ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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 鳥居をくぐり、階段を八段飛ばしで雪崩れるように駆けおりる。鬼はあらゆる獣と同様、腹を空かせたときが一番獰猛になるのだ。
 街道に出る。人々でごったがえしていた。進行方向は俺たちの逆で、社へ向かっている。ほぼ音に近い速度で屋根を超え、防人のみとなった門に到着した。俺たちの存在に気付いた門番が重々しい門を開ける。
 環濠と明日葉畑と逆茂木と防砂林に挟まれた道の遠方から大量の砂埃を飛ばす白い平板のようなものが向かってくる。
「相手の勢いを利用するのじゃ」
 背中には千の命がある。小日本とシロもいる。一撃の戦い。一瞬の交わりで勝利は決するだろう。自然拳に力が入ってしまう。こういうときこそ気を落ち着かせなくちゃいけねえってのに。
 長大な鬼が近付く。しかしその輪郭がはっきりするにつれ、一体だと思っていた鬼が小さな鬼の群だということに気付いた。
 馬鹿な、鬼が群れて村を襲うなんて聞いたことないぞ。飢えた鬼が何体も集まったんなら、村を襲うより先に共喰いを始める。みんなで仲良く「お食事」なんて考えられん。
 いや、そもそも群棲となると短期決戦は臨めない。敵は五十、いや百は優に超えている。対して俺たちは三。どうやって戦えばいいんだよ。
 うろたえに相手は躊躇してくれるわけもなく、距離は刻一刻と近づいてくる。
 しかし、個々の鬼の姿を見えるようになるなり、俺の――いや俺たちの抱いていた動揺は驚きと呆れへと急転したのだった。
「あとで小言を言わねばなるまいな」
 白狐爺がひとりごちた。
 地鳴りが聞こえ、地面が縦に揺れる。
 そして、『心の鬼』の大群は俺たちの目の前で停止した。
「あれ、お出迎え……にしては、あまりよくない空気だね」
 そいつの正体は、大量のヒワイドリと、そして真っ青な顔をした田中匠だった。

  φ

 地震雷火事親父といえば恐ろしい四天王として名高いけども、アタシはあえてここで違う説を提示しようと思う。
「親父は地震・雷・火事の力を持ち合わせてるんじゃねえの説」と名付けておこうか。
「この、うつけ者が!」
 その怒鳴り声に大地は揺れ、稲妻はほとばしり、そして激昂する身体から目に見えない炎がこうこうと燃えあがっている。
 うん、あながちアタシの仮説も間違ってないんじゃないかと思う。
「お主、どれだけの民を恐怖に陥れたのか、わかっとるのか!」
 真っ白い巨大なキツネが赤いトサカのヒワイドリをかんかんに叱りのめしていた。日本さんに怒られても平然としてるヒワイドリも、さすがに応えてるみたいだった。
「日本さん、あの怖いお爺ちゃんキツネ、人間の姿になれちゃったりする……んだよね?」
 みるみる生気を奪われている心の鬼をよそに、そんなことを訊いた。というか、そもそも喋ってる時点で普通の動物じゃないけどさ。
「ええ、そうですけど、何か気になるんですか?」
「いや、別に」
 感覚がどんどん適応しちゃってる自分に苦笑いする。日本さんの影響なのかよく分かんないけど、最近あっちの世界で幽霊みたいのを目撃しても、神さま的な何かなんだろうと括ってムシして終わっちゃうんだよね。慣れって怖いわ。
「何しに来た、田中匠」
 わんこ坊主が雑談に加わる。
 そう言えばなにしに来たんだっけ。こにぽんに謝る……のはヒワイドリが言ったことで、自ら提案してはない。受動的にこんな場所まで来ちゃったんだと今更実感する。
「あ、そっか、ごめんね、日本さんとこにぽんと水いらずだったのに」
 まあ、今こにぽんの姿は見当たらないんだけどね。多分このデカイ門やら板塀やらトゲトゲしたワナみたいのやらに囲まれた村の中にでもいるんだろう。とりあえず、アタシの立場は冷やかし以外の何者でもない。
 そのとき、門が内側から開かれた。
「白狐様!」
 息も絶え絶えの鎧姿の男性が這い出るように門から現れた。侍……というにはあまりにも簡素な防具だ。まあ見張りさんにしてはそれなりによさげな装備だと思う。
 こっちの世界で見た初めての人間だった。
「鬼です! 海に鬼が打ち上げられてます!」
 落ち着いた雰囲気が一変した。日本さんもわんこも、当然アタシも、言葉を失う。
「……動きはどうじゃ?」
 ただキツネのじっちゃんだけが淡々と状況確認を続けていた。
 正直、結構な罪悪感を抱いてしまう。日本さんたちが一匹の鬼を祓うのにどれだけの集中力を使うのかはよく知っている。伊達や酔狂で鬼子さんと心の鬼祓いをしてきたわけじゃないから、それくらい分かる。
 一度気を抜いてしまってから、再び集中力を高める困難さだって、身に沁みるほど知ってるんだよ。
 アタシたちのとんだ茶番のあとで、もし凶暴な鬼が出没したとしたら……。
「畜生、何もかも鬼子のせいだ!」
 鎧の男が突然日本さんを睨みつけた。
「貴様が、貴様が鬼を呼びだしたんだな! この村を滅ぼすために、裏切るために!あのときからそうだ! 俺は、俺は貴様を恨んでいる、憎んでいる!」
 今、アタシの何かが崩れたような気がした。
 それを無理やり言葉に表すとすれば多分「日本さん神話」のようなものだと思う。アタシの中の神話が解体されていく。
 あの言葉を思い出す。
 ――怖いんです!
 ――私は、人間じゃないんです。異形の存在です。その違いを知ってしまったら、きっともう今までのように私を見ることなんて、できないです。
 鬼手枡との戦闘を目前に、日本さんは中成になることを恐れていた。自分が鬼であることを気にしていた。
 どうしてあんなに怖がっていたのか、その根本的な意味を今まさにアタシは理解した。
「ますらおの民よ、やめなさい、単なる偶然じゃ。その怒りこそ、鬼の拠り所となるぞ」
 白狐さんが男をなだめ、たしなめる。でも焼け石に水と言うか、男の怒りが静まる気配はなかった。
「白狐様の仰る事はなべて正しいです。しかしながら! 何故穢れ多き鬼をお庇いになられるのですか! 彼奴らが来やがる度に我々は――」
「慎みなさい、守神様すら彼奴と呼ぶか」
 守神の見習いわんこは、ただ俯き、尻尾を硬直させて拳を震わせていた。
 アタシは、何もできなかった。俯くことも震えることもできず、ただ茫然としていた……んだと思う。
「失礼、つかまつりました」
 腰を直角に曲げる。鎧の擦れる音がした。怒りを極度に抑えているのか、棒読みの謝罪だった。
「物事の内を視る眼を養いなさい。左様に努めればお咎めは無しじゃ」
「勿体無き御言葉」
「匠さんや」
「は、はい」
 ほとんど何も耳に入ってこなかったけど、白狐おじいさんの呼びかけだけはなぜかすんなりと耳の奥にまで届いた。
「ヒワイドリを連れて社に行きなさい。ますらおの民や、丁重にこの乙女を案内せい」
 鎧の男は無言で歩きだした。慌ててその後ろを歩く。
 多分、この人はアタシの想像以上に疲れているんだと思う。そして、日本さんはもっともっと疲れてるに違いない。
 でも余裕なんてちっともなくて、門をくぐる前に能天気な笑顔を見せることすらできなかった。
 というか、ちょっと怖かった。
 日本さんがどんな顔をしてるのか、見たくなかったんだ。

   φ

 なんてことはない。
 鬼子が貶されることだって、俺がそのとばっちりを受けることだって、実によくあることだ。
 だから俺は気にしてない。気にしないよう励んでいる。
 実のところ、あの人間を喰い殺してやろうかと思った。鬼子への暴言もさることながら、白狐爺の面前で無礼をはたらいたことで頭に血が上りそうになった。
 ――その怒りこそ、鬼の拠り所となるぞ。
 この一言がなかったら、確実に俺の牙は赤く染まっていた。あの人間に向けた言葉は、俺に向けられた言葉でもあった。
 爺さんのおかげもあって俺はなんとか堪えることができたものの、鬼子はまた違う傷を負ったに違いない。
 田中に一番見せたくなかった姿を見せちまったんだ。あの何も考えてなさそうな田中も心理的な強い影響を受けたに違いない。
 今の鬼子の精神状態で鬼を祓えるのか?
 いや、鬼子は俺が守ってみせる。例え鬼子が戦えない状態でも、その分俺が動けばいい。
 防砂林を超え、砂浜に行き着いた。空は厚い雲に覆われ、海は風に煽られ白波が立っていた。そして、波打ち際に鮫のきぐるみのようなものがうつ伏せに倒れていた。
 奴が堕ちた鬼なのか心の鬼なのかは定かでないが、後者だったら鬼子の弱った精神につけ入らせないようにしなきゃいけない。
「私が祓います」
 薙刀を取り出し、一歩二歩と砂を蹴った。
「お、おい、大丈夫かよ」
 心配で、ぴくりと足が動いてしまう。
 鬼子に付いていくべきか、鬼子に任せてここで待つか……。
「わんこや」
 俺の僅かな動揺を白狐爺は見逃さなかった。
 とどめられるのか? きっとそうだろう。
「鬼子に憧れとると言っておったな?」
 それは稽古場でのことだった。白狐爺は覚えてくれていたんだ。
「行ってきなさい、しっかり学びとってくるんだよ」
 それはとどめの言葉ではなかった。
 俺の背中を押してくれたんだ。
「はいっ!」
 腹から声を出す。白狐姿の爺さんは目を細めて頷いた。
 鬼子の足跡を二歩分飛ばして追いかける。潮風に揺れる黒髪が近付く。それから息を整え、鬼子の隣で歩幅を合わせた。
 瑠璃色、なんて洒落た言葉は似合わない。真っ青な鮫が半ば波に呑まれつつ打ち上げられていた。胸びれが人間の腕の形をしており、尾びれの根に鮫肌の獣の脚が生えていた。鬼子は気を失った鬼の前で屈みこんだ。
 そのとき、鮫の鬼がビクリと痙攣し、しゃちほこのように顔をあげた。
「ち、血いぃっ!」
 鬼子を目にした途端絶叫し、立ち上がっては釣り合いを崩し、波打ち際でおぼれていた。鮫の姿をしているくせに、泳ぎはあまり得意じゃないのかもしれない。いや、単に混乱してるだけだな。
 まあ、つっこむべきところは他にもある。
「血? 血って、どこにあるんだよ」
 「ひい」ならまだ分かるが、明らかに「血い」と言っていた。そういう言葉しか喋れない鬼なのかもしれないが、こんな怖がりな鬼は初めて見た。
「……へ?」
 鮫の鬼がえらを激しく開閉しながら鬼子を見つめる。
「すす、すまんよぉ。あ、慌ててたもんだから、てっきり紅葉柄のそいつを勘違いしちまったんだべさ」
 と、奴は鬼子の衣を指差した。確かに、言われてみれば血潮と勘違いしないでもないが、さすがに無理があるような気もする。
「お、怒らねえでくれ。間違ったのは謝るから、怒らねえでおくれよ」
 鮫の鬼はさめざめと――決してだじゃれではないが――すすりはじめた。なんというか、いちいち行動がおかしくて笑えてしまう。
 負の思考を持つ鬼は心の鬼である可能性が高いと般にゃーが言っていた。今回の場合は心の鬼で間違いないだろう。
「私は、怒ってなんていませんよ」
 鬼子が口を開いた。
 それは、まるで耳元でささやいているような、子守唄のような声だった。
「鬼さんは、私のこと、怒ってるように見えましたか?」
「それは……見えねえけどよ、そ、その手に持つもんはなんだべ? おっおっ、おらを、きるっ、斬る気けえ?」
 どもりながらさすその指は目で見えるほどに震えていた。
 しかし、言ってることはつまり、薙刀を捨てろ、ということだ。鬼の前で武装を解除するということは、相手に首根っこを掴ませる行為と等しい。
「あ、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。薙刀はここに置いておきますね」
 しかし、鬼子はそんな行為ですら平然とやってのける。背中側の浜に鬼斬を置いたのだ。
「ふ、ふかひれ……」
 わなわなと震える鮫の鬼をよそに、鬼子はちらりと俺に目配せする。
 信頼されていた。
 だから、俺も鬼子を信じるために、「もしものこと」がないように、心の鬼に対する敵意を最小限にまで抑えるよう試みた。
「あなたは、とても繊細な心をお持ちなんですね。私を見て驚いてしまったことに深く心を痛めて下さいました。相手のことを思いやれる、優しい心の持ち主です」
 心の鬼はほんの少しだけ頬を緩ませるが、すぐに青ざめた表情に戻ってしまう。
「そんな褒めちぎられるもんじゃあねえよ」
 それはなんとも言えない悲しみを帯びた顔だった。
「なんもしてねえのに、人間はみんな怖がって仲間外れにするんだ」
 きっとそれは、この鬼の宿命なのだろう。怯えきった姿は人間の恐怖や不安が具現化したものなのだ。恐怖に毒された人間が恐怖の権化と仲良くなろうというほうがむずかしい。
「おらなんてどうせ必要ねえ存在なんだ。だから、山から身投げすればいいと、おらなんか死んじまえばいいと思ったんだ。でもな、崖っぷちに出た途端怖くなっちまって、代わりに海で身投げしたんだ。溺れて、流されて、そしたらおめえらがいたんだべ」
 臆病なくせに実に切実な口振りだったから笑いを堪えるのに必死だった。
 しかし、こんな滑稽な鬼ではあるが、嘘吐鬼のように人間の感情を吸い取って具現しているんだ。完全に気を抜いたら奴の邪気に一瞬で呑まれてしまうだろう。
「やっぱり、優しい心の持ち主ですね」
 そう鬼子は切り返した。
「でも必要なくなんてないです。私には必要なんです」
 鬼子の心の中には、もう鬼を祓おうという考えはないのかもしれない。あるのはただこの鬼を慈しむ心だけだ。同じ鬼として生きる存在として、心を砕いているのだ。
「なあ、どうしておめえは、そんなあったけえんだ? こんなおらをどうして見捨てようとしねえんだ」
「私が、日本鬼子だからです!」
 その凛とした訴えが海岸に沁み渡った。波の打ち寄せる音がしばし場を繋いだ。
「ひのもと……そっかぁ、おめえ、お天道様なんだなあ。あったけえわけよ」
「いいえ、あなたと同じ、鬼の子です」
 そう、鬼子は神さまではない。人間の心を持つ鬼に過ぎない。
「いんや」
 青ざめた鬼は、ゆっくりと首を左右に振る。
「おらにゃあ、敵いっこねえベよ」
 俺もそう思う。
 田中の前で貶されて、それなのにこうして心の鬼と接することができる。
 ……いや、違うな。
 そんな鬼子だからこそ、こうして接することができるんだ。爺さんが言ったことを思い出す。俺が鬼子に追いつけないってことの意味が分かったような気がする。
 けど、だからこそ、鬼子の前に立って戦いたい。
「青鮫なんて名前、おめえみてえな大層なもんじゃねえもんなあ。生まれから違うんだぁよ」
 青鮫と称する心の鬼は、再びよよと泣き崩れた。
「あの、もし宜しかったら――」
 鬼子が、一歩歩み寄った。
「私と、お友達になって下さいませんか?」
 それは、鬼子の切実な願いでもあった。今この場所に恐怖というものはどこにもなかった。
「おめえと友達になれるってんなら、そ、それ以上の幸福はねえべ」
 青鮫の涙の粒が大きくなる。
「でもよ、おめえも鬼なら、そいつはできねえ話だってんのも、分かってんだべ?」
「はい」
 心の鬼は、自身の抱く根本の悩みが解かれたり最大の欲求が満たされたとき――要は存在価値を否定されたとき――に浄化される。鬼斬は強制的に存在価値を否定する武器だから鬼子はあまり使いたがらないんだ。本当は、今回みたいに願いを叶えさせてやって、出来る限り否定される感覚なく祓ってやるのが鬼子の本望なのだ。
 青鮫は恐怖にさらされることなく誰かと仲良くなりたかったのだ。だから鬼子と友になれば、その願いは叶うことになる。
「友達にはなれねえが、いい夢見させてもらったベ。ひのもとさんさ、おらぁ、幸せもんだよなあ」
 青鮫は、さめざめと身を震わせ、やがて静かに消えていった。
「私も……あなたと友達になりたかったです」
 友達になれたと思ったその瞬間、友達は姿を消してしまう。そして、心の鬼と向き合うってことは、心の底から接していかなくちゃならない。上辺っ面の言葉では響いてはくれない。
 鬼子は今まで、どれほどの鬼に涙を捧げたのだろうか。
 やはり憧れてしまう。優しくて、あたたかくて、そして強い。でも学ぼうと思えば思うほど、鬼子は俺なんかとは全然違う世界に住んでいるような、そんな気がしてならなかった。
「辛かったろう」
 人間の姿に成った白狐爺がやってきて、そっと鬼子の髪を撫でた。ぽろぽろと滴を輝かせる鬼子は無言で爺さんを抱きしめた。肩を震わせる。白狐爺はしわくちゃの手で、やさしくやさしく、撫で続けていた。
 波がしぶきをあげる。いつか、俺が白狐爺の代わりに鬼子の全てを受け止めることができたら……。
 そのとき、白狐爺の手が止まった。俺の耳も異音を感知する。白狐爺につられるように防砂林を見た。
 黒装束に、角を生やした深緑の深編笠のような頭部、真っ赤な一つ目をぎょろりと光らせ、はさみ型の手を動かす。
「またかよ、チクショウ」
 拳を構え、応戦体制に入る。ヒワイドリ、青鮫、そしてこの鬼。今日に入って三度目だ。こんな立て続けに鬼が現れることなんて初めてだったが、今度の鬼は知能の低そうな鬼であると見た。
 さすがにもう鬼子はぼろぼろだ。俺が奴を退治してやる。
 意気込んだそのときだった。
 防砂林から、更なる鬼が現れた。先鋒から甲乙丙丁……合計四体の群だ。黒ずくめに深い笠姿、同族の鬼は明らかに俺たちを仕留めんとしていた。
「嘘だろ?」
 ヒワイドリの群体とは違う。奴らは意識的に陣形を組んでいる。二体が前方に立ち、他の二体がそれぞれ斜め後方に位置している。
 鬼は集団行動のできない低脳な奴らなんじゃないのか?
 般にゃー、言ってることが違うじゃねえか。
「鬼子とわしで迎え撃つ。わんこは不意を打たれぬよう辺りを警戒しておれ」
 そんな。
 鬼子はまた戦うのか?
 でもそんな道徳めいた考えに囚われてはいけない。今はただ戦うことに集中するしかないんだ。
 鬼子は浜に置かれた鬼斬を掴み取り、鬼の一撃を立て続けに防ぐ。
「どうして……どうして戦わなくちゃいけないの!」
 汗なのか、波しぶきなのか、何なのか、紅葉と一緒に滴が舞った。
 敵は無言で攻撃を仕掛け続けた。まるで感情というものを知らないのか、大きな目玉で鬼子を睨み続ける。
 戦う理由なんてまだ分からねえけど……。でも多分、俺たちは戦い続けなくちゃいけないんだと思う。でもそいつは答えなんかじゃない。答えにしてしまったらただの殺戮兵器になっちまう。
 とにかく、今の使命は鬼子と白狐爺の護衛だ。気をできるだけ鎮め、全神経を八方に広げる。
 薙刀の交わる音、白い砂が辺りを舞う。背後の海鳴りに白波が返答する。巨大な肉が叩きつけられる音は白狐爺が大外刈りを決めた音だ。
 波の音が大きくなる。
 それはほとんど直感といってもいい。海の鼓動が不自然に早まったような気がして、とっさに振り返った。
 黒ずくめの鬼が二体海から現れていた。甲乙丙丁戊己。これで六対三だ。
「不意打ち組か、上等じゃねえか!」
 こういう奴らには威風堂々と正面からぶつかるに限る。肝っ玉で負けちまったら、完全に手玉に取られる。遊撃は先制攻撃が命だから、そいつを潰せば数の不利はある程度補える。
 一体の攻撃を右手で掴み取り、もう一体の平手打ちをかわした。かわしたほうの敵の背中に回し蹴りを入れる。その勢いを利用し、攻撃を受け止めた方の敵を踊らせ、みぞに肘をめり込ませた。鬼は仰向けに倒れ、痙攣する。これでしばらくは動けないだろう。
 海にいたからか、挙動が遅い。海に身を隠し、襲うという手としてはいいが、損害をまったく考慮してない。
「来るなら六体まとめてかかってきやがれ!」
 不意打ちするには人数が足りない。よろめきながら立ち上がった鬼の懐に入ろうとしたそのときだった。
 奴の背が、薙刀によって貫かれた。
 黒ずくめの鬼はのたりと倒れると、風に吹かれる砂のように姿を消した。
 そして新しく視界に入ったその景色に、鬼子がいた。
 砂浜に埋もれるようにして倒れる、鬼子が。
「鬼子ォ!」
 ほとんどつまづくようにして駆けだした。
 砂を蹴りあげるのも束の間、後頭部に激しい衝撃が奔る。魂が前後に揺さぶられる錯覚に加え、意識が遠のいていく。
 すぐ隣に敵がいるのにさえ気付かないなんて。
 うつけ者だった。本当に、俺って奴は、周りが見えないうつけ者だ。
 ぼやける視線の先に白狐爺がいる。何かを呟いていたような気がする。その指先から三尺ばかりの結界をいくつも生み出していたような気がするが、もう俺は浜に伏していた。
 チクショウ……。
 自分自身すら守れねえで、鬼子が守れるかよ……。

  φ

「こにぽん、だからごめんねって、本当にさ」
「ふーんだ、タナカなんてキラーイ」
「こにちゃん、許してあげようよ。田中さんすごく反省してますよ」
「やっ!」
「弱ったなあ……あ、そうだ、こにぽんにお土産があるんだった。ほら、プリンだよ」
「ほんとにっ? タナカ、だいすきー!」
「早っ! 変わり身早っ!」
「あ、でも……このぷりん、ねねさまにあげるの。こに、食べちゃったから」
 まったく退屈な偵察だ。
 天井裏から童女の会話を聴くだけの簡単な任務なのだが、簡単すぎて寝不足の自分には過酷すぎる。上が最重要任務と銘打ったクセに、実につまらんものだ。
 まあ見張りなんてどれもつまらんものだから仕方ない。
 最初聞いたときは面白そうな任務だと思ったんだけどなあ。
『鬼を祓う鬼がいるみたいだ。ミキティ、よろしく頼む』
 部下を愛称で呼ぶなんてセクハラだ。そりゃくノ一として本名で呼ばれるよりかはましだけど、正直やってられない。
 まあ上司の愚痴はいいとしよう。どうせ任務を放り出して遊んじゃってるんだろうし、そういう人なんだと諦めている。
 問題はこの連れだ。
「くくく、さあ烏見鬼(おみき)、どの奴に願望鬼を憑かせれば良いかな?」
 青狸大将(あおりだいしょう)の下品な笑い声と口臭はいくら修行を積んでも耐えられるものではない。
 奴は現在私の元に配属されている荒廃衆と呼ばれる鬼の武装集団の長だ。願望鬼と呼ばれる心の鬼に毒された集団で、体の一部を誰かに憑依させ、願望の赴くままに操作することができる。青狸大将は部下全員に自身の願望鬼が宿ってると言っていた。
 願望鬼の特質が偵察向きだと「忍」に置かれているけど、正直使えない。大将ですら私語ばかり口にするは、音は立てるは、腹の出てるはで、本物の「忍」だったら存在全てを消し去ってやりたいくらいだ。まあ彼の従える悪の手先鬼(てさき)は敵の誘導に使えたから、まだ捨てるには惜しい。こうして結界の張られた社に潜入できたのも村の外で老白狐らとたわむれて時間稼ぎしてる奴らの手柄だ。
 今回は『鬼を祓う鬼』に近い存在に願望鬼を潜ませ、『鬼を祓う鬼』の情報を得ることが目的だ。憑かせるといっても心を操らせることはしない。発信器、盗聴器として心の鬼を利用する。偵察向きというのは、そういう理由なのだ。
 憑かせる対象を吟味する作業に移る。
「あれ、その刀おニュー?」
「えへへー。れいとうおむすび、だよ!」
「冷凍おむすび? 解凍おむすびとペアなのかな? で、そいつで鬼たちをスバババって一刀両断しちゃうわけか」
「こに、退治したりなんかしないよ! こにはね、みーんなに『めばえ咲けぇ』ってしたいの!」
 この部屋にいる田中と呼ばれる人間、こにと呼ばれる小さな鬼、シロと呼ばれるまだ弱い狐神(しかし込み上げる素質を感じる)が『鬼を祓う鬼』に近い存在であることは会話から容易に理解できる。
 感情に富む小さな鬼にまず魅かれた。しかし、恐らくこの三人の中で最も『鬼を祓う鬼』の側にいる存在であると推察する。『鬼を祓う鬼』も初耳だが、これほど感情豊かな鬼も見たことがない。まるで欲望を感じないのだ。だが『鬼を祓う鬼』に近すぎるのもいけない。憑けたとしても、かすかな邪気を感じ取られて祓われる危険があるからだ。
 似た理由で若き白狐の神にも憑けるのは難しいだろう。狐はすさまじい霊力を持つ。だから、かすかな邪気を発しているだけで気付かれるか、それ以前に憑けない可能性が高い。
「……人間だ。田中と呼ばれてる人間に憑かせなさい」
 鬼を恐れない人間なんて珍しい。それに霊力がなければ勘付かれる可能性もずっと少なくなる。
 青狸大将がにまりと黄ばんだ歯を見せつけ、それから悪臭を伴う息を吐き出した。藤色の煙が天井をすり抜けて部屋に侵入する。
「くくく、無事憑依完了だ。それから――」
 声が大きい。私は黙って天井裏から抜ける道を引き返した。
「朗報だ、『鬼を祓う鬼』が倒れたぞ」
 思わず青狸大将を見る。悪の手先鬼に憑いた願望鬼からの速報だ。
「我が手先鬼も皆討たれたようだが、『鬼を祓う鬼』とそいつに従う狗畜生を負傷させ、白狐のジジイは霊力をふんだんに使ったおかげでもう使いものにならねえようだ。報酬の方、ご検討願いたいところだな」
 金に五月蝿い輩だ。眠い頭にがんがん響く。
「傷? 負わせて当然だ。討ち取らないと話にならない」
 青狸大将の舌打ちを流しつつ屋根に出る。厚い雲に覆われた空が広がっていた。
 早く上に報告して寝てしまおう。そう心に決め、社を発った。
 私たちの故郷、天魔党の国へ。


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 定時になっても日本さんが来ない。
 こんなの一度たりともなかった。いつもは集合時間の三十分前には来てるのに、どうしたんだろう。初めてこっちの世界で待ち合わせをしたときは三時間も前から待ってたっていうのに。そんなやる気を出すのはコミケの日だけで十分だよ。
 というわけで、日本さんを迎えに紅葉林に赴いたワケだ。久しぶりに来たら、ちょっと肌寒さが増してきた気がするけど、紅葉は相変わらず落ち着きのある茜色の葉を付けていた。風が吹くとちらほら葉が舞うけど、しばらく盛りは続くみたいだった。
「ひっのもっとさーん、あっそびーましょー」
 おなじみの文句を口ずさみながら庭を通る。しかし、いつものようなドタバタと床板を鳴らす返事は聞こえない。その代わりに――といってはあまりにも奇妙だったけど――玄関にヒワイドリとヤイカガシが縄で束縛され、吊るされていた。晒し首というか、ならず者の末路というか、そういうプレイというか、新手の嫌がらせというか……。なんにせよ、無視するのが最善の策みたいだ。
「鬼子ならいないぜ?」
「うわあ!」
 戸に手を掛けたそのとき、白い鳥の姿をした罪人が喋りだした。ついさっきまで死んだようにくたばってたヒワイドリがいきなり動きだしたもんだから、思わず声をあげてしまった。
「ひ、日本さんがいないって?」
 高鳴る鼓動を抑え、荒くなる呼吸を整えながら言葉を繰り返す。あー、今になって気付いたけど、こっちの世界で鬼が現れたのかもしれない。最近アタシたちの世界で鬼を祓ってばかりいたから、こっちの事情をすっかり忘れていた。
 ヒワイドリがニタニタと汚らしい笑みを浮かべる。
「連れてってやろうか?」
「え、鬼を退治しに行ってるんでしょ?」
「んなワケねえよ。鬼子は遊びに行ってんだ」
 日本さんが遊びに行ってる? アタシの約束をほっぽり出して?
「どうだ? こっちの世界を散策する。面白そうじゃねえか」
 何の理由もなく約束を破るはずがない。きっと何か裏があるに違いない。
 ……裏。
 いや、そもそも企んでるのはヒワイドリなんじゃない? きっとこの誘いは悪魔の囁きなんだ。
「で、でもヒワイドリ君」
 もう一方の吊るしあげが横から加わる。
「今日鬼子さんたちは、こにさんとわんこ君と水いらずのお出掛けなんだよね? 邪魔しちゃ悪いよ」
 どうも鬼子さんが出掛けたことは本当らしかった。すると昨日鬼子さんが帰ってから決まったからアタシは知らずじまいだったのだろうか。どこか腑に落ちないけど、二人の会話から推測するとそういう経緯らしい。ヤイカガシも仕掛け人だったら話は別だけど。別だったら別で、卑猥な展開を狙ってるんじゃないかと疑わなくちゃいけない。
「水いらず? んなことどーでもいいんだよ! 早く仲直りさせねえとメンドクセーんだってんだ! 水いらずの旅なんざ、いつだってできんだろうがよ!」
 仲直り? 誰と、誰が?
「おい田中ァ!」
 怒鳴るような名指しを受け、自然気をつけをする。
「縄ほどけ。んで乳の話をしろ!」
「ハアァ?」
 この変態は何を仰せられてるんでございましょう!
「乳話を聞きゃあオレの同胞が寄ってくっから、みんなでアンタを担いで連れてってやんだよ! それからな、オメェはこにに謝れ。鬼子がオメェの住む世界を気に入っちまったから、こにがヤキモチやいて家出しかけたんだよ」
 家出? まあ確かに最近日本さんはアタシとずっと一緒にいたから、こにぽんが寂しくなるのも分かる。でも家出をするなんて考えもしなかった。とにかくヒワイドリは何としてもアタシを連れていきたいようだった。
 というか、ヒワイドリがこんな本気になって説得してる姿を初めて見た。もしかしたらヒワイドリとヤイカガシの言ってることは本当のことなのかもしれない。
 まあ、別に行ってもいい。というかこにぽんに嫌われたら三日間ひきこもると思う。
 ひきこもりたくないし、こにぽんに嫌われたくもないけど、でもまだ首を縦に触れない理由があった。
「二つだけ質問に答えてくれる?」
 中指と人差指を立てると、白鳥姿の鬼は「あたぼうよ」と頷いた。
「一つ目、なんでアンタたち、縛られてんの?」
 二匹の顔色が変わる。この様子だと、何か思い出したくないものでもあったんだろうなあ。
「こにさんの家出の手助けをしちゃったんだ」
 ヤイカガシがアタシの様子を窺いながら口を開いた。
「チチメンチョウさん、チチドリ君、モモサワガエル君のいるところに行こうって言ったんだ」
 チチ、チチ、モモ……。あらかたどんな輩なのか想像がついちゃうから困る。そりゃ縛り上げの刑に処されるわ。
「でも、仕方ないよ。こにさんはああ見えて頑固だから、止めても目を盗んでどっか行っちゃうと思うから……。紅葉林の外は危ないし、ならいっそ保護者同伴で家出しちゃったほうがいいと思ったんだ」
「テメ、それオレの提案じゃねえか! なに自分が考えました、みてえに言ってんだよ!」
 どちらも保護者というか誘拐犯といったほうが近いけど、理には適っていた。あとから考えていいか悪いかはさておき、少なくとも嘘ではない可能性は高い。
 まあ、ぶっちゃけこの質問はあまり重要じゃないんだけどね。
「じゃあ二つ目だけど――」
 むしろこっちが本題だ。
「縄をほどいてから乳の話をするんじゃなくて、乳の話をしてから縄をほどくって形にしてくれる?」
「ど、どっちでもいいだろうが!」
「いや、これだけは譲れないね!」
 奴をフリーのまま乳を語ったら何をされるか分からない。アタシの貞操絶対死守防衛のため、ここは引けない。
「アタシとしては、別に今日は帰ってもいいんだよ? 日本さん、久しぶりの休暇なんだし、ゆっくりしていってほしいよ」
「……チッ」
 エロ鳥め、わりと本気だったな。
「しゃあねえ、乳の話だ。オメェ自分の乳に自信はあるか?」
 ヒワイドリは半ばヤケクソに話題を振った。自分の胸を見る。誇れるワケもない、主張すらしない慎ましやかなふくらみがそこにある。
「自信はそりゃないよ。でも別に劣等感抱くほどじゃないなあ。むしろ、動きやすいから疲れにくいし」
「ほう」
 ヒワイドリは目を丸くして頷いていた。アタシがフツーに話しちゃってるのに驚いているみたいだ。まあ、この胸とも長年の付き合いだしね。多少の恥じらいを拭い去れば普通に語れますよ。残念でしたね。
「でもオレの同胞がアンタに憑いたときは巨乳の念が強かったみてえだが?」
「あー、そういうのあるかもしんない」
 日本さんと出会ったあの日を思い出す。確かにあの日、胸の大きな女性に視線がいってたと思う。
「憧れはあるよ。アタシにはないもの持ってるんだもん。基本どんなサイズも好きだから、そんな強い憧れでもないけど」
 客観的に見る大きな胸は女性としてすごく魅力があるけど、主観的に見れば、そんなの重くて肩が凝って大変だと思うから、実はあまり羨ましいと思ったことはない。ぺたんことかまな板とか呼ばれたことがあったら、もう少し羨望の情は強かったんだろうけど。
「どんな胸でもイケるクチか! くうっ、オメェみてえな同志を欲してたんだよ!」
 ヒワイドリの瞳が子どもみたいにキラッキラ輝かせるほど、喜びと興奮を兼ね揃えた眼をしていた。
「チチメンもチチドリも、乳のこと分かってるフリしてなんも分かっちゃいねえんだよ」
 なんたらかんたらと、ぐちぐち心の鬼が毒をばら撒いていたものの、しばらしくて再び顔をこちらに向ける。
「サンキュー田中、いい乳の話だったぜ。さあ、縄をといてくれ。今なら仲間を呼べる」
 ヒワイドリの感謝を耳にして、こっちまで嬉しくなる。まさか心の鬼に心を清められるとは思いもしなかった。ごちゃごちゃに結ばれた縄をほどいてやると、間もなく片方の羽を挙げた。
 瞬間、背に数多の視線を感じる。考えたくもないし、振り向きたくもない。でも、頭の中でその情景が簡単に想像できてしまうから勘弁してほしい。
 ドドドドド――という芝を駆ける雪崩のような音で地面が揺れる。玄関の戸がガタガタ言いだしはじめ、ぶら下がりのヤイカガシが振り子時計みたく時を刻む。
「乳だ祭だ語って聞かせ! 乳の話をしようじゃないか!」
 B級ホラー映画並みの恐怖を感じさせるものが地鳴りと共に近付いてくる。
 あまりの怖さに我慢できなくなり、音の鳴るほうへ顔を向けてしまった。
 その瞬間、体長三十センチの雪崩に足をすくわれる。幾百のトサカと羽に流され、気付いたら中央で担がれているベニヤ板のような神輿に載せられて正座していた。
「どうだ、オレたちの卑猥神輿は! 鬼子行直通だぜ!」
 隣には(どのヒワイドリも同じ姿だから推測だけど)日本家に入り浸っているかのヒワイドリがいる。
「そのネーミングセンス、どうかと思うよ」
 戸惑いを通り越して、アタシはいたって冷静なツッコミをかましていた。変態鳥は笑って答えない。
「あの、ぼくは?」
 玄関で放置されているヤイカガシが大声で叫ぶ。
「オメェは留守番でもしてろ! 般にゃーいねえんだし」
「ひ、ひどい……!」
 ヤイカガシの縄もほどくべきだったんじゃないか……? なんてことを思ったけど、そんな後悔は即座に取り払われた。
 何故なら、卑猥神輿は思った以上のスピードを出して吹っ飛んだからだ。初速度とかそういう物理法則をムシしたぶっ飛びようだ。考えるヒマなんてどこにもない。
 ぶっちゃけ、生きて辿りつける自信がありません。

   φ

 冬の気配を感じさせる北風に潮の香りが混じるこの村の門をくぐる。門前と物見櫓の防人が訝しげに俺たち一行を睨んでいるが、もう慣れてしまった。普段は人々で賑わっているであろう大通りにも人はどこにも見当たらない。廃村、というわけではない。そいつは家屋の内から突き刺さる恐怖と興味の視線を感じれば分かる。
 こんな真昼間から静まりかえってしまうのは、俺たちがこの村の門とシロの家を往復する間だけだ。
 何度も出入りしてるし、俺たちに害はないと分かっていながら――奴らが本気で怖がってんのか習慣でこわがってる振りしてんのかはしらねえけど――ぱったり人がいなくなってしまう。
 シロの家は海から少し離れた丘の頂にある。真っ赤な鳥居をくぐり、急な長ったらしい階段をのぼり、再び朱色の鳥居をくぐる。俺たちが来たからだろうが、境内は静寂に包まれている。
がらんどうの敷地を見渡せば、その広さが途方もないことだってのが分かる。
 拝殿へ続く砂利道を歩く。さすが人間の信仰を多く受ける稲荷一派の社だ。面積に加え、遠く見える社殿の厳かさは息をのむほどだ。
 そして足元に荘厳さとはかけ離れた狐耳の巫女娘がうつぶせに倒れていた。たばねた稲穂色の髪と尻尾がだらりと垂れ下がっている。
「おい、起きろ、馬鹿」
 足で奴の横腹をつつく。
「あっ! わんわんダメだよ! けっちゃダメ!」
 蹴ってない。起こしてるんだ。
 こいつがどうして境内のど真ん中で倒れてるのか予想してやろう。まず、村の門番が俺たちを目撃する。そしたら村全体に知らせるために法螺貝やら狼煙やらをあげるだろう。そいつを耳にした、目にした村人が避難所であるこの神社へ逃げ出す。こいつはその波にもみくちゃになる。でも鬼が鬼子だという知らせが訪れるや否や、今度は逆に一斉に境内から飛び出していく。騒動の中でこいつは躓き、人間どもに踏み潰されたんだろう。人間だったら圧死だが、神さまの端くれであるこいつはかろうじて気絶で済んだ……つまりそういうことだ。
「うう……」
 狐娘がもぞもぞと動きだす。俺のつつきで意識を取り戻したらしい。
「シロちゃんおはよう!」
 その挨拶はどうかと思うが、しかし実に数ヶ月ぶりの再開に小日本は嬉しそうに飛び跳ねている。
「こにちゃん? あれ、わたし確か……」
 奴がこの稲荷神社の見習い巫女のシロだ。きっとこいつの天然ぶりに勝る奴はいない。俺はまだ数回しか顔を合わせてないが、名高き白狐の劣等生と認識している。
「気絶してたんだろうよ。ったく、お前は実にのろまな奴だな」
「あ、わんこさんも」
「あのなあ、だから俺の名前は――」
「それに、鬼子さん! どうしたんですか皆さん揃って」
 なぜみんな俺の名を知ろうとしないんだ。名前を言えない呪いでもかかってるんじゃないかと疑ってしまう。
 鬼子がシロに手を差し伸べる。奴は感謝の意を述べ、その手を借りて立ち上がった。
「こにぽんにも護身用の武器が必要かと思って」
「あー、最近物騒ですもんね」
 鬼子の台詞は俺の受け売りだ。小日本に戦いを経験させたくはないが、万が一ってときがある。嘘月鬼や昨日のスダジイの鬼のように般にゃーの領域内でも鬼は出没したんだからな。この神社の宝物庫に行けば身を守れるものもちゃんと備わっているだろう。
 ――というもっともな理由をつけて、シロの家へ遊びに来たのだった。昨日の今日でやってきたのは小日本のおねだり駄々捏ね地団太の三連技による成果だ。
「とにかく、立ち話もなんですし、上がってください。おじいちゃんも会いたがってますから」
 拝殿脇にある稽古場に向かう。そこの二階がシロと白狐爺の生活の場となっている。鬼子と小日本とシロの談笑しながら歩き、俺はその後ろに付いていた。
 昔、小日本と鬼子はこの神社で暮らしていたらしい。
 らしい、というのは詳しいことは知らされていないからだ。鬼子は極端に過去を語りがらないし、シロも白狐爺も教えてくれない。
 シロの背が伸びたな、とふと思った。小日本の背丈より鬼子のほうに近付いている。そんなシロはどこか嬉しそうに近況を述べていた。尻尾を左右にせっせと振っている。まったく、犬じゃねえんだし、もう少し大人しくしてくれてもいいじゃねえか。
 引き戸を開けると、稽古場に銀髪の老人の姿があった。俺たちに背を向け、達筆な字の記された掛け軸に正座している。
「じじさまー!」
 小日本が草履を脱ぎ散らかして、どたどたと床を駆ける。電光石火だった。鬼子もシロも俺も、抑える間もなくつむじ風のように白狐爺の元へ突撃する。
「えいっ!」
 小日本が飛び付く。シロが顔を覆う。鬼子が謝罪の体勢を取る。そして、白狐爺は――、
「おお、こにか。大きくなったのう」
 年老いた白狐は全身で衝撃を受け流し、穏やかな口調で背中の小日本に語りかけていた。もう御老体ではあるが、あらゆる体術や武術を会得しているからこそ耐えられたんだと思う。
「こに、もうオトナになれた? オトナになれた?」
 小日本は大人に憧れている。正直、俺には信じられない。大人なんて卑怯で卑屈で小癪な奴らばかりじゃねえか。どこに憧れる要素があるってんだよ。
「そうじゃの……」
 白狐爺はしばらく考えるふりをする。その顔は孫を見る綻んだ顔だった。
「まだまだ、じゃな」
「えー、なんでなんでー」
 神聖な稽古場を礼もなく駆けだして白狐爺に飛びついたからだろうが、と心の中でつっこみを入れる。爺さんは何も答えなかった。というより、鬼子が割り込んできたから答えるに答えられなかった、というのが正しいだろう。
「お爺ちゃん、ごめんなさい。こにぽんたら……」
 鬼子と白狐爺の会話を聞くと、よく耳がぴくりと動いてしまう。どこか違和感があるんだ。たぶん白狐爺のことを「お爺ちゃん」と呼ぶからだろう。親密さを感じるはずなのに、どこかよそよそしいんだ。
「いいんじゃよ。元気がいっぱいそうでなによりじゃ」
 平謝りする鬼子を慈しむように白狐爺は微笑んだ。
 二人は師弟の関係でもある。鬼子に薙刀術を指導したのは白狐爺だ。どれほどの期間鍛錬を積んだのかは定かでないが、教授の上手さは一級ものだ。俺にも戦い方の極意を存じているに違いない。
「じじさま、なんでこにはオトナになれないの? ねえ、なんでなんで?」
 小日本の質問責めを受けるも、白狐爺はちっともうろたえることはなかった。
 と、瞬間視線が俺を貫いた。
 本当に寸刻だったから気のせいかとも思った。白狐爺の視線は既に小日本へ注がれている。
「ふむ、あとで教えてあげようかの」
「えー、今しりたいのに」
「お団子、食べるかい?」
「うん、こにだいすきー!」
 刹那の間に小日本の関心を逸らした。言葉の居合だ。
「シロや」
「は、はい!」
 シロは俺と並んで玄関に立ち尽くしていたが、白狐爺に呼ばれて気をつけをした。
「二人にお菓子を出してやりなさい。お茶淹れるときは火傷に注意するんだぞ」
「は、はいっ!」
 隣の見習い巫女は一つ意気込んで階段を上った。
「へぶっ!」
 袴を踏み、段上で盛大に転んだ。一段一段が高いこの家屋の階段は、きっと「何事があろうとも、常に心を落ち着かせよ」という戒めが込められているに違いない。
 鬼子は白狐爺に一礼し、小日本の手を握る。小日本はおだんごおだんごと節をつけて歌い、飛び跳ねながら階段へと向かっていた。
「さて、お主は団子より稽古がしたいと顔に書いておるようじゃが」
 見透かされていた。先程の目があったその一寸で俺の心境を全て見破っていた。
「どれ、わしが相手してやろう。如何様な稽古がしたいのかな?」
 多分、少し前の俺だったら、返事の代わりに戦う構えを取っていたことだろう。打ち負かしてやる、なんて幼稚な感情に任せて突撃していたかもしれない。でも今や戦う以前に降伏していた。
「戦わないで勝つ方法を教えてほしい」
 白狐爺が初めて驚きを見せた。でもすぐに和やかな顔に戻る。
「昨日、鬼と出くわして、戦って、負けた。いざってときになると、考えるより先につい手が出ちまう。今までの自分のままじゃ、駄目なんだと思う。それで、鬼子が薙刀を振るうのは最後の手段だって言ってたのを思い出したんだ。俺、鬼子みてえな戦い方をしてみたいんだ」
 しわくちゃの、彫りの深い眼が、一言一句洩らさず聞き取ろうとしていた。ときおり頷いて、述べ終えたあとで頭を撫でられた。何もしてないのにご褒美を貰ってるみたいでむずがゆかった。
「相変わらず生意気な口をきくのう」
 そう言ってふぉっふぉと笑われた。顔が火照ってくるのが分かる。何か言い返してやろうと思ったが、その前に白狐爺が続ける。
「じゃが、心意気はまっすぐ育っておるようでなにより」
 少し褒められるだけで嬉しくなってしまうのが癪だったので、釣れない顔をする。それが精一杯の抵抗だった。
「じゃが」
 その一言で空気が一変する。
「わしがその稽古を付けることは出来ぬ」
「な、なんで――」
「なぜなら」
 白狐爺の声は決して大きくない。囁きと言ってもいい。それなのに、俺の反論を封じるには充分すぎた。思わず後ずさってしまう。
「あれは鬼子が培ってきた心なのであるからな。それに、今のお主には合わぬじゃろう」
 合わない。それってつまり、俺には才能がないってことなのか?
 だってそうだろ? 俺の唯一の支えである、憧れである存在と同じ高みに行けないなんて言われたら、あとはもう絶望するしかないじゃないか。
「よいか、戦うことは、生きることじゃ。戦う道は、生きる道じゃ。鬼子の道は鬼子のものであるし、お主の道はお主のものである。お主が鬼子の培った道の上で戦おうなど、それこそ宿世が許さぬというものじゃ。お主はお主の道を究めるが良い。そのためにも大いに悩みなさい。苦心して見つけだしたものこそ、真の生きる道じゃよ」
 きっと白狐爺の言ってることは正しい。同時にとてもありがたいお言葉だってことも分かる。
 でも、今の俺には、それすら老人の言い訳にしか聞こえなかった。
「なら俺は……俺はどうすればいいんだよ。俺の道なんてとっくに否定されちまってるじゃねえか」
「否定なんて、されてはおらぬよ。ただちょっとばかし、道に迷っておるんじゃ。大切なことよの」
 白狐爺は相変わらず物静かで、諭すようで、小さい子に物語絵巻を語り聞かせているようだった。
「お主と初めて会ったときのこと、今でもはっきり覚えておるよ」
 もう四年前になる。俺が鬼子に仕えようと決心してすぐのことだった。
「わしが鬼子に近付いただけで、お主はこう言ったんじゃ。『俺の飼い主に手を出すな、鬼子は俺が守る』とな」
 ガキだったころの俺は、白狐爺を敵と認識し、牙を剥いて威嚇したんだった。あの頃は鬼子だけだった。
「あれから、お主の道は始まったのではなかったのかな?」
 鬼子に助けられ、鬼子と共に旅立ったあの日。
 確かに今の俺はあのときから始まった。
 鬼子は俺が守る、か……。
 その志が、知らぬ間に独りよがりな考えに変貌してしまっていたのだろうか。
 強くなりたい。
 いつの間にか、そんなことしか考えてなかったような気がする。
「おじいちゃあん! おじいちゃんおじいちゃん!」
 物思いの邪魔をしたのは階段を慌てて降りるシロだった。
「なんじゃ、もっと静かに急げんのか」
「そんな、無茶言わないでください!」
 慌てず、焦らず、急げってことか。
「それより助けて下さい、こにったら宝物庫に行きたいって聞かなくて……」
 遅れて小日本と鬼子も稽古場に戻ってきた。ここに来た名目をうやむやにしていたのが気に入らなかったのだろう。こりゃもう、お団子より先に宝物庫に行くしか解決の術はない。
「すみませんお爺ちゃん。あの、こにぽんに護身用の武器を下さいませんか?」
 鬼子も小日本の性格を承知しているみたいだった。
「遊んで怪我しないように、危なくなくて安全なものがいいんですが……」
 いや、それ武器じゃねえよ、玩具だよ。と言いたいが、そんなこと言ったら面倒なことになるからやめる。
 白狐爺は一息ついて、小日本を手招きする。
「よし、こにが大人かどうか、すぐに分かる武器をあげよう。じじさまと一緒に行こうか」
「ほんとっ? いくいく!」
 鬼子の元を離れ、とてとてと白狐爺の元へ駆け寄る。白髪の老人が小日本を抱き上げると、桜着の少女は実に嬉しそうな笑みを漏らした。
 やはり、ここが小日本の故郷なんだな、なんて思った。
 ……そうして、小日本の過去についても、俺はほとんど何も知らないことに、今更気付くのだった。


 初めて来る場所だった。位置としては拝殿の地下辺りだろう。中はひんやりとしていて薄暗いが、牢獄のような淀みは一切感じられなかった。
 宝物庫は神器マニアの白狐爺が集めた使い手のいない神器を納めている倉庫だ。神器と言っても大層なものではない。人間にとってはえらくありがたいもんかもしれないが、神さまにとっての神器集めは骨董品集めのようなものだ。
 ちなみに鬼子の薙刀もこの倉庫にあったものらしい。般若面と小日本の恋の素はまた違った経緯で賜った神器なのだが。
 提灯が神器の林を掻き分ける。柄杓のようなものから、膠(にかわ)状の歪んだ人間の顔を縫い合わせたような物体まで、実用性のありそうなものから何に使うのか理解不能なものまで所狭しと陳列されている。
「おったおった」
 提灯をシロに預け、白狐爺は乱雑に立てかけられた長物たちから、一際長い刀を取り出した。
 目測四尺八寸。小日本の身長は無論のこと、俺の身長とほとんど大差のない見事な野太刀だった。
「霊刀『御結(おむすび)』じゃ。ほれ、鬼斬に似て長くて格好良いであろう?」
 黄金色の頭と鍔、漆塗りの鞘、藍色の鞘はきっと俺が生まれるより何百年も昔から呼吸をしているのだろう。その深みに、言うまでもなく小日本の瞳は輝きだした。
「じじさま、もっていい?」
 当然とも、と白狐爺がそれを少女に与えた。爺さんが手を離すと、小日本は体勢を崩して刀に振り回される。かなり重いらしい。
 それでも懸命に足を踏ん張り、丸太を持つようにして御結を抱きしめる。
「じじさま、ぬいて、いい?」
 平然を装おうと努力しているのが丸見えで、思わず顔が綻んでしまう。
「よいとも、何事も挑戦じゃ」
 白狐爺は自分で言って、自分で頷いていた。小日本は張り切り爪先立ちになって鞘を抜こうとするが、びくとも動かなかった。
「貸してみろよ」
 小日本の力じゃ抜けないのだろう。御結を奪い取る。なるほどこれは重い。こんなもの俺でも扱えないと思う。
「あー、それこにの! かえして!」
 小日本の訴えを無視し、鯉口を切ろうとする。
 しかし、鞘はびくともしなかった。錆ついているとかそんなちゃちなもんじゃない。刀自身が抜かれるのを拒んでいるような、そんな感覚だった。
「わんこ、返してやりなさい」
 時間切れだった。悪戦苦闘しても抜けない。悔しいが持ち主に刀を戻さなければならない。再びバランスを崩す。白狐爺がそれを支えた。
「こにや、御結はの、大人にならなければ抜けぬのじゃ」
「じゃあ、こにはやっぱり、コドモなの?」
 少し寂しそうな顔をして呟く小日本に、白狐の老人は優しく微笑んだ。
「落ち込むことはない。その刀はわしでも抜けぬ」
「じじさまもコドモなの?」
 素朴な疑問に、ふぉっふぉという笑い声が蔵に響いた。
「それはな、大人になったお主にしか抜けぬ。その代わり、抜くことが出来ればお主の心に宿る力を最大限引き延ばすことが出来よう。そういう刀なのじゃよ」
 そう言って、小日本の帯に結ばれた恋の素をほどき、鞘尻に結び直した。しゃりん、と鈴が揺れる。
「こには、皆が仲良しになれたら良いと言っておったな?」
「うん! こにはね、みーんなおともだちがいいの!」
 その嬉しそうな喜びに溢れた笑顔を見て、白狐爺は大きく頷いた。
「その志、忘れるでないぞ。ほれ、万歳」
 桜色の振袖が揺れ、花びらが舞う。白狐爺は下緒を肩から斜めに掛け、胸の前で緒を結んだ。背中の長ったらしい刀が左右にぐらぐら揺れる。平衡感覚を養うにはうってつけだな。
「あの……」
 今まで口をつぐんでいた鬼子が申し訳なさそうに質問する。
「抜けないまま鬼に出くわしたときはどうすればいいんでしょう?」
 自己矛盾な注文をするのはきっと小日本のことが心配で仕方がないからなのだろう。そんなこと分かってる。分かってるけど、少しは自重しようぜ……。
「もしものときは、鈍器として使いなさい」
「うん!」
 鈍器って、身も蓋もねえなおい。
 小日本の元気な返事に、背中の刀が暴れる。危うくシロの顔面にぶつかりそうになった。ある意味、不意打ちを不意打ちで反撃する可能性を秘めていた。
 しかし、一つだけ心残りがある。
 ――それはな、大人になったお主にしか抜けぬ。
 まるで、小日本が生まれるよりずっと前から、小日本に仕えるためだけに鍛錬されたのだと言っているようなものじゃないか。
 なあ、白狐爺、それってどういう意味なんだよ……。
 しかしその問いをする機会は、もう来ることはなかった。
 外から法螺貝の警報が鳴り響いたんだ。
「鬼じゃ」
 静かな面持ちのまま白狐爺は大きな老白狐の姿に変化した。
「シロは避難しに来た民を誘導せい。こにはこの社をしっかり守るんじゃ」
「はいっ」
「こに、がんばる!」
 手短な指示に二人は頷いた。
「鬼子とわんこは付いてきなさい。何があろうとも、村の域には入らせぬぞ」
「応ッ」
「わかりました」
 俺と鬼子は頷き、そして獣の姿に成った白狐爺の後に続く。
 疑問は山ほどある。鬼子のこと、小日本のこと……。でも今は四年前の自分の言葉だけを反芻していた。
 ――俺の飼い主に手を出すな、鬼子は俺が守る。
 まだまだガキんちょで、声変わりもしていなかったあの頃の自分は、ただただ、懸命にそのことだけを考えていた。


じょがぁへのお便りは
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