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ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。


四月九日(水)


 ……鳥の鳴き声がする。
 春の日差しは冬用の布団では暑すぎるくらいで、いい加減布団を替えないと蒸し焼きになってしまう、なんて思いながら体を起こした。
 時刻は六時半。いつも通りの時間。これから身だしなみを整え、朝食を作って食べ、学校へ行く。春休みは一昨日に終わり、昨日から新学期が始まっている。新たな日常はこれからも続いていくだろう。
 それにしても今朝は目覚めがいい。いつもなら顔を洗っても瞼が何度も閉じかけてしまうのだが、今日は洗顔前から頭もすっきりとしている。
 たぶん、夢を見たからなんだろう。
 ずっと楽しみにしていた夢だったからなあ……と、砂浜に横たわる翼の生えた少女を思い浮かべては溜息を吐く。
 塩コショウを振りかけた半熟目玉焼きの上にあらかじめ火を通してあるハム、チーズ、パンの順に載せてひっくり返す。オレにはトースターを導入できるほどの財政力はないし、ここはコンセントも二ヶ所しかないボロアパートだ。だから目玉焼きと一緒にパンも焼いてしまう。
 目玉焼きを二つ作っていたのが、もう四か月も前になることに懐かしさを感じる。慣れとは怖いもので、今でもたまに二人分の食事を作ってしまいそうになることがある。
 あいつと過ごしてきたのは、ほんのニ、三週間だったってのにな……。
 そんなことを思いつつ、出来上がった目玉焼きパン(フランスではクロックマダム、俗称ではラピュタパンとも言うらしい)を牛乳と一緒に頬張る。
 まあ、うまいと言えばうまいが、食事ってのは誰かがいないと非常に寂しいものだ。仮にこれがうまいとしても、うまいって言ってくれる奴がいないと張り合いがない。
『統流君、おいしいねっ!』
 だからだろう、独りで飯を食ってると、あいつのとびきり明るい声を思い出してしまう。
 いい加減忘れた方が楽になれるのにな。
 でも、今でも忘れられないほど、あいつのことばかり考えてしまっている。だからこれはいつまでも付きまとう苦しみなんだ。本来出会うべきでなかった奴と出会っちまったんだから。
 あいつと過ごしてきた日々をしみじみと思い返していると、鍵が閉まっているはずの玄関が開いた。
「統流(トベル)くん、差し入れだよ」
 しわがれた声がしたかと思えば、けん玉を持った老人が部屋に上がっていた。
 最初は不審者かと驚いたときもあったが、この爺さんこそこのボロアパートの大家さんだ。隣の鈴木さんとの雑談で、よく大家さんの話で持ち切りになるのだが、ここを借りる人なら誰の部屋にでも大家さんは現れるらしい。なのに盗難の被害は一度も聞いたことはない。大家さんはある意味で防犯に努めているようだ。
「……大家さん、今けん玉で遊ぶ暇無いんすけど」
 神出鬼没な大家さんは、とにかくよく差し入れをくれる。貧乏なオレにとっては助かるのだが、中にはどうでもいいものをくれたり、よく分からないものをくれたりもする。昨夜は熊の置物だったし、あいつがいた頃は盆栽やカキ(柿ではなく、牡蠣だ)なんかも差し入れしてくれた。
 鈴木さんもしばしば差し入れを貰うらしい。
『僕んとこには植木鉢……に入れる土をくれたよ。ベランダに置くといいって言われたけど、僕んとこに植木鉢も花もないから、しょうがなく両方とも買ったんだよね』と、いつの日か苦笑交じりに話してくれた。
 現在は、洗濯物を干すついでに隣のベランダを見ると、オレンジ色に咲き誇る小さなパンジー園がある。差し入れる大家さんも大家さんだが、それを余すことなく活用する鈴木さんに尊敬の意を表したい。
「ああ、そうかそうか、統流くんは学校に行くんじゃったな」
「そうっすよ」
「なら、学校でやるといい。一気に人気ものじゃ」
 そう言って、ふぉっふぉと笑った。いや、そんなことしたら初っ端から変なイメージを持たされるんですが。
 とにかく、大家さんに関してはよく分からないことが多い。代表的なことを挙げるのならば、大家さんの名前を誰も知らないことだ。隣の鈴木さんはおろか、このアパートの居住者全員が知らないらしい。大家さんの親戚はどこか遠い町にいるらしい(らしい、と言うのは専らの噂だからだ。本当は近所にいるのかもしれないし、親せきはいないのかもしれない)ので、親戚から名前を聞きだすことも出来ない。
「さて、そろそろ学校へ行く時間じゃないのかな?」
 大家さんが惚けたように呟いた。
 この部屋には時計がない(これだけ狭いと、掛け時計があるだけで狭さが倍増する気がするので捨ててしまった)ため、携帯電話を開いて時間を確認する。七時半。学校まで余裕で間に合う。
 まあでも、どうせここにいてもボケっと時間が過ぎるのを待つだけだ。こういうとき、掛け時計でもあれば針の動きを観察して暇を潰せるのに、と時計を捨てたことを後悔する。無論四十秒程度で飽きるからその暇潰し法はオススメしないので、オレは朝食の後片付けをしてから学校へ行くことにした。
 皿とコップを持って台所に行く。
「おやおや、統流くん、いいよいいよ。お皿洗いくらいワシがやろう」
「え、マジっすか?」
 そんなことを言われるのは初めてだった。大家さんはよぼよぼと力こぶを作る。伸びた皮に血管が浮き出ている。若干腕は細いが、歳の割には太いだろう。と言っても大家さんの年齢を知らないわけだが。
「これでも昔は、皿洗いのプロと呼ばれていたんじゃよ」
 それ、あまり誇れるプロじゃないと思う。
 どうせそんなことを突っ込んでも「ふぉっふぉっふぉ」と笑って流されるだけなので、あえて何も言わない。それに大家さんはこう見えて一度言ったら聞かないタイプのため、皿洗いすると言ったら皿洗いをするのだろう。仕方ない、大家さんの言葉に甘えよう。
「それじゃあ、宜しくお願いします」
「任せなさい。じゃあ、行ってらっしゃい、統流くん」
 大家さんが手を振ってオレを部屋の中から見送る。ちなみに、大家さんはマスターキーを持っているため、部屋の戸締まりは任せてもいいだろう。ああ見えて、大家さんはしっかりしてる……と思う。ってか、そうじゃないと大家さんやっていけないだろうし。
 外に出ると、温かな春のそよ風がゆっくりと通過した。


 オレは天端台高校という高校に通っている。登校する生徒のいない門をくぐると桜の並木がオレを迎えてくれた。昨日も見た光景だが、桜を見ると気分が明るくなるような気がするんだよな。昨日から新学期が始まったクセに、今日から午前のみの授業が始まるようで、まったく、少しは生徒のことも考えてくれよ、校長……。
 そんなことを思いながら昇降口までの道を歩いていると、突然背中に強い衝撃が来た。
「いっ!」
 変な声を挙げてしまうと、後ろから堪えた笑い声が聞こえてくる。
「なーにとぼけた声出してんのよ!」
 その声には聞き覚えがある。つーか、こんな朝早くからいきなりオレの背中を叩く奴は一人しかいない。
「奏なあ……挨拶くらい声を使えよ」
「あ、そっか。じゃあおはよう統流」
「遅えよ……」
 その手があったか、と手を打つ奏を見て、オレは溜息を吐いた。
 黒く長い髪が印象的な少女がオレの隣に付いて歩く。こいつはオレの幼馴染み……というか腐れ縁と言った方がいいだろう。こいつの名前は神子元奏(みこもとカナデ)。オレとは小学校に入る前からの付き合いだ。見た目『だけ』は清楚そうなイメージを抱くのだが、性格はかなりと言っていいほど腹黒い。オレは一度も口喧嘩で勝ったことがないし、一分と持ち堪えた記憶ですらない。
「やっと春って感じね。昨日の寒さが嘘みたい」
 オレを叩いたことを謝りもせず、奏は目を閉じて吹き抜ける春を感じていた。長い髪が静かに揺れる。
「しかもこんな朝早くにアンタと会えるなんて驚きね。きっと私が夢を見てるのか、アンタの寝坊癖が直ったのかのどちらかなんでしょう」
 夢なわけあるか。オレがこんな夢を見ることなんて『ありえない』のだから。
「放っとけ。そもそも寝坊癖なんて付いてねえよ」
 黙っていればまだ可愛らしいと思えるのに、奏の奴は口が悪いから困る。
「あら、そうだっけ? 去年の今頃はまだ寝てたんじゃない?」
 口が悪い上に、上手く痛いところを突かれる。先程オレの故郷が伊豆と言ったが、実はここに来たのはこの高校に入学することが決まってからだ。あのアパートで独り暮らしを始めて早一年。入居当初は一人で起きることが出来ず、何度も遅刻した覚えがある。一ヶ月もすれば携帯のアラームだけで起きれるようになったのだが、奏はまだ入学当初の出来事を覚えているようだ。二年になって今度こそ弁才の奏を出し抜いてやろうと企んでいるわけだが、その野望を果たすにはほど遠い……。
「ま、図星ってとこね」
 勝ち誇った声が隣からする。オレは諦めて両手を挙げ、肩をすくめた。
 それからしばらく無言で歩く。周囲には誰もいない。きっとグラウンドや体育館では運動部が朝練をしているから賑やかなのだろうが。
 昇降口に着くと、オレたちは別々の下駄箱に分かれる。奏とオレは別々のクラスなのだ。どういう運命(むしろ何者かが図った陰謀)か、小学校からずっと奏と同じクラスだったから違和感を感じる。
 でも、最近はずっと一緒に登校することは無かった。何年ぶりになるんだろう、と思い返す。中一の後半にはもう一人で通学してたイメージがある。だから、こうして歩いていると、どことなく新鮮に感じてしまう。小学生のところはバカみたいにどっちかの家の前で待ち合わせして通ったもんだけどな。
 上履きを履いて廊下に上がると奏が待っている。
「ほら、遅いわよ」
「いやいや、これでも結構早い方だと思うぞ」
「日本の朝は早いの。そんな南国頭だと将来困るわよ」
 だからと言って、せっかく早くに来たんだから、上履きくらいゆっくりと履いたっていいだろうに……。つーか南国頭ってなんだよ。
 奏は盛大な溜息を吐くが、慌てて奏のところまで行くオレを見て小さく笑った。
「ま、どーせ行動が遅いのは目が覚めてないからなんでしょうけどね」
 完璧にからかっているのが分かる。それからオレの顔を覗き込んで、小さく舌を出した。
 仕草のあと、何事もなく隣を歩く奏。寒くないのに鳥肌が立つ。
「……お前、なんかいいことでもあったか?」
 横顔を見て、思わず口走った。
 なんだって昨日までの奏とは全然違う表情をしていたからな。いつもむすっとしている奏が、朝から笑顔だなんて、今日は雨かブリザードだろう。
 と、奏の顔は一気にやつれ、いつも通りの呆れ顔になった。
「分かってないわね。私が変なことすれば治るかなあ、なんて思ったんだけど」
「どういう意味だよ」
「さっきの台詞、そっくりそのままアンタに返すわ」
 台詞と言うのはきっと『なんかいいことでもあったか?』を差しているのだろうが、どうしてオレに返されるんだ?
「アンタの顔、私と会ったときからずーっとニヤけてるのよ」
「マジか?」
「マジよ」
 顔を弄るが、ちっとも分からないぞ……。
 これが腐れ縁の嫌なところだ。言葉を交えなくともお互いの気持ちがなんとなく分かる。もっとも、いわゆる女心たるものをこれっぽっちも理解出来ていないオレは、違う意味で奏の気持ちが分からなくなるときもあるが。
「私に惚れたの?」
「んなわけあるか!」
 不敵な笑みを浮かべる奏を見て、高二の間中、こいつには勝てないんだろうな、と悟った。
「それじゃ、私ここのクラスだから」
 オレをいじりまくって満足なのか、奏は上機嫌そうに一番手前のドアに手を掛けた。
「え、あ、おお」
 突然だったので、曖昧な返事をしてしまった。違うクラスだということを忘れていた。
「それと、昨日言った通り授業終わったら食堂集合だからね」
 そうだ。
 昨日の約束はちゃんと覚えている。奏の新しい友達の伊東と、彼女の友達を紹介する約束をしたんだ。オレはその付き添いだ。一年の頃はずっとオレと奏ともう一人と過ごしてきたから、実はオレも緊張している。今日出会うであろうそいつらとは、きっとオレにとっても友達になるんだから。
 忘れないでよ、と言いながら奏は教室に入った。
 多分忘れない。ただ気になるのはつるんできたもう一人の方だな……と、そいつの顔を思い浮かべる。あいつはやるときゃ全力でやるが、興味のないことだと本気で忘れるからな……。
 まあ、どうせ遅刻寸前か遅刻して来るのだろう。今から気にすることは無い。
 自分のクラスを確認してからドアを開ける。
 教室はがらんどうだった。この時間帯だから無理もない。
 ……と、教室の端っこに一人、ポツンと座っている先客に気付いた。
 見落としそうになったが、窓際最前列に座るそいつはドアの音に耳を貸さず一心に読書をしている。
 こいつは絶対に先程言った『もう一人』ではない。遅刻常習犯のあいつがこの時間に来るとは到底考えられないし、授業中じっとしていると思ったら必ず居眠りしているような奴だ。仮に本を読んだら一秒の十分の一で眠りにつく。極めつけに、『もう一人』は男子で、今読書をしている先客は女子の制服を着ている。まさか新学期二日目で女装の趣味を暴露するほどあいつはバカ……ではないと信じたいし、女装癖も無い……確率の方が高い。
 とにかく、だ。
 二年になったばかりだし、色んな奴と交流したほうがいいと思う。席だって同じ窓際だし。
 挨拶くらいはした方がいい……かな?


●挨拶する
○挨拶しない


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