂を貸し切ったと言った方がいいような気がするぞ。
「それでも、よ。ありがとね、統流」
 妙な違和感を感じると思ったら、やけに正直な反応だったからだと気付く。奏の口から「ありがとう」なんて数えるほどしか聞いたことないし、その大体は皮肉かからかっているかなのだから。そして、今回も例に外れることなく当てはまるようだ。
「おい神子元! 俺もいるぜ!」
 正直だ、と思っていたが、大瀬崎いじりを忘れていないところが奏だ。大瀬崎マスターの称号を与えたいくらいだ。
「ところで伊東は?」
 いつも通り奏のノリに身を任せるが、その内容は普通に気になっていたことだ。奏と伊東は同じクラスなんだから一緒に来ると思ったんだが……。
「吉佐美? 吉佐美は友達を呼んでからって言ってたから、遅れて来るわよ」
「なんだ、それならお前も伊東と一緒にいればよかったのに」
 友達の友達は友達って言うし、オレたちよりも先に会っておいたほうがいいんじゃないのか? まだ伊東とも仲良くなったばかりなんだし。オレが奏の立場だったら伊東と一緒にいる。
 奏が重々しい溜息を吐く。アンタは何も分かっちゃいない、と言っているようだ。
「バカ、それじゃあアンタの自己紹介が私よりも遅くなるでしょ。アンタとは……その、仮にも昔っからの付き合いなんだから……一緒に自己紹介したいのよ」
 奏とオレは、世間一般から見れば幼馴染みと呼ばれる間柄だし、お互い知らないとこの方が少ない。だから伊東の友達という奴らのことも一緒に知りたいのだろう。つまり……遠回しにオレもそいつらと仲良くなれ、ということなんだろう。なるほど、実に奏らしいじゃないか。
「お、俺、必要っすかね……?」
 隣に座る誰かさんが独り言をぼやいたような気がするが、気のせいだということにする。
「それはそうと」
 奏の鋭い瞳がオレを射抜く。睨んでるわけではなく釣り目だからだろう。オレもただ見つめるだけで「なんで睨むんだよ」と知り合ったばかりの友達から言われるから分かる。……こういうのって、似るもんなのだろうか? ペットは飼い主に似るって話は聞いたことがあるけど、それとこれとは話が別……だと信じたい。まあ、オレも奏もめんどくさがりなのは認めるが。
「……朝も言ったけど、嬉しいことでもあったの?」
「なっ……!」
 とっさに奏に見られている部分をまさぐってしまう。
「ベタベタ顔触っても、ニヤけてなんかないわよ」
 完全に呆れられたようで、奏の口からさらに重々しい吐息が漏れ出す。
「ただね、昨日までとは雰囲気違うだけよ」
「そうか? いつもと変わんねえと思うけどな」
 声のする隣の誰かさんがまじまじとオレの顔を見ているような気がする。
 そりゃあ、毎日毎日同じ気分ってわけじゃないから雰囲気だって毎日変わるもんなのだろう。でも奏は昨日『まで』の雰囲気と言っていた。昨日までのオレと、今日のオレとでどこか違う雰囲気をかもし出しているとでも言うのか?
「……雰囲気なんて分かんねえよ」
「あ、そ」
 奏は軽く流して頬杖を突いた。なんだよ、せっかく頑張って考えた結果の『分からない』だったのに、いとも簡単に流してくれるなよ……。
「じゃ、それは私の勘ってことにしておくわ。でも、なんかいいことでもあったんじゃないの?」
 外の風景をぼんやりと眺める奏は気のない声で言う。
 ここまで追求するってことは……もしかしたら、奏は分かっているのかもしれない。
 久しぶりに、あいつの夢を見たことを。
 だから今朝は嬉しかったってことを。
 でも、そんなことわざわざ言う必要もないと思う。
「お前に友達ができたから……って言ったら嬉しいか?」
 だから、ふざけ半分でそんなことを言ってみた。
「……さあ」
 目も合わさずにはぐらかされた。まあ期待もしていなかったが。
 しばらくの沈黙が訪れる。気まずくはないが、なぜか歯がゆいと思ってしまう。
「あの……そろそろ俺の存在を――」
「あっ! 奏、それと……穂枝君、お待たせしました!」
 キリのいいところで伊東がやってきた。
 伊東吉佐美(いとうキサミ)、昨日のクラス替えで奏と一緒のクラスになった子だ。ポニーテールとメガネ、それからソバカスがチャームポイントというか、伊東吉佐美の三大ポイントというべきか、とにかくその三つがとてもよく目立ってるし、似合ってる。会ったばかりのときは、恭しいほど礼儀が正しく、オレに対しても敬語を使っていたのだが、結構冗談も言う奴だから慣れれば敬語もなくなっていくだろう。
 そういえば、友達を二人紹介すると言っていたが、見たところ一人しかいない。今日は学校を休んでいるのだろうか。
 いや、勘違いだ。伊東の背に小さな女の子が顔半分だけ見せて立っている。そいつが伊東の友達なのだろう。高校生とは思えないほどの警戒ぶりだ。どんな容姿をしているのか説明しようにも、隠れてしまってはどうしようもない。
「この子が、私の友達」
 伊東が小柄な女の子を前に立たせ、その小さな肩に優しく手を置いた。
 初めまして、と言おうとしたのだが、ビクビクと震えるそいつに見覚えがある。
「あれ、お前は確か……同じクラスの!」
 そうだ、小動物のように体を震わせるこいつは、朝の教室で一人読書をしていたあの女の子だ。
「おお! じゃあ俺とも同じ――」
「お前、伊東の友達だったんだな」
 小さな女の子はまだ震えている。朝の件といい、実に臆病な奴だ。今すぐにでも物陰に隠れたそうにしている。お前はレンガの下にいるダンゴムシかよ……。
「穂枝君、そうだったんですか!」
 伊東は頬を緩ませた。そりゃ、こいつが一人っきりのクラスになってしまったら生きていけそうにもないからな。
「俺もいる――」
「初めまして、神子元奏よ。……えっと、その子の名前はなんて言うの?」
 奏が立って挨拶をした。その女の子は、俯くように頷いた。
 ……無言。
 囁くわけでもなければ、口を動かすわけでもない。
 ただ、何も言わない。
「俺……」
「えっと……この子は大室いずみ、あたしの友達です」
 大室いずみの代わりに伊東が紹介を始めた。その間、大室はずっと俯いている。
「あたしよりおとなしいけれども、とってもおしとやかな子なのです」
 大室が恥ずかしそうにお辞儀をした。伊東もおしとやかなイメージがあったが、ぺこりと頭を下げる仕草を見て、大室は伊東以上に上品で、本物のお嬢様のようだった。怖がりの小動物を連想させるのは前々から思っているが、小さなお子様を想像することが無かったのはそのためだろう。無言のお嬢様、絵になりそうだ。
「しかも、とっても頭がいいんですよ!」
 伊東の言葉に、大室は顔を真っ赤にさせて伊東の背中に隠れた。
 無口な奴だ。
 伊東は人見知りが少しあって口数が少なかったが、慣れれば今のようにたくさん話す。
 でも大室は無言。全くの無言だ。
 普通なら、自分の名前くらい自分の口から言うだろ? なのにこいつは自分の名前ですら口にしないだなんて……。
 何かの事情があるんじゃないか……嫌な予感が頭に浮かんでしまう。
「…………」
 大室の顔がみるみると赤くなっていく。お辞儀をしたあとは何もしていないのに。こうして互いに向き合っているだけで恥ずかしいのだろうか。
「や、やや、やっべえべ! めっちゃかわいいんですけどもっ!」
 突然大瀬崎がガタリと大きな音をたたせて立ちあがった。
「大瀬崎! いたのか!」
「いたよっ!」
 目を見開いて大瀬崎は突っ込む。
「とにかく、いずみちゃん……だっけ?」
 大瀬崎はテーブルを回ってつかつかと大室に近づいていく。
「おお、俺と付き合ってください!」
 大瀬崎と大室が出会ってから二十七秒。大瀬崎は大室に猛烈なアタックをした。
 案の定、大室は戸惑っている。目に涙を浮かべて伊東の背中にしがみ付いている。
「なあ、俺のタイプなんだ! 十万ボルトの電流がビビっと電波で宇宙を越えてやってきたんだ! 頼む、一生のお願いだ! いや後世の分も前借りしてのお願いだ!」
 大げさに頭を下げ、オーバーに右手を大室に差し出した。たぶんその手を握ってくれれば、告白は成功、そうでなければ失敗という大瀬崎ルールがそこにあるのだと思う。
 とりあえず一点言わせてもらうと、お前の前世もそうやって後世の『お願い』を前借りしてきたからお前はツいてないんだろうな。
 大室は二、三歩後ずさり、涙で瞳を潤ませながらふるふると首を横に振った。
「うは! その仕草、超可愛いし! ハア、ハア……」
 客観的に見て、完全に撃沈したというのに大瀬崎は手をワキワキさせて大室ににじり寄る。大室はもちろん、オレたちも若干後退する。
 大瀬崎って、伊東のときもそうだったし、オレや奏のときもそうだったが、第一印象悪すぎだよな……。
「えっと、そこの君……」
 伊東の背後から、男の美声がした。
 鼻息荒い大瀬崎が頭をそっちに向ける。視線の先には笑顔の似合う、モデルのような男子がいた。眩しい笑顔で大瀬崎を見ている。
「いずみんに今、なんて言ったの?」
 口調を変えず、穏やかに尋ねた。
「告白だ! 俺の真剣な気持ちを、飾ることなくいずみちゃんにぶつけたんだよ!」
 お前、それ露出狂と同じだからな……。
「そっか。でもいずみんは僕の彼女なんだ。うん、残念ながら君の恋は告白する以前から報われない運命にあったみたいだね」
 彼女……? オレは爽やかな少年と震える少女を交互に見る。背が高く、いわゆるイケメン(この言葉は好きではないが、こいつは本当にカッコいいと思えた)と呼ばれる少年は見るからに彼氏がいるような容姿をしている。それに対して大室はどうだろうか、確かに一目見るだけならば、可愛いの類に入るだろうな、うん。でも、この臆病さをどうにかしてほしいものだ。というか、この性格だったら、絶対に彼氏なんて作れない。告白をしようにも恥ずかしくて出来ないだろうし、逆に告白されたら地球の裏側まで逃げていってしまいそうだ。大室が彼女? さすがのオレも信じられない。
「く……くっそぉ!」
 だが、大瀬崎はイケメン男子の言ったことを真に受けてしまっていた!
「こうなったら、力ずくでも奪ってやる!」
 大瀬崎は悪役の王道を突き進むべく、大室をさらおうと彼女に掴みかかる。。
「――いずみに手を出す奴は……」
 空気が揺れた。もう春だというのに、急に頬が冷たくなる。心臓に突き刺さるようななオーラが辺りを漂っていた。
「――僕が、許さないっ!」
 一瞬だった。伊東の後ろにいた『ヤツ』は伊東と大室を軽いフットワークで避け、大瀬崎の前に立った。そして、大室に掴みかかろうとしていた大瀬崎の右腕とはだけた学ランを手に取り、身をひるがえした。
「お……?」
 そして『ヤツ』は重心を下げ、呆気にとられた声を出す大瀬崎を持ち上げたと思えば、どん! と大瀬崎が床に叩きつかれる音が食堂に響いた。一瞬しんと静まり返る。食堂慣れしていないであろう伊東、大室たちは息を呑んで大瀬崎とそれを投げた『ヤツ』を見ている。廊下の雑踏がまた聞こえるまで、耳は全ての音を遮断していた。


第四話『新しい日常の昼下がり 後篇』に続く

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