ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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二〇一四年の春
『M3-ソノ黒キ鋼-』
というアニメが放映された。


01logo.png
M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト
公式サイト http://m3-project.com/index.html

ホラーロボットアニメ。
全24話、2クール。監督は佐藤順一。
シリーズ構成は岡田麿里。
メカニックデザインは河森正治。
主人公鷺沼アカシの声優は松岡禎丞。

知る人が見れば驚くスタッフ、声優陣なのだそうだが、
当時の僕が知ってるのは、後半OPの作詞と歌を担った坂本真綾さんくらいだろうか。

とにかくロボットにも声優にもスタッフにもまったく興味がなかった自分は、
たまたまニコニコ動画でそのタイトルを発見し、観ることにした。


まあ、こんなふうに今更(何年も放置してた)ブログで(何年も前のアニメの)
感想を書こうとしているのが不思議で仕方ない。
そもそも感想なんてツイッターでちょろっと書いておしまいな自分だ。何かがおかしい。


おかしいのはきっと僕ではなくて、このM3だろう。

僕はこれほど評判が悪くて、そしてとてつもなく好かれているアニメを観たことがない。
(観てる本数自体は少ないので、井の中の蛙感は認める)



この記事、息を吐くように『M3-ソノ黒キ鋼-』のネタバレしていきます。
(後半OPの作詞と歌は坂本真綾さん、みたいな感じで)
個人的にはネタバレを観て1.5周目感覚で本篇観たほうが楽しめると思うけど、
何かしら哲学のある人は以下読まないでね。




このアニメ、とにかく観る人が少なかった。
参考にニコニコ動画で配信されていた2014年春アニメの再生数を比較してみたい。
総て12話のものを使った。数値は2016年6月27日現在のものだ。


覇権を取ったのは、『ご注文はうさぎですか?』だ。
第12羽は432,785再生。

ロボットアニメでブレイクを起こした『健全ロボ ダイミダラー』
こちらの第十二話は176,092再生。

根強い人気を誇るロボットアニメ『シドニアの騎士』
第12話、174,599再生。

そして『M3~ソノ黒キ鋼~』
第十二話は44,227再生である。


どれも第一話無料、最新話一週間無料という条件は変わらない。
『ごちうさ』との差は十倍近い。
タグで検索すると『ご注文はうさぎですか?』は3,541件。
『M3-ソノ黒キ鋼-』で91件。比べるまでもないね。


なぜこれほど人気がなかったのか。
理由は、以下のツイートに集約される。





https://twitter.com/anyamal/status/473510523779026944
「話を要約すると
よくわからん世界で
よくわからん物と戦うために
よくわからん子供達が集められて
よくわからんロボットに乗るって話だよな。
7話まで見ても何一つ分からない。
分かるのはロボットが出てくるってことくらい。
何がやりたくて
何をしてるアニメなんだ
…」



我々が何を追って観ればいいのかすら判然としないまま、どこまでも話が広がっていくのだ。

無明領域とは何か、
イマシメや躯とは何か、
八人の子供たちがなぜ集められたのか
(彼らの過去にあった出来事とは何か)、
ロボット「マヴェス」とは何か、
中盤になるまでまったく明かされない。
(ほのめかしはあるものの明言は避けられている)

そのうち最初に明かされるのはロボット「マヴェス」にまつわる重大なシステムであるが、
その回が第九話「蒼キ鋼心」になる。
それまでの一話から八話までの間、謎が謎を呼び、
着地点があるのかすら分からないまま進んでいくのである。

つまらない点は挙げればキリがないのでここでは割愛する。


しかし、このアニメを完走した人は
口をそろえてこう述べる。
「面白かった」と。



実際、面白かった。
色んな人にオススメしたいのだけど、
先の理由からオススメしづらいのが実に悔やまれる。


この回以降楽しみで仕方無くなる回というものがあって、
それは14話である。


あらゆる面から鑑みるに14話から面白くなるよう仕向けているのだ。
14話以降、物語の流れががらっと変わる。
膨らむばかりだった謎がどんどん解けていく。
怒濤の展開は第十六話「一緒ノ約束」に始まり、最終話まで疾走が続く。


M3について、書こうと思えばいくらでも書けそうな気がする。
観れば観るほど魅力が溢れてくるのだ。
(スタッフ方面に手を出すと絶対面白くなるね。底無しだけど)

ただ、それをするとまとまりのない内容になってしまうので、
伝説の十四話を中心軸前後半に分けてお話しようと思う。

前半
「十四話の謎――カギは真綾の歌にアリ」

後半
「十四話まで迷走していた理由――1クールに収められる? それはナンセンス!」


というお題目でやっていこうと思う。

前書きが長くなってしまったが、M3だって前書きが長いんだ。


許せ。



前半
「十四話の謎――カギは真綾の歌にアリ」
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-624.html

後半
十四話まで迷走していた理由――1クールに収められる、それはナンセンス!」
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-625.html
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この記事、丹精込めて『M3-ソノ黒キ鋼-』のネタバレしていきます。
(十四話まで迷走している、みたいな感じで)
個人的にはネタバレしたものを観て1.5周目感覚で本編観たほうが楽しめると思うけど、
何かしら哲学のある人は以下読まないでね。



前書き
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-623.html

後半
「十四話まで迷走していた理由――1クールに収められる、それはナンセンス!」
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-625.html


前書きで人気がない理由「よく分からないまま先に進んでいく」って点を言ったが、
二点目を挙げるとすれば「とにかく暗い」が挙げられるだろうか。


主な戦いの場である「無明領域」に代表されるように、
とにかく絵が暗く、内容も暗い


分かりやすい例を感覚的に説明すると、
青空が認識できないのである。

09sora.png
M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト

晴れわたった青い空は何度か登場するのだが、それがどうもくすんで見える。
上記のスクショは1話OP後に登場する風景であるが、
山と色を似せ、群青色を強くすることで鮮やかさを抑えている

昼間の外のシーンでも、あえて空を写していなかったり、
全体的に淡かったり、雲やビルを用いて青色を絞っていたりする。
終始鬱々とした景色が続く。


この雰囲気を端的に伝えるには、
1話から13話までのOPムービーを観ると分かりやすい。


M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト

低い位置にある太陽の光に、白みがかった空。
あるいは夕焼け。
これがM3の空だ。


爽やかな空は「レプリカ」を待たねばならない。


「レプリカ」とはなんぞや。


これこそ伝説の14話の始まりを告げる、新オープニング曲である。

この曲を聞いたとき初めてこの作品の結末に希望を見出すことが出来る。

是非13話までの絶望(正確には14話開始後45秒間の、マアム独白含む)に浸ったあと聴いてもらいたい一曲だ。


M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト

最初のOPに比べると、動きも活き活きしており、エフェクトも強い。


以下、OP部分の歌詞も引用する。

レプリカ
歌:坂本真綾
作詞:坂本真綾
作曲:内澤崇仁


  にじんでる歩道橋のらくがき 置いてかれた自転車
  誰かの帰りを待ってる
  認めて ただ存在を
  僕こそがオリジナル あるいはそのレプリカ
  僕らの証明はどこにある

  人類の欠点は 見えもしないくせに 愛とか絆とか信じられること
  僕の罪はうたがったこと 差し伸べられた君の右手 初めて見たヒカリ
  僕らは――


M3における「レプリカ」の意味を考えてみる。

先述したように、新OPの初出は第十四話「思ヒ残シノオト」だ。
少し大きい文字となればこの話に焦点を当てる必要があるだろう。


自分なりにあらすじを述べてみる。

マヴェス二番機「セーヴル」の救出に成功したものの、パイロットのヘイトは復帰が難しい状況になっていた。
また、無明領域内で行方不明になってしまった主人公アカシを助け出す必要もあった。
元々「セーブル」のLIMであるエミルはヘイトを乗せていたのだが、
これは無理矢理共振(心を重ねること。共振しなければ無明領域内で自我を保てない)させられていた状態であった。
ヘイトよりも自分と一緒のほうがいい、そう考えたマアムは「セーヴル」への搭乗を決意する。
……しかし臆病な二人はつながる前に拒絶してしまう。
それはお互いに罪の意識を感じていたからであった。
エミルはよくマアムの書く小説を読んで小馬鹿にしていたし、
マアムは以前、ヘイトに襲われた際エミルを置いて逃げてしまったことがあった。
その後二人は精神上で対話をし、お互い同じ思いを抱いていたことに気付き、無事共振を果たすのであった。

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M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト
精神世界での対話。左:屍鋼化したエミル 右:怯えるマアム

14話のあらすじは大体このようなものだろう。

精神上での対話シーンは、特に強い印象がある。

場所は廃病院(マアムがヘイトとエミルを残して逃げてしまった場所)で、屍鋼化した醜い姿のエミルがいる。
その姿に驚いたマアムは悶えるが、それがエミルであると気付くと落ち着きを取り戻し、
初めて出会った時のことを回想する。

エミルとの初対面は十年前、無明領域に迷い込んでしまった時のことだった。
マアムはそのころから小説を書いていた。
マアサという子が主人公の小説である。
マアムは臆病で、遊びの輪の中に入ることが出来なかった。
孤独を抱き、その気持ちを発散させるための小説だった。


  マアサ(マアム)
   ――ここはだあれも知らない、どこかの小さな森。
   9人の子供たちが迷いこんだことも、だあれも知りません。
   マアサは不幸でした。他の8人からも忘れさられ、いつも一人だったから。
   それでも構わないのです。
   だって、世界はみんなクソだから。
   世界が不幸せで満ちてしまえばいい。
   そう願っていました。


その様子をうしろから見ていたエミルがくすりと笑う。


03maamu.png
M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト
  エミル
   おとぎ話でクソだって。
   ……なによ、バケモノでも見るような顔して。
   それで、この子はそのあとどうなるの?」

  マアム
   あの、ただのおとぎ話だから……。

  エミル
   おとぎ話好きだよ。
   育ちの悪い女が、ガラスの靴があっただけで成り上がったりとか。
   ふふ、夢あるよね。
   ……ねえ、そのあとどうなるの?

  マアム
   かまわないで!


マアムはその場から立ち去ってしまう。

エミルのおとぎ話観が妙に現実的なのは、エミルの境遇にある。

幼くして両親を亡くし、災害補償金目的で引き取った親戚の元で育てられ、
学校ではいじめに遭っており、常に孤独を抱えていたからである。


マアサの物語は続く。


  マアサ(マアム)
   ――今日もみんなは楽しく遊んでいました。
   だから今日もマアサは不幸せでした。
   でも一人ぼっちだからといってどうという事はありません。
   やっぱり世界はクソだから。
   世界中からムシされても全然かまいません。


ここまで書いたノートを、マアムはなくしてしまう。
株の上にあったものをエミルが見つけ、お話を書き足していたのだ。
エミルは自身の書いた箇所を鉛筆でぐしゃぐしゃと消して、マアムに返す。

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M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト
  マアム
   ひどい!
   かまわないでって言ったのに!

  エミル
   かまいたくなるの。
   みじめったらしいとさ。

  マアム
   私、みじめったらしくないわ!


ここで場面転換し、現在のエミルがマアムの前に立ちはだかる。


  エミル
   みじめったらしいでしょ!
   本当はかまってほしいクセに。
   寂しくて、誰かに振り向いてほしくてたまらないクセに、孤独なヒロイン気取り?
   それこそ『クソ』でしょ!
   そんなことしてみじめな自分誤魔化したって、そこからは抜け出せないのよ。
   いつまでも同じところをグルグルと回るだけ。
   幸せになんか、なれないんだから……。

  マアム
   エミル……。

  エミル
   ノート、ごめん。

  マアム(独白)
   私はやっと思い出した。
   私のノートに、あなたは勝手に書き足した。
   マアサは私だけじゃなかった。


エミルは、マアサに自分自身を重ね合わせていたのである。
「みじめったらしい」のはエミル自身もそうであったのだ。

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M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト
  マアサ(マアム)
   ――一人ぼっちだからといってどうという事はありません。
   やっぱり世界はクソだから。
   世界中からムシされても全然かまいません。

  マアサ(エミル)
   でもだれかひとり、自分を見つめてくれる人がだれかたったひとりいれば、世界はもう少しマシに見える。
   そうマアサは思いました。

  マアム(独白)
   いつも不幸せだったマアサを、エミルは幸せにしようとした。
   あらわしかたは違ったけれど、私たちは同じだった。
   私もエミルも孤独が辛かった。
   ただ、幸せが欲しかったんだ。


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M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト

この対話を通して、マアムとエミルの共振は果たされるのである。
この回はM3に於いて非常に大きい。

エミルは、好意を抱いていたアカシから拒絶され、
逆に狂気の男ヘイトに近寄られ、
自身は屍鋼化し、
LIMとなってヘイトに使役されるという、
不憫すぎる境遇だった。

そのエミルが報われた。

エミルを救ったのは、今まで影の薄かったマアムが一歩前へ踏み出したからだった。
主人公ではなく、一番いらない子扱いされていた人物が、エミルを救ったのである。
もちろん救済への伏線は静かに張られていた。しかしエミルはがIM化したあとはほぼ退場状態であった。
それが一気に救済、解放されたのである。

エミルに限らず、この話まで絶望以外のものが何一つ提示されていなかった。

第九話で、アカシが自身の過去と向き合い、
兄アオシと共に付き合っていく描写がなされていたものの、
いまだ不安定で、頼りない状態が続いている。

救われたと思いきや、絶望に叩き落されるのである。
特に主人公アカシはエミルのLIM化、ササメのLIM化という衝撃に大いに絶望している。


それが第14話で一つの希望が提示された。

LIM化=死ではなく、LIM化しても心を通わすことが出来、共になって戦えるという希望である。
マアムとエミルがマアサを創りだしたように、パイロットとLIMがマヴェスを動かすのである。



さて、以上のことを踏まえ、後期OP「レプリカ」の歌詞が意味するものを紐解いてみる。

カギはエミルとマアムが交差する一文
「でもだれかひとり、自分を見つめてくれる人がだれかたったひとりいれば、世界はもう少しマシに見える」
である。


  にじんでる歩道橋のらくがき 置いてかれた自転車
  誰かの帰りを待ってる
  認めて ただ存在を

「歩道橋のらくがき」も「置いてかれた自転車」も放置(放棄)されてしまったものである。
普通、見向きもされない。

しかし、それらも存在を認めてくれる誰かを待っている。
「自分を見つめてくれる人がだれかたったひとりいれば、世界はもう少しマシに見える」からだ。


  僕こそがオリジナル あるいはそのレプリカ
  僕らの証明はどこにある

自分自身が何であるか、それを証明してくれるのは「たったひとり」の「だれか」だ。

歌詞に「僕ら」と書かれている。
「僕」ではない。
だから誰もが当事者になり得るし、そのひとりひとりが「たったひとり」の「だれか」を必要としている。


  人類の欠点は 見えもしないくせに 愛とか絆とか信じられること
  僕の罪はうたがったこと

「僕」は一体何を疑ったのか。
それは、「見えもしないくせに愛とか絆とか信じられること」を
人類の欠点だとして疑ってしまったことではないだろうか。


つまり、目に見えない相手の気持ち「愛」「絆」を疑ってしまったことである。
シンプルな言葉ほど、使えば使うほど力を無くしていく。
現代において愛とか絆とか、「つながる」という言葉ですら使い古され、
陳腐で意味の薄っぺらいものに成り下がってしまった。

目に見えない言葉は、目に見えないからこそ吟味し、慎重に使わねばならない。
しかし手遅れになってしまった。
陳腐化された言葉は信用性を欠き、人々に猜疑心を生んだ。
上辺面の愛をささやき、絆を立証するための「頑張ろう日本」を掲げ、
ハートアイコンのワンクリックされただけで承認欲求が満たされたような気持ちになる。

そういったものに浸れば浸るほど、どんどん相手のことが分からなくなる。

誰も信じられなくなってしまった。
その代表がミナシである。


ミナシは多くの哀しみに打ちひしがれたのち、
「すべての心がつながればみんな幸せになる」という結論に達した。

それは建前のない本音だけの世界だ。どの言葉を信じればいいのか分からない。
相手の言葉をどう受け取ればいいのか分からない。
自身の想いをどう伝えればいいのか……?

そんな、世界への絶望と自らの孤独と他者への哀しみが「心の同一」を願うのである。
この考えは一見すべてを許容する考えのように思えるが、実際は逆である。
心を同一化するということは、相手や異なる思想を否定するということだ。

相手だけではない。
自分や自分の考えすら拒絶することでもある。

これが「僕の罪」だ。
しかし、この歌詞は人々を悲観するものではないし、まして拒絶するものでもない。
光に満ち満ちている。


  差し伸べられた君の右手 初めて見たヒカリ

「君」とは誰か。

それこそ「たったひとり」の「だれか」のことだ。
その人が差し伸べた右手が、「僕」にとっては「初めて見たヒカリ」であった。

「初めて見たヒカリ」とはなんだろうか。

「初めて見た」というのだから、君が差し伸べるまでは見たことがないもの、見えなかったものなのだろう。
そう、そいつは「愛とか絆」である。
君と出会うまでは、辞書での意味以上のものを持たなかった「愛」「絆」が、
まるで手に取るように身近に感じられる。


06natsuiri.png
M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト
  夏入
   共振をより強くするのは双方向の相性の均一性だったんだ。
   ははは……まったく真実ってやつはシンプルだよ。
   そうそいつは『愛』なんだよ。
   そんな言葉が私の口から出るなんて。
   はは、くすぐったい。
    第十九話「黒キ入日」


「レプリカ」の歌詞は、一見すると恐ろしいものに感じる。

「歩道橋のらくがき」
「置いてかれた自転車」
「あるいはそのレプリカ」
「人類の欠点」
「僕の罪」

そして妙なフレーズとは裏腹の明るい曲調。
聴き入るほどに懐疑的になる。

しかし、最後の一行で総てがさっと色を変える。


「僕の罪はうたがったこと 差し伸べられた君の右手 初めて見たヒカリ」


君のおかげで、うたがった自分すらも救われる。
そして実際アカシは救うのだ。
心の闇の中に閉じこもった人たちを。

まさにM3にふさわしい歌詞である。


最後に、「レプリカ」について真綾さんにインタビューした記事があったので、そちらを引用して前半パートは終わりにしたい。


   ──突き抜けたサビで「人類の欠点は見えもしないくせに愛とか絆とか信じられること」というフレーズを、しかも明るめなトーンで歌っているというのがすごいですよね(笑)。

   真綾
    (中略)
    私がここで描きたかったのは、欠点は才能になり得たり、
    イコール個性だったりするんじゃないかってことだったんですよね。
    ないものをあるように扱える動物なんてほかにはたぶんいなくって。
    ここには絆や信頼があるとか、未来を想像して今はこうしておこうとか、人間って見えない概念への思いが強いですよね。
    そんなこと考えなくてよければ世の中もっとシンプルでわかりやすいのに。
    でもそんな想像力があるからこそ、人間は面白く豊かに生きていけるんだと思うし、
    それはやっぱり人間の長所なんだということが書きたかったんです。
    「最後に残るもの」は、やっぱり「光」であってほしいというか。
      音楽ナタリー「坂本真綾『レプリカ』インタビュー(2/3)」http://natalie.mu/music/pp/maaya05/page/2



前書き
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-623.html

後半
「十四話まで迷走していた理由――1クールに収められる、それはナンセンス!」
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-625.html

以下蛇足「M3における罪、とは」

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この記事、丹精込めて『M3-ソノ黒キ鋼-』のネタバレしていきます。
(十四話まで迷走している、みたいな感じで)
個人的にはネタバレしたものを観て1.5周目感覚で本編観たほうが楽しめると思うけど、
何かしら哲学のある人は以下読まないでね。



前書き
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-623.html

前半
「十四話の謎――カギは真綾の歌にアリ」
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-624.html




後半パート、文章だらけです。
よろしければお付き合い願います。



M3というアニメ。
まず第一に個人的な忠告を申せば、
「ジャンルはロボットアニメだけどロボットアニメとして観てはいけない」という点だ。
デザイン、格好いいんだけども。

ロボット「マヴェス」が中心に動いているわけではないし、ロボットが相棒であるわけでもない。
相棒はLIM(マヴェスに組み込まれた仲間)=人間である。
ロボットはいわばシェルターであり、武器である。

最終戦も魂と魂の対話って感じだし、
ロボットでバトルというよりかは人と人とが怖がりながらも心を通わせるって作品よ。


語弊があるといけないので補足すると、「ロボット必要ないじゃん」というわけではない。
何をもって必要不必要を決定するのかは個人によるだろうが、本作では、

「人の立ち入れぬ場所(無明領域)で活動する必要がある」
「人の立ち入れぬ場所の生成原因の根本には『復讐』という動機があり、物語において必要である」
「精神を共有し、意思で機体を動かすことが求められるため、人型である必要がある」


以上の三点からロボットは必要であった。
とはいえあくまでロボットは人々の補助役におさまっているため、
ジャパニーズアニメの王道から逸れていることは間違いない。



僕はロボットの話がしたいわけじゃない。
この作品が何を伝えたいのか。
そして伝えるために何をしたのか。

そのことを後半パートでお話したい。


この作品、人物の数だけテーマがあるのだが、あえてしぼるとすれば、

「人は分かり合えるか」
「過去と向き合う」


全編を通してこの二本のテーマが貫かれている。

前者のテーマがメインで、それを支えるためのサブテーマが後者、という位置づけである。
そしてこの作品のキモは、テーマの表現に妥協しなかったということだ。
テーマを突き詰めるためのギミックが、冗長な前半期なのだ。



「人は分かり合えるか」を正確に理解するには
「分かり合えない」
「まだ分からない」

知らねばならない。


我々は、目に見えないことを疑ってしまう。
愛とか絆とか、「分かり合う」といったテーマとか。

「愛はあります!」

そう声高々に謳っても現代人には通用しない。
上から横から、内から外から下から、
あらゆる方面からテーマを見つめなくては目に見えないものを信じられなくなってしまった。
(見えないものを多方面から見る。なんとも不思議な行為だ)

だから「愛」を語るのであれば、

「愛とは何か」
「どんな愛の形があるのか」
「そもそも愛なんてものはない」
「テンプレ的な愛」


等々を考える必要性がある。
実に面倒くさい。
(そして行き着く「真実ってやつはシンプル」なのだ! 夏入の台詞な


我々視聴者にとって、一話目のアカシたちはまったくの知らない人である。
はじめましてだ。

現実で考えてみよう。
現実ではじめましての人がいたとして、その全員に好感が持てるだろうか?
そうだとしたらバカげているし、それこそ挨拶する必要性がない。
(挨拶とは自身を主張し、相手に好感を抱かせるための行いであるともいえる)

アニメに出てくる人たちはお友達ではない。
我々はついつい誤解をしてしまうのだが、
アニメの中にいる人物全員が好感を持てる(視聴者に媚を売る)人間ではないのだ。


アニメの人物は好印象である、そう我々に勘違いさせるのはなぜか。
簡単な話だ。
「アニメは娯楽作品である」
そう考えるからだ。

しかしその考えは間違っている。
あえて言うのなら「アニメは娯楽作品のほうが有利である」だろうか。

これはもう資本主義の宿命なのだが、
funnyな作品のほうが万人受けしやすく、売れやすい。
売れれば利益が出て、次の作品をつくりやすくなる。

しかしあくまで「有利」なだけなのだ。
売れることが正しいことではない。
(嬉しいことではあるが)

創作に携わる人であれば共感できるだろうが、
「売れること(たくさんの人にみてもらえること、認められること)」と同じか、
それ以上に「自分の伝えたいものを伝えきれた瞬間」に喜びを感じるものだ。
前者が承認欲求であるとすれば、後者は自己満足の絶頂だ。


自身の伝えたいものが娯楽とは程遠いものであれば、
確かに娯楽作品としては成り立たないだろう。

しかし自身の表現、出しきる、ということは文化的に崇高である。
我々のピエロにはなれないが、親友にはなれる。
M3は容赦なく伝えたいものを伝えようとしている。



人は分かり合えるか。
そもそも「分かり合える」とはなんなのか。
アニメでもドラマでも、散々テーマに使われてきたワードだ。
分かり合える。
合える。


「分かり合える」とは相互活動だ。

双方が分かろうとしなければ赤の他人だ。
片方が分かろうとしても、もう片方が分かろうとしなければ進展はない。
片方が分かった気になってもう片方の望まぬことをすればお節介だ。
双方が分かった気になっていればすれ違いになる。
一瞬互いのことを分かったとしても、双方が相手のことを分かる努力を怠れば「分かり合える」から遠ざかってしまう。

人と人とが分かり合うには、互いが互いのことを、理解しつづけていく必要がある。


「分かり合う」というテーマを扱うために、この作品では何をしたのか。
それは我々が作品に対して、
「分からない」「分かり合えない」と思わせる状況を作り出すことだった。


娯楽を求めたフィルターでこの作品を観れば、
すぐ我々の期待を裏切るように作られている。

なぜなら、アカシは過去に囚われ誰とも心を開いていないからである。

この作品に対する批判の多くは、
心を閉ざした人物に対して、
「この人なに考えてるのか分からない」という批判だ。

おそらく制作陣は、この批判を浴びる度ほくそえんでいたに違いない。
人物に対する非難、誹謗中傷、決めつけ……。
その一つひとつが「人は分かり合えるか」という問いの答えなのだ。


以下は、作品終盤のアカシの台詞である。
このとき、アカシは既に閉ざしていた心を開きかけている。
一方、ツグミは心を閉ざしているままだ。
そのツグミに語りかけるシーンである。


13oremoonajida.png
M3-ソノ黒キ鋼-/(c)佐藤順一・岡田麿里・サテライト/M3プロジェクト
  アカシ
   アンタは過去に囚われている。
   俺もだけどな。
   ガキの頃のことを思い出したんだ。
   大人の笑顔の裏に別な声が隠れてて。
   それが気持ち悪くて、心を閉ざした。
   誰も信用できないし、必要ないって思ってた。
   でもだからこそ、誰かと心から触れ合えた瞬間の温かさを
   奇跡のように幸せなことだと思えた。
     第二十三話「最強ノ証」


アカシは序盤、他者の目に怯えていた。
他者がアカシに投げかける言葉の一つひとつが、表面上のものでしかなかったからだ。

台詞内の「大人」を我々に置き換えてみる。
我々はアカシに対して何かしらのフィルターを掛けて見てしまっている。

「娯楽」
「ロボットアニメの主人公」
「佐藤監督作品」
「マリー脚本」
「豪華なスタッフ」
「暗い」


……当然だ。
大前提として「アニメ」というフィルターが掛かっている以上、
我々は期待を籠めた眼差しで見てしまうのである。



しかしアカシ当人にとってそんなものは関係のない話である。
独断で動き、後先考えず人を遠ざけ、そのくせ偽善ぶって、離れてしまう人々を恐れる。
その心境は一切描写されない。
我々にすら心を開いていないのだ。

我々のなかには、早い段階でフィルターを取り外した目で、
アカシ本人を見つめようとしている人(作中でたとえるならば、兄のアオシ)もいるだろう。
しかしアカシから見れば、誰も彼も気持ち悪い大人たちに見え、拒絶してしまう。

こちらの心からの親切心が相手に届かない。
相手の親切心を素直に受け取れず、勘ぐってしまう。
それは現実にもありうることだ。


我々の選択肢は二つだ。
アカシを見放すか、
それでもアカシに手を差し伸べるかだ。


我々は自由だ。
どちらを選んでも誰も文句は言わないし、
反対にどれだけ文句を垂れ流したっていい。

少しググれば、自分勝手な感想を漏らす人々で溢れている。
(そしてこの記事を上げた瞬間、僕もその仲間入りを果たす)

「私は視聴者だ」
その心意気を貫くのであれば、きっと十三話までのどこかでこのアニメを離れるだろう。


向こうからの最初のアプローチは九話だ。
(人によってはエミル関連で三話や四話というかもしれない。
しかしエミルはLIM化され、期待は希望に変わる前に絶望に染まる)

九話にしてようやくアカシは囚われた過去に向き合い、紐解いていく。
ここから分かり合うための「相互活動」が始まる。

しかしそれでもアカシは不安定で、
時に任務を失敗し、
時に暴走し、
我々を裏切る。

十三話は演出からして苦痛だ。
内容は回想ばかりで総集編に近い構成をとっており、
ヒロインであるはずのササメがLIM化するという事態に陥り、
アカシは無明領域に取り残される。

さらに、1クールは基本的に13話といわれる。
面白さを求め続けて観てきた1クール目最後の回が、これなのだ。
苦痛以外の何ものでもない。


この回でアカシを見放した人もいたのではないだろうか。
だがしかし、すべては「人は分かり合えるか」という問いかけなのだ。

M3を追っていくのは、ある種アカシを追想することに等しい。
アカシを追想するからこそ、
「誰かと心から触れ合えた瞬間の温かさを奇跡のように幸せなことだと思え」る。



哀しいことに先の引用は、
引用という形態をとってしまうが故に、
言葉の羅列でしかなくなってしまった。

しかし十四話でエミルとマアムの心の触れ合いを目の当たりにした瞬間、
アカシの台詞は手に触れたような感動を覚える。


よく「1クールにまとめられたらよかったのに」という感想があがる。
僕からすれば1クールにまとめてしまったらM3の良さは二十分の一も伝わらなくなってしまう。

十四話までアカシたちを追いかけ、
手を差し伸べ、裏切られてこなければ、
「分かり合う」というテーマはちっとも伝わらない。

無論M3を娯楽作品として観るのであれば、先の感想はごもっともなのであるが……。



M3、噛めば噛むほど味の出る作品だ。
語ればキリがないので、そろそろ風呂敷を収めたいと思う。

どこから考察をしても筋が通っている。
公式サイトの「キャラクター」欄に登場する人物であれば全員大きいテーマを抱え、
それぞれの「罪」を抱えているからだろう。

それぞれがぶつかり合い、
影響し合い、
すれ違い、
勘違いし、
苦しみ、
違う答えに行き着く。



互いに影響を受けて考えが変わるのも、人間らしくていい。
キャラクターにおいて、意見がコロッと変わるのは、
「こいつ言ってること変わりすぎw」という叩きにつながるのだが、
本来人間はころころ意見が分かるものだ。
むしろ初志貫徹する人物は夏入だけだ。
(彼の生き様は実に素晴らしいし、彼だからこそ初志貫徹できるのだろう)

同じ罪を抱く人物でも(例えばイワトとライカ)、罪への対処の仕方が違っていたりと、
「分かり合える仲」になりさえすれば多くの発見がある。
初見苦痛でしかなかった一話から十三話までの内容も実に面白く観ることが出来る。

冒頭で「1.5周目感覚で本編観たほうが楽しめる」と書いたのは、
各人物の生き様を追うことがこの作品の醍醐味だと考えたからである。

ただ、人を選ぶ作品であることは確実なので、自ら進んで推せないのが悔やまれる。



ニコニコ動画における最終話「原罪、カコミライ」の再生数はたったの39,580(2016年6月27日現在)。
4万にすら届いていない。

ニコニコで配信されているアニメで最も再生数が多いのは
『ご注文はうさぎですか?』の第1羽「ひと目で、尋常でないもふもふだと見抜いたよ」である。
現在6,734,248再生。
「帰省」というタグが付いているので、
おそらく毎クール終わりとお盆、年末年始あたりを中心に今後も伸び続けるだろう。

比較し、卑屈になるのはM3ファン特有の習性だ。

……もし興味を持っていただけたなら、ぜひともM3、観てほしい。

ニコニコ動画やバンダイチャンネル等で一話無料配信(全話パックは3500円程度)をしている。
初見であればニコニコで観たほうが気が紛れるだろう。
(また、面白い考察をコメントしている方もいて、そちらも興味深い)
心無いコメントも流れるが、それをスルー出来るのであれば、ニコニコで観ることを薦めたい。

なんだか雑文をつらねただけになってしまった……。
ま、「独り言」カテゴリに置いてあるわけだし、ま、いっか。


前書き
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-623.html

前半
「十四話の謎――カギは真綾の歌にアリ」
http://bluska.blog110.fc2.com/blog-entry-624.html


参考

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