ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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正直こんなの記事にするより小説を書けって話だが、
たびたび「どういう風に小説書いてるん?」って訊かれることがあるので、自分なりに書き方をまとめてみた。

とはいえ昔から思いついたまにまに設定を作って舞台を作ってモチーフを練って物語を展開させてきたので、
多分参考にはならないと思うけれども。
第一、どこからが「小説を書いている」になるのかはよく分からんし。
狭義的に言えば、第一稿を書きはじめることが「小説を書く」行為なんだろうし。

まあ狭義的な執筆行為を曝露したってつまらんので、広めに解釈しておきましょう。
参考にする人は奇特な人だ、ということで。


一、ネタをなんか色々妄想する。


まあ創作する人なら多かれ少なかれ妄想するだろう。
これが小説の始まりってのは無理があるかもだけど、まあいいや。

大学の教授だって「木梨軽皇子と軽大娘皇女みたいな物語をいつか書いてみたいなあ」
と講義中に独り言するくらいだしね。

もちろんこの妄想を全て作品にするわけじゃあない(というか99.9%は一瞬で消え去る)けど、
その中からふっと見つかったものが創作のスタートだったりする。

高橋しん先生の「最終兵器彼女」は、電車の中の広告をぼんやり見てたら、数秒で物語が構築されたというし。
(今手元に本がないので、正確に引用できないのが残念)

あとは友人やバイト先の人との会話とか、授業とかツイッターの呟きとか、
外部からネタを見出すってのもあるだろうかな。

自身の妄想からネタを作りだすのを「ネタが湧き出てきた」と言うのに対して、
誰かと触れ合うことでネタが出てくるのを「ネタが降ってきた」と言うのだろうかねえ。


二、ネタをメモする。


そんなこんなで、思いついた話をメモる。
メモするのはよくない、という指摘もよく見かける。
メモすると思考することを忘れるとか、忘れっぽくなるとか、まあそういう理由だったり。
けど、自分はそれでもメモっていくかな。

つまらんネタはメモってもメモらなくても忘れていくし
(忘れるようなネタは所詮その程度のネタだった、ということだし)、
逆に忘れないネタはそれだけいいネタなんだから、やっぱりメモしておくべきだろうしね。

で、メモは極力手書きするようにしてる。
手書きのほうが、ネタに関連するネタが芋づる式に湧いて出てくる。
デジタルだと、不思議とそういうことがないんだよね。
詳しいメカニズムは分からんし、メカニズムなんてどうでもいいので、
気分の問題なんだろう、と思っておく。

あとは没になった物語を漁ってみたりする。
頭の中にあるネタと没になった話が化学反応を起こして、より面白い構想になることだってある。
そういう点でもメモ帳が一冊あるってのは、ないよりいいと思うんだよね。

とはいえメモをしてるだけじゃあ小説は書けない。
というわけで、こっから一つの作品の構成に移るわけです。


三、書いてみたい! と思った話を一つとりだしてみる。


まあ、これは意識的に話を選ぶ、というもんじゃないんだけどね。
色々メモしてる間中、頭の中に浮かんで離れないものをノートに書きだしてみるって感じだよね。

「翼の生えた少女モノの話を書いてみたいなあ」って思ったら、
「翼の生えた少女モノの話を書いてみたい」って書けばいい。
書くことが大事。

でも、書きだしてみると「これじゃない感」があるかもしれない。
その感覚を大事に。
一度言葉にしてしまうと、それにとらわれて、本来の輪郭が失われちゃうってことはよくある。
でも、輪郭がなくなっちゃったらなくなっちゃったで、開き直ったほうがいいと思う。
いつまでも輪郭に固執してたら何も書けないだろうし、
消えちゃったもんは所詮その程度のネタなのだよ。
そんなことより、書くことが大事(二回目)


四、書いてみたい、と思った話と別の話を二つ以上考える。


伊都工平先生のブログ「Scratch Line」にある「ライトノベルの書き方」を参考にしているわけだが、
http://scratch-line.doorblog.jp/archives/5000216.html
どうしても一本の発想だけで書こうとすると、どこかで見たような話になりやすかったり、
中だるみしやすかったりするだろうと思う。

ドストエフスキーの長篇小説は、多くの短篇・中篇小説を束にしたものである、と言われる(要出典)。
例えば「罪と罰」は罪を犯したラスコーリニコフの苦悩を描いているわけだが、
単にそれだけを長々書いているわけじゃない。
物語の中に、マルメラードフとその家族の物語があり、ポルフィーリイとの心理戦があり、
スヴィドリガイロフとドゥーニャの過去が盛り込まれている。

さまざまな物語を一つの作品に束ねることで、
物語に個性が生まれ、読者に飽きがこないようなストーリーを作りやすくなる。

とはいえこの段階では、簡単な流れだけを書いておくだけでもいいだろう。
   「翼の生えた少女との触れ合い(恋愛)」
   「(味方)漫研VS生徒会(敵)の頭脳・心理戦(バトル)」
   「準ヒロインのちょっとした勘違いから始まるドタバタ(コメディ)」

みたいなね。
別に三本じゃなくてもいいんだけど、今回は三本で進める。
(でも二本だと少ない。「よくある話」になりがちだ)

で、この「三本の軸」を考慮に入れながら人物を練っていく。


五、主な登場人物のプロフィールを作る。


自分はあまりキャラクターを深く作るタイプではないが、
「氏名」「一人称」「二人称」「三人称」
「年齢・誕生年月日」「身長・体重・体型」「その他外観的特徴」「必要な服装」
「部活・職業・学歴等」「性格・趣味・嗜好」「略歴・その他」「語尾・口癖」
くらいは練っている。

「ジョジョの奇妙な冒険」の作者でおなじみの荒木彦麻呂先生は
六十程度の項目があげられた「キャラクター身上調査書」なるものを作ってキャラ設定をしているらしい。
(詳しくはWikiでググれ)

ネットには「創作小説キャラクターに100の質問」というキャラ作りようの質問集もある。
http://www.eonet.ne.jp/~shima/100/

そのくらいキャラクターを作るのは物語を作る上で大事。

近代小説の基本は「一般peopleの人生」を描くことだったりする。
短篇小説を開くと、一人の人間の人生を知ることができるわけだ。
だからつまり、ドストエフスキーに言わせれば、
長篇小説はあらゆる人間の生き様をあらゆる角度から描いていくことなのかもしれない。

まあそんな大それたことができなくとも、
一人の登場人物を語るだけで一本の小説ができるくらいになるのが理想だろうか。

そのくらいキャラクターを掘り進めていくと、キャラに関連した物語がどんどん膨らんでいく。
うずうずして、このノリで執筆に移りたくなる。
……が、ここで書きだすと、中盤付近でダレるか致命的な矛盾が出てボツになりやすい。
(個人的経験に基づく)

短篇なら充分完走できるだろうが、長篇となるとそう簡単にはいかない。
というわけで、執筆に移る前にまず話の流れをしっかり書いておいた方がいい。


六、「三本の軸」のあらすじを考える。

「四」で述べた「三本の軸」のあらすじを考える。
個人的に「起承転結」は好きじゃないのであまりオススメはしないが、
そっちのほうが構成する上ではやりやすいだろう。

とにかく一つの山場とオチがあって、そのオチに納得のいく伏線を日常風景シーンに盛り込んでいく。
そうして三本の短篇のあらすじが完成する。


七、「三本の軸」を統合して、章分けをする。


「三本の軸」のうち、一番書きたいものを主軸に置いて、
他の軸をサブストーリーとして要所要所に肉付けしていく。

で、別に主軸を最初に考えていた一番書きたいものでなくてもいい。
一本の長篇小説で考えてみて、一番面白そうなものを主軸に置けばいいだろうと思う。

「翼の生えた少女との触れ合い」よりも、
「翼生えた少女を狙う生徒会と戦う物語」のほうが面白そうだったら
そっちをクライマックスに置けばいいだろう。

とにかく、各章に一つの山場とオチがあって、そのオチに納得のいく日常風景を構成していく。
重要なのは、うまく三本の軸を混ぜ合わせていくってことかなあ(憶測)

各軸のあらすじに忠実にならないで、むしろそいつらをぶっ壊してしまうくらいのほうがいいと思う(憶測)
各章の山場とオチは、各軸の山場とオチでなければならないって決まりもないし。

その長篇小説は書き手が神さまなんだから、神さまが面白いと思える作品に仕上げていけばいいと思うよ。

まあここでは、大まかな流れだけを抑えておけばいい。
別に書きたかったら書けばいいけど、無理して細かい場面の内容を書こうとしなくてもいいだろう。
その機会はあとにある。


八、各章のあらすじを考える。


執筆の前段階。

その章で何を書きたいのか、どんなシーンを描写したいのか、こんな小ネタを挟みたい……! 山場までの展開をどう持っていくのか、次の章へつなげるにはどうするか、冒頭の演出を如何様にするか……。

章ごとのバランスも考慮にいれつつ、色々書いてみる。
箇条書きでもいいし、小説風に書いてみてもいいし、会話劇のような感じで書いてもいいだろうし。思いつくままに。

自分の場合、ここら辺からデジタル作業に入る。
執筆する際に、引用しやすくなるので。

そんなこんなで、第一章から第二章、三章くらいのあらすじを作って、ついに執筆に入る。


九、執筆。

一つの物語として通るように、自分を信じて書きましょう。根気との勝負。
並行して各章のあらすじの続きを書いたりして息抜きしながら、書く。
中盤で「あれ、これもしかしたら駄作なんじゃないか……?」と思っても書く。
(書きにくい場面を飛ばして書く、というのはよろしくない。作者は登場人物と共に笑い、楽しみ、苦悩し、成長していくもんだろうから、自分だけ登場人物を置いて先に行くのは、作者自身のためにもならない。この中盤の苦しみを抜けると、作者自身も成長できる、と自分は考えている)

トランス状態になって、あらすじから離れたストーリーになっても、とりあえずは書いてみる。
(このトランス状態のないストーリーは、例え優れたプロットであっても、人の心を打たない。小説ってそんなもんだと思う)
で、逸れたシーンから新たな物語を構想して、あらすじを組み直す。
(元々のあらすじは別にして残しておいた方がいい。上書きすると引き返せなくなるのでオススメしない)

クライマックス、ラストシーン……そして、完走。筆を置く。
目がギラギラして、ほう、と息をつく。至福の時。


十、寝かして、推敲する。


完成したばかりの作品は、思い入れが強くて、客観的に読むことができない。
他人が見たら苦笑いしそうなものも、自分にとっては黄金の輝きを放っているように見えちゃったりする。
というわけで、書きあがって、誤字脱字の修正をしたら、しばらくの間放置して別のことをする。

ひと月以上置いておくのがベストなのだけれども、時間がなかったら一週間でも一日でもいい。
とにかく放置することが大事なのです。

で、もう一度読み返すと、うまく発酵されたのか腐敗してるのか、あまりよろしくない部分が見えたりする。
そういう部分を手直しする。
気に入らなかったら、最初から書き直すのも一つの手。

できれば信頼できる人に読んでもらうといい。
(信頼できる人、というのは素直な意見を言ってくれる人、ということ)

なるべく良い点と改善すべき点をしっかり言ってくれる人のほうが、自分のためになる。
(良い点ばっかり貰っても成長できないし、酷評されても凹むだけなので)

で、ちゃんと言われたことはメモするなり記憶するなりして、もう一度作品を読み直す。
書き直すべきところは書き直して、ここはどうしても書きなおしたくない、というところはそのままにしておく。
(言われたことを鵜呑みにして全部書き直すのは、作品の個性がなくなる危険がある。灰汁を全部取ってしまうのは好ましくないのと同様である)

熟成してから読み返してみて、たとえ作品が駄作だと思われるようなものでも、
推敲をすることである程度面白くなることはよくある。
でも推敲はやればキリがない話なので、どこかで終わらせて課題は次の作品に活かしたほうがいい。
推敲が終わったら完成、というわけではない。


十一、作品を外部に発表する。


小説は、世に出して初めて完成する。
というのも、小説は作者と読者のコミュニケーションの場であり、読者あっての小説であると言えるからだ。

自分だけしか読まない作品はオナニーである。
まあそれはそれで満足なのだろうが、やはり一読者として、誰かの作品を読んでみたい願望は常に持っている。

酷評されるかもしれないし、バカにされるかもしれないし、
逆に無関心のまま終わってしまうのかもしれない。

それでも、小説は我が子であり、子には自立していく権利があり、親はその背を押してやる使命がある。
誇りに思える作品だと思えるのなら、
どんな評価が待ち受けていようと、胸を張って世に出してあげたほうがいいだろう。





とまあ、長々と書いたけど、
自分はこんな風に作品を書いてます。
作品を書きあげたその瞬間の感覚を、しばらく味わってないなあ、とつくづく思う。
「翼の生えた少女 第一部」を書き終えたあの感覚が今でも忘れられないんだよね。
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 二〇一二年八月二十四日(金)
 十日目 水戸~行方



 十日目の朝。この旅ももう終盤だ。

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 那珂川の河口を目指してひたちなか市を走る。
 道中、地震の爪痕がちらほらと見えた。
 通行止めになった赤い鉄橋の脇に簡素な橋が架けられ、自動車はそこを通っていた。


 那珂川の終点には、海門町ふれあい公園という公園があった。僕は茫然とそこに立ち尽くした。

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 震災当時の姿がそのまま残されていたのである。
 波打ったアスファルトの舗装路は割れてはがれおち、レンガタイルを敷いた歩道に放置されている。
 歩車道境界ブロックとみられるコンクリートの塊も地面から剥がされ、逆さまに転がっている。
 フェンスは海側へひしゃげており、地面は小石だらけだった。

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 震災前から変わらずあるものは、キノコを思わせる傘の付いた休息所と、「海浜門ふれあい公園」と書かれた杭看板、照明部分が錆びついた街灯一本、そしてレンガタイル製のモニュメントだけだろう。



 この辺りは三・八メートルの津波が襲ったという。
 現場を見てもなお僕の乏しい想像力では、津波のパワーを推し測ることはできなかった。
 茨城でこれなのだ。
 福島や宮城、岩手ではどれほどの波が押し寄せたのだろう……。

 数百メートル沖にある漁港を守る防波堤に白飛沫が立った。

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 太平洋の波をそこで受け止めているらしく、公園の間近の海は穏やかであった。
 のんびりと釣りを楽しむ人が数人いた。
 太陽に背を向けて日向ぼっこをしながら携帯電話をいじる男もいる。
 背後からはショベルカーやトラックがせわしなく動く音が聞こえる。

 この公園は、決して震災のシンボルではない。
 世界遺産に登録された原爆ドームではない。
 「はだしのゲン」で、ゲンたちがよじ登っていた廣嶋産業奬勵館(ひろしまさんぎょうしょうれいかん)なのだ。
 那珂川の河口をエンジン全開で疾走するモーターボートがあった。
 何度もバウンドしながら海へ向かっている。
 魚が一匹飛び跳ねた。
 当然の生活だ。
 日常だ。
 この公園はそういうものなのだ。



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 大洗町を鹿島灘沿いに走る。

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 途中「日本原子力研究開発機構大洗研究開発センター」を見つけ、周回することにした。
 ひたちなか市の公園を見たあとで原子力の研究所を見ると、多かれ少なかれ嫌悪を覚えてしまうのだが、しかしながらここでの研究がなければ、原子力エネルギーをより安全に運用することはできない。
 あれこれ思いを巡らしながら、研究所と深い森の中を走った。

 大洗町からひたちなか市を挟んで北側には、あの東海村がある。
 那珂川河口付近は原子力研究が盛んな地域なのだ。
 さらに茨城には筑波研究学園都市(Tsukuba Science City)がある。
 茨城と言えば納豆であり、訛りであり、田舎であったのだが、こうしてみると日本の最先端科学技術を研究している場所であるといえる。


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 鹿島灘と霞ヶ浦の間にある北浦沿いを走ろうと思ったのだが、この道も一部が震災で壊れていた。

 茨城に入ってから、震災のことをよく考えるようになった。
 それも○○しなければならない、という責任感、義務感ではなく、一人ひとりの暮らしを思った。
 過去の傷を受け入れて、日常を送ろうとする人たちを僕はじっくりと考えた。
 もちろん震災によって人生が大きく揺れ動いた人だっているだろう。
 家族や友人や会社を失った人だって大勢いる。
 この道のように、今なお癒えぬ傷を負ったままでいる人だって……。

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 それでも日々を送っている人がいる。
 彼らは傷を負っていないのだろうか。
 あの日を忘れてしまったのだろうか。

 ……いや、僕らも彼らも傷を負っているし、その日を忘れてはいない。
 だからそもそも「僕ら」「彼ら」と区別するのは間違っている。
 無意識に特別視してしまっていたけれど、そんなのはしなくてもいい。
 そんなことを思った。


 国道三四五号北浦バイパスを西に走る。
 パイパスとはいうものの、それほど道幅の広くない田舎を通っている。
 霞ヶ浦に近づいていくと道幅は次第に広くなっていった。

 前方右側に、一対の角が生えたような山が見える。
 筑波山だ。
 僕は筑波山を初めて見た。
 写真や映像でも見たことがなかったのだが、その一風変わった姿は僕の心を打った。

 筑波山は万葉の時代、歌垣(うたがき)の舞台として若い男女が集った場所である。
 歌垣とは求愛の歌を歌う、一種の求婚の祭だ。
 筑波山に集まった男女は歌い、踊り、そして肌を重ねた。
 どうして筑波山が歌垣の場になったのか……。
 科学的に説明できるわけではないけども、筑波山には人を吸い寄せる魔力のある山であるように感じた。

 その山の麓に学園都市はある。
 筑波山の若者を呼び寄せる魔力は現代も衰えてはいないのかもしれない。



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 今日は道の駅たまつくりで一泊することにした。
 日が暮れ、店が閉まるのを待ってから、施設裏のバルコニーに自転車を停めた。
 テントを張りたかったが、風が強く、また日が昇る前には出発したかったので、足利の駐輪場同様、地べたにマットを敷いた。
 物は盗られないように、一つのチェーンにまとめて腕に巻く。

 空を見上げた。
 一昨日見た夜空とはまるで違った。
 霞ヶ浦大橋を渡る車のヘッドライトがまぶしい。

 土浦方面をぼんやり眺めていると、流れ星が一筋流れた。
 天上からすっと湖面へとくだり、消えた。

 今日は一日ひたすら走ったし、美味しいものも食べていない。
 震災のあれこれを考えていたのもある。気は滅入っていた。

「でも、僕は走らなくちゃいけないんだ」

 振り返ってみると、あの流れ星は震災で犠牲になった人々の心だったのではないか、と思うようにもなっているが、当時はそんなこと少しも考えることはなかった。
 ただ漠然と、あの流れ星のその先にあるであろう我が家に想いを馳せていた。





4月28日に開催される超文学フリマで出す新刊
「自転車で関東一周してきた。~十三日間の記録~の十日目を無料公開でござる。

とりあえずブログ限定で。
というのも、十日目はこの節目にちゃんと披露しておきたかったのでね。



あ、本文は変わりませんが、掲載写真は変更の可能性大です。
実際の「自転車関東」はモノクロ写真です。ご了承あれ。

また、ブログに掲載するにあたって、改行を増やしました。
デジタルな横書きんときは、改行しまくったほうが読みやすそうなんでね。


被災地でもハワイでもスリランカでも、旅をするとそれだけ色々なことを学べるんだなって思ったです。
昨年夏の旅をして、あの日の印象がガラッと変わったわけですが、
それすら「学び」の一部に過ぎませんからね。

もっと大事なことが、すんすん吸収された十三日間でした。

というわけで、
「自転車で関東一周してきた。~十三日間の記録~
是非読んでみてね☆ミ

無論宣伝である。

じょがぁへのお便りは
  こちらからどうぞ。

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