ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

昨年は就活に始まり、卒業制作に終わるという、
ヒジョーに慌ただしかった一年でした。
大学四年生という肩書を持つと、
学生という立場と社会人という立場の中間に立たされているようで、
三年生までの自分とは、気持ちも態度も変わってしまったような気がします。
(まあきっとヨソから見ると、一切変わっちゃいないんだろうけども、それがまたいい)

というわけで、大学生活後半戦を、自分の作品を読み返しつつ辿ってこうと思います。



2012/12/29起稿
原稿LOSTストーリー(純文学系エンターテインメント)
※全編は「綴Vol.12」に収録
   http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=2237269

    本編:原稿用紙31枚
    サンプル:原稿用紙21枚

本作の主人公秋野は、デビューして間もない作家。
昔からの夢を叶えたはいいけれども、ひたすら作品を量産している自分に対し、
「果たしてこのままでいいのだろうか?」という疑問を抱く。
そんな心境の中、秋野はパソコンを壊してしまい、執筆途中の原稿をロストしてしまう。
締切まであと二日。猫の手も借りたい緊急事態。
秋野は高校時代の親友、晋太に一部代筆を頼むために、焼肉屋に誘う……。


前期作品と後期作品の境界は、
『魔王少女』http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1908516本作なんじゃないかな、と思います。

その理由は実に個人的で心情的ですけども、小説を書く理由が
「みんなをアッと言わせる短篇を書いてやろう」から、
「いかにして自分の気持ちを伝えるか」にシフトしたからです。

大学に入って間もなくから「自分の気持ちを伝えるツールとしての小説」という側面はありましたが、
(eg::「雲に恋をした少年の物語」http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=740920
後半は一層盲目的になってたと思います。

普通に読んでも面白く、深く読むとより一層面白くなることを目指して書いた覚えがあります。
当時ドストエフスキーの「罪と罰」を読んで間もなかったので、それに感化されたところもあります。
(「罪と罰」は、じっくり読めば読むほど綿密に構築されているのが分かって、何度も何度も驚かされます……)

とはいえ、読者の声に耳を傾けてみると、「そこまで読み込めなかった」が大半だったので、
自分の力不足を改めて実感した次第です。

深く読むという気持ちが起きるのは、つまるところ何度も読み返したくなる作品であるというワケであって、
普通に読んで素晴らしく面白いものでなければ、読み手は深いところまで入ろうとしない。

「あー面白かった」だけの読後感じゃあ、一度読んでもらえるだけで終わっちゃうってことなんですよね。
当時はそんなことすら気付かなかったんだなあ、自分。




2013/04/25頃起稿
エチカの鐘

   http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-617.html

    原稿用紙29枚

夕方五時半を知らせる「七つの子」のメロディが鳴る。
神社で遊ぶ小学生の一矢と主人公江智加は、鐘が鳴ると一緒になって歌う。
歌い終えると、二人で神社に手を合わせる。二人だけの遊び時間終了の儀式だった。
が、その日は違った。
――たすん。
二人のもとに、ケガをしたカラスが落ちてきた。
江智加は、このカラスを助けるために、一矢の家で飼うことを提案する。
カラスはナツと名付けられ、ナツのいる日々が日常となっていった。
そして月日は流れ、中学三年生になった江智加の元に、今朝もナツはやってくる……。


大学の授業で書いた本作は、良くも悪くも自分らしい作品でしょう。
構成からラストシーンを書き抜いて脱稿するに至るまで、ずいぶん苦労した作品でした。
授業には規定枚数(原稿用紙30枚以内)というものがあって、そこに収めるには工夫がいるわけです。

本作は冒頭が小学生時代で、「七つの子」の歌詞以降は中学三年生時代に移りますが、
当初は一矢視点で、どちらかといえば一矢の成長物語的側面が強かった、とプロットは語ってます。
小学時代でカラスを飼うにあたり、親を説得するシーンがあって、
父親がカビ取り剤と虫かごに入った昆虫をドンと置いて「どっちを食べさせるのか、選びなさい」なんて言ったり。
(とーちゃん、ダイタンすぎぃ!)

今思うと削ってよかったと思います。
もし枚数制限がなく自由に書くことになったら、描写とストーリーの均衡が崩れてたんじゃないかなと。
この作品は、この時期の作品にしてはストーリーと描写のバランスがしっかりしてると思います。

ちなみに、僕はまだスピノザの「エチカ」を読んでいません。
タイトルと主人公の名前に「えちか」が入っているにもかかわらず、
意図的な意味らしい意味を持ち合わせていないのはもったいないですね……。



2013/2/15起稿
うわ言ステップ

   http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-621.html

    原稿用紙30枚

神奈川県の湘南に「湘南平」という小高い丘がある。その頂上には赤いテレビ塔がある。
この塔の展望スペースには、おぞましい数の南京錠がはめられている。
恋人同士の名前を書いた南京錠を金網に施錠して鍵を捨てると、永遠にその恋は続くらしい。
語り手の「俺」は、受験に失敗した腹いせに、南京錠を切断しにテレビ塔をのぼる。
その帰り道のベンチで「俺」は長年片想いをしていた鵠沼と、不意に再会する。


起稿日や脱稿日的にいえば「エチカの鐘」よりも早いんですけれども、
大学の友人に読ませたのは2013年秋になるので、こちらをあとに置きました。

本作を一言で言いあらわすとすると、
「きもちわるい」でしょう。
独り言を洩らす語り手、カップル(世間)に対する卑屈な気持ち、片思いする女性への崇拝。
気持ち悪さを濃縮した主人公は、大変不評でした。

いや、不評なのを彼だけに着せるのはいけないでしょう。
この「きもちわるさ」の主因は、話の構造にあるんだと思います。
読み手からすれば、
「なんだかよく分からないけど、なんだかハッピーエンドで終わってる
といった感じですか。

つまるところ、作中に作者が出ていて、そしてその作者がとてつもなく歪んでいるワケです。
これはきもちわるい

この作品の合評で、
「君は社会をバカにしている」
「人生舐めてる」
「人間性的に考えても、お前人間見下してる」
「お前の書く悪役は薄っぺらく。そしてその薄っぺらさはお前そのもの」

等々の「作品感想」をいただけたのは、

僕にとって本当に幸せなことだったんだと思います。

……演出上皮肉さを出していますけども、本当にこの作品を書いてよかったと思ってます。
確かに、作者の人格を否定するような作品の感想を言われたことは事実ですし、
それで数日間ずっとめまいが続いたのですが、
読み手からいい感想をもらえないことは覚悟して書いてましたし、
なによりこういうものを書いてみたくて書いて、そして人に読んでもらいたかった。

執筆当時、リアルの環境に変化があって、身辺整理の意味合いも込めつつ、この作品を書いた記憶があります。
今思うと、本作の「俺」を通して、「あきらめ」を描きたかったんだな、と。
書いたことを後悔することもないですし、必要なことであったろうな、と。

また例の「作品感想」についてですが、これも本当に、感謝しています。
これがあったからこそ、自分自身のこと、自分と小説の付き合いについて、
じっくり考えることができたんだと思います。


本作は大学後期の自分に、いつまでも付きまといました。
なので、大学後期作品の代表作を挙げるとするならば、
僕は本作を推したいと思います。



さて、ひとまず今回の更新では以上。
大学後期作品振り返りであつかう作品は、今回の三篇と
「偶像パラライシス」
「僕らのグレートジャーニー」
「影法師を踏む」
「天動説の恋」
「クランクアップ」

の五篇を予定してます。

サンプルすら公開していない(できない)作品がいくつかあるので、
そこらの折り合いもつけつつ、やってこうかなと思います。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

じょがぁへのお便りは
  こちらからどうぞ。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。