ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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『幼女と、風鈴とお星さま』

2011/05/23ごろ書いたもの。約5200字。


仮題は『小学幼女みさき☆フェスタ』。
某アニメをパク……参考にしました。

大学の文芸サークルでの処女作。


「翼の~」シリーズからの脱却というか、巣立つためにあがいていた作品でもある。

いまだ三人称を書く勇気がない。


ちなみにサークル内で提示されていたお題「ラムネ」「風鈴」を使って書いたものです。「お兄ちゃん、あのね、美早紀ね、ラムネ飲みたいの」
 遠くで太鼓の音が鳴り続く、そんな蒸し暑い六畳一間での出来事だった。
「駄目だ」
 選択肢を浮かべる間もなくそう返答に、美早紀の頬は膨れていく。
「や! ラムネ飲みたい! 美早紀ラムネ飲みたいの!」
 勘弁してくれと言いたくなる。美早紀はまだ小学生で、唯一わがままを言える異母の兄が俺なのだが、どう現状を伝えればいいのか分からない。
 美早紀がわがままを言うのは珍しかった。不幸人生の先輩としてもなるべく妹に悲しい思いをさせたくないし、彼女の笑顔はオレの原動力でもある。だからこそ、できる限り要望には応えてやりたかった。
 でも、現実はそう甘いもんじゃない。
 全ての原因はあいつだ。俺の父であり、美早紀を生ませた女好きのあいつだ。
「ラムネ!」
「頼むから我慢してくれよ」
「や!」
 兄妹の論争などどこ吹く風か、窓辺の風鈴がりいんと揺れ響く。
 半年前、久々にあいつが帰ってきたと思ったら、黄色い帽子とランドセル姿の幼女を土産に持ってきていた。
 あいつはうわべ困った様子を見せ、義理でも乞うように語り出す。
 ――全く父さん困ったことになったよ、いやあこの子の母がさ、病気でな、さすがにもう入院しねえと死ぬくらい悪くなってな、今のうち引き取らねえといけないわけよ、でもほら父さん忙しいだろ、だから幸希、この子を育ててやれ。
 ふざけんなと。何言ってんだと。娘が隣にいるくせに死ぬとか言うなよと。とにかくありとあらゆる怒りと呆れと憎しみが込み上げてきて、目の前の男をぶん殴りたくなる衝動に駆られた。でもそいつを理性で抑え込ませ、そしてせめてもの反逆に、この小さく震える女の子を迎え入れたのだった。
 あいつは美早紀の母親のヒモになっていた。だが、子を授かったという知らせを聞いたその晩に奴は飛び出したのだ。やがて美早紀は生まれ、大切に育てられたようだが、母は病弱で、経済的なストレスも乗じ、先日倒れてしまったらしい。
 そんなことを、あいつは冗談も踏まえて、面白おかしく語っていた。感情を押し殺し、酒臭い息をおかずに黙々と素麺を啜った。
 麺と一緒に、憎悪も呑み込んだ。
 どうせ俺たちのことなんて道具だとしか思っていないんだ。
 薄ぼんやりだった感覚が確信へと変化したのは、この翌日の出来事であった。
 目が覚めるとあいつの姿はなかった。あれほど酔っぱらっていたのに、音一つなく去っていったのだ。
 この家の、通帳と共に。
 まだ風鈴の音のない季節だった。
 通帳がなくなっていることに気付いたときにはもう遅く、ほぼ全額が引き落とされていた。必死に働いた金が女を喜ばせるためだけの道具と成り下がった。一人ならまだしも、幼い子を養う金すら残さないあいつに殺意が芽生えたが、そんな邪魔な存在は無視してしまおう。
 ただ生きる。そのために無理を言って給料を前借りし、プライドと信頼関係を少しずつ切り崩した。親友を作らなかった自分の半生を呪いつつも毎日醤油と粥ともやしで胃袋を満たそうと努める。でも美早紀には野菜炒めを作ってやり、教育費と家賃だけは必ず払いながら六ヶ月間を生き抜いてきたのだ。
 ようやくひと月辺りの支出と収入のバランスがプラマイゼロになり、美早紀とも隔てなく話せるようになってきた頃に勃発したラムネ騒動、というわけだ。
 たかだかラムネ一本けちけちしやがって……と世間に冷ややかな目で見られるだろうが、美早紀の欲するラムネは市販のものではなく、縁日で売られているラムネのことを指しているんだ。
 祭のブツはクソが付くほど高いと相場は決まっている。市販価格の二倍の値のくせに「これが均衡価格ですが何か?」と屋台の奴らは胸を張って断言するに違いない。
 給料日前だという現実も折り重なり、結局我慢しろの一点張りをせざるを得なくなった。その結果、美早紀は散々泣き喚いた後、今ではすっかり寝息を立てておとなしくなってしまった。
 涙の線が残った頬を濡れタオルで拭ってやり、しなびたタオルケットを掛けてやる。
「ごめんな」
 そっと髪を撫でる。短く揃えられた黒髪は汗で湿っていた。でもその小さくやわらかい感触の中に大きな未来が宿っていた。
 この未来だけは踏み潰したくない。俺のような不運男の終末はせいぜいガラクタ山の一塵だが、美早紀には無限の可能性がまばゆく先を照らしている。
 でもあいつは――法的に父親とされているあいつは、その可能性すら分別なく消炭にしようとしているのだ。
 ああ、不運だ。
 通帳さえ奪われていなければ……いや金さえあれば、あと一つ美早紀の笑顔を授かることができたのに。
 あいつのせいだ、あいつがいなければこんなことに……。
 なんて俺は不幸せなのだろうか。
「ママ……」
 り、りいん。
 風鈴が揺れる。
「会いたいよぅ……」
 その瞬間。
 思い切り頬骨を殴られた気がした。
 俺はもう部屋を飛び出している。
 情けなかった。甲斐性無しの自分を袋叩きにしてやりたかった。
 お金がない? 貧乏?
 そんなもの、俺のもやし一袋と飯半合我慢すればいいだけの話じゃないか。
 不運な俺? あいつのせい?
 くそったれが。この世で一番不運なのは美早紀で、不運たらしめているのは紛れもないこの俺じゃないか。
 真面目で、何事にも一生懸命な美早紀に甘えていたんだ。
 貧困甚だしい生活に不平も不満も漏らさず、お母さんのことも何も言わずについてきてくれた。
 不幸である自分に酔いしれていた、この俺に。
 最低な男だ。好色なあいつよりずっと卑怯な人間だ。
 走り続けた。空が紫色に変わりつつある。
 美早紀が夢の中で何を思っていたのかは知らない。でもそれは美早紀のお母さんと一緒に祭へ行った夢であると信じて疑わなかった。
 俺は祭に行ったことがない。少なくとも記憶の中にはない。でも美早紀の夢の中ではぼんやりと提灯と屋台の並ぶ道が続いていて、大勢の人が上手へ下手へと移動している像はしっかりとイメージされた。
 屋台のおじさんがくれたラムネの瓶には水滴が付いていて、灯に照って輝いた。両手で受け取る。少女にとって、片手で掴むには大きすぎるのだ。
 ……なんて独りよがりな妄想を展開しているうちにも太鼓の音はどんどん近くなってくる。それに伴い自身の鼓動もどんどん大きくなった。人が徐々に増えてきた。焼き鳥か焼きそばのタレの香りが漂いはじめて、人々の笑い声があちこちから湧いている。人ばかりいる祭はひどく居心地が悪い。日はとうに沈んでいるのに暑苦しさは失せることなく、湿気はむしろ人込みを掻き分けていくにつれ増加していった。
 好き好んでこんな場所に行きたがる人間の思考が不思議でならない。売り物はどれも高いし、誰も彼もが大声で雑音を発している。
 それでも引き返そうとは思わなかった。
 今一番手を握ってやらなくちゃいけない家族がいるから。
 雑踏を抜けると、赤い旗が目に入った。
 『ラムネ』と書かれたそれを見て、まるで初恋の人と再開したような気分に陥った。
「らっしゃい」
 威勢のいい決まり文句に胸は高まる。
「ラムネ、一つ」
「あいよ、二百円」
 淡々としたやりとりの後、なけなしの硬貨二枚が消え、その代わりに海色の瓶が手渡される。
 それを片方の手で掴むと、ふと童心に戻ったような気がした。
 ラムネの表面に水滴が付いている。当然だ、さっきまで水の中に沈んでいたのだから。
 しかし、その水滴はただ水素と酸素が合わさった無機物のそれではなかった。
 ――どうだ、ラムネ飲むか?
 そんな声のする雫だった。
 いや、まさかな。あんな腐った人間からこんなものをプレゼントされたとは思えない。
「あんちゃん、どいてくんねえか」
 猫騙しの一言に瞬間居場所を見失い、周囲を見渡す。ここは祭のさなかで、背後には飲料を求める人々が列をなし、彼らの目先は全て屋台の前で立ち尽くす俺に向けられていた。会釈をする間もなく、賑わいから逃げるように人間の林を駆けた。
 怖い……そうだ、祭は怖いものだったんだ。
 幼年時代、道往く人々は皆背が高くて、独り足の生えた樹海に佇んでいた。
「幸希、どうだ、ラムネ飲むか?」
 あいつは――お父さんは孤独にいた俺に手を差し伸べてくれた。
 その大きな手には初めてのラムネがあって、火照った指先が触れるとひんやりと気持ちよかった。
 蓋の包装を解き、ビー玉落としを飲み口に押し当てる。
 しかし力不足と未知の恐怖とでビー玉はなかなか落ちてはくれなかった。
「貸せ、のろま」
 巨大な手がラムネをかっ攫う。そしてためらいなくビー玉を突き落とした。
 ……思い出した。ああ思い出したよ。
 いつの日だったか、祭に誘われたことがあった。純粋にも嬉しかったことだったのだが、巨大な手の恐怖で今まで封印された思い出として扱われていたらしい。
 今では微塵も感じられない『お父さん』をあいつは確かに持っていたんだ。
 どうしてあいつが落ちぶれ者になってしまったのか。
 いや、そんなことは全くもってどうでもいい。あれがあれになった由縁なんて考えたくもない。
 あるのはただ現在を生きる俺とあいつと、そして美早紀の関連性についてだった。
 もしあの日のお父さんと俺が、今日の俺と美早紀だとしたら?
 我が家へ向かう足取りが重くなる。もし今日のあいつと俺が、明日の俺と美早紀だとしたら?
 親は子に似る。一人不幸だと嘆いて、自分のことしか考えない姿はまさにあいつそのものだ。
 俺も腐って、やがては美早紀も腐ってしまうのだろうか。
 空はもう真っ暗だった。都会の夜空に星なんて一つもない。あるのはゆったりと流れる飛行機の機体灯火だけだ。
 それがやさしさに溢れた流れ星だとしたら、どうか自分勝手な俺の願いを叶えさせてください。

 ――美早紀に幸せな笑顔を。

 ――美早紀に幸せな笑顔を。

 ――美早紀に幸せな笑顔を。

 なんて、実に馬鹿馬鹿しい儀式を執り行い、辿り着いたドアノブを引き開ける。
 ……りいん。
「お兄ちゃん?」
 美早紀がいた。寝起き眼を赤く腫らして座っていた。
 泣いてたのか? そう言おうとした矢先、愛しい妹が懐に飛びついてきた。
「おにいちゃあん! ひとりにしないでよ、おにいちゃあん!」
 泣いていたのではない。泣き続けていたんだ。ぐしゅぐしゅの顔面を薄汚れたシャツに押し付け、大声で泣き喚いていた。
「怒ってどっか行っちゃったんだって、もう会えなくなっちゃったんだって……」
 美早紀の母の今をふと思い出した。途端に胸いっぱいの申し訳ない気持ちで泣きそうになった。
 また俺は、美早紀を悲しませたんだ。
 ごめんな、ごめんな、もうどこにも行かないから、約束だ、約束だから――と小さな背中を撫でてやる。
 この気持ちが収まるまで、いつまでも撫で続けていたかった。
「あのね、まなちゃんがね――」
 やがて泣きやんだ美早紀が口を開いた。
「お祭行くって言っててね、ラムネいっぱい飲むんだって自慢してたの」
 まなちゃんは美早紀の一番の友達で、家庭に何の事情も持っていない、いわゆる一般的な家の子だ。まなちゃんにとってはごく普通の話題だったのだろうが、美早紀にとってそれは非常に魅力的な話だったに違いない。
「でもね、美早紀羨ましくなんてないよ?」
 無性に、無性に殴りたくなった。嘘をついた美早紀ではなく、嘘をつかせたこの自分に。
「だって、美早紀には、お兄ちゃんがいるんだもん!」
 そして強く抱きしめたくなった。妹のことなんてちっとも考えない自分ではなく、そんな取り柄のない兄を自慢にしてくれる、美早紀のことを。
 抱きしめる代わりに、二百円のお土産を少女のやわらかな頬にくっつけた。
「ひゃっ」
 小さな悲鳴のあと、美早紀はきょとんと俺のことを見つめてきた。愛くるしい二つの瞳に吸い込まれそうになる。
「ラムネ。祭んとこで買ってきた」
 小さな両手はぼんやりとラムネ瓶を受け取り、握りしめた。
「ラムネ?」
 頷いてやると、美早紀は嬉しそうに「ラムネ!」と言って飛び跳ねた。
「開けていいの? 飲んでいいの?」
「もちろんだ。開けていいし、飲んでいい」
 言い終わる前から無垢な幼女はラベルをはがし、ビー玉落としを飲み口に付けていた。
「いいか美早紀、思い切りが大切だ。えいっていけ、えいって」
 頷き、妹は大きく深呼吸した。
「えいっ」
 ぽしゅ。
 ビー玉が落ちると、細かな泡が大量に湧き上がる。泡が飛び出る寸前、美早紀は慌てて唇を付け、一口飲んだ。
「おいしいよ、お兄ちゃん」
 目を線にし、口をゆるませ、妹は満面の笑みを浮かべた。
 その瞬間、自身に抱いていた不安は杞憂に過ぎないことであったのだと悟った。
 この笑顔が見られるのならば、俺はどんなことでも受けて立てる。俺はあいつとは違う。たったの一人も愛することができないあいつとは違うんだ。
 美早紀に幸せな笑顔を。
 ……りいん。
 太鼓の音はやめども、風鈴はいつまでも静かに音を奏でていた。
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