ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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「ひっのもっとさーん、あっそびーましょー、石っこ手合わせごっちそっさまー」
 さすがに『ごちそうさま』の合言葉だけだと不憫だから序詞的なものを付けて紛らわしてみた。
 相変わらず吐き気を催す急上昇な移動だけど、紅葉林の涼しい気候に心が安らいだ。アタシたちの世界じゃ夜でも三十度越えが続いてるけど、こっちは半袖だとちょっと肌寒く感じるくらいだ。
 ……紅葉の季節って、もっと寒かったような気がする。気候や環境が根本から違うのかもしれない。
「あら、人間のお客様なんて何百年振りかしら」
 凛とした艶めかしい女性の声が出迎えてくれる。知らぬ間に、眼鏡と藤色の振袖の似合う女性が佇んでいた。美しい銀髪の頭に猫耳がついている。うん、多分コスプレじゃないね、こっちの世界の化け猫さんなんだろうね。
 ……ん? 化け猫?
「えと、あなたは?」
 口走っちゃったけど、アタシはこの人の名前を知っているような気がする。
「猫又よ。般にゃー、とみんなから呼ばれてるわ」
 般にゃー。
 アタシの直感は当たった。あの恐るべき般にゃーが目の前にいる。着物から二つに分かれた尻尾があった。
 すみません般にゃーさん、あなたと会うまで、恐ろしい怪物か何かと勘違いしてました。百聞は一見に如かずっていうか、アタシたちの世界の定規でこっちの世界の物事を測っちゃいけないみたいだ。
 さて、日本さんはどこにいるんだろう。
「鬼子なら小屋にいるわ。いってらっしゃい」
 一瞬心を読まれたような気がしたけど、アタシがこの世界に来る用事なんて日本さんくらいしかない。
「般にゃーさんは一緒に来ないんすか?」
「呼び捨てでいいわよ。敬語も堅っ苦しいからナシで。ほら、行きなさい。今から一服するんだから」
 なんというか、テキトーな猫又さん……猫又だ。
 胸元からキセルを取りだす様が実にエロチックだった。
 とにかく……日本さんから聞いた通り、きまぐれな人(猫又?)だってことは分かった。自分勝手というか、自由奔放っていうか、うん、ある意味猫みたいな性格だわ。
「ひっのもっとさーん、あっそびーましょー」
 玄関の前で、小学坊主よろしく声を上げる。するとすぐに中が慌ただしくなる。ドタバタって音、初めて聞いた。マンガの世界に入り込んでしまったような錯覚がする。
 ぴしゃり、と引き戸が開かれる。見えたのは角ではなく、不機嫌そうにぴくぴく動くわんこの耳だった。
「何しに来た、人間」
 その口振りは耳以上に不機嫌なものだった。
「何しにって、日本さんと遊びに行こうかなって」
「鬼子はいない。帰れ」
 わんこの気迫に押され、思わず帰ってしまいそうになる。
「何言ってるの、わんこ」
 日本さんが土間に下りてきた。慌てて雪駄を履いたようで、カラコロと三和土(たたき)を蹴っていた。わんこは舌打ちをし、日本さんに玄関を譲った。
「いらしてくれたんですね!」
 わんことは裏腹に嬉しそうに出迎えてくれる。尻尾があったら全力で左右に振ってると思う。
「えと、お茶淹れますから。上がって待ってて下さい」
「あ、今日はそのために来たんじゃなくて――」
 既に片足を床に踏み入れている日本さんを呼び止める。
「もし用事がなかったらさ、アタシんトコの世界の紹介がてら、買い物とかどう……かな? お金はアタシが出すし」
 そのために親からムリ言ってお小遣いを前借りした。この夏はバイトやんないとダメかもしれないなあ。
 日本さんの瞳が輝きだすも、すぐにかげってしまう。何か心に残ってるものがあるみたいだった。
「あの、待ってください。般にゃー、ちょっと来てくださいますか!」
 紅葉石の埋まる巨木に背を預ける般にゃーを呼ぶ。彼女の耳がかすかに動いたけど、般にゃーは気ままに煙をふかしていた。
「もう、般にゃーさん、たばこなんて吸ってないで早く来てください!」
 うん、マイペースにもほどがある。帯に吊るした灰吹にタバコを落とすと、ようやく歩きだした。
「なに?」
 明らかに不満げだ。わんこを絶する不機嫌ぶりだ。大人の光沢を持つ般にゃーだけど、こういうところはちょっと子どもっぽい感じがする。
「あの、今日田中さんと一緒に向こうの世界に行ってもいいですか?」
「勝手にすればいいじゃない」
 TASさんも驚きの即答っぷりだ。
「行くならこにぽんも連れてってやりなさい」
 そう付け足し、般にゃーは猫又に姿を変え、縁側へ行ってしまった。
 なるほど、猫又んときは顔が般若になるのか。
「こに! お出かけですよ! お出かけ!」
 日本さんが珍しくはしゃいで居間へと上がっていった。よっぽど嬉しいみたいだ。
「……って、俺留守番かよ!」
 わんこが一人嘆いていた。
「アレ? 女の子三人とデートしたかったの?」
「デ……! ち、ちげーし! 誰が人間の分際と一緒に人間の世界をうろつくかよ!」
 思った通りの反応が返ってくる。やっぱわんこはいじりやすい典型だな。
「日本さんとこにぽんだけならよかったの?」
「そ、そうじゃねえよ。人間は嘘吐きだから、鬼子たちが騙されるんじゃねーかと心配なだけだ! お前がいなきゃ万事解決なんだよ!」
 うん、ならなおさらデートに付いてったほうがいい気がするけどスルーしてあげよう。
「田中さん田中さん、あの、どちらの着物で行けばいいですかっ?」
「こにのも選んでー!」
 鬼子さんは、マツケンがサンバしちゃいそうな黄金にきらめく和装と、総重量ン十キロはあろう十二単を持っていた。こにぽんはこにぽんで、一方は桜色の浴衣で、もう一方も桜色の浴衣だった。ぶっちゃけ違いの識別できない。
「あの……いつも通りでいいからさ」
『はいっ!』
 二人は声を合わせて頷いた。二人の輝かしい笑顔に苦笑するしかなかった。
「あ、そうそう、これ渡すの忘れてた」
 昨日買った贈り物を日本さんとこにぽんに渡す。
「……麦わら帽子?」
「うん、着物に合うのって何かなーって思ったんだけど……」
 女性着物に帽子の装備は原則的にないけど、二人の素朴で純然とした日本さんとこにぽんを思うと、このアクセサリーは十二分に合うと思う。本当はクローシュとかキャスケットとか買いたかったんだけど、当時お金がなかったから仕方がない。なら都市に出ないで地元で済ませればよかったじゃないか、と今でも思っている。
「あ、わんこくんのプレゼントはないよ?」
「わかってるよチクショウ!」
 言い返してくるわんこにいじられの神だってことを自覚してるみたいだった。
「あ、でも紅葉饅頭のお返しに、なんかお土産に買ってきてあげよう」
「は?」
「サブレーがいい? それとも渋めに畳イワシとかどうよ?」
「知らねえよ!」
 と口先では反抗しているものの、尻尾はぶんぶん振っている。まったく、かわいすぎて困っちゃうね。
「ほら、日本さんも――」
 日本さんの手を握ってやった。
「泣いてないでさ、ほら、今日は思いっきり楽しもうよ」
「はい……ずびばぜん……」
 帽子をあげただけでこんなになるとは、正直予想してなかった。


「あれ、あれはなんですか!」
 八幡宮の鳥居を前にして日本さんが興奮気味に尋ねてきた。
「へんなのー!」
 こにぽんも嬉しそうにはしゃいでいる。
「ただの車だよ」
 当然だけど、アタシが向こうの世界の常識を知らないように、日本さんたちもこっちの世界の常識を知らない。
「馬や牛はいないのに、どうやって引っ張ってるんですか?」
「あー、科学の集大成的な?」
 ごめん、アタシの知識じゃ説明しきれないよ……。
 まあそんなわけで、日本さんとこにぽんとウィンドウショッピングを楽しんだ。せんべいやタイヤキを一緒に食べたりした。
 今は店の庇に設けられたベンチに腰を下ろし、小休憩がてらアイスクリームをなめている。さっきから食べてばっかいるのはこにぽんのおねだりによるものだ。
 日本さんは「すみませんわがままな子でして」と謝り倒してたけど、まあルイヴィトンをねだられているわけではないし、三人分のお金で小腹も満たされて、さらにこにぽんの笑顔が買えるってんなら安いものだ。
「つめたくておいしいね!」
「もう、ほっぺた付けちゃって」
 呆れながらもこにぽんの世話をする日本さんも見られて安らげる。一石三鳥じゃないか! もうおつりが来ちゃうくらいお得だよ。
「こにね、おだんご食べるー!」
 アイスを食べ終えたこにぽんは意気込み、立ち上がった。
「もう、食いしんぼうなんだから。すみません、田中さん、こにったら……」
「元気で何よりじゃない」
 お団子くらいわけない。ま、次の野口で財布中隊所属野口分隊全滅のお知らせなんですけどね。
 アタシたちは再び歩き出す。背丈の大きな松の並木を左手に、アブラゼミの不協和音と歩道から放出される熱気を浴びながら、日本さんと雑談に興じていた。暑いね、から始まり、向こうの世界の夏もこのくらい暑いのかとか、着物って暑そうだよねとか、そういうヤマもなければオチもない、でも充実したひと時を送った。
 ただ、日本さんは終始そわそわしていて落ち着きがなかった。
「田中さん、なんか私たち、じろじろ見られてる気がするんですけど」
 言われてみれば、確かにすれ違う人たちがほんの一瞬だけこちらに視線を移している。正確に言うと、みんな日本さんのことをチラ見していた。
「もしかして、こにや私が鬼だってこと、気付かれてるんじゃないでしょうか……」
 日本さんは麦わら帽子を目深にかぶり、アタシの後ろに隠れてしまった。こにぽんも真似して日本さんの腰元にぴたりとついた。
 鬼子さんの言動に半ば呆れ、半ば和んだ。
「そんなわけないって。日本さんがかわいいから、みんな一目見ちゃうんだよ」
 そう言うと日本さんの後ろからぴょこりとこにぽんが顔を覗かせた。
「こにもかわいい?」
「あたぼうよ。かわいすぎて、にぎにぎぎゅうぎゅうしたくなっちゃうよ」
 こんなかわいい子がこの世界にいるわけがない。向こうの世界で慈しまれたからこそ誕生した奇跡の子だ。あわよくば自分の妹にしちゃいたい。
「……わ、私のこと、本当に可愛いって思ってくれてるんですか? ウソじゃ、ありませんよね?」
 一方日本さんからはまさかの念押しをされた。日本さんがナルシスとでないことくらい知ってる。
 なら、どうしてこんなことを言ったんだ?
 ……そんなの、決まってる。
「日本さんがどう思ってるかは知らないけどさ」
 一呼吸おいて、アタシはそう切り出した。
「もっと自分に自信持ってもいいと思うよ」
「でも……」
 躊躇する日本さんはやっぱり日本さんらしくなかった。
「だってさ、アタシの中にいた鬼、祓ってくれたじゃん。それきっと、すごいことだと思うよ」
 まるでガラスの針に触れるようにおそるおそるモノゴトに触れながらも、決して立ち止まらずに歩き続けるのが、アタシの中の彼女だった。
「だからってさ」
 日本さんの手を、そっと握りしめた。
「一人で全部抱え込まなくたって、いいんじゃない?」
 ヤイカガシの言ってたことがよぎる。
 ――ぼくには鬼子さんの隣に立つことはできなかったけど、きっと田中さんなら並んで歩けると思う。
 ヤイカガシは日本さんの荷を負いきれなかったのかもしれない。神さまであるヤイカガシですら。
 いつから鬼を祓い続けているのは分かんないけど、今に至るまでずっと、日本さんはたった一人で志を守り抜いていたんだ。その途方もない力の源は、一体何なのか。その源は今もなお枯れずに湧いているのか。
「だから、アタシも何か力になれたらなーって思ってたりしちゃうワケですよ」
 その「何か」がなんなんのか、自分でも分からない。というか、それが分からなかったから、ヤイカガシも鬼子さんを支えることができずに終わってしまったんだと思う。
「田中さんて、人の心を読む能力、持ってますよね?」
「ないないないない、なにその中二病設定」
「……チューニビョーセッテー?」
「うんごめん、なんでもないんだ」
 沈黙が続いた。夏ってのはセミの鳴き声みたいにどこまでも続いているようで、入道雲は日射しを受けて濃淡を作っていた。アイスなんて舐めても涼しくなれるわけないのに、どうして人はアイスを舐め続けるのだろう。
「私、田中さんと出会えただけで嬉しんです」
 アイス論が茹だる頭で展開されかけたそのとき、日本さんが小さな声を漏らした。
「そんなこと言ってくださる人、他にいませんでしたから」
 ヤイカガシ、君は日本さんのために何をしたんだ。カウント入れられてないぞ。
「もし田中さんと会ってなかったら、私、心が折れてました」
「そんな、大ゲサだよ」
 うん、大ゲサだ。アタシは神か仏か何かか。
「いいえ。田中さんがいてくれるだけで、私たちは本当に救われてるんですよ。ね、こにぽん」
「うん!」
 と、こにぽんが大きく頷いた。そこまでリアクションを取られると、もう日本さんの言葉を信じるしかないような気がする。
「あ、おだんごー!」
 こにぽんが髪を揺らす。その先には明治四年創業と謳われた老舗和菓子店があった。こにぽんの眼がきらきらと輝きだし、アタシたちを置いて駆けだした。
「あ、こにぽん待って! 急ぐと危な――」
「ひゃあ!」
 時すでに遅し。走るこにぽんがケータイを操りながら歩く壮年男性にぶつかってしまった。
「いてえな、このガキが」
 口、悪いな……。
 というか、児童レベルの子に接する態度じゃない。
「ご、ごめんな、さい」
 こにぽんはすっかり怯えきってしまった。
「君、保護者どこ?」
「ごめんなさい……」
「いいから保護者どこ?」
 無感情の事務的な冷たさがアタシにまで伝わる。うん、こいつはトラウマできるね。
「私が保護者です」
 こにぽんの両肩に手を添え、日本さんは果敢にも壮年を見遣った。アタシは普段の慣習から一歩も動けずにいた。
「あのさあ、ガキが騒がしいとさあ、周りが迷惑になるんだわ」
 最近の親はよお、なんにも分かってねえんだよな、視野が狭いっつーのうんぬんかんぬん。ケータイをぶらぶらさせたり、間延びした口調でぼやいたりするのはわざと怒りを買うようにしているのだろう。
「親がガキなら子もガキガキガキ。こいつぁ日本も終わりだな」
「すみません」
「あーあーあーあー、謝ることしか能がねーとか。ったく、これだからガキはよお」
 うわあ、大人げない。こりゃ嫌な人とぶつかっちゃったな。
 というか、こにぽんのやわらかタックル喰らっただけで激怒する人もいるんだな。世間って広いよ。アタシだったらご褒美なのに。
「あの、本当にすみませんでした」
 歩く人たちは中年の怒鳴り声に反応して一瞥するけど、心持ちはみんな同じで、完全にモブキャラとか、通行人ABCD……として舞台の袖へと去っていった。浦島太郎も電車男もいやしない。
 そりゃ自分だってこの場をスルーしたい。面倒事は極力避けるのが現代人の生きる知恵だし、アタシは主人公って役じゃないもん。
 でも、日本さんはこういうトラブルの対処なんて何一つとして分かっちゃいないと思う。
「あの、私、何でもしますから!」
 言わんこっちゃない。そんなこと言ったら奴の思うツボじゃないか! 中年オヤジはにやりと片側の口角を上げた。
 こういうガラじゃないけど、致し方ない。
「ケータイいじりながら道歩いてる誰かさんも、能がないような気がするんだよなー」
 だから、聞えよがしに独り言をぼやいてみせた。
「……あン?」
 案の定、矛先がこっちに向けられた。
「お前、何こいつの肩持っちゃってんの?」
 あらまあ視野がお狭いようで。恐縮にございますが、事が起こる前からこの場におりました田中匠、そこにいる二人の友達でございます。
 うん、思った以上に喰いついてくれた。
「つーかさー、最近イラついてんだわ。ウゼー上司とウゼーバイトにサンドイッチされちゃってんの。おまけに今日はウゼー親子とウゼーゆとりだよ。マジでなんなの? ふざけんのも大概にしろよテメエ!」
 ギャ、逆ギレかよ! いきなり唾飛ばしながら怒鳴られたよ! マジでなんなのはこっちのセリフだよ!
 こりゃもう戦略的撤退が最善というか、それしか残ってないように思われる。
「日本さん、こにぽん」
 二人にだけ聞こえるよう囁き、彼女らの手を取る。
 そして、一目散に逃げ――られなかった。
 キレオヤジに押さえられたワケじゃない。日本さんの動かざること山のごとし。紅の着物を着た彼女が動じなかったんだ。
「これは心の鬼の仕業です」
「え、ちょ、こんな人、どこにだっているじゃん!」
 何をどう思ってそう決定されたんだよ。ワケが分かんないよ!
「こに、田中さんをお願いします」
「はい!」
 しかも、アタシは守られる側かい! こんなちっこい子に守られるなんて思わなかった。
 いや、まあ戦いの経験があるんだろうから……って、それつまりこにぽんも日本さんと一緒に鬼と戦ってるってことなの?
「こそこそ話しやがって。いい加減にしろよ!」
 顔面真赤にさせてほざく男に、鬼子さんは般若のお面を自らの顔にかざした。
 あのときと同じだ。アタシの心に鬼が宿ってしまった、あのときと。
 男が悶絶する。当時のアタシと同様に、胸を押さえ一歩、二歩と後ずさる。そして彼に憑いていた心の鬼が離脱した。
「キテマス! キテマス!」
 うわ、なんか元郵便局員で手品とかやっちゃいそうな黒ずくめサングラスの芸名が本名の逆さ読みしてそうな心の鬼が出たよ! なにこの第二のユンゲラー事件勃発させる気満々の鬼は! 唯一の違いはおでこから飛び出た二つの角だけだよ!
 つか、心の鬼ってどこか抜けてるところあるよね。まだ二体しか見てないから確信めいたことは分からんけど。
「日本さん! 早くやらないと色々ヤバいよ!」
 このままじゃあ、色んな意味で消されるぞ! と思って彼女の背中に声援を送った。
 すると日本さんは――日本さんはなんと、敵に背を向け、目を大きく見開いてアタシを見た。
 「しまった」と顔に書いてある。
「キテマスッ!」
 鬼の手から『怒』の字の刻まれたハンドパワー、もとい波動弾が発射された。背を向ける日本さんに直撃する直前、光弾は鈴の音と共に桜の花びらとなって散った。
「えへへー」
 こにぽんがにこりと笑い、手に持つ鈴をりりんと揺らした。こにぽんが守ってくれたのか? 奇想天外の連続に頭の整理が追い付かない。
「おい、見ろよあれ」「なんだ、特撮か?」「3Dもここまで来たか……」「チゲーよ、イリュージョンだよ」「修羅場なう」
 ざわめきがざわめきを呼び、外野が騒がしくなる。いまやアタシたちの半径二十メートルに野次馬たちの輪ができていた。
 なあ観客さん、これ冗談でなく危ないと思いますよ……?
「日本さん、さっきの攻撃、喰らったらどうなんの?」
 心の鬼がハンドにパワーを溜めている。けど日本さんはアタシたちの前に立ち、奴を睨みつけるだけで薙刀を出そうとはしなかった。
「怪我はしないと思いますが、鬼の性質上、怒りっぽくなると思います」
「それヤバいじゃないっすか!」
 うん、あの攻撃を『反対に怒りだす力』という意味を込めて反怒(ハンド)パワーと命名しよう。そんであの鬼の名前はその姿と台詞と反怒パワーを手から発射するから鬼手枡(きてます)にしようか。
 って、そんなのんきでいられるか!
「日本さん! どうして戦ってくれないのさ!」
 心の鬼が再び攻撃をするも、こにぽんのチートな謎防御によって無力化される。鈴を持つこにぽんの額から汗が滲んでいる。暑さのせいもあるだろうが、結界みたいのを作るのに何らかの力を使うのは間違いないだろう。
 こんな消耗戦じゃきっと勝てっこない。
「キテマス!」
「……いんです」
 鬼手枡の一撃で日本さんの言葉が掻き消されてしまった。
「え?」
 長い髪をなびかせ、彼女は振り返った。
「怖いんです! 私の中成に……戦う姿になったのを見たら、田中さんきっと怖がります!」
 それは、意外な答えだった。
「私は、人間じゃないんです。異形の存在です。その違いを知ってしまったら、きっともう今までのように私を見ることなんて、できないです」
 日本さんは鬼の子だ。今は帽子をかぶってるから見えないけど、その中には確かに鬼手枡の角と同じものがある。
 鬼ってのは人を襲い、苦しませ、痛みつける。そういう恐るべき姿、人間を苦しませるあらゆるものを具現化した存在だ。
 般にゃーを般若姿のOLだと勘違いしたように、戦う姿の日本さんを恐怖の対象として見てしまうかもしれない。
 それでも、アタシは――
「なーんだ、そんなこと気にしてたの?」
 そうやって、暗雲を笑って吹っ飛ばすことができた。
 波動が注ぐ中、アタシは妙に落ち着いていられた。いつこにぽんが限界に来るかもわからないのに、どうしてこう穏やかにいられるんだろう。
「簡単に言わないでください! 私は、私は――」
「かわいいなあ、日本さんってば」
「えっ……」
 自ずと口から出てきた「かわいい」という一言だったけど、それはたぶん、日本さんにとってはずっとずっと大きな意味を持っていたんだと、あとで思った。
「じゃあさ、なんで鬼からアタシを救ってくれたのさ」
「そ、それは田中さんが脅したから」
 そうだったっけ? でも今は当時を振り返る必要なんてない。
「アタシはさ、人の見方って変わっていいと思うんだ」
 日本さんの「中成」とやらの姿を見て、日本さんの印象がプラスになるのかマイナスになるのか、もしくはゼロのまんま変わんないのかなんて、分かりっこない。
「極悪非道だと思ってた悪者がさ、実はめちゃくちゃいい奴で、株が急上昇ってこと、よくあるじゃん? そういうバトルもん、アタシにとっちゃあご馳走っすよ」
 多分こんな話をしたって日本さんの頭上にハテナマークが浮かぶだけで終わりだろう。でも人と人の関係って、そーゆーもんでしょ。第一印象から二転三転四転するのが当たり前なんだよ。衝撃が来て、動揺して、それから少しずつ消化して……そういうのを経て、親友になれたらいいな――なんてね。
「あの、私ってやっぱり極悪非道に見えますか?」
「いやいやいやいや! 違う、違うって! 例えだからね、例え!」
 うん、説教じみたこと言うからこうなるんだ。
「とにかく、アタシはキャラに深みが増していくのは素晴らしいことだと思うわけ。日本さんにとっては見せたくないことでも、アタシにとっては新鮮で、カッコいいことに見えるかもしれないじゃん。それとも――」
 反怒パワーが炸裂し、花びらになる。
「ねねさま、もう疲れちゃったよぅ」
 こにぽんの声。
 アタシはちょっとだけいたずらっぽく笑ってみせた。
「日本さんが退治してくれるのは、アタシに憑いた心の鬼限定なのかな?」
「……私が助けるのは」
 大風が吹き荒れ、どこからともなく紅葉が舞い上がる。本能的な恐怖に鳥肌が総立ちになった。日本さんの角が伸び、麦わら帽子を八つ裂きにする。さよなら、アタシの二九八○円。
 風に躍る紅葉が集約し、まがまがしい薙刀が姿を現した。
 そして、日本さんは隈取の内に燃やす紅の眼差しをちらりと向け、言った。
「鬼たちに苦しむ、人々です!」
 日本鬼子は、風を薙いで地面を蹴った。物理法則無視の初速度。
「キテマス!」
 鬼手枡の波動を両断すると、それは紅の葉となり舞い上がる。野次馬たちの拍手が大いに湧きおこる。日本さんはそのまま心の鬼との間合いを詰め――
「萌え散れ!」
 まるで居合演舞を見ているようだった。鬼手枡にはメの字の斬れ込みがなされていた。
 血振りをし、石突でアスファルトを叩くと、心の鬼は数多の紅葉に生まれ変わり、上昇気流に乗って大空へと消えた。
 通行人たちのテンションは最高潮に達し、英雄日本鬼子の元へと駆けだした。
 アタシたちにとって、鬼の角は単なる装飾に過ぎなかった。
「カッコいい……」
 心の言葉が洩れ出る。日本さんの戸惑いぶりを見ながら苦笑し、アタシも日本さんの元へと駆け寄った。


「田中さん、今日、本当に楽しかったです」
 別れ際の祖霊社で、日本さんはまだ興奮冷めやまぬといった様子だった一方、こにぽんはくたくたに疲れ果てており、日本さんの背で寝息を立てている。アタシたちを懸命に守ってくれたんだ。今日のMVPはこの隠れた英雄さんに渡したい。
 あのあと野次馬の収集を付けるのに結構な時間がかかってしまった。特に日本さんへの質問責め(手品のタネを教えろが大半)に苦労した。アタシの言い訳スキルが足りなかったら日付が変わってたと思う。警察事にもならず、日暮れ前に済ませられたのは奇跡といえよう。
 それから鬼手枡に憑かれたあの中年男性が全力で謝りにきた。今回の騒動は職場の人間関係にイライラを糧に心の鬼が育ち、暴走した結果会社をクビにされた矢先の出来事だったようだ。団子をたくさん買ってくれ、平謝りをしまくってたけど、心の鬼に憑かれた経験のあるアタシとしては、彼に何かしてあげたい衝動に駆られていた。
 心の鬼は人生をかるーく台無しにさせる力がある。全ての鬼がそうじゃないとは思うけど、一般的にイメージするような金棒持ってブンブン振り回す鬼なんかよりずっと残酷極まりない。
 彼が最後に言った言葉を思い出す。
「色々事情があるようだから、君たちのことについては何も訊かないよ。でも、これだけは言わせてくれ。君たちのこと、絶対に忘れない。ありがとう」
 何もしてないアタシですらグッとくるものがあったんだから、日本さんはもっとずっと心を揺れ動かされたに違いない。
 大粒の涙をぼろぼろと流し、日本さんは子どもみたいにしゃくりあげ、おぼつかない言葉遣いで、「私こそ、これ以上嬉しいことはありません」と言った。
「あの、あの! また来ていいですか?」
 それからずっとこの調子だ。アタシが日本さんトコの世界を気に入ったように、日本さんもこの世界を気に入ってくれたみたいだった。
「いつでもおいでよ。今度はおごれないと思うけど」
「大丈夫です。心の鬼、たくさん祓いましょう!」
 好戦的すぎるぜ、日本さん!
 そうして、また会う約束をした日本さんとこにぽんは元の世界へと戻っていった。
 すごく疲れたけど、心は満ち足りていた。


 でもね、これでハッピーエンドじゃないんだ。それどころか、エピソード・ワンはまだ始まってすらいない。
 アタシはただ浮かれてただけだった。日本さんの弾けるような笑顔はアタシが作ってやったんだぞって、きっと心のどこかで思ってたんだろうね。
 まだアタシは日本さんの身にまとわりついて離れない、悲しい宿命ってのを知らなかったんだ。
 だって、アタシはまだ日本さんのこと、ちっとも知らないんだから。
 ただの人間。
 日本さんを見知ってるただの人間という立場に、変わりはなかった。


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絆ちゃんの残暑見舞い&サイン付の表紙だぜ!

どうも、じょがぁです。
妖孤×僕SSは2012年に放送するようです。わくわく。

まあそんなこんなで感想、始まります。


来月9/22(木)発売の新刊↓

「EIGHTH 6」
「新装版dear 3」
「ひまわり 2nd episode 1」

来月9/24(土)発売の新刊↓

「絶対☆霊域 3」
「ヤンデレ彼女 7」

どうも来月は二回に分けて発売されるようですね。
ONLINEやらなんやらの刊行が集中してるのかな……?(根拠はない)


今月発売の新刊↓

「うみねこのなく頃に Episode3:Banquet of the golden witch 5(完)」
「ひぐらしのなく頃に解 祭囃し編 8(完)」
「“文学少女”と飢え渇く幽霊 1」
「アラクニド 4」
「プラナス・ガール 4」
「新装版dear 2」

新刊が本屋に一冊も並んでなくてちょっとへこんだ。



では本編へ。


P.A.WORKS 千田衛人「花咲くいろは」

崇子さん登場だけど、喜翆荘の団結さを強調するチョイ役にしか見えないなw
蓮さんの包丁の握り方がもう強盗にしか見えないっていうw
それにしても、おはなの成長ぶりがしみじみ感じられるよ、うん。


藤原ここあ「妖狐× 僕SS」

鬼の姿になった凛々蝶が可愛すぎてどうしよう。
悲しい宿命背負っちゃってるのがもうね、もどかしいというかなんというか。
と同時に時間軸(?)がよう分かんなくなってきたから今までのを読みなおす。


タカヒロ 田代哲也「アカメが斬る!」

ボルスさんは恨めない。うん恨めないわ。
つか、イェーガーズの帝具が強すぎて戦慄ですわ。
今回は凄まじい中二回で、僕、満足!


松本トモヒロ「プラナス・ガール」

もう完全に夫婦だな槙と絆ちゃんはww
しかし、体重41kgて、軽いなおい! 折れちゃうよ!
魔法の飴ピーチ味ってなんだっけ、性転換だっけ?


遠藤ミドリ「繰繰れ! コックリさん」

やべえ面白いわこれwwJOKER界の出オチ担当ですなw
というか、前回よりずっと肌になじむお話だった。
狗神さん描いた絵日記を欲しいと思ってしまった自分がいる。

祐時悠示 七介「俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる」

その表情は……あくまでKOOL(クール)な俺の日記(ダチ)……。
……今後も俺のHAT(ホット)な中二魂(ソウル)を晒し続けるのさ……。
混沌とした……灰色の運命(ディスティニー)……次も期待してるぜ……。


高透レイコ「かしずき娘と若燕」

くぁああ! 変態庵さんに説教するツバメちゃん可愛いぜ!
しかしまあ、ツバメちゃんよくできた小学生だよなあ。
こういう人のヒモになりたいよ。あ、誤字発見。中仲。


村田真哉 いふじシンセン「アラクニド」

今月号で最もグッときたツンデレが響さんだってのは全会一致だと思う。
結局ハンミョウはやられ役だったかw 清々しい最期だったぜ!
で、リオックってなんだ? またマニアックな虫を……!


吉辺あくろ「絶対☆霊域」

聖一がひなちゃんのほっぺをふにふにできるようになったんだから、初対面からすりゃ仲が深まったんだなあ、なんて。
しかし、聖一の出オチならぬ出トランクスやら、呪いの眼鏡やらを見ると、この作品はもしかしたらひなちゃんじゃなくて聖一を愛でる漫画なんじゃないかって思う。
つまり、ひなちゃんの「ばぁか」で思わずニタニタしてしまう自分がいるワケです。


竜騎士07 秋タカ「うみねこのく頃に散 Episode5:End of the golden witch」

当主戦人。うはあ、喜べないわな、こりゃ。
つか、EP4で何があったんだ。バルコニー(?)に立つベアトの表情、すごい好きだけど。
そして魔法陣的なものが寝室に……。犠牲者が出たのか?


カザマアヤミ「ひとりみ葉月さんと。」

ああ、ここでコケるのはやばい。恥ずかしすぎる。
よく見ると、河原のバックがいい雰囲気だしてるのよね。
なんかもう、きゅぅってなるね。初々しい二十代中盤ええのお。


野村美月 高坂りと「“文学少女”と飢え渇く幽霊」

今までの内容のまとめ回だったと思う今回のお話。
そんなことより琴吹さんだ! やったああ!!
そして一言「最悪」の意味が分からない、女心の解せぬ十九歳の夏。


忍「ヤンデレ彼女」

田中料理できるんだ! いいなあ。
というわけで甘酒回。田中のハイテンションが見られるのも今回だけだろうな。
しかし、白鳥不運だな……。


横山知生「私のおウチはHON屋さん」

最近露出が多くなってきたというか、精神的露出が多くなってきたというか……。
というわけで風呂回ですが、今まで登場してきたメンバーが勢ぞろいしたわけか?
やっぱりさほり先生が若々しいですわな。


竜騎士07 鈴羅木かりん「ひぐらしのく頃に礼 賽殺し編」

ぼっちなう……。
うーん、これは精神的に辛いわな。
このままじゃ、梨花ちゃんの妄想が広がってまうぜ……。


七海慎吾「戦國ストレイズ」

荒らされたあとの村とか、この時代じゃ復興できないんだろうなあ。
しかし信長さんの肝っ玉の座りようはすごいわな。
反乱軍御頭信行……うん、あまり似合いはしないがどうなるんだ?


JOKER PROJECT STARDOM
葉月抹茶「一週間フレンズ。」


葉月先生や! じょがぁ大歓喜や!
フィルター掛かってるからかもしれないけど、面白くてまとまってる短編だわ。
「彼女」じゃなくて「友達」ってのが素朴で新鮮。


鍵空とみやき「カミヨメ」

アルファさん明治時代くらいの人だと勝手に妄想。
死神とアルファさんの二人を見た万くんにゃぁキツイだろうな。
コメディちっくでも深層にシリアス入ってるお話、嫌いじゃねえぜ。


めいびい「黄昏乙女×アムネジア」

三原君の不器用な告白、いいなあ。多分自分もああなると思う。
みなとさんの太もももいいけど結局霧江の太ももで落ち着く自分。
そして、まさかの霧江祖母ちゃん登場。何が起きるんです?


河内和泉「EIGHTH」

りお先生のころころした表情にいつも心を和ませる男、城ヶ崎ユウキ。
所長とナオヤて、随分昔から馴染みがあったんだ。知らんかった。
ナオヤたちは科学アカデミー開かれるときにセルシア拉致るんかなあ。


ごぉ 檜山大輔「ひまわり 2nd episode」

「俺たちの部活はこれからだ!」by西園寺明
やべえええ!! 散り際の大吾イケメンすぎてやべええ!!(まだ生きてます)
明香里と総一郎の関係ってなんなんだ……?


祁答院慎 篠宮トシミ「コープス・パーティー BloodCovered」

おもらしだよ! でもおもらしに関する性癖はないので特に語ることはあるまい。
というわけで先生も生きてた! やった!
結構重症だけど大丈夫だろうか。うむ……。


JORKER PROJECT STARDOM ROOKIES
矢樹貴「GRAYSHELL」


ナオヒタフすぎだろwww
しかしまあグレ子の可愛いこと可愛いこと。
なんか後半付いていけない展開だった気もするけど、こいつぁ燃えるぜ!


JORKER PROJECT STARDOM ROOKIES
巳茶あずや「滅師」


妹セナを愛でるお話。え、違う? ジト目なメシエルもええの。
実は背景が好みだったりする。いい西欧中世漂ってるぜ……。
「刃を向ける意味を思い出しただけよ」って一言がグッときたな。



さて本編は以上。


JOKER PROJECT STARDOM、いいなあ。読んでてわくわくする。
今回の三本だけども、短編として面白かったのは葉月さんの「一週間フレンズ。」ですね。
「GRAYSHELL」「滅師」は連載の導入としては面白いけど、なんか連載一話を短編にしたような雰囲気だなあ。
まあ自分が言えることじゃないし、バトルもんは大概そうなっちゃうのが常なんだろうけど。


そして次回のJOKER PROJECT STARDOMにはみんな大好き柊裕一先生が登場!
一ページ一ギャグ……いや一コマ一ギャグの作品期待してますw
北海道行ってきたよ!
言い忘れてたけど二泊三日だったんだぜ!



というわけでどうも、
試されすぎた大地、北海道に行ってきましたじょがぁですが、


語ることは特にない!


もうね、カメラ担当が母なのと、
飛行機&電車を乗り回したせいで酔いまくって、
さらに食いまくり食いまくり、
車にも乗って函館の坂道歩いちゃったりして、
酔ったり腹痛くなったり頭痛が痛かったり危険が危なかったり

観光どころじゃなかったんDA☆
言い訳乙


まあ実際、ここがアイヌの地だった頃とか想像しまくってて、
創作インスピレーションどどどどっとしてました。

うん、まあしかし、またいつか行きたいもんだなあ。

今度は自転車で! 目指すは道東だけど!






まあ、そんなわけですけど、

これからも忙しい日々が続きそうです。


とりあえず今日中に道中で書いた小説(手書き)をPCに打ち込み完了させたい。
ルーズリーフ二ページ分とか
解読できないワケ分かんねえ量だけど!



で、明日はガンガンJOKERの感想を書きたい。

そしてそれからはずっと執筆の日々じゃあ……!
八月中に十万文字書きたかったけど、まあたぶん無理な話だろうなあ。
明日ちょっと家族と北海道行ってくる。

というわけでどうも、じょがぁです。
東京湾一周から幾日も経ってませんが、また旅立ってきます。


うーん、最近言い訳でなく忙しい……。

夏休みってもっとこう、
ほげーっとぼけーっとして過ごすもんじゃないの?

どういうことだいな。
「なかなか面白い子を見つけたじゃない、鬼子」
 老いた楓の大樹の上から聞き覚えのある声がした。
「は、般にゃーさん! いらしてたんなら言ってください」
 般にゃー。
 ここ一体を統べる白い猫又だ。猫の姿だと顔が般若面のようにひしゃげるため、そう自称している。
「何度も言ってるけど、改まらなくていいのよ」
 苔に覆われた幹を飛び降りると同時に人間で言えば三十路前後の女性に成った。反射的に目を逸らす。着物に収まりきらない大きなふくらみに惑わされないためだ。
 いわゆる成熟した大人の女性ってヤツだが、しかし般にゃーの実年齢は誰も知らない。というか、知ったら否応なく殺される。
 ――と、般にゃーがメガネ越しに睨んできたので、無駄な考えはここまでにしておく。
「わたしがいないほうが、ありのままの貴女達を観察出来るでしょう? ……って気紛れよ」
 彼女がそっと微笑むと、鬼子は顔を伏せて顔を赤らめた。
 もうからくり人形の鬼子じゃなかった。
「で、どこ行ってたんですか?」
「高天原よ」
 高天原(たかまのはら)は紅葉里から遠く離れたところにある、高貴な神さまがお住まいになる聖域だ。鬼子は当然のことながら、俺やヤイカのような下々の神ですら伺うことは許されない。
「アマテラスサマとお茶してたの」
 般にゃーは大御神様のお供ができるくらい貴い身分なのか? まったくその気配が感じられない。例えお茶をしたことが冗談だとしても、御名を拝借した冗談を言えるんだから、たいそうな身分であることに違いはない。
「ホントはもっとゆっくりしていく予定だったんだけど、急用が出来ちゃってね」
 般にゃーは帯から煙管を取りだし、煙草に火を点ける。急用で戻ってきたとは思えないゆったりとした調子で煙を吐いた。
「越沢(こえさわ)の村に鬼が出たわ」
「越沢って……すぐふもとじゃない」
 山林を走って二時間のところのある村だ。この周辺は般にゃーの結界で鬼の侵入はないと思ってたから、俺も鬼子も驚いた。
「いい? 被害はその村だけに留めなさい」
 なら越沢村はどうなってもいいのかよ、とは思わない。そんなこと思ってる暇があったら戦いに向けて気を集中させる方がいい。ここにいる誰もがそう思っている。
 冷酷になってしまったわけではない。未熟な自分が悔しくて仕方がないんだ。
 なにせ、俺たちには空間を渡る術を持っていない。鬼を祓うために二泊三泊は当たり前だ。その間に暴走を続ける鬼は容赦なく村を滅ぼしていく。現地に駆けつけたら、家も畑も穢された村で鬼がのびのびと人間を喰らっている場面を幾度見たことか。
 そういうこともあって、今回は何としてでもヘマをしないよう鬼子の援護しなくてはならない。
「わんこ、こにを起こしてきて」
「おう」
 小日本は一度寝るとなかなか起きない。でも今日という今日は容赦せず叩き起こそう。そう決心して小屋へと向かう。
「小日本、起きろ」
 手荒く襖を開ける。
「おうわん公、オメェも目の保養に来たか」
「むっつり助兵衛だねえ。時間差とはさすがだよ」
 さきほど拳と剣を交えた同志が、今や幼き女子を囲んで宴に勤しむ変態野郎となり下がっていた。
 怒りが上昇していくにつれてヤイカの悪臭濃度も上昇する。
「お前らな……」
 二匹の首根っこを鷲掴み、縁側に出る。
「二度と来んなって言ってんだろうが!」
 見ないなと思ったら何してやがるんだ。もう会うことがないよう祈りを込め、秋空の先までぶん投げてやった。
 仕切り直して、小日本の眠る部屋に戻る。今の騒動にも動じず、すやすやと寝息を立てて目覚める気配はない。
「起きろ」
 涎を垂らし眠りこける小日本の肩を揺らす。
「ふにゅ……」
 寝言で返事をされる。
「鬼が出たんだ。早く出ないと」
 もう一度揺する。
「ねむいのらぁ」
 反応に意識が宿っているようにも思えるが、八割方夢の彼方を漂っているようだ。緊急事態でもなおのんびりな小日本にため息が出る。
「……まりゃまりゃ食べられるよぅ」
 八割じゃない。十割食いもんの夢の中だ。寝ぼけてやがる。俺が団子を買ったせいなのか? くそ、田中の奴が使いっ走りにしたからこうなったんだ。覚えてやがれ。
 でも、実に幸せそうな寝顔だ。口をもぐもぐして、にへらと破顔させる。
 不覚にも言葉を失ってしまった。
 こんな幸せそうな小日本を強制的に現実へ引き戻してしまっていいのか?
 小さな幸せをぶっ壊していいのか?
 幸せってのは、小さければ小さいほど、それを潰すのに覚悟が必要になる。
「寝るなら、俺の背中で寝ろ」
「……ふぁあい」
 ふわふわとした手つきで瞼をこすり、身を起こす。多分寝たまま無意識にやってるんだと思う。一つ大きなあくびをし、「ん」と両腕を前に出した。このまま背負えってことだろう。
 まったく、ワガママなお姫様だよ。
 小日本の武器である「恋の素」を帯に付けてやる。恋の素は幸せと縁と結ぶ鈴で、鳴らすと穢れを浄化させる効果がある。それから角を隠すために笠をかぶらせる。布団を引っぺがし、小日本を背に負った。
「いららきましゅ」
「イデデッ! それ髪の毛だ!」
 後頭部で結った髪束に喰いつきやがった。なんて食い意地を張ってるんだよこのお姫様は。
 庭には藤紫の装束の般にゃーと紅葉の着物の鬼子が準備を終えて待っていた。鬼子は瞳はいつもより鋭いものとなり、紅に燃え上がらせている。
 鬼の中には、姿を変えることで力を増強させたり、特性を得たりする。俺たちは通常の姿を『生成(なまなり)』と呼ぶのに対し、変化した姿を『中成(なかなり)』と呼び分けている。
「行ってらっしゃい、三人とも」
 般にゃーが煙草を吐く。
「来ないのかよ」
「貴方たちだけでなんとかなるでしょう?」
「あのな……」
「それとも、わんちゃんはわたしの力がないと鬼子を守りきれないのかしら?」
 そう言われると言い返そうにも言い返せない。般にゃーは俺の性格を見通している。ただただ悔しかった。
「そんなワケで、わたしはお留守番してるわ」
 お気楽に言ってくれる。
 まあ、それが般にゃー流の激励だってことは承知してるんだけどな。

   φ

 鬼子とわんちゃんとこにちゃんが紅葉の森に消えるまで、わたしはずっと三人のうしろ姿を見送っていた。
 結界の内側で鬼が出没するとなると、敵は冒涜された神ではなく、人間の心から生まれた鬼である可能性が高い。心の鬼は先日鬼子一人で戦った「黒い鬼」のような腕っぷしは持ってないけど、それを補う独自の特性を持っている。慣れてない相手だから、苦戦するかもしれないわね。
 人間の心ほどフクザツなもんはない。長いこと「あっち」と「こっち」の人間を観察して導き出した結論だ。
 あのコたちは心の鬼と戦う経験があまりにも少なすぎる。
「鬼子、アンタには辛いことばかり任しちゃってるわね」
 いくら煙を吸ったって、この罪悪感が癒えることはない。アマテラスサマが仰ってたことを考えると、肺臓に穴が空きそうになる。
「神々に気付かれずに勢力を拡大させる鬼の集団がいる……か」
 異変、と思うにはオオゴトだけど、最近どこか違和感のようなものが猫ひげを伝って感知していた。
 そもそも、鬼は集団行動の出来ない問題児ってのがわたしたちの通説だった。互いにいがみ合い、殺し合い、本能の赴くままにふらふらして落ち着かない。例外は鬼子とこにちゃんだけ。
 それなのに、いきなり国規模の集団が出現するなんて信じられない。
 天変地異だと慌て者の神々が喚いてて呆れるけど、同時に鬼子たちに対する期待と疑念が一層増しているのも確かだった。
 鬼にあらずは鬼は祓へじ。もうそんなことしか神は言えない。
 アンタたちの神話はどこへ行ったのよ。

   φ

 針葉樹とシダの森を駆ける。人間のいる場所には近付かないよう尾根伝いに村へと向かった。苔に呑まれ、朽ち果てた倒木を飛び越え、奔放に伸びる蔓の輪をくぐる。
「ん……どこ?」
 背中の小日本がもぞもぞと動き出した。目が覚めたらしい。
「山を降りてるところだ。鬼が出た」
「……ん」
 小日本はそれっきり何も言わず、おとなしく乗っかってくれていた。
 辺りは鬱蒼としていて薄暗い。霊域の近くだからか、樹から見下ろすサルやリスの眼光に意思が宿っているようにも感じられた。
 風を裂く鬼子の後ろ背を追う。
 いつか、俺が鬼子の前を走ってやる。黒髪なびく背中にのしかかる荷を、少しでも担いでやりたい。小日本だって背負って走れるんだ。そのくらい屁でもない。
「森、抜けますよ」
 鬼子の合図と同時に視界が開ける。西の空の大きな月が俺たちを出迎えた。絵画のようなうすら雲が掛かる望月は、どこか引き込まれてしまう魅惑があった。
「あれ、見てください!」
 鬼子が指差す方向が赤く揺らめいていた。畑の向こう側に群立する民家の方から赤い火が立ち昇っている。
「行こうぜ!」
 鬼の仕業だったら今すぐにでも食い止めなければならない。鬼子は頷く間もなく走りだした。俺もその背を行く。
 畑に足跡を残し、全力で足を動かす。早く、一秒でも早く。揺らいだ目先の小屋が徐々に大きくなっていく。畑から小道を横切り、茅葺きの家を横目に炎の元まで急ぐ。
 熱気が伝わる。走れ。息が荒くなる。走れ。鼓動が大きい。走れ。もうすぐそこだ。走れ!
 鬼子が立ち止まる。
 そこには。
「いねぇーつけばぁー」
 ……そこには、かがり火を囲うようにして踊る村人たちの姿があった。陽気に歌を詠い、気持ち良さそうに酒を呷り、飯を貪り食っていた。
 小日本を下ろしてやる。そして、脱力した。
 なんだこの宴は。この村の祭はこの前の収穫祭をやったばかりじゃないか。
「君らは旅人か?」
 村人の一人が声を掛けてきた。鬼子がびくりと身体を硬直させ、村人を凝視する。とっさに俺が鬼子の前に出る。
「……狛犬様ではございますまいか。それに笠をかぶれる桜着の小童……そちらの紅葉着の乙女は角の生えた、鬼と見受けるが」
 耐えろ。歯を食いしばり、相手の出方を窺う。
 叫ぶか、嘆くか、狂い笑うか……。
「なんと面白い組み合わせであることか。さあ、今日は祭ぞ。共に騒ごう」
 酔いの回った豪快な笑い声を上げ、ばしばしと頭を叩かれた。神に触れるなんて禁忌でしかないが、無礼講というものなのだろう。堅苦しい祭は嫌いだからこのくらいがちょうどいい。
 ……が、感触は不気味で仕方がない。
「こちらに来なさい。共に呑み、共に語らうもまた一興」
 上機嫌な村人に付いていく。太鼓の音は鳴り響き、どやどやとあちこちから声が湧いている。俺たちを見て挨拶してくれる人もいた。
「歓迎されてる……のか?」
 少なくとも、鬼子を見て悲鳴を上げる人間がいないのは確かだ。
「こに、おまつりだいすき!」
 小日本はぴょこぴょこと跳ねていた。しかし、俺は素直に喜ぶことができるほど純情ではない。
「そうでずね、わだじもだいずぎ……ずびっ」
「って、泣いてたのかよ鬼子!」
 思わずツッコんだが、気持ちは分からなくもない。鬼子、祭に行くことが夢だったもんなあ。
 だけどよ、俺たちがこの村に来た理由、忘れたとは言わせないぞ。
 鬼祓いに来たんだ。
 なのに、鬼が見当たらないなんておかしい。こりゃ一筋縄ではいかないかもな。
「なあ、オヤジさんよ」
「どうなされた」
「最近この村に鬼は出なかったか?」
「鬼? ああ出ましたぞ」
 あまりにも素っ気なく言い放つもんだから、軽く聞き流してしまうところだった。俺の中で緊張がはしる。
「そこにいる、かわいい鬼さんがね」
 そう言って、男は一人わっと笑った。
「鬼子のことじゃねーよ!」
「可愛いって、そんな……」
「鬼子も照れるなっ!」
 涙で赤くはらした目を細め、鬼子は笑っていた。こんな笑顔、いつぶりだろう。最低でも俺たちの前じゃ絶対に見せない。
「ねねさま、こに、おどりたい!」
「そうね、踊ってらっしゃい。周りの人に気を付けてね」
「うん!」
 二人はすっかり祭の気分に浸ってしまっている。
「しあわせをーおすそわけー」
 謎の節を付け小日本はくるくる回る。鈴がりんりん鳴り響くたび、季節外れの桜が散っていた。
「他には見なかったか?」
 仕切り直し、村人に尋ねた。
「見ておりませぬ。おかげさまで今年は豊作です。ご覧くだされ、このアワの山を!」
 村人は祠の前にある粟の山を自慢げに見せつけた。
 しかし、その山は庭園の砂山程度のもので、とてもじゃないが一年を乗り切れるような量ではないし、粒もやせている。
 ……そもそも、なんで『粟』なんだ。
「オヤジさん、米はどこだよ」
「米? そんなもの作っておりませぬぞ」
「はあ?」
 何を言ってやがる。作ってないわけがない。有力者に収めるものは米と定められているんだから。
 ……そういや、先の収穫祭で越沢村は不作だったのを思い出す。
 何が豊作だ。嘘吐き男め。
「わんこ、見てください!」
「なんだよ」
 鬼子に肩を叩かれ、振り向いた矢先、その光景に言葉を失った。
「ぽろぽろふわふわこにっぽーん!」
 まるで、演壇の一点に集まる灯火が小日本を照らしているようであった。そして、そのまばゆい円状の地から、黒い斑が浮き出ていた。
 しばし幻想に包まれた舞姫に見とれてしまった。それは俺だけでなく、村人たちも同じだった。
 照らされる円状の地面、黒い斑模様……。
 そうだ、ここは舞踏場じゃない。現実はそんなきらびやかではなく、もっと残酷だ。
「鬼子! これは鬼の仕業だ!」
 ようやく確信が持てた。そもそも森を抜けたときにおかしいと思えなかったのがいけなかった。
「なんで、もう夜になっちまってるんだよ。出発したときはまだ南に陽があったのに、どうして満月が西に傾いてる刻になってんだよ」
 暗いのは穢れのせいだ。この村全体を包み込む穢れで夜だと勘違いしていたんだ。
 そして穢れを生み出した鬼は先日戦った『影の鬼』のような神様が堕ちて生まれたものではない。人間の心に棲まう鬼が力を溜めに溜め、村全体を巻き込むまで成長してしまったものだ。
 鬼の餌は男の言動、村人の行動からして『嘘』だろう。
 すると奴の正体は――、
「心の鬼は月に偽装している!」
「はいっ」
 鬼子の目が真っ赤に燃え上がる。薙刀を編み出し、空高くへと跳躍した。
 月に模した鬼が、危機を察知したのか、偽装を解き、姿を現した。
 嘘月鬼(うそつき)。薄黄の岩石質の球体に二本の角が生えており、目と口を思わせる三ヶ所の窪みがある鬼だ。
 心の鬼は鬼子の突きをかわすも、石突で叩き落とされる。そのまま鬼子も着地した。心の鬼が隠していた太陽が姿を見せる。
 黒、黒、黒。土も家も人も。黒、黒、黒。
 般にゃーですら気付かないほど僅かな邪念がここまで村を蝕んでいたなんて……。
 ただ一点、小日本の周りを除いて村は全てが穢れに呑まれてしまっていた。
「こに、邪気祓いお願い!」
 体勢を整え、鬼子は再び嘘月鬼との間合いを詰める。
 人間どもの悲鳴が湧き立ち、逃げ惑う。ようやく彼ら自身の姿を自覚したようだ。嘘を吐き、人を、自分を騙し続けた結果がこれだ。
「さくら咲け咲けーめばえ咲けぇ」
 不穏な気配の漂う中で、小日本だけがいつまでも潔白だった。幼い少女が舞えば舞うほど、周囲の穢れが清められる。
 鬼子と心の鬼の戦いは一方的だった。擬態という特性を見る限り、戦いを好まない鬼なのかもしれない。
 薙刀の切っ先が嘘月鬼の背を掠る。奴の動きを崩すにはそれで十分すぎた。
「萌え散れ!」
 心の鬼に斜めの直線が引かれると、岩石のそれは紅葉を舞い上げ、ずるりと巨体を滑らせた。裂けた嘘月鬼は委縮し、最終的には消え失せた。
 村の穢れも恋の素の舞で祓われ、元の姿を取り戻しつつある。
 一件落着、といったところか。
 多分、勧善懲悪の物語だったら、ここで話は爽快に幕を閉じるのだろう。
「おお、お、鬼だ! 鬼だあ!」
 俺たちを案内してくれていた村人が奇声を上げ、鬼子を指差した。明らかに恐怖の対象として捉えられていた。
「何言って……あなた、私たちを歓迎するって、言ってましたよね?」
 鬼子の瞳に戸惑いの念が窺える。
「嘘だよ! そんなもの、嘘に決まってるではないか!」
 村人は目を大きく見開き、口をだらしなく開け、今にも気を失いそうだった。鬼祓いの姿のままでいる鬼子に気付いた他の村人も悲鳴を上げ、家の中に入ろうとする。しかしその家の中は穢れに満ちていて、混乱を生み出した。
「不作でもう生きてゆけぬ現実を見たくなくて、我が身に嘘を吐いた。他人に嘘を吐いた。やがて嘘に嘘を重ね、止むことを知らず……だからといって、村のみんなを巻き込む道理がどこにある? 鬼め、苦しむのはおれだけでよかろうに! 返せ! おれらの村を、返せ!」
 心の鬼は人間の負の感情に芽吹く。先の見えない不安や絶望が「嘘」の鬼に成ることだってある。
だから心の鬼を宿した人間を一概に責めることはできない。
 でも、
「わたしのおうちをかえして!」
 かつん。
 鬼子の般若面に小石が当たった。投げたのは小日本ほどの背丈の娘だった。黒染みの目立つ家に佇み、涙を浮かべた目に迷いはなく、きりりと鬼子を睨んでいる。
 慌ててその母と思しき女が娘を庇うように抱きしめる。
 心が苦しくなった。
 鬼子はきっと、俺の苦しみどころじゃない。
 鬼子は薙刀を高天原に収めると踵を返し、無言で森へと足を運びだした。
「二度と来るな! 穢れ者!」
 今度は大柄の男が石を投げつけた。こぶし大のそれは鬼子の帯に命中し、彼女は膝を着いた。
「テメ……ッ!」
 怒りが込み上げてきた。すぐにでも人間の分際に跳蹴りを喰らわそうと地面を踏む。
「め! わんこおすわり!」
 小日本が俺と男の前に立ちはだかった。とっさにしゃがみこんでしまう。
 むっと頬をふくらませ、袖を広げる小日本の後ろでひそひそと村人が囁いている。本当に小さい声だから、人の耳を持つ小日本には聞こえないだろう。
「あの子、鬼に魅入られちゃったのよ」
「憐れな。狛犬様もどうなされたのか」
「凶兆じゃ、凶兆じゃあ」
 深くも考えずに言霊はきだしやがって。俺も言えたもんじゃないから、ここは黙って小日本の手を取った。
「……行こう」
 チクショウ。
 何が鬼子を守るだ。
 石っころから守ってやれることすらできないくせに。
 ……チクショウ。

 鬼子は腰を押さえながらも、一歩一歩地面を踏み締めていた。
 どうして鬼子は、ここまで苦しみ抜くんだ。
 身体も精神も傷付き果ててもなお前進をやめることはない。
「もうさ、鬼祓うの、やめようぜ」
 分かってる、こんなの責任転嫁でしかないと。でも、もう耐えきれないんだ。鬼子のつらそうな顔を見るのが。鬼子のつらそうな顔をひた隠しにする顔を見るのが。
「感謝のかの字もねえしさ、くれるのは石ころばっかりじゃねえか。こんな見返りのないことやったって、意味ねえよ」
 こう言うしか救う術の見つからない浅はかな俺をぶん殴ってやりたかった。
「わんこ」
 鬼子が口を開く。
「あなたは将来、何になりたいの?」
 その口調はやわらかくて、あたたかいものだった。操り人形じゃない。生身の鬼子の声だった。
「い……一人前の、里山守だよ」
 鬼子のようなやさしさを持つ守神になれたらどんなに素晴らしいことか。そう夢見た俺だが、その意志は折れそうになっている。
 里山守ってのはつまり、人間を守る神だ。
 俺が守る人間とやらは、果たして守るに値する存在なのか?
「そのために今、何してる?」
 鬼子の問いに人間不審の念を一旦隅に置く。
「守になるための……修行だよ」
「私がしてることも同じことよ。こにぽん、畑の邪気も祓っておきましょう」
「うん!」
 小日本が畑で舞踏する。
 同じこと……。石をぶつけられても、貶されても耐え忍ぶことが修行だっていうのか?
 分からん、全く分からん。
「めばえ咲けぇ!」
 黒く汚染された土壌が潤い満ちた耕作地に変わる。そしてそのやわらかい土から芽が生え、成長する。
「みんな、ウソつきだったんですね……」
 秋の夕暮れ、鬼子が独り言を呟いた。
 ああ、そうだな。
 鬼子だって嘘吐きだ。俺だって嘘吐きだ。
 どうして本音でぶつかり合えないんだろう。どうしてこんな悲しくなるんだろう。
 分からん、全く分からん。
 唯一分かるのは、俺たちの戦いはこれからも続く、ということだけだった。
 きっと、永遠に。

   φ

 日本さんたちと出会った翌日、アタシは再び都市へと赴いた。
 いや、決めつけないでもらいたい。アタシだって同人誌を買う以外の目的で電車に乗ることだってある。
 今日のおでかけの目的は他でもない、日本さんとこにぽんへのプレゼントを買うためだ。別に地元で買ってもよかったんだけど、質を求めるならば、大きな店へ行ったほうがいい、との判断でだ。結局お金がなくて安物になっちゃったんだけどね。
 帰りの電車を降り、古めかしい時計塔のある駅舎を出ると、空もいい感じの橙色に染まっていた。
 駅前の青いイチョウ並木を歩く。
 人々で賑わってはいるが、相変わらず道路はボロい。観光で生きてる町なんだから、歩道をもう少し広げてほしいもんだ。
 などと詳しくもない地方自治に対して愚痴を思っていると、どこからか聞こえる女の子の泣き声に気付いた。
 花の香に誘われる蜂のようにその声の元へと足が進む。
 そこには、ボロ生地が重ねられた黒い浴衣の女の子が大声で泣き喚いていた。青白い肌はどこか不健康で、帯まで届くツインテールの髪はぼさぼさしている。無意識に日本さんの髪と比べてしまうけど、アレは特殊で、こっちがいわゆる普通の髪だ……と思いたいが、多分この子の髪はあまり洗われてないと思う。
 何より目を惹いたのは、つぎはぎだらけのクマのぬいぐるみだ。少女はその片手を握りしめているが、首はだらりと垂れ下がり、足は地面を引きずって泥まみれになってしまっている。
 街路を行く大人たちは小さなSOSを完全に無視し、通りすぎていく。
 そりゃ、仕事は忙しいだろうし蒸し暑い日が続くから面倒事は避けたいってのが常だろうさ。
 でも、世間ってのはこれほど冷たいもんなの? 暑いから冷たくしようとかデタラメ考えてるんなら、アタシは世間ってのをぶっ飛ばしてやりたい。
 だから、女の子と同じ目線になるようしゃがみこみ、枝毛だらけの髪をそっと撫でてあげた。
「キミ、迷子になっちゃったの?」
 できる限りやさしい声で語りかける。ぶっちゃけこういう場面に出くわしたことがないからアドリブ全開だ。見切り発車というものだろうが、乗り掛かった船ともいう。
「……はい」
 陰湿な口調だけど、見た感じの歳にしては礼儀よく返事をしてくれた。今どき珍しい子だなあ。
「お母さんかお父さんはいるの?」
 ふるふる、と首を横に振る。一人のようだった。
「おうち、どこだかわかる?」
「大きな神社の近く……」
 大きな神社。言うまでもない、祖霊社のあるあの八幡宮だ。駅からだと歩いて数十分のトコだけど、子どもにとってその距離は国と国を跨ぐような長さになる。
 同時に八幡宮はアタシの家の方角でもある。
「じゃあ、お姉さんと一緒に行こうか」
 女の子はこくり、と頷くと手を差し伸べた。二人で手を繋ぎ、歩きはじめる。
「ここまで、一人で来ちゃったの?」
「はい」
「どっか、行きたいトコがあったのかな?」
「いいえ、ただちょっとお散歩をしてたら、いつの間にか知らないところまで来てしまったんです」
「そっか……」
 二人で歩く大路は、どこかゆったりと時が流れているようだった。女の子の歩幅で歩いているからかもしれないけど、不思議と懐かしい気分がしていたからなのかもしれない。
「あ、そのぬいぐるみ、すごく大事そうにしてるね」
「ワタシの『オトモダチ』ですから……」
 ギュ、と玉だらけのぬいぐるみを抱きしめた。
「その子の名前はなんて言うの?」
「名前ですか? 名前は……」
 自然と会話が弾んだ。
 女の子はおとなしい子だったけど、居心地の悪い空気は感じられなかった。質問に「わからない」という答えを出さないはっきりした子だからなのかもしれない。口数は少ないけど、聞き手としての素質があった……なんて評価する立場の人間じゃないけど。
「あ……」
 日も暮れ、一番星が見えだす頃合に女の子は立ち止まり、上を向いた。アタシもつられて上を見る。
 大きな赤い鳥居が目の前に立っていた。その圧倒的な存在感に言葉を失う。
「おねえさん、ありがとうございました」
 ぺこり、と手入れの不届きな長髪を揺らした。
「いやいや……というか、もう暗いし、家の前まで送ろうか?」
「いえ、ここまで来れば大丈夫ですから」
 子どものクセに遠慮をわきまえている。十年前のアタシにこの子を見習えと言ってやりたいね。
「あの、名前、教えてくれませんか?」
 ぬいぐるみを抱きしめ、女の子が訊いてきた。初めて向こうから話しかけられたからちょっと驚いたけど、それ以上に嬉しい気持ちの方が強かった。
「アタシ、田中匠。男の子っぽい名前だけど、中身は純情乙女なんだ」
 純情乙女と書いてオタクとルビ振ってやってください。
「田中さん……」
 女の子は名前を小さく呟き、よれよれのクマのぬいぐるみを差し出した。
「これ、もらってくれますか」
「え、でもそれ、『お友達』なんでしょ?」
 こくり、と頷いた。そんなの受け取れるハズない。
「田中さんはお友達だから、きっとワタシの『オトモダチ』も大切にしてくれると思いますから。それに――」
 すっと、息を吸う。
「その子を渡しておけば、またいつか会えそうな気がして」
 「友達」という言葉を聞いて日本さんにお説教した言葉を思い出した。
 一緒にいて、話して、少しずつ相手のことが分かってきてさ、嫌なところを見つけちゃっても、それでもやっぱり一緒にいてもいいなって思える存在……っていうのかな?
 また同じことをこの子に言いそうになったけど、この子に言っても仕方ない。
 それにこの子とは随分前から親しくしていたような、そんな気がした。
「……そうだね」
 だから、彼女からぬいぐるみを貰うことにした。彼処に修繕痕がある。長いこと一緒にいたことが実感できる。
「それでは、田中さん、また遊びましょう」
 そう言って、女の子は手を振り、雑沓へと溶け込んでいった。
 ……今更だけど、彼女の名前を聞きそびれちゃったな。
 でも、根拠もなくまたすぐに会えるような気がしていた。
「あっ」
 帰り路を歩こうと思ったそのとき、思いがけぬ忘れものに気が付いた。
 わんこのプレゼント、買ってないや。


じょがぁ、帰還。


どうもです、色々ありましたが、無事帰宅できました。

いろんな出会いがありましたよ。やっぱ長旅いいなあ。


そんなこんなで、
具体的なお話は疲れが取れてからで頼んます……。
東京湾一周

ちょっと明日明後日暇だから
東京湾一周してくる。



どうも、じょがぁです。

連載してる小説の8/26、9/2分が間に合いそうにないですが、
そんなの関係ねえ!

一応泊まるのは市原市の五井ってところの予定ですが、
その他一切の準備はまだしてません!

(重要度:Twitter>ブログ>明日の準備)


まあ、そんなわけで、
生きてたら明後日かその次の日らへんにお会いしましょうです。
「日本さん。アタシは別に疑いたいわけじゃないんだ」
「はい」
「祠が異次元への入口で、日本さんがアタシたちと違う世界に住んでるってのも、ギリギリアウトな展開だけど、まあ許容範囲をしようか」
「はい」
 さも当然だ、と言った口調に調子が狂う。
 現在アタシたちは祖霊社の賽銭箱の向こう側、社の奥にある祠まで入ってしまっていた。床や壁なんてない祖霊社は、腰下ほどの背丈の木柵を超えてしまえば、楽に祠まで行けてしまうのだ。
 いやいや、さすがにこれはバチ当りすぎだろ、と思った。でも既にバチ当りな行い(灯篭に腰掛ける、境内で卑猥な同人誌を読む等々)をしているので、なんかもう自暴自棄になっていた。
 まあここまでのことを「許容範囲」としていい。問題はこれだ。
「本当に、さっきの合言葉、言わなくちゃいけないの」
「はい」
 合言葉。
 これがなんというか、おぞましくてたまらない。
「私たちは――鬼も神さまも、人々の感情が命の源なんです。合言葉は感謝の気持ちを表してるんですよ」
 人間の言い分を言いたくても屈託のない笑顔を見せられたら閉口するしかない。
「か、神さまにしては、えらく腰の低い発想だね……」
 神さまが「感謝の気持ちを表す」なんて想像もつかない。
「時代が時代ですから」
 時代、ねえ。
 祠を開ける。中には石が置かれていた。紅葉の模様が彫られていて、その表面は修学旅行のとき訪れた北野天満宮の臥牛像みたいに黒光りしていた。
「なら、そうだね、せーの、で行こうか」
 意識的に明るい声を出した。鬼子さんが頷く。
 石に手を触れ、二人で息を合わせた。
 せーのっ、
 ――ごちそうさまでした!
 いやいやいやいや、やっぱおかしいでしょ! 雰囲気ブレイキングだよ! 神さまが人間喰ってる図しか想像できないよ!
 とまくしたてる間もなく、天と地が逆さまになる錯覚に陥った。
 上の方へと引き上げられるような感覚。方向感覚を失い、激しい酔いに襲われる。もうこうなると何も考えられない。「足が地につかない」って慣用句を発明した人もきっと同じ経験をしたんだろう。
 まあ、そんなうまいことを考える暇もなく、そろそろ胃の中のモノがこんにちはしそうになる寸前、上昇は終了した。
 すっと地面が現れてきて、不意を打たれたアタシたちは地べたに転げ落ちた。
「しょ、食後一時間はしないほうがいいね……」
「そ、そうですね。私も慣れてなくて」
 日本さんの顔が青い。アタシも同じくらい青いと思う。同人誌ついでに道草を食ってたらアウトだった。よくぞ軍資金を全部使ったぞ過去のアタシ。
 って、お金を使い果たしたのはアタシじゃなくて、アタシに憑いてた心の鬼――あの変態ニワトリじゃないか。
 そう思うと、感謝したら負けな気がした。
「田中さん、見て下さい」
 明るく振舞う日本さんの声に、ゆっくり顔を上げてみた。
 紅葉の林の中だった。全ての葉が紅に染まっている。
 まるで夏ではない。
 山の奥みたいだけど、湿気は不思議と感じられず、木々をすり抜ける肌寒いそよ風が日本さんの黒い髪を揺らした。この場所だと日本さんのきれいな髪がより強調される。
「私の、おうちです!」
 幹と幹の隙間から黄金色の茅葺き屋根が見えた。それを見た途端、吐き気なんてものはすっかり治ってしまった。
 懐かしい、と思った。祖霊社にも負けない古めかしい姿をしているけど、でも庭に出された竿竹や井戸の前に置かれたタライみたいな生活感が、どこかあたたかい。
 こんな家、小学校の「せいかつ」の教科書でしか見たことないのに、どうして故郷に帰ってきたような気分にさせるんだろう。
 日本さんの背を追いかける。小屋の周りは拓かれていて、白みがかった下草が切り揃えていた。小屋の脇には畑があって、大根が植わっている。
 南からの日射しがやわらかい。
 ここは秋なんだ。なんで季節が違うのかは分からないけど、とにかく、こっちと向こうは別々の世界だってことだけは分かった。
 でもこの世界を満喫するのはまだ早い。
 それは、この世界へ渡る少し前に遡る。

「会ってもらいたい方がいるんです」
 数刻前、祖霊社の前で日本さんはこう切り出した。
「般にゃーさんと言って、神さまに御使いされてる方なんですけど」
「はんにゃー?」
 般若のいかめしい顔を思い浮かべた。
「はい。千年以上生きてらしてる猫又さんです」
 般若顔の老猫が脳内で漂う。
「とても気まぐれなんですが、きれいな大人の女性の姿に化けられる、素晴らしい方なんですよ」
 老猫がOL風の女性に変身する。
 もちろん、顔は般若顔だ。
「……行きたくない」
「え?」
「だって怖いもん。般にゃーさん絶対怖い」
「こ、怖くないですよ! とっても優しい方で、尊敬できます!」
 とっても優しい顔をする妖怪般若女をイメージする。
「余計怖いわ!」
「えっ、そんな……。で、でもお願いします! 一生のお願いです!」
「小学生か!」
「じゃ、じゃあ石鹸付けます! あ、ティッシュもいかがですか?」
「新聞の勧誘か!」
 ……と、懇願に懇願を重ねられた結果、仕方なしに受け入れ、今に至る。

 想像してたような毒々しい世界ではなくて良かったけども、まだ完全に安心しきったわけではない。
「ねねさま!」
 小屋からはつらつとした声がした。
 恐怖の般若顔がよぎり、反射的に体を縮こめた。
 ……小さな女の子が飛び出してきた。桜色の浴衣から花びらを散らしながらこちらに向かってくる。この子の周りだけ春がやってきたみたいだ。桜着の女の子もまた日本さんと同じように角を生やしている。まだ生えたてなのか、日本さんのような厳つさは感じられず、むしろ愛着が湧く。
 女の子はちっこい腕でギュッと日本さんに飛びついた。
「えと、この人が……般にゃーさん、なの?」
「まさか、違いますよ」
 日本さんはほほえんで桜の小鬼の髪を撫でた。そのたびにアホ毛がぴょんぴょん跳ねる。
「この子は小日本(こひのもと)です。みんなからは『こに』とか『こにぽん』って呼ばれています」
「こにぽんだよ!」
 女の子はツインテールの髪をぴょこんと揺らし、お辞儀をした。それからの満開の笑顔に、アタシは震える何かを感じ、お持ち帰りしたくなる衝動に駆られた。
「アタシ、田中匠。よろしくね、こにぽん」
「うん! よろしくー」
 裾から桜を舞い散らしながらぴょこんと跳ねる。目を細め、口をやんわりを開けた屈託のない笑顔――輝かしいにぱにぱスマイルに射抜かれた。
 だめだ、アタシロリコンになる。
 この笑顔を見たら大きなお友達がたくさんできてしまう。危険すぎる。この笑顔は危険すぎる。軽く人を殺せる。歩く殺人兵器だ。見たら悶える、触れたら死亡。
 でも、でも。
 もう一度だけ、こにぽんのあどけない様相を顔だちを見る。
 初対面のアタシに対する無防備な笑顔。大人の嫌なところなんてきっと何もかも全部知らない。天真爛漫、純粋無垢。
 もうダメ、抱きしめる!
 そのときだった。
「小日本に触れるな、人間!」
 小屋からの怒鳴り声に、アタシは硬直した。次こそ般にゃーか? いやでも声が妙に男の子っぽい。
 振り向くと、ズカズカと歩いてくる袴の少年がいた。いや、頭に茶色い獣耳を付けているから、人型の犬か狼か、もしくはコスプレイヤーだ。とにかく八重歯を剥き出しにした少年が明らかな敵意、もとい殺意を持って向かってきている。
 決意に満ちた眼差しは確実にアタシを八つ裂きにする気満々だった。
 これ、ちょっとヤバいんじゃない?
 でも、その幼い顔のせいで孤狼の威嚇がただ何かをガマンしているようにしか見えない。本気の噛みつきと見せかけて甘噛みでもしに来るんじゃないかと思ったのがいけなかった。
「か、かわいい……」
 口は正直だった。
「な、なな、何言ってんだよ!」
 犬っころが明らかな動揺を見せた。
「こ、小日本に触れでもしたら、すぐにでも噛みつこうとしてんだぞ!」
「うん、その反応がかわいいんだよ」
「ばっ……!」
 ダメだ、反応が理想すぎる。
 このままじゃ心の鬼がいなくてもショタコンになってしまう!
 般にゃーの存在なんてどうでもいい。
 こにぽんやらこの犬っこやら、この世界最高じゃないか!
「わんこ、田中さんは警戒しなくても大丈夫よ」
 わんこくんは不服そうだったけど、日本さんの言葉に従い、しぶしぶ威嚇をやめた。
「紹介しますね、この方は人間の田中匠さん」
「人間の紹介なんていらねえよ」
 この少年くんは人間嫌いらしい。なかなか面白そうじゃないか。
「で、こっちが守神見習いのわんこです」
「み、見習い言うな!」
「なまえはまだない、だよ!」
「おいこら、ウソ吐くな小日本! 俺の名前はな――」
「と、こんなふうに、少々生意気なところもありますけど、宜しくお願いします」
「鬼子! ムシすんなっての! つか、今のわざとだろ!」
 名前は結局知らずじまいだけど、特に問題はなさそうだ。
 とりあえずこの元気坊主は守神としては見習いだけど、いじられにおいては一級の神である、ということが分かった。
「よし、じゃあ友情の証に紅葉饅頭、買ってきて」
 郷に入れば郷に従え。人間が神をパシっていいのか分からないけど、多分慈悲深い神さまなら許してくれるだろう。
「はあ? ワケわかんねーよ! 自分で買い行け!」
 懸命に唸ってる姿が逆にかわいい。本人が一丁前と思ってるから余計にそう感じる。
「あ、そういえば私、ようかんが食べたかったんです」
 ふと思い出したように日本さんが口を挟んできた。ファインプレーだとしか思えない。
「こにはおだんご!」
 こにぽんが元気よく手を上げた。
「う、く……。チ、チクショー! あとで絶対金払えよな!」
 絶対だかんな! と捨て台詞を残し、半泣きのまま駆け去ってしまった。
 うん、奴はいじられ神であり、パシられ神だ。これから大いに崇めたてまつってあげよう。
「あ、こにぽん、般にゃーは?」
 忘れてていいものを。条件反射で周囲を見渡してしまう。般若面を探すも、日本さんの頭に乗っかる般若しかなかった。あれはもしやアタシたちを監視してるんじゃなかろうか?
「はんにゃーはね、さっきどっかいっちゃったよ」
 こにぽんが恐怖解消の魔法をかけてくれた。
 ああ、もうこにぽんは鬼なんかじゃない。天使だよ。
「ごめんなさい。お出かけ中みたいで……」
 アタシの安堵のため息を何かと勘違いしたのか、日本さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいよ。またいるときにでも呼んでくれればさ」
 自分の顔がニヤけてる自覚はある。でも直そうとしたら多分余計に顔が歪むからあえてこの笑顔に似合う台詞をついてしまった。
「あの、お茶出します。わんこが帰ってきたら、一緒にお菓子を頂きましょう」
 般にゃーという未だ見ぬ恐怖の存在がいないのであれば、ここは楽園同様の世界だ。静かだし、涼しいし。それに空気もきれいだし、紅葉もきれいだ。
「アタシ水汲んでくるよ」
「そんな、私がやりますから、上がっててください」
「いいっていいって。一回井戸汲みやりたかったんだよ」
 彼女の制止を振り切る。この辺りから離れないでくださいね、と背中から忠告された。残念ながらアタシに迷子属性は備わっていないので林の方へふらふら行ったりしないし、この余裕が何かのフラグであるわけでもない。
 現代文明の魔窟で生まれ育ったあたしにとって、水汲みなんて初めての経験だ。この井戸は、となりのトトロでメイとさつきが汲んでいたポンプ式の井戸はなく、ただ滑車に吊るされた((釣瓶|つるべ))を投入して引き上げる質素なものだった。
 縄の付いた桶を井筒に投じる。ぼちゃり、という音が反響して耳に届いた。
 縄を引くと、思った以上の重みがかかり、腕が持っていかれる。これを上まであげなくちゃいけないのか。
 蛇口ってのはすごいよ。ありゃ魔法具だ。その代わり、井戸から汲みあげた水ってのは重みの分だけありがたみがあるんだろう。この水で淹れたお茶は、多分どんなお茶よりもおいしいに決まってるさ。
「最後の、ひと踏ん張りだ」
 気合を入れ、縄に全体重を乗せると、ついに釣瓶が姿を現した。
「やった! 合いたかった、会いたかったぞ!」
「へぇ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
 目と目が合う。
 井戸水に浸かった、謎の生物と。
 桶の中のそれは魚の姿をしていた。しかし魚にしてはあまりにもアンバランスな顔かたちで、しかも手足が生えている。某落ちゲーのすけとうだらの青魚版をリアル描写したような姿をしている。手は柊の葉っぱを模しているのか、尖った指先と面積のある水かきを持っていた。
 いや、ここまででも気色悪いが、問題はその生臭さにある。真夏の炎天下、浜に打ち上げられたイワシとサンマの腐敗臭を十倍に濃縮させたものよりも強烈だと断言できる臭さ。某落ちゲーのゾンビさんだって苦笑いモンだ。
「ど、どちらさまでしょう?」
 待て、慌てちゃダメだ。こっちの世界にしかいない希少種だったら丁重にもてなさなくちゃいけないと思うんだ。
「パンツ、よこしてくれるのかい?」
 気色悪い魚に扮した変態を桶ごと地面に叩きつけた。
「丁重にもてなさくちゃとか少しでも考えたアタシがバカだったよ!」
 何が希少種だ。こんなのすぐにでも根絶やしにすべきだ。
「ぼくのどこが気に食わないのさ」
「なんかもう……色々全部だよ!」
 鼻息が荒いとか表面がぬるぬるとかもあるけど、井戸にひそんでいたこと自体が最悪最低だ。
 せっかく水を汲み上げたささやかな達成感を噛みしめようと思ってたのに、それだってぶち壊してくれた。
「色々じゃあ救いようがないね。というわけで、生のパンツを――」
 桶で思いっきりそれを殴った。そりゃもう、一発でばたんきゅうさせる程度の力量で。
「それ以上言ったらぶん殴るよ?」
「てて……もう過去のお話になってる気がするんだけど」
 勘違いしないでもらいたい。アタシは基本温和な性格だ、と思ってる。この前怒ったのは半年前、姉が勝手に制服を着て遊んでたときだ。
 それがこのザマである。この変態青魚は「生理的に受け付けない」という最悪のカテゴリーに分類するしかないようだ。
「あ! ヤイカちゃんいじめちゃだめ!」
 無性にもう一発桶を入れようかと思ったそのとき、小屋からこにぽんがやってきた。
「こにさん……」
 脚の生えた魚が助けを乞うようにこにぽんに近寄る。わんこさんがいたら即刻噛み砕かれる事態だよ。
「ヤイカガシはね、神サマなんだよ!」
 こにぽんはアタシを戒めるように言った。
「わるい鬼をよせつけない、すっごい神サマなの!」
「それ、ホント?」
 こにぽんは頷いた。どうみても「これ」はヒワイドリよりもよっぽどタチの悪いと思うんだけど。
「当り前さ」
 ヤイカガシが自慢げにぬるついた胸を突きだした。奴が動くと臭いも動く。思わず鼻をつまんでしまった。
「君たちの世界でも、節分にイワシの頭を戸口に差すだろう? それはぼくを祀ることで邪気から家を守れるからなんだよ」
 確かに、この臭いのする家に入ろうなんて気は起きないな。
「うん、アンタはすごい神さまなのかもしれない。でも、正直この水は飲みたくないね」
「なんで?」
 こにぽんは不思議そうに頭を傾げた。ツインテールとアホ毛がぴょこんと揺れる。
「ヤイカちゃんは、お水をけがしちゃう鬼から井戸を守ってくれてるんだよ?」
「マ、マジすか」
「それにね、お水ににおいはつかないし、ヤイカちゃんとなかよしになれたらね、においも気にならなくなるんだよ!」
 もしかしたら、この変態生足魚はアタシの想像を遥かに上回る高性能ゴッドなんじゃなかろうか?
 問題は、どうしても好きになれる気がしないってことだけだな。

 仕切り直して水を汲み、難なくお茶は出来上がった。こにぽんの言った通り、風味がヤイカガシの体臭によって害されることもなかった。
 アタシと日本さんとこにぽん、それからヤイカガシと、お茶の間で一服しながら雑談をした。
「この世界って、神さまと鬼さんみたいのしかいないの?」
 あのわんこですら神さまの端くれだって話を聞いて、そんなことを尋ねてみた。
「ちゃんと人間もいますよ。この山には住んでませんけど」
 山にも里山のような山と、霊山みたいな神の宿る山があるようで、後者のような山には人は踏み入らないらしい。この山の持ち主が般にゃーだっていうから恐ろしい。
 人間がこっちにもいるってのは、アタシらの世界にも神さまがいるのと同じことなのだそうだ。
「ほとんどの神サマが信仰を受けられなくなってしまわれているので、風に漂う木の葉のような存在になられていると聞きました」
 と、日本さんは苦笑い混じりに言っていた。まあアタシが神さまに敬語を使ってないトコからして、神さまなんて死んじゃってるも同然なんだろうなあ。
 季節のズレについては、日本さんもわからないらしい。
「ウラシマ効果……じゃないよね?」
「大丈夫ですよ。浦島太郎は男の子ですから」
 あの、そういう問題じゃないすよ日本さん。
 他にも、色々な話をした。
「鬼子ォ! 乳の話でもしようじゃないか!」
 この世界ではもう何年も鬼を萌え散らしてきたって話をしていたら、ヒワイドリが縁側から押し入ってきた。
 ヒワイドリのような、人間の根本的な部分にひそむ心の鬼は、いたるところに棲まっている。これからもお世話になりそうな気がしてならない。
「はいはい、一昨日しましょうね」
 日本さんはお茶を一口飲み、ヒワイドリの誘いを華麗にスルーしていた。
「ケッ、最近釣れねえなあ。最初ンころはあんなに恥じらってたのによ」
「今でも恥じらいますが、一本調子だから同じ逃げ道を行けばいいだけなんですよ」
「ほぅ」
 日本さん、敵に塩送ってどうすんのさ。
「よっし田中ァ! 代わりに乳の話をしようじゃないか」
「ア、アタシに振るなよ!」
 いくら都会育ちといっても、ナンパなんて一度もされたことがないから対処方法が分からない。ナンパされる程度の顔で生まれたかったなと、初めて平凡な顔を後悔した。
「いいじゃあねえか。ちょっとだけ、な、ちょっとだけだからよ」
「それはちょっとじゃないって言ってるのと同じだよ!」
 そりゃ、軽い猥談程度ならアタシだってできる。でもこいつは酔ったオヤジと同じテンションだから、もう何をされるのか分かったもんじゃない。
「ヒワちゃん、こににならいっぱい話していいよ!」
 アタシの動揺を知ってか知らずか、こにぽんの和やかな笑顔が小屋を包み込んだ。
「こ、こににゃあ、ちと早ェと思うぞ?」
「はやくないもん! こに、もうじゅうぶん、オトナ、だよ!」
 板の胸を張るこにぽんに猥談鶏は焦りを見せた。どうも、この心の鬼は単なるケダモノではなく、礼をわきまえた紳士として見なしてもいいのかもしれない。
 と、庭の辺りが騒がしくなる。
「おぉぉまぁぁえぇぇらあぁぁぁっ!」
 怒鳴り声がしたかと思うと、買い物を終えたわんこが部屋に乗りこんできた。
「鬼子と小日本の視界に入るなと、何遍言ったら分かるんだ!」
 元気な奴だ。肩で息をしながら鶏と魚に声を張り上げている。
「あ、わんわんおかえりー」
 一方、室内はほんのりな空気が漂っている。少年は構わずヤイカガシとヒワイドリに迫った。
「ヒワイもヤイカも、手ェ出してねえな?」
「オレはただお茶をご馳走になってただけで、別に乳についてベラベラ話して鬼子の困り顔を堪能してたりなんかしてねえぜ!」
「ぼくも、田中さんから助けてくれたこにさんの優しさに甘えてやわらかほっぺをすりすりなんかしてないから安心していいよ」
 うん、確かに二人とも言ってることに間違いはない。
 でもこれ、絶対わんこで遊んでるよね。
「あ、そうだ、アタシの紅葉饅頭」
 歯茎を見せて威嚇するわんこの横顔を見て、最重要事項を思い出した。
「こにのおだんご!」
「ようかん、ありましたか?」
 わんこが明らかに不愉快な眼差しを向けるも、膨らんだ麻袋をちゃぶ台の中央に置いた。
「小日本、お団子だ。ちゃんと三色、桃白緑だからな」
「わーっ! わんこ大好き!」
「鬼子のようかんは……悪い、栗味しかなかった。一応季節に合ってるとは思うが、許せ」
「あ、栗ようかん食べたかったんですよ」
 なんという雑用魂だろうか。些細な心掛けが行き渡っている。
「それから田中、お前の紅葉饅頭。……うめーと思う」
 わんこが笹包みを寄こした。
「え、あ、ありがとう」
 あれほど人間を嫌ってたのに、アタシの分まで買ってくれた。
 これがわんこ流の友好の証なのか? そう思うと、思わず顔がニヤけてしまう。
「オレのおっぱいプリンはどこだ?」
「縞パンは買ってきてないのかい?」
「お前らは自分で買え! そして二度と来んな!」
 わんこの気苦労を見ると、将来胃潰瘍を患いそうな気がしてならない。
「ほう、生意気言うようになったじゃないか」
 ヒワイドリがあからさまな挑発をする。
「鬼子の素っ裸見ただけで真っ赤になるひよっこ坊主が」
「そ、それとこれは話が違うだろ!」
 わんこの顔が赤くなる。かわいい奴め。一方日本さんは冷たい視線を二人に投げかけていた。
「わんこ、もしかして……見たの?」
「みみ、見てねえよ! 見てねえから!」
 わんこが口を開きかけたヒワイドリのくちばしを抑え、言い訳を放った。そういうお年頃なのだろう。
「ヒワイのそういう((邪|よこしま))な考えが嫌いなんだよ! 鬼子をそんな目で見るな!」
「ならば、拳で語るしかねえみてえだな」
 ヒワイドリが翼の手で宣戦の体をとった。
「やってやろうじゃねえか!」
 わんこ坊主も負けじと拳を胸の前に突きだした。
「戦うなら外でやって下さいね」
『応ッ!』
 日本さんの無関心な注意に、二人は息をぴったり重ねて返答し、ぱたぱたと庭に下りた。
 仲がいいんだか悪いんだか。
「というかさ、あのナリで戦えるの?」
 ヒワイドリを指差し、鬼子さんに訊いた。わんこの身長は目測百五十センチ代である一方、ヒワイドリの体長は三十センチ程度だ。仮に変態鶏が太極拳の師範代だとしても、五倍の体格差を覆すことは無理だと思う。
「ヒワイドリは人型に変身できるんです」
「人型ァ?」
 わんこと対峙するヒワイドリを見る。
「なに、擬人化したら五十代前半のバーコードオヤジにでもなるの?」
 というか、それしかイメージできない。
「いいえ。二十歳ほどの青年です」
「まさか、似合わないよ」
 日本さんのほうをちらと見て、それから庭に視線を戻すと、ヒワイドリは成人の日特番で警察沙汰を起こす、常識をわきまえない赤髪白袴姿の新成人的な輩に成っていた。

「イケメンかよ!」
「どうだ、この姿で乳の話をしてやろうか?」
「されてたまるか!」
 イケメンはイケメンでも、残念なイケメンだ。こっちの方がまだ気が楽だからよかった。心身ともにイケメンだったらの野郎はアタシの天敵だからね。
 わんこと擬人化ヒワイドリは二メートルの間を置き、睨み合っていた。動いた方が負けなんだ。
 今紅葉の枝が静かに燃えようとしていた。風に揺れる樹から一葉の火の粉が舞う。火の粉は風の流れに身をまかせ、やがてわんことヒワイドリの間にふわりと落ちた。
 その瞬間だった。
「タァッ!」
 アタシがまばたきをしたその間に決闘は急展開を迎えた。わんこが先制攻撃を仕掛けたのだ。
 わんこの裏拳が繰り出される。アタシの目に負えないスピードだ。そしてそれは――、
 そのときには、ヒワイドリがわんこを背負い投げていた。
 犬っころは地べたに大の字になって転がっている。一方擬人化した心の鬼は興味なさげに敗者を見下していた。
「終わりか、青二才め」
「まだ終わってねえよ、変態」
 のらりとわんこが立ち上がる。細いなりの割にはタフみたいだ。
「……ヒワイドリは、ああやってわんこを鍛えてあげてるんですよ」
 湯呑を手にした日本さんが外を眺めながら呟いた。
 わんこの肘打ちをかわしたヒワイドリが首筋めがけてチョップを繰り出す。それを腕で防ぎ、左の裏拳打ちで反撃する。はたから見れば喧嘩にしか見えないけど、二人にはそれ以上に得るものがある戦いなのかもしれない。
 喋らなければ擬人化したヒワイドリの心もイケメンじゃないか。喋らなければ。
「ねねさまぁ」
 こにぽんのふやけた声がした。わんこたちにばかり目がいっていて、彼女のことを忘れかけていた。
「あらあら、眠くなっちゃったの?」
「うー……」
 目を閉じまいとする努力は認めるが、頭を上下に揺らしている。すっかり睡魔にやられてしまっているようだ。
「すみません、ちょっと寝かしてきますね」
 こにぽんを抱きかかえ、鬼子さんは立ち上がった。この子はわんことヒワイドリのひと騒動にも動じずオネムになってしまったのか。寝る子は育つ……って、それは赤ちゃんに使うコトワザだったような。
「ヤイカガシと仲良く待っててくださいね」
 そう言って鬼子さんは部屋を出ていってしまった。
「二人きり……。仲良くしようね」
「つか、アンタまだいたんだ」
「ゲヒッ、やだなあ」
 下品な笑い声だ。どこからその効果音を出しているんだろう。贅肉のようなエラをヒクヒクさせ、人間のようにお茶を飲んでいる。気持ち悪くてしょうがないし、においも強烈だからせっかくわんこが買ってくれた饅頭が台無しだ。
 そのわんこはと言うと、依然ヒワイドリと拳を交わしていた。見た感じわんこは劣勢だけど、体力はまだまだ残っているようにみえる。
 小屋の中は気まずい空気が漂っていた。ヤイカガシが頭部に付いている大きな目をきらきら輝かして話題を待ち望んでいる。
 ムシだ、ムシしよう。
「アンタはさ、どーして日本さんに魅かれたワケ?」
 意思とは裏っ返しに尋ねかけるアタシがいた。原因はたぶんツッコミ気質のせいだと思う。何だかんだで見捨てられない性格なんだよなあ。
 というか、こんな質問一択問題じゃないか。
「やっぱ、パンツ目当て?」
 付け足すと、ヤイカガシはゲスゲスと気味悪い声で笑った。
「まあ今となっちゃあそうだけどさ」
 こいつ、女の敵だ。
 こいつ、女の敵だ。
 大事なことなので、二回でも三回でも言ってやろう。こいつ、女の敵だ。
「でもね」
 女の敵が続けた。
「鬼子さんに抱いた最初の気持ちは、憧れだったんだ」
 憧れ。
 なんか、どっかの誰かさんが抱いた日本さんへの第一印象と似ている。
「強くて、カッコよくてさ。ぼくなんて名ばかりの神だけど、とてもやさしく接してくれたんだ。そのとき思ったんだよ。ぼくなんかじゃ一生かけても、何代かけても及びはしないってね」
 ヤイカガシはぽつりぽつりと呟いていた。
「でも、せめて彼女のように生きたい、生き様に近付きたい……そう思って、鬼子さんのお供になったんだ。一緒に旅をしたりもしたよ。懐かしいなあ」
 アタシに言ってるんじゃなくて、自分に問いかけているようだった。
 懐かしい、と口にできるくらい、ヤイカガシと日本さんは長いこと一緒にいたのだろう。
「田中匠さん、と言ったね?」
「はい」
「君を見ていると、鬼子さんと初めて出会ったころを思い出すよ。あのときの新鮮な志をね。ぼくには鬼子さんの隣に立つことはできなかったけど、きっと田中さんなら並んで歩けると思う」
 ヤイカガシが深々と頭を下げた。
「鬼子さんを愛する一人として、一緒にいてあげてください。宜しく頼みます」
「や、やだなあ。なに? パンツがないまま三分経つと禁断症状出ちゃうクチ?」
 ヤイカガシの奇行に、戸惑いを通り越してすらりと冗談が出てしまう。
「まあ、そんなとこだね」
 相変わらず拒絶反応を起こしてしまう笑い声を上げる。
 けど、部屋にはお茶のほのかな香りが漂っていた。
 鬼子さんの隣がどうしてアタシなんだろう……。
「さて」
 アタシの疑問を置いてけぼりにし、ヤイカガシは庭に降りた。
「わんこさんの相手でもしようかな」
 そうぼやくと、彼はたちまち姿を変え、百八十センチの身長を得た。
 見た目は二十代前半の美男子侍といったところだ。深藍の羽織と薄藍の胴着、黒染めの((馬乗袴うまのりばかま))を身に付けている。長髪を柊の髪留めで結っていた。
「す、すごい……」
 知らぬ間に立ちあがっている自分がいた。
「げへ、驚いて思わず立ち上がっちゃったときのパンツ、欲しいねえ」
「あげるか! アンタの株大暴落だよ!」
 爽やかすぎる美青年スマイルにツッコミをかましてやった。
「参戦するよ」
 腰に差された刀を抜き、ヤイカガシはそれをわんこに向けた。
「な、卑怯だぞ!」
「大丈夫、いつもみたく峰打ちでやるからさ」
「そーじゃねえよ! 二対一だろうが!」
「わん公、オメェ本番が全部一対一だと思ってんのか?」
 擬人化コンビに挟まれたわんこが唸りだした。
「チ、チクショー! 二人まとめてかかってきやがれ!」
 遠吠え空しく、案の定変態コンビに散々に叩きのめされている。わんこのその真っ直ぐなトコ、嫌いじゃないよ……。
 ――そんなこんなで日本さんちの初訪問は終わった。
 楓の巨木に半分めり込んでいる紅葉石に触れると元の世界に戻れるらしい。
 合言葉は行きとは逆で『いただきます』だ。採用理由は『ごちそうさま』と同じなので省略する。
 省略したって私見は変わらない。
 うん、やっぱおかしいよ、この合言葉……。

   φ

 おかしい。
 何かがおかしい。
 何がおかしいって、そりゃあの田中って人間の行動やら無知っぷりやら、言動やら……あいつの全てがおかしい。特に俺や鬼子に対する態度が人間の常識をぶっ壊してくれている。
 神を畏れていない。鬼をも恐れない。
 そんな人間見たことがなかった。
 しかし、その田中はもう紅葉の刻印がなされた大石の先にある世界へ行ってしまった。
「なあ、鬼子」
 あいつがこの世界に来てから、ずっと胸中で渦巻いていたものを問いかける。
「あいつにまだ何も言ってないだろ」
「何って、なにをですか?」
 また誤魔化した。
 鬼子は自分の過去の話になるとからくり人形のような反応をする。いつものやわらかい日差しのような温かみを遮断し、白んだ紅葉のような雰囲気で接するんだ。
「こっちの人間が、鬼をどういう目で見てるかって――」
「田中さんには、関係のない話ですよ。この世界の人間とは、会わせませんから」
 即答だった。答えをあらかじめ準備しているってことは、それ相応の覚悟があるんだろう。
 でもそんな覚悟、いくら俺でも許せるわけがない。
「あのな、そんなのボロが出るに――」
「わんこ、いいですか?」
 また遮られた。こういうことになると鬼子は決まって頑固者になる。
「田中さんは、『向こうの世界の案内人』なんです。向こうで戦いに巻き込まれることはあっても、こっちの世界で戦いに巻き込まれることはないんですよ?」
「どうして……そんな冷めた嘘つくんだよ」
「嘘じゃありません」
 違う。
 そんなの鬼子の本心じゃない。こんな枯れ紅葉みたいな鬼子が言うことが本当なわけがない。
 ならどうしてそんなことを言うんだ。そんなこと……。
「鬼子……まさかお前、ただ単に自分の境遇を知られたくないからじゃねえよな?」
 一瞬、ほんの一瞬だけだったが、鬼子と視線が合った。
「言ったはずです。田中さんには関係のない話だと」
 誤魔化した。自分の過去を知られたくないから田中にそれを隠そうとしている。確かにこっちの方が理に適っているようだ。
 でも、どうして?
 どうして嘘まで吐いて、田中って人間を擁護するんだよ。
 分からねえ。分からねえよ、鬼子……。


 この日、アタシは悩んでいた。周囲からすればたいしたことのない話なんだろうけど、自分にとっては今後の人生の方向を決定づける重大な選択を強いられているんだと思っている。
 我をとるか、乳をとるか――。
 うん、正直冷静に語ってしまうと実に下らない。だから少し強引に事のあらましを話しておきたい。
 あれは朝目が覚めたそのときだった。
「……乳について語りてえ」
 開口一番、最悪だ。女性の部位は分け隔てなく愛する……というか、木を見て森を見ないようなことがないように心がけていたはずなのに、今朝のアタシときたらこれだ。こんなのでは世間から失笑を買われかねない。
 とにかく、突如として胸語りの衝動にかられたアタシは貴重な高校生の夏休みを利用し、この猛暑の中、本屋――主に同人誌を取り扱ってる店――へと赴いた。地元にはないので三十分電車に揺られて近くの大都市に着く。このときも、目に行くのは女性の胸ばかりだった。確かに日頃落書きみたいなイラストを描いてるためか、きれいな人がいたら参考がてらに目が行ってしまうのは認めよう。でもこんなエロオヤジみたいな視線で人を見たことなんて一度もなかった。
 おかしい。
 何かがおかしい。
 でもその原因がわからない。昨晩兄貴の作った三時のおやつっぽい夕食にいちゃもんをつけたからだろうか。それとも姉貴とのコスプレ談義が白熱を極め、四時間も盛り上がってしまったからだろうか。
 いや、そのあとで見た夢が原因かもしれない。紅の和服に長い柄の武器を持ったコスプレ少女が悪を蹴散らす、そんな夢だったんだけど。
 ……どれも理に適っていない。そんなささやかな出来事のせいで価値観を変えられてたまるか。
 しかし現に価値観がすっかり変わってしまった自分に戸惑っている。同人誌を前にして、手先が震えているのが分かる。どうしても胸に力を注いでいるクリエイターの作品に手を伸ばしてしまい、いつものように内容を吟味することはなかった。
 そりゃ、目の保養になるんだからいいかもしれないさ。でも、もしそれだけの理由で享用してしまったら今までのスタンスはどうなる? クオリティを二の次にしてまで、無秩序の奈落へ突き進む必要があるというのか?
 語弊があるといけないので、蛇足に一つ言いたい。乳漫画だとしても、乳に愛がこめられている作品ならいい。そういう話は、自然と話もすっきりしていて、読了したときの気分は実に爽快だ。アタシの言いたい「無秩序の奈落」ってのは胸をまるで道具のように使い、それで読者を釣ろうとしているような、そんな卑怯な作品のことを言っている。
 まあ、結局アタシは後者の誘惑に乗って軍資金を使い果たしてしまったから、偉そうなことは言えないんだけど。
 そんなこんなで、いくつもため息をもらしながら地元に戻ってきた次第だ。
 やっぱり、何かがおかしい。
 道端ですれ違う女性の胸を見て、反射的に手が動いてしまったこともしばしばで、危うく犯罪になりかけたこともあった。
 落ちつけ、まずは心を落ち着かせてみよう。
 そういうときは、外で読書をするに限る。まあ読書といっても同人誌なんだけど。
 地元で有名な八幡宮に足を踏み入れる。真っ赤で巨大な鳥居をくぐると、多くの人で賑わう路地が一直線に続いていた。
 ……いや、さすがに鳥居や本宮の真ん中でルツボを取りだそうなどという気はない。有名な神社だけど、一ヶ所だけ、人気がなく木陰もあって風通りもいい格好の読書スポットがあるんだ。
 本宮へと続く大石段の手前を左に折れる。林の中の小道に入ると、人々の賑々しい声は背丈のある木々に吸い込まれていった。聞こえるのは砂利を踏みしめる音とアブラゼミの鳴き声、木々を掠める風の音だけだ。そして苔の付着した石鳥居をくぐる。
 祖霊社。
 アタシの隠れ家に着いた。
 吹き抜けの寂れた社へと続く砂利の路を歩く。左右にはカドの欠けている灯篭が並んでいた。人は誰一人としていない。手近な灯篭に腰を下ろす。緑に包まれた空気をしばし味わいたかったが、待ちきれずに混沌たる書を開いた。
「ふむ、よい乳だ」
 よくない。内容なんて崩壊していて、ただ胸に全ての画力を注いでいる漫画を見たって面白くないのに、何がアタシをここまで暴走させるんだろう。
「何、読んでるんですか?」
「『魔王少女マオ☆まお』のパロだよ。いやあ、表紙買いって怖いわ」
 そんな雑談を交わしながらページをめくる。
「えと……あの、かわいい絵ですね」
「だろう? こいつが生きる原動力なんだから」
 いや、違う。アタシの原動力は乳ではない。なのに、まるで誰かがアタシの口を操作して勝手に喋らせているみたいだった。
「あ……」
 小さな悲鳴を耳にする。いかがわしいコマのあるページに到来したのだ。
 頭上で木が大きく揺れた。風が吹いているのだろう、葉っぱの擦れる音が境内を包む。
 遠くの方では鳥が鳴いている。近くに巣でもあるのだろうか、餌を求めるヒナの声が飛び交う。
 しゃわしゃわしゃわ……。蝉の鳴き声が、一段と大きくなった。
 ――あれ、なんか、おかしくないか?
 恐るおそる漫画から目を離す。そっと視線を前へ向けた。
 そこには、深紅の着物を着た女性が、困惑した表情を見せ、アタシをじっと見つめていた。
 死んだ。
 ああいや、これはつまり身体的生命活動の停止を意味するんじゃなくてですね、ほら社会的抹殺を今まさにここで宣告されちゃったことに対する激しい動揺やら衝撃やら日常崩壊やらバチ当りやら悟りやら、その他諸々やらに関する数多のほとばしる熱いパトスを端的に述べたものであって、つまりアタシはもうお嫁にいけないんだという古典的諦めをかの三文字で表そうとしたわけですけども、そもそもアタシみたいな輩を嫁にする野郎なんてどの次元探そうともいないっつーか、むしろこっちが○○は俺の嫁って宣言したいクチだしうんぬんかんぬん。
 まて、落ち着け自分。今自分が呼吸をしているのかどうか把握できる程度の冷静さを取り戻そう。
「あの……」
「ななななんだイ?」
 声が上ずっている。愛想笑いを浮かべようにも、頬が歪んで愛想もなければ笑いもない。気持ちの悪い汗がにじみ出ていて、もう「にげる」のコマンドを連打したかった。
「え、えと、落ち着いて下さい」
 和服の少女が、言葉を選び選び口にする。初対面の彼女から心配されているようじゃいけない。
 まだ社会的抹殺から逃れる術はある。深呼吸をして、そっと同人誌をカバンに収めた。
 と、ここでようやく目の前の少女の黒髪から人間のものとは思えない二本の角が生えていることに気が付いた。
 それに加え、リボンを結ぶ感覚で般若のお面を側頭部からぶら下げていた。
 よくよく見れば、この少女だっておかしい。
 確かに境内で同人読んでるアタシよりかは遥かにマシかもしれないけど、暑苦しい紅い着物とか、熱心に読書する人に声を掛けちゃうところとか、常識外れだと思わないかい?
 いや、待てよ……?
 もしかしたらこの子は同志なのかもしれない……いや、「同じ志」とはいかなくとも、「同じ類」とは言えるのではないだろうか?
 この子はコスプレイヤー説、浮上。
 ならば、警戒しなくても特に問題ないだろうし、いやむしろ友好関係を築くのが紳士淑女の礼儀というものだ。
 わざとらしい咳払いをし、握手を求めるために手を伸ばした。
「アタシ、田中匠(たなかタクミ)。君もよくここに来るの?」
 少女はしばらく呆然とアタシの手を見ていたが、そのうちふっと、緊張した顔をほころばせ、満開の笑みに転じた。
「ひ、日本鬼子です! 初めてで、その、宜しくお願いします!」
 一気にまくしたてた少女は、そのまましがみ付くように握手した。アタシの手よりも少しだけひんやりとしている。
「ひのもと、おにこ?」
 変わった名前だ。日本という苗字もさることながら、鬼子……鬼の子だ。そんなひどい名前を娘に付けた親の顔が見てみたい。
「変な、名前ですよね」
 自虐的な笑みを見せる。やはり自分の名前にコンプレックスを持っているみたいだった。
 うつむく彼女の角が目に入る。
 ああそうか、と疑問に合点がいく答えが浮かんだ。
 「日本鬼子」っていうのはコスプレしてるキャラの名前なんだ。
 日の出を背に歩む、角の生えた少女……いいじゃない。
「アタシはその名前、好きだけど」
「ほ、本当ですかっ? は、初めてです、褒めて下さるなんて……!」
 目をキラキラと輝かせる。「鬼子」に扮した少女はまるで自分の名前を褒められているかのように喜んでいた。
「もっと、日本さんのこと、知りたいなあ」
 未知の作品に対する知的好奇心が口に出る。
 少女ははっとアタシを見つめた。希望に満ちた眼差しが日射しのように注がれた、と思いきや、ふと悲しそうな顔をして目線を灯篭に移してしまった。
「田中さんは、私のこと、怖がらないんですか?」
「まさか」
 コスプレイヤーに鬼はなし、と自称コスプレイヤーの姉貴は口癖のように言っていた。コスプレはそのキャラクターを思う気持ちがないと演じきれない。だからコスプレイヤーは思いやりを知っている。
 それに、帯の上に乗った形のいい乳。偉人は口を揃えて「貧乳美乳巨乳合わせてそれ即ち正義なり」と言っていたではないか。
 ……これは失言だった。
 とにかく「日本」少女は即答に半ば驚いた様子だったけど、小さく頷くと真剣な面持ちで口を開いた。
「鬼を祓っているんです。人々の心に棲まう、鬼たちを」
「鬼が、鬼を?」
 興味深い設定に鼓動が大きくなる。
「鬼といっても悪い鬼ですよ? 人に害を為さない鬼もいれば、ちょっぴりイタズラ好きなだけの鬼もいるんです。もちろん、国一つ滅ぼしてしまうような鬼もいるんですけど」
 悪い鬼、かあ。
 今朝見た夢を思い出す。悪の化身を華麗に蹴散らす少女の夢だ。まるで、アタシの夢がそのまま作品になっているような、そんな不思議な感覚にとらわれた。
「なんか、面白そうだね」
 日本さんの臨場感溢れる戦闘シーンを見事なコマ割りで進められたら、読むだけでときめいてしまいそうだ。
「面白くなんて、ないですよ」
 アタシの静かな躍動とは裏腹に、和服少女は盛り下がる一方だった。
 ここって、一緒に盛り上がって、意気投合する感じの場面じゃないの?
 少女は俯き、そして祖霊を祀る神社を見つめた。その横顔は、どこか遠い過去を眺めているようにも感じられた。
「なら、なんでコスプレしてるの?」
 ……こんなこと、訊いちゃいけなかったのかもしれない。
 この瞬間、アタシの日常は崩壊してしまったのだと、第六感が知らせている。
「こす……? あの、こすぷれって、なんですか?」
 思えば疑問は山のように存在していた。
 なぜ、この子はアタシに声を掛けたのか。モラルがないように思えたが、その身に染み込んでいる立ち振る舞いや着物の着付けを見ればむしろその逆だとすぐに分かる。
 沢の流れるような黒い髪、般若の面から滲み出る千年紀の色映え、素人目にも分かる、市販の浴衣とは別次元のやわらかみと深みを兼ね合わせた着物……。
 ここまでキャラクターとユニゾンできる人なんて、コミケのどこを探したって見つかるわけがない。
 「鬼子」という名前。その名に対するコンプレックス。彼女の設定をまるで自分の宿命のように語る口振り。
 「私のこと、怖がらないんですか?」の一言だって、よく考えてみればおかしい。
 そして「鬼子」の輪郭を垣間見た夢や、制動しきれない乳に対する強い情熱……アタシ自身もおかしい。
 今まで気にしなかった――いや、目を背けていた違和感がここに集い、巨大な仮説が誕生した。
 アタシたちは、「日本鬼子」を、誤解しているのではないか。
「君は……君が日本鬼子、本人なんだよね?」
「はい」
「『日本』さんを扮しているわけじゃないんだよね」
「はい」
 勘違いしていた。
 この子はコスプレイヤーなんかじゃない。
 鬼を祓う、鬼だったんだ。
「鬼は、嫌いですか?」
 その言葉は震えていて、アタシのことを……いや人間を怖がっているようにも思える。
 確かに「鬼」という概念については、文化的に「嫌いだ」という答えがひっつくのは仕方のないことだろう。
 でもこの子は「鬼」を祓う鬼だ。その勇ましい姿を想像して、憧れを抱いたのは確かだし、それは今でも変わらない。
 ……いや。ちょいと待たれよ。
 そもそも鬼は存在しない。神もいない。
 だからこそ灯篭に腰掛け、境内で同人誌を読もうなどという背信行為ができる。
 なら「彼女は鬼である」と考えるよりかは「彼女は鬼の外見をまねた人間である」と思うのが理屈に合ってると思わないか?
 となると彼女は鬼でもなく、またコスプレイヤーとも言い難い。
 いわゆる重症中二病患者の疑い出てくる。
 リアル中二病ほど痛々しいものはない。
 けれども、もし「日本」さんが本当にいたとしたら、それは一期一会なんていう騒ぎじゃない。
 文字通り夢にまで見た、正義のヒロインじゃないか!
「日本さん」
 だからアタシは、一つの賭けに出た。
 実に滑稽でありながら、最も有効的な賭けだ。
「鬼祓いをさ、今ここでやってみてくれないかな?」
 鬼なんていないんだから、鬼祓いだってできるわけがない。
「もし鬼を祓えたら、私のこと嫌いになるんですか?」
「いや、むしろできなかったら距離を取らせていただきたいというか……」
 もちろん、中二病的な意味で。
「わかりました」
 彼女はなぜか嬉しそうに頷いた。
 胸が、きゅん、と締めつけられる。
 普通の中二病なら、ここで待ったを掛けるはずなのに。
 ――もしかしたら。
 角の生えた少女は般若のお面を手に取り、それを自身の顔に近づけた。
 にわかに風が吹く。
 その風が少女を包み込むと、ふわりと紅葉が舞い上がった。まるで幻を見ているみたいだった。
 紅葉はどこから来たんだろう……そんなことを思った瞬間、胸から強烈な衝動が全身を駆け巡り、全ての思考が遮断された。
 ただ、ただアタシは……。
 少女の胸に目が行く。ただそれだけを見ていたかった。
 あわよくば、それを語り尽くしたい。この身を尽くしてでも、語り尽くしたい!
 心が暴れる。まるで身体の内側で大嵐が渦を巻いているようだ。
 乳、乳、乳……。
 暴走を止めるには般若から視線を逸らせばいい。そう本能は指令を下しているんだけれども、もう窮極的真理の証を目の当たりにしてしまった今、逃れる術は一つとしてなかった。
 ――乳、乳、乳!
 四肢がはち切れ、胴は爆ぜるのではないか。
 もう全てを投げだして悲鳴を上げてしまおうか……そう思った、そのときだった。
 アタシは、全ての苦しみから、解放された。
 胸の中の乳語りの衝動が、身体から抜け出てきたような、そんな気分。
 思わず力が抜け、砂利の地面にへたりこんだ。
 自由だ。もう、気持ち悪い思考に至らなくて済むんだ。
 そんな安息な日々が、再び訪れ――なかった。
「乳の話を、しようじゃないか」
 謎の台詞を耳元で囁かれる。鳥肌が立ち、全身が硬直した。
 そこには、鶏に似た二足歩行の生命体がいた。
「な、なにこれなんなのっ?」
 逃げようにも、腰が抜けて力が入らない。
「ふむ、嬢ちゃん、オメェとはいい乳の話ができそうだぜ」
「しゃ、喋ってるーっ?」
 なんだ、なんなんだ「コレ」は!
 こんなのが、現実にあっていいものなのか?
「おいおい、このオレを知らねえったあ、よっぽどの田舎モンみてえじゃねえか。ま、そいつはそいつで面白ェからいいんだけどよ。ま、出会った印に一杯乳を肴に呑もうじゃないか」
 赤眼に赤鶏冠、白い羽毛に包まれた三十センチほどの生き物は実に饒舌だった。もう何を言ってるのか頭に入ってこない。
「ひの、ひのもとさん……!」
 戸惑いなんて隠せるわけがない。もう死に物狂いで日本さんに助けを求めた。
 彼女は両手を伸ばし、何かを呟いていた。
 何をマイペースに! そう言おうとしたとき、少女の前に長身の棒のようなものが……いや、これは薙刀だ。彼女の身長を優に超す薙刀が生み出されていた。
 もう、中二病とか理屈的とか、そういった考えは遠く異次元へと飛ばされていた。
 日本鬼子だ。そう思った。
 正真正銘、彼女は日本鬼子だ。
「あなたに憑いていたのは、心の鬼の代表格、ヒワイドリです」
 日本さんは薙刀を構え、呟いた。
「この子に憑かれると、ひ、ひ……卑猥なことばかり考えるようになります」
 日本さんの顔が赤くなる。なんて純情な心の持ち主なのだろう。こっちまで恥ずかしくなってくる。
「いいねえ鬼子。オメェの恥じらいのこもった『卑猥』ってワード、最高に――」
 ズドゥッ!
「でも、もう大丈夫ですよ」
 さっきまですぐ横にいたはずの心の鬼が見当たらない。さきほどのあらぬ音と関係がありそうな気がしないでもないけど、あえて気にしないことにしよう。
 ヒワイドリという鬼に憑かれていたから、今日は変な衝動に駆られてばかりいたのか。
 実にしょうもない鬼だ。確かに迷惑だしお金の無駄遣いをしてしまったわけだけど、別に命を狙われたわけでもないし、誰かを死に至らしめるわけでもなかった。危うく電車内で痴漢をはたらき、法的に拘束されかけたけど。
 あと、角がなくても鬼と呼ばれるらしい。アタシたちの考える妖怪みたいなものも鬼として考えていいのかもしれない。
 日本さんが血振りをすると、薙刀が紅葉となって消えた。
「あの、田中さん」
 面と向かった日本さんを見上げると、彼女が、手を差し伸ばしてきた。
「お友達に、なって下さいませんか?」
「……え?」
 拍子抜けたお願いに、思わず耳を疑ってしまった。真剣そのものの表情からそんなことを言い出すとは思いもしなかったというか、唐突というか……。
「だ、だめですよね? 私、鬼ですし」
「いや、まだ何も言ってないんだけど」
「なら、お友達になって下さるんですね!」
 日本さんの眼が輝く。
「えーっと、そういうことじゃなくてさ」
 なんというか、日本さんってちょっと世間知らずだよなあ。
 立ち上がり、スカートに付いた泥を払う。
 友達、という言葉が嫌いなわけじゃない。ただ、それを口にすることがおこがましく思えてしまって、気が引けてしまうんだ。
「友達ってさ、『友達になろう』って言ってできるもんじゃないと思うんだよね。一緒にいて、話して、少しずつ相手のことが分かってきてさ、嫌なところを見つけちゃっても、それでもやっぱり一緒にいてもいいなって思える存在……っていうのかな?」
 歯切れの悪いことを言ってしまった。慣れないことを言うもんじゃない。
「ま、ぶっちゃけ兄貴の受け売りだから自分自身よく分かってないんだけどさ」
 照れ隠しに笑ってみるけど、きっと頬がひきつってると思う。
 そもそも兄貴のお説教の中で語られた話じゃないか。もうずいぶんと昔のことで、何で叱られたのかは忘れちゃったけどさ。
「……田中さん」
「ん?」
「だながざん……」
「え、ちょ、なんで?」
 日本さんが、泣いていた。アタシに手を差し伸べたまま、大粒の涙を拭うことも忘れ、しゃくりあげ、肩を震わし、唇を噛みしめ、ひたすらに泣いていた。
「だながざん……わだじ、こんななのに……ずびっ、すごいです、大切にじでぐれて……」
 砂利の上に滴が落ちた。
 すごくなんて、ないさ。アタシなんて中途半端なオタクでしかないし、これといって何の役にも立たない。アタシを助けてくれた日本さんのほうがずっとすごい。
 ってことを言いたかったけど、相手が泣かれてちゃ言っても通らないような気がする。
「日本さん」
 宙ぶらりんの手を握り締めた。やっぱりひんやりとしている。きっと心があたたかい証拠なんだろうな。
「助けてくれてさ、ありがとう」
 アタシはやると決めたらとことんやる女だ。
「お礼しようにも金欠だから何もできないけどさ、行きたいトコあったら、一緒に行こうよ」
 だから、日本さんが友達になりたいっていうんなら、その地位に就けるようにやってやろうじゃないか。
「なら……私のおうち、来てくださいますか?」
 鼻声のささやかな要望に、アタシは得意顔で頷いてみせた。
「いいよ。どこなの?」
 すると、日本さんは祖霊社の方を指差した。なるほど、北東にあるんだな。
 ちょうど山があるから、その山の中に住んでいるのかもしれない。
「祠の中です」
 アタシはやると決めたらとことんやる女だ。
 いや、でもしかし。
 ――冗談きついっすよ、日本さん。


 間に合った。
 間一髪だ。
 どうにか鬼の一撃を防ぐことができた。
 薙刀で鬼を振り払い、距離をとる。相手の姿は黒く、そこだけに夜が訪れているようだった。まるで遠近感を感じさせない。ただその輪郭のない黒い頭に生えた角だけが夕陽を浴びて黒光りしている。
 無言の雄叫びをあげ、獲物の邪魔をした私を威嚇していた。
 夕暮れの山間、そこに広がる畑、この時間……。戦いたくないところに鬼が現れてしまったのは運がなかった。
 鬼が踏みしめた畑は邪気によって穢されてしまっている。私には対処のしようがない。やっと大きくなってきたほうれん草も、これではもう食べられない。
 日が沈んでしまえば、闇に染まりきった鬼と戦うのは困難を極める。この鬼は、夜や闇や影に関係した神さまが堕ちてしまわれたのだろうが、今この段階で特定する呪術や観察眼は持ち合わせていない。
 それから、
「ああ、ああぁ……」
 私の背後で腰を抜かしてしまっているのは、仕事帰りの農夫だろう、帰り道で鬼に出くわしてしまったようだ。この方に怪我をさせないように戦わなければいけない。逃がしてあげたいけれども、敵に背を向けるほど私は愚かではないし、そうでなくてもその役は不適任なんだから。
 そう、私一人では、何もできない。
 もしも、こんな自分に生きる価値があるのだとしたら、
「黒き鬼よ、あなたを散らしてあげましょう」
 鬼と戦って、あるべき姿に還してあげるしかない。
 挑発に乗った鬼が闇夜の腕を振りかざした。とっさに防御の構えをとり、頭上で受け止める。まるで大岩を持ち上げているような重みが両腕にのしかかる。押しつぶされそうになるけど、こういった力任せな鬼はいたるところで出くわしてきたし、その度に散らし、浄化してきた。
 力を受け流すように薙刀で払いのける。五尺ほど離れた地面に腕が振り落とされ、耕された土が邪気を含んで飛び散った。
 ごめんなさい、と心の中で呟きながら影の鬼の懐に潜り込む。
 隙は一瞬だけしか見せないから、合掌はできない。
 だからせめて、あなたを――
「萌え散れ!」
 一閃。
 上下に裂けた鬼が声にならない叫びを上げる。罪の意識を抱きつつ、薙刀に付いた邪気を振るう。同時に背後の鬼が影となって四散した。こうして、元のおられるべき場所へと還ってゆく。鬼の正体は「影」の神さまの一柱であったようだ。
 薙刀を神さまの元へお返しし、振り返る。そこにあるのは黒く穢れた畑と、尻餅をついたままでいる男だけで、もう鬼の姿は見当たらない。
「あの……」
「来んな!」
 男に声を掛けたか掛けないかの、ほんの一瞬の出来事だった。
 陽は山に入り、カラスの群れが列をなして秋の山へと飛んでいる。風は畑の実りを揺らし、足元に広がる穢れはただじっとそこにあり続けていた。
 男は私を拒絶していた。
「おめえらが、おめえらが畑を荒らしてっから、みんな苦しんでんだ! 許さねえ、許さねえ!」
 そう……だよね。
 私も同類、なんだよね。
「同族殺しめ! 俺もやんのか? やんならやれ、どうせ飢えて死んじまうんだ! さあ、さあ!」
 私の頭には、角が生えている。
 さっきの鬼と同じ、醜い角が。
 ただそれだけの理由で、人々は恐れおののく。
 ある人々は「鬼が来たぞ」と叫んで逃げまどい、またある人々は敵意を見せない私を見て「父を返せ」と「子を返せ」と涙を流しながら怒鳴り喚く。
 ただ角があるだけで。
「殺せ、さあ殺せ!」
 ときには、彼のように気の狂った人を目の当たりにすることもある。
 でも、私の取る行動はただ一つ。
 人々に背を向け、静かに立ち去る。それだけ。
 金切り声を背に受けながら、歩く。
「どうしてなの……」
 ぎゅっと、手のひらを握りしめて、過去を思った。
 遠くから列をなしていたカラスの声が聞こえる。
 本当は分かってる。こんなこと、考えたって意味のないことだって。
 涙が穢れきった地に落ちる。
 でも、問い掛けに答えてくれる人なんて、どこにもいなかった。


kokuriko.jpg

ええ、観てきましたよ、

「コクリコ坂から」を!



どうも、じょがぁです。

ほんとね、ぶっちゃけ観る前は

「え? ココリコ坂? 吾朗ちゃん? ハハッ(甲高い笑い声)」


って思ったんですけどね、

ええ、

ポップコーン食い忘れるほど観入ってしまいましたよ!


で、なんかのために用意したメモですが、


kokurikokanso.jpg


キャベツしか特定できないほど

ひどい有様だよ!!!!



まあ、字汚い人が暗闇の中で書いたらこうなりますよね。



個人的にいいなあ、って思ったのは、


松崎海(ヒロイン)の歩く速さですよ。


はじめのほうで多分驚く……というか、
不自然に感じると思うんですが、

海の歩くスピードは、
歩くというより早歩きって言ったほうが正しいかもしれん。

(別に遅刻ギリギリなワケでもないのに、
結構早歩きでテコテコ歩いてるんですよ)



海の歩きは、性格と感情をうまく表現してましたね。

何が表現されてたって、
そりゃネタバレの壁が立ち塞がってて
自分の口からは言えないよ!

まあとにかく、
歩く速さをよく見てみると、
ゆっくり歩いてるときもちゃんとあると思うんです。

ああ、なるほどな、と妙に納得してしてしまいましたよ。



それと、中盤あたりで初めて工場群が登場するんですが、
あのけむりけむりしてるところに、時代を感じさせますよね。
容赦のないモヤがもうすごいのなんの。
人工的ファンタシア、ですな。


カルチェラタンは男のロマン。
ありゃ、男だったら誰でも取り壊し反対ですよ。
と、思うと同時に、これぞジブリだなって頷ける。
これもまた人工的ファンタシアですよ。


というわけで、ジブリには珍しい、
一切ファンタジーのない作品のクセに、
ちゃんとジブリが活かされてる
んですよね。

そのくせ地面に足がくっついてるっていうか、
人工的ファンタシアのおかげで、
現代の自分も1963年にタイムスリップできる。

ちょっとした台詞も然り、
全体から当時の現実感がひっしひし伝わるんですよね。
(宮崎五郎監督の生まれてない時代なのに)


あと個人的には、自転車が本当によく活躍してて嬉しかったですね。
横浜って意外と山がたくさんあるんで(参考:夏のあらし!
自転車が活きるんですよねー。

上り坂で立ち漕ぎしたり、下り坂で滑走したり……。




まあ、そんなわけで、
つらつら書きつづっただけで、

内容については起伏なく話してしまいましたが、



結論としては、





hayabusairast.jpg


映画『はやぶさ-HAYABUSA』で使用する
イラスト募集してるみたいだぞ!



みんなも応募しようぜ!!!


(結論がおかしい)

じょがぁへのお便りは
  こちらからどうぞ。

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