ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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『毒を持つ神と萌え散らす鬼』

2010/11末ごろ書いたもの。約12000字。

日本鬼子たちのお話。

タイトルは仮題。


作家名義としては歌麻呂です。城ヶ崎ユウキではない。


主人公を(変態じゃない頃の)ヤイカガシにしたのは斬新なのではないかと。


というかこれ、書いたの受験直前じゃないか……。 フグには毒がある。でも、フグはその毒に一生気付くことはない。無意識にその武器を備えていて、無意識に自分の身を守っているんだ。
 ……幸いにしてか、不幸にしてか、僕はこの身に毒を抱いていることを知っている。でも、僕はフグでもヘビでもない。
 ヤイカガシという、守り神だ。
 神さまと言っても、きっと誰からも崇められない、身分の低い神さまだ。神さまに身分があるのも変かもしれないけど、疫病神というものもいるくらいだし、この国にはありとあらゆる神さまがいる。だから自然と身分が出来てしまうのだろう。
 ヤイカガシ一族は、このボヨボヨした皮膜から強烈な臭いを発し、その疫病神を追い払うことだけを生きるサダメとして、千歳の時を渡ってきた。何代も何代も、ただ疫病神を払うために。
 月読サマや天照サマのように手を振るだけで世界に色を付けるような、そんな素晴らしい力はないけれど、何か湧き出る魔法のようなもので疫病神を撃退しているのだと、ずっと信じて疑わなかった。
 確かに僕たちの一族には特別な魔法を備えていた。友人のヒワイドリ君の一言で、僕は全てを悟ってしまった。
「お前さ、言うの我慢してたんだが、ぶっちゃけ、マジでくせえ」
 滲み出る粘液からの悪臭。これが、僕の魔法だった。疫病神だけでなく、ありとあらゆるものを退ける、疫病神より厄介な魔法だった。
 急に、ヒワイドリ君のことが怖くなった。
 随分と長い間親しくしていたけど、その間この体臭に耐え続けていたのかと思うと、何か、申し訳ないような、球体の上からするりと滑り落ちるような、そんな感覚が肝だか胸だかを一気に冷却し、川底に突き落とされた気分だった。
 ヒワイドリ君としては何気ない一言だったのかもしれない。
 でも、本当は僕のことを嫌っていて、昔馴染みのよしみで嫌々共に行動をしていたのかもしれない。
 きっとこれは疑心暗鬼だ。ヒワイドリ君はそんなこと思っていない。そう心に言いきかすけど、身体は正直だった。反射的にヒワイドリ君を避けるように行動するようになってしまっていたんだ。
 とにかく、もうヒワイドリ君とは、面と向かって話すことなんて出来ない。
 フグには毒がある。その毒を恐れて、誰も近寄らずにフグは孤独を生き、孤独のままその身を海原の糧となるまで、悲しみに暮れ、日々を暮らすのだ。
 そうして途方に暮れていると、いつも間にか日は山を掠め、空を赤く染めていた。今まで見たことのないほどの赤だったけれど、僕はその情景に心を動かされることはなかった。
 小川に紅葉が浮いていた。赤く染まったそれは、焼け果てる寸前の祀り火のようでもあった。
 紅葉なんて嫌いだ。その生命を全うしてもなお、人々を癒し続けるのだから。枝にひっついているときはもっての外だ。
 対する僕は一体何者なのだろう? そもそも疫病神を祓う存在でありながら、人々には感謝されやしない。そんな人たちのために、厄を払う必要なんてあるのだろうか?
 昔はそんなことなかった。こんな僕でさえ感謝されていたはずだ。でも、神が形骸化された今となっては、もう僕の存在価値なんて皆無と言っていいのだろう。
   沢の葉は 次第に数を 増していき 河のほとりの 巌(イワオ)に宿る
 ここが彼らの死に場所なのだろう。
 僕も、どうせなら……そう思った矢先だった。
 川上から、静かな歌声が聞こえたのは。
   もみぢ葉の 流れてとまる みなとには 紅(クレナヰ)深き 浪やたつらむ
 その、清静とした旋法を、久しく耳にしていなかった。むしろたった三十一文字だけなのに歌が成立してしまうのかと驚いてしまったくらいだった。
 懐かしい歌だ。これは確か、古今和歌集の一首で、河口に溜まった紅葉を詠ったものだ。
 すぐ上流に、少女がいた。今どき珍しい着物は朱色をしていて、あの憎たらしい紅葉を服従させ、その言葉通り服として従わせているようだった。
 膝を折り曲げて畔にちょこんと座り、せせらぎを揺らめかす白い掌から、どことなく甘い香りを漂わすビー玉の液体をぽろぽろと溢れ出ている。
 夕陽は零れ落ちた珠玉に集光し、それから美しい魔法に変換されて、僕のアイリスを刺激させた。
 これが僕と、そして神秘の幹の中に籠る鬼との出会いだった。
 少女は鬼だった。その頭から生える二本の角を見れば瞭然のことであった。元は国ツ神と呼ばれた守り神だったけど、間もなく転落し、人や神を卑しめる存在となってしまった。
 その鬼が、目前にいる。
 本能的な危機を感じ、冷や汗が滲み出てくる。僕たちにとって鬼は天敵だ。疫病神は祓えても、鬼は祓えない。その程度の紙級の神なんだ。
「どうしたのかしら? 浮かない顔したヤイカガシさん」
 その声に肺が小さくなる。
 知らぬ間に僕の天敵はすぐ側にまで近付いていた。もう足はすくんでしまって動けない。いや、鬼を見たときから、とっくに足はすくんでいたのだ。
「く、喰らうなら、早く喰らえ!」
 精一杯強がることしか出来ない。噂では、鬼は嬲りに嬲ってから舐めまわすように口の中で四肢をかき混ぜながら喰らうのだという。死ぬのなら、せめて一瞬で死にたい。
「むぅ、なによ。私そんなにあなたのこと取って食べちゃいそうな顔してるかな?」
「と、当ぜ……」
 言い掛けて、鬼の姿をまじまじと見返す。小さな僕と背を合わせようとしているのか、先程畔にいたときのように屈みこんで、それから小首を傾げて微笑んでいる。
 冷静な第三者から見れば、どう見ても獣のそれではなかった。どう見ても卑しき者ではなかった。
 獣は僕の方だ、僕の中のヒワイドリがこの少女に喰らいつきそうになる。
 彼女は癒しの者だ。少女は角があることを除けば、ごくごく普通の女の子であった。
 ……いや、それは違う。こんなに美しい人は、根気良く探り歩かなくては巡り会うことはないだろう。それも、都会ではなく山奥の村のような田舎で。
 電気も通っていない世界に一つ佇む大屋敷。その中で静かに暮らしている箱入り娘……。そう、この長く真っ直ぐに伸びた黒髪なんてまさに和の香のお嬢様だ。
「それで、お前みたいなやつがどうしてこんな所にいるんだ」
 話題を変える。これ以上沈黙を続けると何か抗えないものに屈してしまうような気がした。
「私は……ヒマつぶしだね!」
 そんな偉そうに言われると反応に困る。
「ヒマなら適当に人でも襲えばいいんじゃないの?」
「そんな毎度毎度やってたら疲れちゃうよ」
 殺ってる? 平然と残酷なことを言う女だった。
「それに、今だって……」
 少女は言い掛けた言葉を呑み、僕の背後の見た。振り返ると、下流の方から小さな影がこちらへ向かってきているのが見えた。
「ねぇねぇ! いたよいたよ!」
 それは、紅葉着の少女と同様着物を着ていたが、こちらは桜の吹雪をその着物に写し取っているようであった。姿も随分と小さい。二人の大和撫子が並ぶと、姉と妹か、はたまた母と娘のようにも思えてしまう。
 が、こちらに神、及び餓鬼の気配はしない。当然鬼の気配も感じない。鬼に心を囚われた憐れな少女なのだろう。
 昔はそうした子たちが鬼や天狗と共に山奥へ連れ去られていた。神隠しと呼ばれ、畏れられていたのがそれだ。
 紅葉着の少女はそっと微笑み、囚われの子の頭を撫でる。
「ありがと。それじゃあヤイカガシさんを守ってあげて」
 桜着の女の子は気持ちよさそうに目を細め、頷いた。
「それじゃあ、行ってくるね、ヤイカガシさん」
 その静かな語りに、一瞬我を忘れる。その妖艶な瞳に吸い込まれ、ふと意識が戻る。
「え、ちょ――」
 言い掛けたところで、僕は固まった。一陣の風が吹いたかと思うと、少女は風から薙刀を編み出し、殺気を含む大気――大いなる気を身にまとった。
 喰われる。そんな危機を訴えかける本能が至る前に、畏怖の少女は風と共に去ってしまった。
 遠くの山の広葉樹がさらさらと音を立てる。清らかな小川の岸には、呆然とする僕と、嬉しそうに手を振り見送る桜のちびっ子だけが取り残された。
「あの鬼はどこに行ったの?」
 状況が掴めないがために、一応そんなことをちびっ子に訊いてみる。下流を見つめ、にへらと頬を溶かす横顔を見る限り、この幼女とあの少女の仲は睦まじいものなのだろう。
 鬼に心を許してしまっているんだ。そんな人を信用してしまっていいのかは言うまでもないが、この子は破顔した顔をそのままに答える。
「ねぇねぇはね、鬼たいじ、だよ!」
 ねぇねぇとは恐らくあの鬼のことだ。そして、同時に疑問も生じる。
「鬼退治? 鬼が?」
 知らぬ間に、同族の殺戮文化は鬼にまで伝来してしまったのだろうか? 全くどうしてこう人間の負の文化だけが神の領域にまで広がるのだろう。
「で、ちっこい君は、ねぇねぇの所にはいかないのかい?」
 この子があの少女のことを慕っているのは確実だろう。なら、どこぞの馬の骨――というか、こんな体臭のきつい僕なんか余所に放って――
「ちっこいって、ゆーなぁぁぁぁぁ!!!」
「でぅ!?」
 いきなりアッパーをお見舞いされた。ちっこいって言うな? 冷静に考えれば、それはこっちの台詞だろう? ウシガエルと同じ程度の僕と、幼稚園生くらいのこの子とで、背比べをする必要もあるまい。
「ご、ごめん、悪かったよ」
 これ以上何かされた魂の緒が切れかねない。問いただすべきものは数多あるけど、平謝りをしてやり過ごすことにした。
「むぅ、もう許さないんだから! もう口きいてあげない!」
 いや、会って三分も経ってない関係だし、口聞くも何もないと思うんだけど……。
「わかった、もう許さなくてもいいから、ほら、もうねぇねぇのとこ――」
「ねぇねぇって、ゆぅぅぅ―――なぁぁぁぁ―――――!!!!」
「へぇ゛ぇ!?!?」
 二度目のアッパーは、さすがに天照サマの元へ昇りかけた。
 というか、さっきはねぇねぇって言っても大丈夫だったじゃないですか……。全く基準が分からない。
「ねぇねぇって言えるの、こにぽんだけだもん!」
「は、はぁ」
 きっと譲れないプライドか何かがあるらしい。いや、あの鬼の洗脳かもしれない。ここから立ち去ったときの殺気もそうだけど、奴は可愛い顔をしるけど、油断したらそこで人生はゲームセットだろう。
「こにぽんはね、ねぇねぇがかえるさん守ってあげてねって言ったから守ってあげてるの。ねぇねぇ言ってなかったらかえるさんポイってしてるんだから!」
 蛙。
 まあ、あながち見た目は似てる。でも僕は両生類というか魚類の部類だと思う。これでもちゃんとエラ呼吸してるんだ。エラ呼吸する神だ。
 それにしても、さっきのこの子の言ったことが本当だとしたら……鬼同士が戦っているなんて、そんな話聞いたことがない。
 確かに「天地の開け始まりける」時代には神々が争ったことはあっただろう。神器を創造し、天と地をかき混ぜるように繰り広げられた戦争だ。
 でもそのとき、「鬼」という存在は無かった。鬼はとある国ツ神が転落した存在が起源だからだ。鬼が生まれたのちも彼奴ら同士は争わず、また共生もしない無頼漢の輩たちのはずだった。それなのに、この現状はどういうことなのだろう?
「ねえ、かえるさん」
 桜の子が声を掛けてきた。心なしか語調が荒い。
「ねぇねぇのとこ、行きたい?」
「どう見ても僕より君の方が行きたそうだよね」
「えへへ」
 否定することなく、恥ずかしそうな笑顔で肯定する。
「で、どうやって行くんだ? まさか鬼の影も見えないここから追いかけるのか?」
 紅葉の鬼が向かった先は、川の流れる先だ。源流方面の山々とは裏腹に、そちらは遠くの都市まで見える平原だった。ほとんど姿を消してしまった田畑の世界が、ここには広がっている。
「あのね、これ使って行くんだよ!」
 と、この幼女は桜の袂から、花びらのようなものを舞い散らせた。
「なんだいこれは」
「恋の素!」
「コイノモト?」
 うんっ!と大きく頷いている。何がそんなに嬉しいのだろう?
 恋の素……数十年前に森澄雄という俳人が「鯉素」と掛けて使用していたとか言われている。が、噂程度にしか知らないからそれとの関連性についてはなんとも言えない。
 ひらひらと散る日本の色は、この子には似つかわしくない慎み深さを内に含んでいた。花びらに慎みも包もないだろうけど、これは確かに息吹く気配を醸し出している。
  「さくら舞へ舞へ~、お空たかくへ~」
 謎の下の句を詠唱すると、恋の素はその持ち主と僕とを仄かに包み込んだ。もし僕が悪霊だったら浄化されてしまいそうな、不思議で不可視な温もりの床に腰を落ち着かせる。
 もし仮にこの力を鬼に使ったらどうなるのだろうか?
 そんな疑問が生じるが、それをこの娘に尋ねることはしなかった。いや、出来なかった。
 なぜなら、この淡く包み込んだ恋の素が、停止状態にあった恋の素が、瞬間にして時速数百キロの等加速直線運動に直行したからだ。
 神が物理を語るのもどうかと思うけど、これはまるで物理学者が何世紀も掛けて築きあげてきた物理法則をデコピン一発で弾き飛ばすが如く。まさに、神の力だ。
 ……ここで僕は気付く。おかしい、何かが変だ、と。
「君、どうして神器なんて持ってるんだい?」
 そう、それだ。この、ごく普通の女の子が、ただ鬼に心を許してしまった憐れな少女が、どうして神器を使えるのかってことだ。
 神器と言うと三種の神器を思い浮かべるかもしれない。代々人間の天皇が受け継ぐという八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣のことだ。
 そもそも三種の神器は、天地創造の戦争や、その後の神々が精製した八百万ある神器のうちの三つだ。当然、それ以外の神器は神々が所有している。
 でも、僕のような下級の神に神器を持つ権利……というか、神器そのものを造れる程の能力はなく、ある程度著名な神サマじゃないと持つことが出来ない。
 恋の素なんて神器は聞いたことがないけど、でもこの非科学的な現象の体験こそが恋の素が神器である一番の証拠だ。
 桜の女の子は、キョトンとしている。まるで、僕の質問が愚問であるかのような。
「どうしてって、こにぽんの恋の素はこにぽんの恋の素だよ?」
「それって、つまり――」
 君は神サマなの……? それなのに、どうして神サマの気配がないの……?
 その問いは、残念ながら相手に届くことはなかった。
 なぜなら、この僕らを淡く包み込み、音速級のスピードで空を切り裂く恋の素が――減速と言う言葉を小学校で習わなかったのか――等加速を維持しながら地面に衝突したからだ。
 恐らく辺りは砂埃が待っているのだろう。真っ暗で何も見えない。もしくはクレーターが出来ているのかもしれない。いや、その両方だろう。
「あ、着地するときにピョンって跳んでね」
 今頃になって着地時の注意をされても困る。
 身体が潰されないところが、僕がとりあえず神である、という証明なのだろう。僕が死ぬのは、数世紀にも渡る寿命が尽きるときか、鬼神によってこの身が引き裂かれるかのどちらかだ。
 ……それでも直で喰らった衝撃は痛い。痙攣する身体を起こす。舞い上がった塵は四方を吹きかう風によって少しずつ薄れていき、代わりに辺りを揺らすススキの穂が忙しなくに音を立てた。
 囲まれた下流川岸。隣に恋の素を扱う女の子が立っていた。そして、芒ヶ原にぽっかりと空いた円形の空間に、紅葉の衣と黒い髪を揺らす背があった。
 あの、最後に感じた殺気。そして、頭には般若のお面が添えられている。自身の身長を超過する薙刀を手に、じっと砂埃の先を睨んでいるようだった。
 少女の相手をする黒い影が浮かぶ――それは、少女の背の倍はあるだろうか、あの絶滅したモアを髣髴させる輪郭に、僕は身震いがした。
 それは、実は恐怖からではない。巨大な「鬼退治」をする鬼の姿からではない。
「ヒワイドリ……EX」
 巨大な鬼の姿を隠していた幕が引かれ、その雄々しい純白に紅い鶏冠を持つ姿が露わになる。
 時々その姿を見る。ヒワイドリ君は僕とほとんど同じくらいの小さな存在だけど、その一族が結集するとヒワイドリEX――彼らの真の姿――が具現と化する。
 昔は「卑猥ノ鳥大神」と称していた御神だけど、西洋化の波に乗って改名したらしい。
 武勇と慈悲の二つを併せ持つ、そのヒワイドリEX神が鬼と対峙している。
 鬼退治、と言っていた。まさか、大神サマが鬼であるはずがない!
「やめてくれ!」
 僕は駆け出した。今まさに攻撃に移ろうとしていた薙刀を持つ少女は、僕の存在に驚いたのか、紅葉色に変化した眼を大きくさせた。
「ヤ、ヤイカガシさ――」
「余所見する暇あるあらばぁぁ、乳の話をせよ! Talkin' Buster!!!~チチノ ハナシヲ シヨウジャナイカ~」
 ヒワイドリEX神の嘴から野太い光線が紅葉の少女目掛けて発射された。伝導熱が僕の頭を焦がし、ススキの原に十尺五寸幅の道が出来上がった。
 この様子だと、掠るだけで身を溶かしてしまうのだろうが、少女は人外の跳躍力でそれを交わした。
「甘いわぁ!」
 躊躇いなく、再び大神の閃光が、今度は宙の少女に向かって放たれる。さすがの鬼も宙での自制は利かず、ただ重力に任せて自由落下の状態に入っている。
 このままではモロに喰らう。僕は思わず目を伏せた。
 間もなく大地を轟かす音が響き渡った。しかしそれは、先程ヒワイドリEXの放った光の轟音とは違っていた。金属と金属がぶつかり合うような、激しい雷鳴だった。
 恐る恐る顔を上げる。熱線の放たれた場所には、桜色をした十角形の結界のようなものが張られており、そこから伸びた桃色の糸を辿ると、結界の下で二人の和装少女が無様な姿で倒れていた。
 分からない。どうしてこうなったのか分からないけど、きっと桜の子があの恋の素を使って結界を生成したのかもしれない。僕に分かることは、二人が無事である、という結果のみだ。
「お、大神サマ、どうしてこのような酷いことをなさるのですか!」
 僕は叫んだ。こんなの道理に合わないことだろうけど、身を弁えるのならば、あの鬼を非難するべきなのだろうけど、でも僕の知っている大神サマは正々堂々としていて、不意打ちや無防備な者に攻撃は仕掛けない。例え、敵がどんなに強くても。
「ヤイカガシさん、そこから離れて!」
 よろよろと立ち上がる鬼が精一杯の声で叫んだ。
「その神は、『鬼』なのよ!」
「違うよ!」
 僕は叫び返した。この御神は僕の友達なんだ。とても頼もしい存在なんだ。だから――、
 気が付くと、僕の身は宙を飛んでいた。
 脇腹の衝撃があとから伝わる。
 「邪魔だ」と、大鳥が呟いていたような気もする。
 ああ、そういえば。
 僕は、ヒワイドリ君に嫌われてるんだったっけ。
 とさり、と顔が泥で擦れる感覚。そして、遠くから汚れた人形を心配する幼い声がする。
「かえるさん!」
 桜の子が僕の体を揺する。頭がくらくらする。
「ごめんね、ごめんね、こにぽんが守ってなかったから……」
「いや、いいんだ。……そんな価値のない存在だからさ、僕なんて」
 そう、それでいい。僕なんて、泥に埋まって果ててしまうのが割に合っている。こんなに可愛い子に見守られるほど優遇されるような存在じゃない。
「そんなこと、ない!」
「え……」
 桜色の着物の女の子は、目に涙を浮かべ、ぶぶんと首を横に振る。怒っているのか、額に小さな可愛い角を生やしているように見えた。
「そんなことないよ! かえるさんは、いなくちゃいけないの! だって、こうして会えたんだもん! せっかく会えたのに、別れちゃうのなんてヤだ……! ヤだよ……」
 どうしてこの子はこれほどまで僕の志向に抗おうとするのだろうか?
 きっとその答えは、ずっとずっと先になってから分かるんだろう、そんな気がした。
 ススキが揺れ、空気が張り詰める。
 般若の仮面を持つ少女は、静かにヒワイドリEX神との距離を縮める。
「許しません。もう、ここであなたを散らせてあげます」
 凛とした声を合図に、その刃を相手に向ける。
「ならば、思う存分相手をしてやろうぞ!」
 一気に間を詰めた神と鬼の錯綜に、僕は力なく見つめていた。居合、翼打ち、薙払い、頭突き、斬り込み、熱線……。
 打ち合いのスピートはとても僕の目には負えなかった。でも隣の恋の素を使う女の子はススキ野の交錯に追い付いているようだ。
「ねぇねぇ!」
 突如女の子が叫んだ。その声に戦う少女は一旦間を置く。
「あれ、みて!」
 女の子の指す方向には、抗戦の体勢で構えるヒワイドリEXの姿があった。しかし純白であったはずの体毛がぼんやりと黒ずんでいる。湿地を駆けても穢れぬその絹の毛が、黒くなるだなんて前代未聞だった。
「化けの皮が剥がれてきたようね……」
 鬼の子は、長い髪をなびかせ、不気味なほど美しく、笑った。
「あなたを、祓ってみせます」
「ほう、ならば、そうすれば良い」
 鳥の大神が小さな存在を見下ろす。
「さして、そこのヤイカガシを冷酷にも突き放すというのならばな」
 鬼は躊躇いなく薙刀を向ける。
 まさか……本気、なのか?
「なあ、お前は一体何をしようとしてるんだ! 僕を助けようとしてるのか? 僕を嘲ってるのか? ……お前は、何者なんだよ!」
「……分からないの」
「分からないって……!」
「ただ、分かることは一つ」
 薙刀を持つ小柄な姿が、紅く燃え上がっているような気がした。
「この日本鬼子、心に棲みつく鬼を祓う、天命に生きる!」
 疾駆、そして

 ――萌え散りなさい!

 それは、一瞬のことだった。
 日本鬼子は、卑猥ノ鳥大神を両断した。鬼子の刀に、絶叫とどす黒い影がまとわりつき、そして、鈍色の中に吸い込まれていった。
 大神はバラバラと身体を崩壊させ、そして、各々のヒワイドリに分化した。
 風は収まり、やがて空には鳥が舞い、川では小魚が飛び跳ねた。
「お祓い、完了」
 そう鬼子が呟くと、薙刀がさらさらと消えてなくなり、例のさっきもすっかり無くなってしまった。
「かえるさん、大丈夫?」
 隣の女の子が心配そうにしている。いや、まあきっと大丈夫なのだろうけど、色々とまだ理解が出来ていないというかなんというか……。とにかく、今一番気になるのは、
「ヒワイドリ君は……」
「ヒワイドリさんなら、今は気を失ってますが、そのうち目を覚ましますよ」
 それはよかった……。
「すみません、ヤイカガシさん。まさかいらっしゃってしまうとは思いもしませんでした……」
 口調こそ優しいものの、その視線はジトリと恋の素を使う幼女に向けられていた。
「私と小日本は、鬼を退治する旅をしているのです。先程の薙刀を使って」
「それでね、こにぽんはねぇねぇの、あしすと、だよ!」
 どうやらこの女の子の名前は小日本というらしい。
「鬼を退治って……じゃああの薙刀も神器ってこと?」
 鬼も元はと言えば神サマだ。神器でなければ倒すことは出来ない。
「ええ。悪しき物ノ怪のみを祓うことが出来る神器です」
 そんな神器があるという伝説は昔聞いたことがあったような、なかったような気がする。僕が生まれて間もない頃に、誰かから聞いたような……霞んだ記憶だ。
「それで、それをなんでヒノモトさん――」
「鬼子でいいですよ」
 鬼子はにっこりと笑みを漏らした。
「あ、はい。えと、鬼子さんが持ってるんですか?」
 問題は、何故神器を堕落した鬼が所持しているのか、ということだ。普通精霊以下に格下げされた神は神器を剥奪されるか破壊される。
 鬼が神器を所持しうる可能性は一つ。それは、神器を所持する神を――これ以上のことは、僕の口からは言えない。
「それは……ごめんなさい、あまり言いたくないことなのですが」
「ああ、うん、いいよ」
 と、ここで譲歩する僕に自己嫌悪する。いや、もしかしたら抱く気持ちは同じなのかもしれない。いかなる理由があろうと、神への冒涜は千歳の拷問に値するのだから。
 ぴくり、と純白のヒワイドリたちが点々と起き上がりだした。
「ヤイカガシじゃねえか……」
「ヒ、ヒワイドリ君!」
 思わず苦しそうに呼吸するヒワイドリ君の元へ駆けつける。もう仲は戻らないかもしれない。でも、走らずにはいられなかった。
 幸いにして、外傷はない。鬼に憑かれていた疲労が溜まっているのだろう。
「へへ、驚いたぜ、おめえが俺のこと庇うとはよぉ……」
 顔を引き攣らせて笑う姿が痛々しいけど、ヒワイドリ君らしくもあった。
「畜生、こっちは大変だったぜ。おめえが来た途端、悪霊の野郎が暴走しはじめてよ、制御するのにどんだけ力使ったと思ってんだよ……」
「制御? どうして?」
「はぁ? そりゃおめえがと……いや、当然だろ」
 何かを言い掛けた口を塞ぎ、別の言葉を紡ぐ。
「と、友達だって言ってるのかい? 僕のこと、友達だって!」
「あーあー、うるせえな、だからどうしたんだってんだよ」
 どうしたもこうしたもない。信じられなかった。
「だって、ずっと余所余所しくしてたじゃないか! 僕のこと嫌いになったんだと思ってたよ!」
「おめえだって俺のこと避けてたじゃねえかよ」
 それは、ヤイカガシくんが他人行儀な振る舞いをしてたから……と、ここで話が一周していることに気が付いた。でも、そもそもの発端はヒワイドリ君の方だ。
「だって、君が僕のこと臭いって言って……。だからなるべく近付かないようにしてたんだ」
「あ? そんなこと言ったか?」
 どうやら何も覚えていないらしかった。どうも落ち着かない憤りが体内で暴れまわる。
「ああ、もしかして」
 と、何かを思い出したのか、白い翼で合点した。
「おめえさ、今もそうだけどよ、台詞がいちいちクセえんだよ」
 ……は?
「ああそれだ。だってそうだろ? 最近ずっとさすらいのヤイカガシぶってんじゃねえか。『俺は旅を続けている、そう、居場所を探し求める旅をな……』っつー具合にな」
 そんなことない、と断言したかったけど、悔しいことに思う節があった。あってしまった。
「おめえさ、マジ中二病だろ。捻りがねえんだよ、捻りが! そりゃおめえの近くにいると臭えよ。でもこっちはとっくに慣れてんだってんだよ、馬鹿野郎が!」
「ご、ごめん……」
 僕らの溝は、あまりにも浅いものだった。いや、そもそも溝なんてものはなかったのかもしれない。それくらいあっさりと、僕らの関係は元に戻っていた。
「しかし、いい姉ちゃん見つけたな」
 と、ヒワイドリ君は鬼子さんを舐めまわすように見つめた――いや視姦した。
 ヒワイドリ君一人だったら舐めまわすという表現で良かったと思うけど。
 ……そう、例えばヒワイドリEX神はヒワイドリの一族全員が集合して生まれる。
 そのヒワイドリたちが、今このススキの原っぱに集結している、この図を想像して欲しい。
 C、だなと、とあるヒワイドリが呟いた。
「えと……何がCなのですか?」
 鬼子さんが恐る恐る尋ねるも、それは愚問というものだ。いや、もはや愚か者としか言いようがないのかもしれない。
 何故なら、
「無論乳の話だ」「当然乳の話だ」「いや父の話だ」「うむ、程良い」「あな、心ある乳なりけり」「あの幼女は俺のものだ」
「なら姉ちゃんは俺の嫁」「いや俺の嫁だ」「VIPから来ますた」「品乳なり」「乳の話をしようじゃないか」「乳の話をしようじゃないか」
 ヒワイドリの卑猥な心を燃え上がらせてしまったのだから。
「鳥さんたち、こわい」
 小さな恋の素使いが震える。当然の反応だ。目の前に広がっているのは、良い子は見ちゃいけないような光景なのだから。
「ヤイカガシさん、私は確か鬼を祓ったはずでしたが……?」
 目を潤ませる鬼が、格好の餌食であるはずの僕に助けを求めた。
 ヒワイドリの純粋な心と、卑しく汚らわしい心は、イコールで成り立つということをご存知ないようであった。
「それなら……」
 だから、僕も天敵にアドバイスを送る。
「よし、逃げよう!」
「おい、ヤイカガシ! おめえ独り占めかよ! このムッツリ野郎めが!」
 フグには毒がある。でも、フグ自身はその毒に気付くことはない。
 ……幸いにしてか、不幸にしてか、僕は自分に毒があることを知っている。でも、僕はフグでもヘビでもない。
 ヤイカガシという、守り神だ。
 神さまと言っても、きっと誰からも崇められない、身分の低い神さまだ。
 ヤイカガシ一族は、このボヨボヨした皮膜から強烈な臭いを発し、その疫病神を追い払うことだけを生きるサダメとして、千歳の時を渡ってきた。
 でも、この臭いは疫病神にしか効果がないのかもしれない。ヒワイドリ君も、小日本も、そして鬼子さんも、実は誰も僕の臭いを気にしてはいなかったんだ。
 僕の中の、ヤイカガシというイメージがぼろぼろと崩壊していく。
 ……そして僕には、守り神という肩書だけが残るのだ。
 逃げる三人と、雪崩れる白い雪の塊。
 謂れ引く鬼と共に旅をするのも、悪くはないんじゃないかな……なんて、滑稽なことを思い巡らしながら、僕は夕暮れの沢岸を走り続けた。


続かない。
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