ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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『幻想紀行』

2011/5/29頃から書きはじめた授業提出用短編。約6200字。

とりあえず現在の自分の集大成的作品。


最初は中盤で原稿用紙二十枚(課題の枚数の上限)を超えそうになったため、
家族構成を変更したりストーリー改変したり云々で23枚ほどにまとめ、
そいつを20枚まで削った。

そのあとで、朗読のため更に一枚半分を削り、今に至る。
削った方がしまってていいね。
(もう少し削れたらいいんだけど、削りは素人なんですわな。うん)


アイデンティティーなんて言ったら失笑喰らうけども、
自分の世界観を6200文字に収めこんだです。

物足りない、と感じるかもしれないけども、
続編も番外編も作る気はないです。

こいつで完結、終幕。それが一番美しいんじゃないかな?
 知らぬ間に道を間違えてしまい、未舗装の道路から獣道に迷い込んで早三日が過ぎ去った。後悔した頃にはもう遅く、獣道すら失われている樹海をひたすら前に進んでいた。
 水も食糧も尽き、自転車で世界一周の野望もここで潰えてしまうのだろうか。遭難してからタイヤは三度パンクした。おまけに悪路でホイールのスポークを折ってしまった。総重量五十キロの荷を担ぎ、ボロボロになった自転車を引きずりながら、延々とシダを掻き分け続けた。
 突然視界が開ける。緩やかな谷の中腹、段々畑に小麦が整然と生えていた。
 そんな小道の先で出会ったのが、立派な鬚を蓄えたシーナ・ジュンさんと、ナユメソの村だった。
 ジュンさんは衰弱しきったぼくを自宅に招待してくれた。家は谷にしがみ付くように建てられている。扉を開けると十代前半でジュンさんの娘と思しき女の子が駆け寄ってきて、ジュンさんに抱き付いた。癖のない黒髪に白いコスモスの髪留めが印象的だ。
「ただいま、ティーナ」
 初めて耳にする言語だ。母国語でも英語でもスペイン語でもない。当然ヒンディー語や中国語、チベット語と言ったものでもなかった。だが不思議なことに、言葉のチューナーが合ったというべきか、彼の豊かな表情や語調がリズムを持っていて、自ずと伝わってくるのだ。旅をしていると、時々こういった未知の体験をする。
 黒髪のティーナはぼくの存在に気が付くと身体を縮ませ、父親の陰に隠れてしまった。
「すまないねえ、ティーナは内気なのだよ」
 そういった歓迎は慣れたものだ。異国からの来訪者なのだから怖がるのも無理はない。
 家に入ると、妻のリアさんが出迎えてくれた。満開の笑顔でダイニングに連れられる。突然の訪問であるにもかかわらず、大盛りのホワイトシチューとこぶし大のロールパン三つを用意してくれた。
「さあ召し上がれ。うちの畑で採れた小麦で作ったんだから、ご馳走間違いないよ」
 実に気前のいい奥さんだ。全員が席に着くと夕食が始まる。実に三十二時間ぶりの食事は彼女の言う通り、人生の中で最もうまいシチューだった。遠慮なんて言葉は山脈の遥か向こうへ吹き飛び、ぼくは何度も何度もおかわりをしてしまった。
 シーナ一家は四人家族だ。大黒柱のジュンさんは農業を営んでおり、奥さんのリアさんの尻に敷かれている。また役場で働いているライという長男は現在谷底の街で上司と暮らしている。そして人見知りの激しい末娘のティーナは、食事中一度も言葉を交わしてはくれなかった。視線を感じることはあるが、彼女の方を向くと顔を背けてしまうのである。
 食事を終え、胸の前で指をからませる。今になってようやく神に祈るぼくは、なんとまあ軽々しい信仰の持ち主なのだろうか。しかし飢えの恐怖は失われた。次にすべきことはこの村からの脱出――いや今夜の野宿場所の確保が先決だろう。
「どこへ行くのかね?」
 席を立つと、ぼくの行動を感じ取ったジュンさんに呼び止められる。
「テントを張る場所を探しに行きます」
 ジュンさんと、テーブルから半分顔を覗かせるティーナの、合わせて四つの瞳に釘付けられた。
「それならば、私のうちに泊まってゆけばよかろう。ライの部屋なら自由に使っていいよ」
 実に嬉しい提案であった。遭難明けの身にとってシュラフとマットの薄い床は応える。
「大変ありがたいお誘いなのですが……」
 しかし。
「この夏の間にヒマラヤを抜けたいんです。ここは居心地がよくていけません。ですからこれ以上親しみが増す前に発ちたいなと」
 もう一つ理由がある。ちらりとティーナを尻目で見ると、少女は慌ててテーブルに隠れてしまった。ティーナはきっとぼくのことを快くは思っていないだろう。誰とも知らない異国の人と同じ屋根の下で眠れと言われたらきっと嫌な顔をするに違いない。
 ジュンさんは寂しそうに眉を垂らした。
「困ったことがあれば、必ず助けるからね」
 ありがとうございます、ごちそうさまでした。そう言ってぼくは荷物と罪悪感を背負い、玄関を開けた。
 山々は見事に赤く焼けていた。泥だらけの壊れた自転車を撫でる。明日までの辛抱だからなと呟き、ハンドルを握りしめた。
 がちゃり。小屋の方から音がして、本能的に振り向いた。半開きのドアからティーナがこちらを見つめている。それは臆病で、けれど実に興味ありげな眼差しであった。手招きしてみると、まるでハツカネズミのように少しずつ、素早く距離を詰めてゆく。やがて少女は一メートルほど間を取り、しゃがみこんだ。関心は全てぼくの相棒に向けられている。
「スポークがさ……って、言葉わかるかい?」
 ティーナはピクリと瞬時に振り返り、しばしまばたいたあとで首を傾げた。ジュンさんのようにはいかないようなので、ジェスチャーを試みた。折れてないスポークを指し、次に折れたそれを指差す。そして困った面持ちで肩をすくめた。ティーナは数秒考え、そして折れた骨組に触れた。二、三度深呼吸をし、そっと目をつむる。
 奇妙なことが起こった。にわかに幼い指先から青白い光が発せられ、それが折れたスポークから全体へと染み渡ったのだ。不気味なほどの無音で、恐怖するほどの無臭であった。
 光が収まると、そこには新品同様の自転車と、得意顔をしたティーナがいた。
 ぼくとしては、ただ同情して貰えるだけで嬉しかったんだけどな、ははは――なんて気の利いたことはちっとも出てこなかった。ただただ女の子の両肩を鷲掴みにし、
「い、今のは一体? 手が光って、えと、どうなったんだ? 手品なのか? そうならそう言ってくれ。それともこれは夢か? 幻か?」
 と、趣旨のまとまらない雑音をまくしたてることしかできなかったのだった。
 無論ティーナは驚き、ぼくを突き離して小屋へと逃げ去ってしまった。残ったのは言葉の整理のつかないぼくと夕陽を浴びて光り輝く自転車があるという事実だけだった。
 頭を巡らせる。
 チベットの夏は、短い。秋になれば偏西風の影響で強風が吹き荒れる。風に煽られて崖から転落でもしようものなら、後悔はひとしおだろう。
 しかし、もしあの手品のタネを明かされぬまま生涯を終えるのであれば、きっと死にきれないほどの後悔が地獄の門前に立ち塞がっているに違いない!
「ジュンさん!」
 気付くとぼくはウッドデッキの小さな家に押し入っていた。
「ライの部屋はどこですか?」

 シーナ家の朝は早い。陽が昇ると共に目覚めが訪れる。小麦のパンと小麦のお茶で腹を満たし、ジュンさんと共に笹カゴを背負って外に出る。お礼に畑仕事を手伝うことにしたのだ。
 ティーナの不思議な力を、仮に幻と想わせる力、幻想としておく。この村では数年に一人、幻想を持つ人が生まれるらしい。
 子どもの頃夢見た魔法使いが実在するなんて! ぼくはますます興味を持った。その次に疑問が生じた。なぜこの力を利用して侵略を企てないのか。また、いつの日か迷いこんだであろう先代の旅人たちが幻想の存在を語らず、どうして今まで世間に知られず済んだのか。昨晩はそんな考え事ばかりして、ちっとも眠ることができなかった。おかげで今、想像を絶するめまいに耐えながら鎌を振るっているのである。
 ティーナが差し入れてくれた小麦茶を何杯も飲み、羊肉を挟んだチャパティを頬張る。昼の休憩がこれほどありがたいものであるとは思わなかった。
「これ、ティーナが作ったのか?」
 チャパティを指差し、次にティーナを指すと、彼女は言葉の意味を確かめるようにおずおずと頷いてみせた。
「おいしいよ、ありがとう」
 笑ってみせると、ティーナもまた恥じらうようにほほえみ、コスモスの髪飾りを触った。
「それと、昨日はごめんよ。肩掴んじゃったりして」
 今度は伝わらなかったようで、彼女は首を傾げた。ジュンさんが意訳してくれると、ティーナは顔を一気に赤らめ、左右に思い切り振った。実にほほえましい姿である。
「あとさ」
 茶を飲み干し、あのときから訊きたかった話題を持ち出す。
「あの力を、もう一度見せてくれないか?」
「それはならぬ」
 ティーナが反応を見せる前にジュンさんが口を挟んだ。その険しい真顔は初めて見るもので、なんだか有無を言わせぬ強制力を忍ばせていた。
「ティーナの力は大自然の一部を使わせてもらっているのだ。我がままに操ろうとすれば、自然は怒り狂った姿に変貌し、襲いかかってくる。力は他者を助けるためにあらねばならないのだよ」
 きっとこの地に伝わる民謡を言っているのだろう。これだけ孤立した集落は自給自足を強いられる。その中に幻想が組み込まれているのならば、この言い伝えも頷ける。
「さて、仕事をしようじゃないか」
 作業が再開してしまうと、もはや物思いをする暇すら残っていなかった。
 三日日は疲労で寝込んでしまった。ティーナがむしろで横たわるぼくを見舞ってくれた。心配してくれているのが肌で感じ取れる。ぼくのことを家族と見なしてくれた。嬉しさの半面、遅くなる旅の再開に焦りだしてきたことも自白しよう。
 翌日、ぼくは鎌を片手に一人森を掻き分け入っていた。逃げ出そうとしているわけではない。蔓を取りに来たのだ。
「あんた運がいいね。明後日ティーナの誕生日でさ、しかも十三歳だから衣装周りの儀式が見られるよ」
 リアさん曰く、衣装周りとは幻想使いが成人になったことを知らせる通過儀礼らしい。シーナ一家は谷底の街へ降りて儀式告知をし、ぼくは衣装に使われる蔓を採取するお遣いに出された、というわけだ。
 蔓は森に入ってすぐのところに垂れていた。しかし、こんな浅場でも森は暗く、鬱蒼としていた。
 作業を終え、蔓をたすきのように提げると、ぞぞぞぞぞ……という音に包まれた。遥か頭上の彼方で風が吹きぬけていったのだ。しかし、見上げても森は少しも動いていない。
 なんて大きいのだろう。天から針葉樹の腕が伸びていて、ぼくはシダの掌にちょこんと乗っかっているだけなのではないだろうかと、思わず錯覚する。
 ぞぞぞぞぞ……。
 なんとなく、ナユメソに幻想を持つ人間が生まれるわけが分かったような気がした。
 その次の日、リアさんは蔓でヘアバンドを編んでいた。ティーナはそわそわとリビングを行ったり来たりして落ち着かない。
「ティーナ、明日の同行人は決めたかい?」
 リアさんは手を止めずに訊いた。同行人とは文字通り衣装周りにお供する役で、村人からの贈り物を受け持つという雑用係のことだ。
 ティーナは頷いた。そしてぼくを指差した。
「え?」
 リアさんの手が止まる。ティーナは頬を紅色に染め、コスモスの花飾りをいじった。ぼくは思わず噎せこんだ。
 どうしてぼくなんかを。例の儀式について何も知らないのに。
 疑問を込めた視線をティーナに投げかけると、彼女は慌てて目線を逸らした。
 まったく、この子は何を考えているんだ。

 衣装周りの日がやってきた。仕度を終えたぼくらは谷底へ向かう石と草の道を歩く。ぼくはくたびれた滞在服に笹カゴを背負っている一方、ティーナはインド藍染のワンピースに蔓で編まれたベルトとヘアバンドを付けている。ヘアバンドには白いコスモスが咲いていた。
 左右は小麦色の段々になっていて、その先は深い緑色の樹林が山なりに続く。会話は何一つない。二人で並んで歩いた。時折ティーナが興味ありげにこちらを見るのだが、一たび視線が合うと前を向いて早歩きになる。そんな様子でしばし山を降りると、いつしか人々の賑やかな声が聞こえてきた。
 誰かがぼくらの方を指差し、何かを叫んだ。するとどっと歓声が上がり、拍手が喝采する。思わず立ち止まった隣の主役がたちまち緊張を露わにしたのは言うまでもない。
「大丈夫さ」
 その言葉の意味は理解できなかっただろうが、ティーナは深く頷き、そして深呼吸をして再び歩を進める。
 徐々に拍手が大きくなる。人々は小道の脇に並び、少女に祝福の声を浴びせていた。人という人からあらゆる品がティーナに向けられる。それは人形だったり瓜だったりするのだが、祝いの念に差などなかった。
「兄貴、旅人かい」
 村人の一人が上機嫌にもぼくの肩をたたく。
「へへ、幸せもんだなあ」
 彼の言動には憧れが含まれていた。
「そりゃ、どういうことだい?」
 こんな雑用のどこが幸せだというのだろうか。
「この子から一番の想いを寄せられているからさ。大事にしてやれよな」
 その一言でティーナは顔を真っ赤に爆発させてその村人をとんとん叩いた。
 ぼくは勘違いしていたのだ。はじめ、彼女にとってのぼくは異国人なのだと思った。次に家族なのだと思った。でも、本当はそれ以上の存在であったのだ。
 ――決めた。ティーナと村人のじゃれあいを眺めながら、うやむやになっていた心に鉄の杭が打ち込まれた。

「今日発つって、それは早すぎやしないかな?」
 朝、ヘルメットにラウンドネックシャツ、サイクルパンツを身に付けたぼくの意志は固まった。例えジュンさんが止めようと、今日ナユメソの地を去る。
「ぼくは旅人ですから」
 旅はここで終わりじゃない。世界を一周して、世界で一番素晴らしい場所を見つけて、我が家の扉を開けて初めてその幕は降りる。
「……そうだね。ならば、家族を呼ぼう」
 ジュンさんはぼくを笑って送り出そうと努力しているみたいだったが、その長い鬚の奥底に見える寂しさが心に突き刺さった。
「いえ……あ、はい。お願いします」
 断ろうとしたが、首を縦に振ることにした。リアさんやティーナの顔を見たら踏み留まってしまうのではないだろうかと不安になった。でも、やっぱり別れの挨拶なしに去ることなんてできなかった。
 自転車を挟んでシーナ一家と対峙する。
「また遊びにおいで」
 ジュンさんがほほえみながら言った。穏やかな笑顔の似合う人だった。
「体に気を付けな。あんたは大切な息子だよ」
 リアさんが胸を張り、怒鳴るように言った。やがてその肩は震えだした。
 ティーナは……ティーナは、何も言わなかった。目も合わせてはくれない。
 いつも寄り添ってくれていた少女は、今何を思っているのだろうか。ぼくが旅を続けることを喜んでもらえているだろうか。いや、そんなはずない。衣装周りのパートナーとして選んだ人が、次の日に別れを言い出したのだから。
「それでは……」
 自転車を跨ぎ、前を見る。結局彼女と言葉を交わすことはなかった。名残惜しさになかなかペダルを踏み込む決心がつかない。
 と、そのとき、黒髪の少女が一歩、二歩と近付き、ぼくをそっと抱きしめた。
 彼女はコスモスの髪留めを手に取り、胸の前でやさしく握りしめた。目をつむる。ほのかに青白い光が浮かび、収まる。小さな幻想使いはぼくをじっと見つめ、不思議な力の込められたコスモスを差し出した。
「……ありがと」
 ぼくの国の言葉。
 それが、彼女の答えだった。
「Teena, Lu Ni Cein」
 だからぼくも、ナユメソの言葉で返事をして髪留めを受け取った。彼女ははにかんだ笑顔を見せ、そして大粒の涙を浮かべた。
 その小さな頭を撫でてやりたかったが、すんでのところで手は止まり、ハンドルを握りなおす。ペダルに足を乗せ、思い切り踏み込んだ。
 七日間暮らしてきた家族とウッドデッキの小屋が小さくなってゆく。きつい作業をした小麦畑の坂を下る。畑の先には蔓を採りに行った神秘の森が続いている。谷底に着く。衣装周りの名残がまだ香っているようであったが、その軌跡もやがて背の後ろである。ティーナの温もりを胸に当てる。気が付くと、前方が滲んでいた。
 遠のいてゆく。
 さようなら、ナユメソの村。
 ありがとう、第二の故郷よ。
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