ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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翼の生えた少女はもういない。
著 城ヶ崎ユウキ

目次

・第ニ部『迷境』
   序 章 『告白
  第一〇話『夕陽と陰影
  第一一話『追想
  第一二話『リアクト/ゴング
  第一三話『塩胡椒/異国の潮騒
  第一四話『植付けられた種/宿る木持ち
  第一五話『音ずれ/ニラレバ炒め
  第一六話『てんき/つむじ
  第一七話『白昼霧/サンドウィッチの気持
  第一八話『統流回顧録/蝕む
  第一九話『迷境
  第二〇話『明鏡
  第二一話『LIMITER/春咲く紫苑/追奏New!!
  二部終幕『榠莢New!!


前置き『翼の生えた少女はもういない。』

・第一部『不安』
  第一話『まるで昨日の話のように――。
  第二話『いずみちゃんとなかよしこよし計画公布で施行
  第三話『白いきれと布
  第四話『源流の泉
  第五話『冷暖房
  第六話『拠り所を探して
  第七話『Die Jetzt, die Vergangenheit und die Zukunft
  第八話『水辺の夕陽
  第九話『不安
  第二部予告版+α



・第三部『深紅(仮)』
・結末部『??』
・末文『???』

   前作『翼の生えた少女~Another Story of WORLD FUTURE~』
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 その世界の穂枝統流は、私のことを「何もない世界」と名付けました。
 私の中にある、離れた世界から眺めた貴方はそう名付けました。
 貴方にとってそれは正しいけれども、私にとっては間違っています。
 私は貴方の識るもの全てを抱えていて、抱える予定なのですから。

 その世界の翼の生えた少女は、私のことを「榠莢の胎盤」と名付けました。
 私を胎内に見立て、貴女たちを生命の粉と擬似させた貴女はそう名付けました。
 貴女にとってそれは正しいけれども、私にとっては間違っています。
 私の胎盤としての役割はごくごく一部を示唆しているにすぎないのですから。

 私は貴女の住む世界と接していながらも、貴女の方から触れることは不可能な存在なのです。
 縦があり、横があり、高さがある世界が貴女の世界だとすると、時間は貴女の世界を進めて眺めたり、遡って観察することが出来ましょう。
 しかし、私は「時間」ではありません。
 時間の眺める幾多の世界を、私は眺めているのです。
 貴女の識る穂枝統流の識る人間――あれは大室いずみ――及び貴女の識る穂枝統流の識る大室いずみの識る人間――あれはミナト・フォン・シュヴァルツヴェルト――はこう呼びました。
 大室いずみ及びミナト・フォン・シュヴァルツヴェルトのいる世界は一つではない、と。
 即ち、世界は無限に分岐を繰り返しているのだ、と。
 大室いずみ及びミナト・フォン・シュヴァルツヴェルトは「可能性の世界」と名付けました。
 その世界を客観的に眺めている存在、それが私とも言えるでしょう。

 しかし貴女に対しては「榠莢の胎盤」という譬えを使用することに抵抗しないと約束しましょう。
 貴女にとって私は「榠莢の胎盤」そのものなのですから。

 榠莢とは人の空想する草の名です。
 榠莢の葉の生え散りを元に暦を識ったのです。

 貴女が棲むべき本来の世界――穂枝統流に言わせれば、未来の世界――には可能性というものがありません。
 私であって私でない私の中の何かがたった一つだけのシナリオを作っているのです。
 それは異常な世界です。
 貴女があの穂枝統流のもとにやってきたのも、異常な世界のシナリオに書かれていたものなのです。
 穂枝統流の住む世界は時の最小単位毎に起こり得る全ての可能性によって分岐していきます。
 その中に異常な世界の貴女――貴女が可能性によって分裂する前の貴女――が植われば、他の存在と同様、時の最小単位毎に起こり得る全ての可能性によって分岐していきます。
 やがて元の世界に還ろうとしても、還れるのは無限に増殖した貴女たちのうちの一なのです。
 それは生命の誕生に似ています。

 無限の貴女たちのうちの一は元の世界に還っています、及び還ってゆく予定です。
 一を除いた無限の貴女たちはここを漂うか、あるいは「小さな繋がり」を辿ってそれぞれ穂枝統流のいる世界に戻る他ありません。
 「小さな繋がり」とは貴女が貴女でいるための道標です。
 もし「小さな繋がり」のない貴女が私のもとにやってくるならば、貴女は私と同化することになります。
 なぜなら、貴女は私を構成する一部分でもあるのですから。貴女が生まれる前、または貴女が死んだあとの貴女は私なのですから。
 「小さな繋がり」は私と貴女を区別するための証なのです。
 私が水だとすれば、「小さな繋がり」を持った貴女は油です。
 決して一つになることはありません。

 私にとって「小さな繋がり」を持つ貴女は異物でしかありません。
 そしてここは私です。
 私は私でない何かを想定していません。
 ですから、私とは違う貴女にとって私の中を漂うことは過酷であるとしか言えません。
 想像して下さい。
 世界の全ての情報が貴女の小さな思考回路に押しこまれていくその図を。
 目に見えない存在、貴女の言葉で言い表せない観念言語、そういったものが可視という存在で立ち現れているという事実を。
 貴女たちの言う「自分」の出来事、「自分」の周りの出来事、及び未来の出来事、過去の出来事、異国の出来事、可能性の世界の出来事……。
 それら全てが、貴女の中に入ってくるのです。
 出来事だけではありません。
 意志までもです。
 貴女の中に、私がいる状態です。
 大抵の貴女は宇宙より大きな私を抱えることで精神を崩壊させ、廃棄物となります。
 辛うじて精神を保つ他の貴女は、「小さな繋がり」を辿って穂枝統流のいる世界へと引き返します。
 ですが。
 貴女はそのどちらもしない。
 異物として私の中に留まっています。

 「小さな繋がり」はあらゆるものがその役を為し得ます。
 貴女の場合はあの穂枝統流の「貴女を思う気持ち」です。
 即ち、貴女とあの穂枝統流の思考は「小さな繋がり」として繋がっているのです。
 それは貴女以外の貴方にも言えることです。
 しかし同時に、世界というものは、他の時間からやってきた存在を忘却するように出来ています。
 貴女という存在は異時代にとって均衡を乱す存在でしかありません。
 世界は均衡を保つため、貴女という存在を忘却させるのです。
 ですが「小さな繋がり」を持つ人間――貴女にとってはあの穂枝統流――は違います。
 「小さな繋がり」は決して断たれることはないからです。
 あの穂枝統流は「小さな繋がり」を保つため、即ち「貴女を思う気持ち」を忘却させないため、定期的に貴女を思わなければなりません。
 また、貴女とあの穂枝統流の思考は繋がっているため、貴女の思考もまたあの穂枝統流に流れます。
 それをあの穂枝統流は不安や恐怖として認知します。
 貴女のほぼ全てを忘却しているあの穂枝統流にとって、貴女は未知の存在であるからです。

 ですから貴女が異物として私の中に留まることは想定されていない事態なのです。
 貴女にも、あの穂枝統流にも、苦痛しか生み出しません。
 貴女が廃棄物となれば貴女の思考があの穂枝統流に流れることはないでしょう。
 貴女があの穂枝統流の世界に戻るのであれば、全てが解決します。
 ご存知ですか?
 あの穂枝統流は、貴女が異物として存在しているために、不安を抱き、恐怖を抱き、不安と恐怖の心情を紛らわす為に伊東吉佐美と付き合い、また増幅していく不安と恐怖に呑まれたため、伊東吉佐美と別れたのです。
 その直後、あの穂枝統流は神子元奏と付き合うことになりますが、それもまた同じ結末を辿ることでしょう。
 あらゆる可能性が、それを示しているのです。
 その全ての理由は異物の貴女がいるからです。
 私は助言というものをすることも、提案することも不可能な干渉せぬ存在ですが、しかし貴女に言いたいことはあります。
 異物としての貴女は、存在してはいけない存在なのです。

「もしも……」
 いいでしょう、問いがあれば奏でます。
「私が壊れちゃって、他の私みたいな人になっちゃっても、統流君の不安が全部なくなるわけじゃないんだよね?」
 そうです。
 「小さな繋がり」を保持するため、定期的に貴女のことを思うことでしょう。
「なら、私はこのままでいたい」
 あの穂枝統流のいる世界には戻らないのですね。
「世界に意志があるって、言ってた」
 はい。
 世界は均衡を保つため、貴女という存在を忘却させるのです。
「もし、私が統流君のところに戻ったとして……その均衡が元に戻らないくらい崩れちゃったらどうなるの?」
 世界は私に還ります。
 即ち星が死ぬように、人が死ぬように、世界が死ぬのです。
「そんなの……そんなの、やだよ。統流君がいなくなっちゃうなんてやだよ。奏ちゃんや大瀬崎さんがいなくなっちゃうなんて……」
 それは貴女とあの穂枝統流が苦しみ続けても構わないと、そう述べていることと等しいです。
「違うよ。統流君を助けたいの」
 助ける。
 貴女のような存在に何が出来ると思考しているのでしょう。
 御覧なさい。
 この広大な私の、ほんの一原子に過ぎない人間の一に。
 空虚な王者として慢心する人間の一に。
 何が出来ると思考しているのでしょう。
 貴女の傷付いた羽根を「小さな繋がり」に辿らせるあの行為に何の意味があるのでしょう。
 私は貴女を見下しているわけではありません。
 当然、思慕の思想も存じません。
 私にはそのような感覚は不必要なのですから。
 しかし、不思議でならないのです。
 無限の存する貴女たちのうち、ここまで貴女を保っている異物は貴女しかおらず、また貴女だけの予定なのですから。
「私は……諦めない」
 諦めなければあの穂枝統流は苦しみ、やがて他の貴女たちのように精神を侵しましょう。
 それでも、貴女は諦めないと主張しますか。
「私、諦めないから。絶対、統流君を救ってみせるんだから」
 それが貴女の選択なのでしたら、私はもう何も言いません。
 しかし、周りを御覧なさい。
 廃棄物となった他の貴女たちが漂っています。
 その事実を忘れないで下さい。
 常に廃棄物となった他の貴女たちが隣にいることを。
 自我を保つ貴女は耐えられるのですか。
 まばたきすらおぼつかぬ瞬間を。
 一つの恒星が息を引き取る恒久の時を。
 その貴女の意志を保つことが出来るのですか。

「……統流君」
 翼の生えた少女は一人語ります。
「ごめんね、こんなこと言ってちゃ、苦しいよね。
 でもね、私統流君のこと、助けたいの。
 助けるためにはね、統流君の助けが必要なの。
 前に言ったよね?
 統流君のやさしさを、たくさんの人に分け与えてほしいなって。
 統流君のやさしさがね、統流君を救うことができるんだよ。
 そうしたらね、私も『小さな繋がり』から解放できるはずだから……。
 だから、

 助けてね、統流君」

 その声は、私の音に掻き消されることなく、私の中をかき混ぜていきました。


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目次
   Tsuisou-9  LIMITER


 冬休みが終わり、何週間か経った、とても星のきれいな夜だった。何十回と登ってきた代樹山は、今日を境にぱったりと登ることがなくなった。
 久しぶりに二人きりで頂に立っている。風は強い。日に日に気温は下がる一方だったから、登ってきた中で今日が一番寒い日だったのかもしれない。
 あいつの瞳は、私ではない所に向いていた。最近ずっと感じてきた、かすかな恐怖。揺るがぬ恐怖。中学時代の恐怖の対象。あいつの心が離れていってしまうこと。最近感じていたのはこれだ。あいつは確実に私への関心が薄らいでいる。だからあいつを惹くために、あらゆる手段を使ってきた。本当に私は醜い女だと思う。でも仕方がなかった。そうする他に、一体何をすれば良かったのだろうか。
「いいわよね、アンタは」
 溜息交じりの白い息が身を潜めるように出てくる。
「いつもいつも、私のことなんてムシして、どっか行っちゃうんだもんね」
 こいつはいつだってそうだ。不器用で、鈍感で、私の気持ちに、この恐れに、不安に気付いてくれたことが一度とあっただろうか? ないと断言出来る。今でさえも、関心がなくなってしまっている今でさえも、あいつは今まで通りの振舞いを続けているのだ。とても卑怯に思える。
 もうこれ以上離れていってしまうのは嫌だ。だから、気付いてほしい。この苦しみを、悲しみを。思いの内を明かしてしまいたい。私を知ってもらいたい。埋まるはずのない心の穴を埋めてほしい。現実はそう上手くはいかないと、何度も何度も心に言い聞かせておきながら、今なお希望に追いつくため、一心不乱に手を伸ばし、抗い続ける。
 その裏側で、私の気持ちを曝露した途端に世界が粉々になる妄想を何度したことだろうか。この場で、リーダーに訊けばいいだろ、なんて言われたら、私は間違いなく泣きだしてしまう。胸に空いた大きな穴を見せつけてしまう。
 迷う。空は黒く、でも星の僅かな光を反射させてうっすら藍のベールもまとっている。今しかない。
「覚えてる? 小四の頃、私がいつもアンタの近くにいたこと」
 私を包むベールをそっとめくるあげる。じっとその視線が注がれる。爪先で立っても同じ視線で世界を見渡すことは出来ない、遥かなる高みの存在なのだ。
「……覚えてない」
 一気に落胆し、呆れる。だが呆れていたように見せただけだ。だからそのあとに出た溜息は安堵によるものだ。私が初めて助けを求めた事件。この期に及んで助けを求めることが恥ずかしいことだと思ってしまう。あれ以降こいつに声を上げて助けを求めたことはない。あの事件のあらましをざっと説明する。あのあとこいつが男子のリーダーに相談しただろうことや、男子一丸となって私を救ってくれたことは秘密にしておきながら。
「……そしたらアンタはなんて言ったと思う? ルールがわからなかったら、リーダーに聞けばいいだろって、そんな適当なこと言ったのよ。ま、最初から期待してなかったけどね」
 本当は期待しかしていなかった。あのときはあいつしかいないのだと、ゲームやマンガのように、必ず私を護ってくれる騎士なのだと信じて疑わなかった。
「ずっと私がアンタの側にいたのは、ずっと監視だって言ってたけど、それは自分に言い訳をしてたんだと思う。本当は、自分を安心させたかった。それだけなのよ」
 私は何を言っているのだろうか、一体何を話している途中だったのか、もう頭が真っ白で、でも伝えたい何かが額の上近くに浮いていて、とにかく伝えたいことを伝えるための時間稼ぎのため、口から出るがままの言葉を織りなす。こいつと離れるためにこの高校へ入ったこと、それなのに家出と称して一緒に付いてきてしまったこと……。
「そのときの私の気持ち、わかってんの?」
 多分、私は怒っているように見えるだろう。きっとそう演じているのだ。瞬間しおらしくなって話したら、こいつはどんな反応をするだろうか。でも、そんな姿を見せるのなら、それはきっと私ではない。私はお転婆娘で、ずっとずっと目の前の男の子を引っ張り続けていたはずなのだから。
「スマン、わからない。でも、ごめん」
 目の前の少年は繰り返し謝罪をする。まるで壊れたレコードのように。
『ごめんね、ごめんね』
 あの呪文が脳裏をよぎる。一番耳にしたくない言葉。私は謝られるのが一番嫌いだ。まるで上辺だけの謝罪が特に嫌いだ。活字原稿を読んだ挙句、遺憾の意を表しますと言って頭を下げる責任者が気持ち悪くて仕方がない。あの行動に意味があるのか疑問視してしまう。
「ようやく、アンタは一生私の気持ちなんて理解出来ないって、胸を張って言えるようになったわ」
 そう言った途端、私はおかしくなってしまったのか、破顔して、それから、一気に怒りの衝動が頭上から吸い取られてゆく感覚を味わった。
「そのとき、私は嬉しかったのよ。とっても嬉しかったのよ」
 これほど正直に気持ちを伝えられたのはいつぶりだろうか。きっと初めてのことだろう。今までこいつにはバカバカと連呼していた。実際バカだし鈍感だから、無事受験に合格してくれたときの私の嬉しさなんて想像出来ないだろう。
「ずっとずっと、アンタが離れていきそうで、いつも私が必死になって繋ぎとめてたアンタが、私の手を借りずについてきてくれたんだから」
 ここまで言えば、バカなこいつでも理解するはずだ。
 風が吹く。私の長い髪の毛が揺れる。この髪の毛はいつから伸ばしているのだろう。女子の友達が欲しいと思い始めてから、ずっと伸ばしているような気がする。
「お前さ、なんかオレのことが好きだって、そう言ってるように聞こえるぞ」
「はぁっ?」
 思わずその顔を見返す。
「バ、バカッ! そんなわけ……」
 久しぶりに見た正面の顔。そんなわけ……ないのだろうか? 私の言葉――嬉しかったという言葉――は本物だ。本物の言葉の中に、こいつのことが好きなのだという意味が含まれているというのだろうか。私の感情を理解出来ていなかったのは、自分の方なのだろうか?
 不思議そうに見つめる表情は、昔から変わっていない。
「ただ、嬉しかったから、つい……」
 その、言い訳とも思えない、逆に肯定するような言葉に、こいつは妙に納得する。自分の勘は、当たらない勘であることを再認識したような納得だ。所詮、こいつはこいつなのだ。
 それから中学までの自分を捨てて、新しい自分となって高校生活を始めた旨を伝える。
「……でも、しばらくしてそれだけじゃダメなんだって思ったの」
 ここに来た本当の理由は、一人立ちでもなければ大学に近いことでもない。女子の友達を作りたかったからだ。
 しかし、女子の友達は、私の思っていた友達とは違うものであった。同じ、同じ、同じ。何もかも同じ。出る杭は打たれる。究極的な日本文化ともいうべきか、異常なほど空気を読まなければならない息の詰まった空間だった。
「私は暗黙のルールをまさぐるようにして覚えて、必死に生きたわ。アンタに心配されないように頑張ったわ」
「必死に生きたって……。そんな友達あるわけないだろ。それは、友達なんかじゃない。そりゃただの奴隷だ」
 奴隷。疎まれる存在。そうかもしれない。小学校でやったレクリエーションゲームを思い出す。まず鬼を一人決め、鬼以外の全員で代表を一人決め、輪を作る。鬼はその輪の中心に立たされ、輪になった人々は代表の動きを真似して動く。その中で鬼は代表が誰かを探すのだ。
 私が鬼で、あの女子のグループに囲まれて、みんなに笑われている。もし私が代表を当てたらどうなるだろうか。確かに私は輪の中に入ることが出来るだろう。しかし代わりの鬼が必要になる。鬼がいなくては成立しないゲームなのだから。
「……じゃあ、どうしろって言うのよ! 私がリーダーになって、他の人を苦しめればいいわけ?」
 そんなの、そんなの嫌だ。こんなに苦しいことを無責任に押し付けるだなんて出来ない。
 結局人間は最低な生き物なんだ。何かを虐げなければ生きてはいけない。差別反対と言っておきながら、そもそも大半のその考え自体が差別的で、必ずやその人だってどこかしらで区別の気持ちを持っているのだ。目が見えないからと言って可哀相にと思ってしまえばそれは差別と捉え得るのだ。盲目の少年の手を取ってあげただけで、ネットの世界で偽善者だと叩かれる世の中だ。自分とは違う人間と変わりなく接するには才能が必要であり、そんな能力は私にはない。そんな器用じゃない。そんな楽天的じゃない! 私には疑うことしか出来ない。友達を疑い、先生を疑い、大切な人でさえも疑う。そうして、私は、人間は、自身が孤独なのだと自覚するのだ。


   ****


「いやあ、いい天気だ」
「そうだな、お前の頭もいい天気だな」
 人はそれを能天気という。
「あの、どういう意味っすかねえ?」
 まったく、オレがこれほど緊張しているというのに、こいつは何を言ってるんだ。
「……あれ、穂枝?」
 いい天気だ?
 そんなの全くもってどうでもいい。いやむしろ視界三メートルの記録的豪雨であった方がよかった。
「おい、聞いてるか? 穂枝ぁ?」
 なぜかって? そりゃ、そっちの方が気持ちがいいからだ。
 告白寸前のこの気持ち、分かるか?
 そんでもって、その相手が欠席だって状況、分かるか?
 吉佐美からのメールで奏が休みだって知ったあの衝撃を、難易度の上昇に高鳴る胸の鼓動を、金髪自称不良少年のデシリットル頭脳に理解できるとでも?
「顔にやけてるぞ、大丈夫か?」
 ちゃっかり吉佐美とメールをしてしまっているオレだが、まだ別れたという実感が湧かない。卒業式の翌日や受験合格の一週間後に近い感覚だ。
「そうか、問題ないか。ならいいんだ」
 でも吉佐美のメールの追記に打たれていた『奏に宜しく言って下さい』に、彼女なりの決意も表れていた。
「いや、よくねえよ! 反応示せよおい!」
 こうして万全の態勢で今日を迎えられたのは、吉佐美のおかげだとしか思えない。もし吉佐美が吉佐美でなかったとしたら……いや、そんなことを考えるのはよそう。
 今すべきことは、大瀬崎への依頼だ。
「大瀬崎、お前に言っておきたいことがある」
「無視からの頼みごとっすか」
「無視なんてしてないだろ。いい天気だなって言ったじゃないか」
「いつの話してんだよっ!」
 いつって、今さっきの話なんだが。全く大瀬崎の言語は理解に苦しむ。
 とにかくいつ奏に自分の思いを告げるかだが――。
「大瀬崎、オレは昼休みになると同時に頭が痛くなって早退する予定だから、そうやってみんなに伝えておいてくれ」
「はい? お前、さっきから言ってることが意味不明だぞ?」
 それは多分お前の日本語理解の能力が乏しいんだ。
「いいから一字一句そのまま伝えろ。いいな?」
「お前に命令される筋合いなんてねえよ。……ったく、荷物はまとめておいたほうがいいのか?」
 溜息をつきながらもそう言ってくれる大瀬崎は、天性の奴隷根性だと見た。ありがたいが、その必要はない。
「いや、昼休み中に回復するからそのままでいい」
「なんでだよ! 日本語喋れよ! 穂枝統流語で喋るな! 理解に苦しむわ!」
 それはこっちの台詞だ。今ので分からない方がおかしいだろ。
 オレの計画はこうだ。
 昼休み、チャイムと同時に教室を飛び出し、そのまま奏を学校へと連れ戻す。
 好きだ、そう言ってあいつの手を握って、走るんだ。
 返事は待たず、全力で走る。もし成立だったら奏は小三のあのときみたいに付いてくるだろうし、決裂だったら振りほどこうとするだろう。
 でも大丈夫だ。付いてきてくれるはずだ。そうして、その足でみんなに報告する。オレたち、付き合い始めましたってな。
 あとはオレがヘマをしないようにする、それだけだ。昨日の二の舞だけは避けたいし幸先も悪い。
 まいける先生の授業中何度も頭の中でシナリオを思い描いたんだ。きっと成功する。
「まあなんか知らねえけど、お前今日機嫌いいな」
「ああ、そうだよ」
「昨日なんかあったのか? 嬉しいハプニングでも起こっちゃったか?」
 そういえば、こいつは何も知らないのか。
「あったよ、最悪の出来事がね」
「……お前の感覚は一般人と違うんだな。もうワケ分かんねえよ」
 半ば呆れ気味の返事をして、大瀬崎は机に顔を埋めた。
 奴の言う通り、オレの感覚は特別なんだろう。
 そうでなきゃ、昼休みに学校を抜け出そうとは思わない。
 放課後じゃあ遅いんだ。
 なぜかって?
 少しでも奏と一緒にいたいからに決まってるだろ。


 四時限現代社会は全く内容が入ってこなかった。時計ばかり眺めていた。どうしてこう、一分というものは長いのだろう。秒針が八十回くらい刻んでやっと一周してるんじゃないかと何度疑ったことだろう。二秒毎に針が進んでいるやる気のない時計なのではないかと何度怪しんだことだろう。
 唯一の救いは授業が延長しなかったことだ。昼休みの知らせが鳴り響いてすぐに解放される。当然号令の瞬間席を立ったさ。そのまま廊下に飛び出したさ。
「ト、トベルくん!」
 前のドアから大室が現れた。短い距離なのに息を切らしてしまっている。余程慌てたんだろう。
「えと、行っちゃう……かも?」
 呼吸を整えながらの問い掛けだった。
 諸件は白渚から聞いているようだ。さすがに昼休みに実行するとは言っていないが。
「おう」
 短く返答し、頷く。
「みんなで、屋上で待ってる……かも」
「おう。楽しみにしてろよ」
「わたし、応援してるかも!」
 輝く瞳に、上限だったやる気がオーバーブーストした。大室に激励されたんなら、辛いことを全部清算して、丸くおさめるしかないな。
「行ってくる」
「待ってるかも!」
 かも、か……。
 いや大室にとって断言を意味する終助詞なのは重々承知なんだけど、「待ってるね」みたいな断言調で言ってくれたらもっと嬉しいんだが、そんな名残は捨て去ってしまおう。
 廊下を走り、昇降口で上履きを脱ぎ捨て、靴を無理矢理履く。走れ。革靴で来たのはまずかった。奏が来てることを前提に登校してしまった自分を呪ってやりたいね。浮かばれてたんだ。地面を踏み締める衝撃が直に伝わる。……この感触。走ってるって実感。これはこれでいいかもしれない。
 国道を跨ぐ歩道橋を駆け抜ける。水の苑地――二週間ほど前にバスケをした公園――なんて見向きもせずに細い県道を疾走する。喉が熱くなってくる。肺胞がオキシゲンを求めている。くそ、吸っても吸っても不満ばっかり漏らしやがって。運動不足がここで祟るとは思わなかった。帰りもまた走るのか。そこまで体力が持たない自信がある。だからと言って足を緩める気はこれっぽっちもない。
 なぜかって? 言わせるな、さっきと同じ理由なんだから。
 並木とは言い難い細い木々の生い繁った道から脇に逸れる。葉の影と狭間から漏れる陽光の斑が揺れる急勾配を飛び降りるように下る。奏は坂を降りたところに建つ館に住まっているはずだ。
 後のこと、先のことなんて何も考えずに走駆した。
 走った、走って、走ることをやめず、ただ走り続けた。走り走るうちに、木々に囲まれた大きな門に辿り着いていた。細かいところにまで丁寧に手入れの為された庭園が門の内側にあった。
 さて、オレは十二分に走った。まずは深呼吸をしようか。落ち着こう。何をするのか、今一度確認する余裕くらいあってもいいはずだ。
 まずチャイムを押そう。そしたらおじさんかおばさんが出てくるかもしれない。奏を攫いに来たとでも言ってやろう。押し入って、階段を駆け上がり、ノックもせずに部屋のドアを開ける。奏は怒るだろう、でもそんな喚きを一言「好きだ」で制し、彼女の手を掴む。そのまま学校へ行ってしまえばいい。いや、学校じゃなくてもよさそうだ。どこか遠いところへ、二人で走っていくだけ、それだけ。奏はまた怒るけども、それでも心の底では許してくれていて、そして二人で一緒に、何も知らない土地で暮らして……。
 っと、さすがに飛躍しすぎた。
 とにかく全ては目測四十センチに位置するチャイムを鳴らさなければ始まらない。
 その音はきっと新たな物語の幕開けとなるだろう。
 手を伸ばす。
 人差し指がそのボタンに触れる、その直前。
「行ってきます」
 神子元邸の玄関が、優雅に開いた。
 呆気にとられるしかなかった。そこから姿を現したのは、セーラー服を着た神子元奏だったからだ。
「あら」
 目と目が合う。
 フライングだ、と思う。
 一瞬にして、全ての計画が崩れ去った。
 せめて福音の鐘くらい響かせてくれてもいいじゃないか。
「授業サボって、空き巣でも企てる気?」
「空き巣が堂々とチャイム鳴らすかよ」
 鳴らせもしないオレはなんて惨めなんだろう。
「今時の空き巣はそうやって留守を確認するもんなのよ」
「マジかよ……って、待て待て待て! オレは早退してるんだ、人を勝手に空き巣にすんなよ」
 調子が狂う。
 そういえばいつだってそうだったな。
 先導は奏で、オレはその後ろを付いていく。これが本来のオレたちなんだ。
「で、おサボりさん」
「サボりじゃねえよ」
「なら早退理由教えなさいよ」
「五月病……ってところかな」
「サボりじゃない、やっぱり」
 解釈はご自由にしてくれ。病ってのは疲労から来るだけじゃないんだ。
「というか、お前もサボりだろ」
「風邪ひいてて休んでたんだけど? 三十八度の頭で余弦定理使わせるつもり?」
 あの日、傘を投げ渡した奏はそのまま雨の中を走って帰ったんだ。そりゃ、びしょ濡れになりゃ風邪くらいひくだろうな。
「何とか動けるようになったから午後の授業から出ようと思ってたの」
 なんてバッドなタイミングで出てくるんだよ。これだから勤勉は困る。
「で、何を狙って侵入しようとしてたの?」
 すっかり呆れ果てた奏。
 やれやれ、これじゃあ冷やかしに来ただけになってしまう。本腰を入れよう。
「そりゃ、無論――」
 力任せに門を引き開け、音を立てて庭園を渡る。閉ざすドアに追い込まれた奏との距離が近付いていく。
「な、何する気――」
「お前の心を、盗みに来た」
 ドアに片腕を付く。鼻先が触れるんじゃないかってくらい、顔を近づけた。
 見開いた奏の眼にオレの姿が映っていた。
 今、誰よりも近くに奏がいた。
「え……?」
 奏の唇が微かに震える。奏が息を呑み込んでいる。奏の全てを把握できた。動揺していて、戸惑っていて、何が起こっているのか理解の域に達していないことも、全て掌中の出来事のように理解できる。
 灯台の下は暗い。
 そこに生えるハルジオンに、ずっとずっと気付けなかったんだ。
 でも。
「……って、言ったら嬉しいか?」
 その花を見つけたとしても、その花をすぐに摘み取りたくはなかった。
 摘み取らず、いつものように。
「台詞がクサすぎよ、バカ」
 摘み取ってしまえば、ここで奏の花を奪ってしまえば、もう育つことはないのだから。
 だから、共に根を伸ばし、茎を伸ばしていきたかった。
「どうせ吉佐美と別れたから、慰めに来たんでしょ? まだ弱虫引きずってたの?」
 溜息交じりに憶測を立てる。
「なんで分かるんだよ。吉佐美から聞いたのか?」
「バカ。聞くまでもないわよ。アンタがここに理由なんてそれくらいしか考えられないじゃない」
 そうだな、それしかない。
 距離がこんなに近くにあろうと、遠くに離れていようと、オレのことは全て把握していたようだった。昔からそうだったんだ。
「で、本当に言いたいことは?」
 ジトリと見上げる奏。吐息が頬をくすぐった。
「好きだ、奏」
 その瞬間、奏ははっと目を丸くするわけでも、息を呑むわけでも、ましてや顔を真赤にするわけでもなかった。
 その代わり、とは言い難いが、なぜか脛に……『オレの』脛に激痛が奔った。
「何飛び跳ねちゃってんの?」
 勢いを付けることなく、小悪魔の笑みを浮かべる奏が蹴りつけてきたんだ。
「な、何すんだよ!」
「忘れたの? 『オレがお前を置いていったら、そのときは蹴り飛ばしていいぞ』って。あんな情熱的に言ってくれたじゃない」
「いつ言ったんだよ、そんなこと」
 オレには見覚えのない言葉だった。
「……秘密」
 そう言って、奏は悪戯っぽく笑った。
 蹴り飛ばす口実なのだろう。まあ確かに奏を置き去りにしていたのは確かだった。
「やれやれ、ほら、急ぐぞ」
「急ぐって、どこへ?」
 その問いに、奏の手を握り締めて答えた。
「学校だ!」
 同時に走りだす。
 二人は駆けて門をくぐ――らなかった。
「あのねえ、私病みあがりなんだけど。こじらせるつもり?」
 奏は立ち止まったままだった。
 でも、手はしっかりと握り返してくれていた。
「休み時間が終わるまでに行けばいいでしょ?」
「いや、みんなに報告して、一緒に飯食おうぜ。屋上でお前を待ってるんだ」
「……はあぁ」
 今までの記録を塗り替えた、重々しく、長々しい溜息が炸裂した。
「なんだよ、その溜息」
「嘘でもいいから、少しでも長く二人きりでいたいとか、そういう台詞は言えないの?」
 たいそうご不満な様子であった。全く、腐れ縁のお姫様はこれだからいけない。
「言ってほしいのか?」
「そそ、そんなわけないわよ! 何言っちゃってんのよ! ほほ、ほら、急ぐんでしょ!」
「おい顔赤いぞ。ゆっくり行こうぜ!」
 忠告にもかかわらずオレの腕を引く。
 仕方がない。
 オレは、オレたちは駆けだした。門をくぐり、斑の道のりを走った。
「統流」
 隣で走る彼女の方を見る。黒く長い髪の毛が、笹波のように揺れていた。
「前見てなさい、危ないわよ」
「あ、ああ」
 空を見上げた。祝福の声を上げるブナの木々の狭間から白い光が降り注いでいた。
 こういうときはいつも白い羽根が風に吹かれてやってきているような気がする。林に隠れて見えないが、今なら二人で大空を舞うことだってできるような気がした。
 ――ありがと。
 そんな恥ずかしそうな声が、くすぐったかった。


   Tsuisou-10  追奏


「違う!」
 らしからぬ大声に、あなたを直視する。そして、自分が泣いていることに気付いた。逃避は全ての制御装置を放棄して、夢に還ることだけに全力を注がせていた。胸の穴は既に全身の蝕みを完了し終えていた。寂しい、悲しい、独りは嫌だ……空洞から漏れだすぶよぶよとした液体が瞳から膜を破り、ドロドロと流れている。
 もう、終わった。今までずっと隠し続けてきた恥部を曝された。私にとってこの傷は恥部と同等の存在なのだ。
「オレや大瀬崎のような友達を探せばいいってことだ!」
 なのに、こいつは物怖じせずに訴え続けてくれる。私の瞳を、汚い液体を垂れ流す瞳だけをじっと見据えて。あなたは私とは違う。私はもうあなたの澄んだ瞳なんて見ていられない。昔はつむじを、前髪を。今は襟元に視線を逃がす。
「そんな人、いないわよ」
 私はもう随分と弱々しくなってしまっていた。もう何もかも投げやりで、全てが絶望で溢れていた。私の白い吐息は漆黒の闇夜に消え失せる。小さな呟きのあと、代樹山は静寂に包まれ、ただ私のしゃくり声だけが虚しく響き渡る。
 私は強がってばかりいるだけなのだ。アンタと言って上位に立っているつもりで、でも本当はすぐに崩れてしまいそうなくらい弱い存在なのだ。あなたみたいに強くなくて、奇異の目で見られるか弱い鬼の子、それ以外の何者でもない。
「オレたちみたいな奴ら、いると思うぞ」
 どうしてまだ捨てることを選ばないのか。どうしてこんな私のことを……。その、やさしく仄かに甘い声が私を溶かしていくようだった。粉々になるのは怖いが、とろけていく感覚は不思議と気持ちがいい。
「絶対いる。考えてみろよ。女子が全員グループになって、暗黙暗黙ばかりだったら逆に寒気がすると思わないか? それに、お前がそう思ってるんなら、学校にも同じこと思ってる奴、いるって」
「いるわけないわよ。私は特別な人間だから……」
 言い返す。言い返さなければならない。小学校の頃は男ばかりの友達で、中学ではあなただけが友達だった。あなただけを頼った結果だった。これがあなただけにしがみついた成れの果てだ。
「お前と同じこと思ってる奴なんて、たくさんいるに決まってるさ」
 その瞳は遠くを眺めている。私なんて眼中になく、まるで違う誰かを見つめながら話しているような錯覚を生む。だが、何故か説得力のある言葉に聞こて、納得してしまっている私がいる。
「高校に進学したら、中学校のとき顔見知りだった奴に似てる奴がいたり、引っ越した先で何も知らない人のはずなのに、どこか親近感がわいたりとか、あるだろ?」
 そんなこと、知らない。私と仲がいい中学の知り合いなんていない。あなたしかいない。クラスメイトなんてどれも同じような顔をしている。どれも全く異なった容貌をしている。でもきっと、本当ならそんな不思議な経験も出来たのだ。自信を持って言ってくれているのだから、本当のことなのだろう。
「それに、今のクラスにそんな奴がいなかったら、二年になってクラス替えがあったときに探せばいいじゃないか」
 俄に全身に震えが訪れる。二年生。これからのこと。私の概念にはなかったそれは、まるで遠く南海からやってくる春風のようであった。過去を引きずる今しかなかった私に、未来を与えてくれた。こんな私にも、まだチャンスは残っている。
 そして、あろうことか、私に向かって、ふっと笑顔を見せたのだ。心臓が――そう、私の胸は空洞ではなく、確実に鼓動する温もりが存在しているのだ――不意に高鳴り、孤高にまで響き渡る。
 そのあとのあいつの言葉は耳に入らなかった。先程の台詞で止めていれば合格でも出してあげただろうが、つまるところあなたは何があろうとあなたでしかないのだ。
 一度だけ俯き、そっと涙を拭う。それは水晶のように星々の光を集約している。それはさらさらと風に流れて消えた。汚泥色をしているわけでも、粘着性を有しているわけでもなかった。闇夜の中、きっと涙を流したことは気付かれていないだろうなんてどうでもいい考えが浮かび、そして、あいつを打ち負かすつもりできりりと睨む。
「アンタがそんなに言っても、不安なことに変わりはないのよ」
 そして、このとき私は違和感を覚えるのだ。心臓の音が一鼓動ごとに大きくなり、体内の血液がぐるぐるとぐるぐると全身を駆け巡る。生温かい血が一気に沸騰しそうな勢いで、体温が高く、高く、もう何も考えられず、でも伝え足りずに口だけは辛うじて揺れ動き……。
「だから、さ」
 息を吸いすぎて、上手く話せない。
「その、統流も……」
 視界がぼやける。また泣いてしまいそうだ。
「統流、も……」
 それ以上は言えなかった。
 私は人魚姫のような明鏡止水の心を持っていない。でもその儚い気持ち、心に来る辛み苦しみ、それは痛いほどよくわかる。思いを打ち明けられない。それはきっとこんな気持ちなのだ。
 ――統流も、一緒にいてほしい。ずっとずっと、一緒にいてほしい。
 その星屑の思いに応じるかのように、統流は大きく頷いてくれる。
「ああ、もちろんだ。あのときみたいにお前を置いていったりはしないさ」
 もう二度と、私を置いていかないでほしい。……いや、私を置いていったことなんてきっと一度たりともなかったのだ。小学四年生のあのときだって、バカと言って私が統流を置いていってしまったのだから。
「今度は一緒に友達探してやるよ」
 統流がいれば、もう安心だった。もう、何があっても大丈夫だ。統流と一緒なら、統流が近くにいるのだと知った今、私はもうなんだって出来るのだ。
「嘘だったら……承知しないんだからね」
「そんときは本気で蹴っていいからな」
 今すぐにでも蹴りたい気分に駆られる。じゃれあって、それで統流が怒って、私は笑って、それから統流もいつしか笑ってしまう。
 夢は辛い現実から逃れるための防衛規制なのだ。
 私にとっての夢は、統流だ。ずっとずっと、統流と一緒にいることだ。
 でも統流は私の気持ちなんて気付くわけもなく、私はいつの間にか大きくなった背中を追い続けるのであり、嘘でも何でもない、正真正銘現実のお話なのだ。
 だからこれは夢などではない。
 私の隣には統流がいるし、それに駿河もいる。二年生になって、吉佐美やいずみ、慶二とも知り合った。本当に瞬間の出来事で、まだ信じられない私もいる。
 これが現実だ。
 幸せだって、ちゃんとそこに芽吹いている。


CIMG1586.jpg

ブックオフから陰謀のようなものを感じるぜ……!


どうも、じょがぁです。
お久しぶりな気がしますが、なぜかそんな気は全くないという。
時差かな。


さて、今週金曜に最終回を迎える
「翼の生えた少女はもういない。第二部」ですけど、
すでに推敲を終え、後は投稿するのみになっております。

どれだけ読者さんがいらっしゃるか分かりませんけども、
まあ近々一、二冊程度冊子形式にして保存したいところ。


大学の講義内容が頭の中で渦巻いていて、
何を書けばいいのかよく分からなくなっちゃってる状況ですが、

妄想力が回復してきたら本腰入れて創作したいです。はい。


というわけで、


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ラストエスコート、オススメです!
僕は買いませんが。
おっ持ち帰りぃ~!
どうも、眠いですが今月もガンガンJOKERの日がやってきましたです、じょがぁです。

創刊二周年の記念誌ですが、その創刊号と負けず劣らずな厚さです。


来月4/22(火)発売の新刊↓

「アカメが斬る! 3」
「私のおウチはHON屋さん 3」
「EIGHTH 5」
「戦國ストレイズ 8」
「はつきあい 2」

はつきあいが最終巻らしいけど、本誌にはその話は一切書かれてないですね。



今月発売の新刊↓

「ひぐらしのく頃に解 祭囃し編 7」
「うみねこのく頃に Episode3:Banquet of the golden witch 4」
「うみねこのく頃に散 Episode5:End of the golden witch」
>


竜騎士祭でございます。


では本編へ。


鈴羅木かりん「ひぐらしのく頃に解 祭囃し編」

六年の軌跡の集大成。いやあ、満足満足です。
バッドエンドバッドエンド……と続いて、最後のこの幕下ろし。
読み終えたあともあれこれとひぐらしワールドを展開出来るってところは参考になるの。


千田衛人「花咲くいろは」

モブ男どものノリに軽く引いてしまったぜ……! いいと思うよ。
この三角関係的な展開は燃えるな。この先どうなるんだか。
しかし緒花さんぶっとんでるなw これで勘違いだったら凄まじいことになりそうだわ。


藤原ここあ「妖狐× 僕SS」

前回同様育つ? えっ? あれ、カルタちゃ……さん?
「悦いだろう 家族といえど 調教だ」(五七五)の蜻蛉見たらなんかどうでもよくなってきたわ。
な、なるほど、そういうことだったのね……。


忍「ヤンデレ彼女」

えいぷりるふ~るな話。白鳥の不遇さに吹いたwONLINEではイケメンだったのに。
騙されるレイナさんええのう。月に兎さんいると思ってたレイナさんねえのう。
とりあえず幸せな嘘をつこうぜみんな。


松本トモキ「プラナス・ガール」

おっと、このシリアス展開か!?
いままでの馬鹿騒ぎが嘘みたいな状況だけども、どうなるんだろう?
佳奈と紫苑、百合カップルは再成立するのか!?


夏海ケイ「うみねこのく頃に Episode3:Banquet of the golden witch」

わーお。なんだこの赤い旋律は。
まあでも、実際はその圧倒的な迫力で隙を隠してるだけのような気もする。
そして次号最終回。これは気になる。


横山知生「私のおウチはHON屋さん」

やべえ、今回神回だろw
いやもう本屋で織り成す繊細な日常が不思議と壮大さをにおわせているという……!
回を重ねるごとにストーリーが上達しているのが素人でも分かる、うん。


高坂りと「“文学少女”と飢え渇く幽霊」

流人の情報網凄いな……とただただ感心。
黒崎さんって人が登場したけども、この不気味な雰囲気は何かあるとしか思えんわな。
いや、むしろ何も無いってこともあるかもだけどさ。


吉辺あくろ「絶対☆霊域」

陸を走るエビとかゲジゲジと大差ないぜ。
とりあえず川端康成さんは一読することを勧める。自分に勧めたい。
身体から抜け出る感覚なら聖一知ってるんじゃないか? 一度離脱したんだしw


鍵空とみやき「カミヨメ」

くほ、ちびっ子彗華やないか! ちょっと小さすぎじゃw
なるほど、よろず君はロリコンだったのか。
あー、何か忘れてると思ったら死神さんの存在か。


村田真哉 いふじシンセン「アラクニド」

珍しく普通の高校生送ってやがる……。
初めて虫な豆知識話のなかった回だったんじゃ。
あと生徒会長さん、人遣いあらいっす。


七海慎吾「戦國ストレイズ」

寿桂尼さんの駿河と美濃が手を組むか。
美濃といえば内乱で道三さんが倒れた国だから……。
わあ、こいつはどうなっちゃうのよ。


秋タカ「うみねこのく頃に散 Episode5:End of the golden witch」

「思考を止めるな」とな。EP3の話と繋がってるんだなあ。
そして碑文が解けてしまったとか。なんだろう、やっぱ小田原関係あるのかな。
次号は休載。うーん、次が楽しみじゃ……!


めいびい「黄昏乙女×アムネジア」

今更だけどこの漫画は霧江に和み、夕子さんに癒される話っすよね!
怪談殺しをきぼんぬな有子さん。まあ好かない人だけどその歴史も知りたいというか。
しかしまあ徐々に露出が増していく有子さんにじょがぁは赤面なのであった。


タカヒロ 田代哲也「アカメが斬る!」

リヴァさんは憎めない奴。というか好きよ、リヴァさん。
アニキすげえ、もうアツすぎて血涙流れそうだよ……。
うう、あの駆け来る一コマをじっと見つめてしまう。


河内和泉「EIGHTH」

りおさんええのう。
あ、いや、八歳がいいんじゃなくてあの懸命さがいいのよ。
わかる? この違い? ねえねえ?


檜山大輔「ひまわり 2nd episode」

大吾は福島の農家出身なんすか。農家も宇宙目指せるんだなあ。
「連れてってやる。俺が見せてやるよ、地球の裏側をな」
くは、大吾の殺し文句クリティカルだっての! うっはあ!


第三回J1グランプリ予選勝ち抜き作品
龍水貴史「ORGAN」

この戦闘は凄いわ。予選から変わらず。
予選場面をラストにおいて、それまでの経過が新たに書かれていたり。
うーん、続きがみたい……!


第三回J1グランプリ予選勝ち抜き作品
遠藤ミドリ「繰繰れ!コックリさん」

出ホラーすなw予選から変わらず。
とりあえず「繰繰れ(ググれ)」って話だったなあ。
……あれ、コックリさんっぽいこと何一つしてなくね?

そしてなぜか二話目が掲載されているという。フリーダムやねん。
制服……否、聖服。ああそうさ、ティーンネイジャーの誇りよ。
そして最後の編集の言葉もフリーダムという力の入れ具合す。


篠宮トシミ「コープス・パーティー」

うーん、岸沼君の気持ちも分からなくもないんだよなあ。
だってコープス・パーティーだし。あんな空間戻りたいくないわな。
さてまあこれからどうなるんだろう……。



さて本編は以上。

これでも700p越えっていうから凄い。


JOKER裏話

WEBで公開されている作家陣のコメントからの一部紹介す。

「アカメが斬る!」は今月号で一つの大きな区切りみたいですね。

「うみねこ」はガンガンでEP7が連載開始したっぽいです。
どこまでエピソード続くんだろう……。


とまあ、ほんのりとしたコメントたちでした。
気になるとこといえば、
イヤーズメガネを日常的に付けている人っているのかなといったくらいですかね。


次号はカザマアヤミ先生の「はつきあい」の続編的新作、
「ひとりみ葉月さんと。」が登場!
ああ、今からニヤニヤしてしまうがな。
五月一日(木)


 なんというか、隣の金髪野郎はお気楽なもんだ。朝っぱらから熟睡状態なんて。
 昨日のオレがそうだったらしいけど、こんな風に見えたのか。みっともない。これから熟睡は避けるようにしよう。
 大瀬崎に決意表明でもしようかと思ったのだが、これでは埒が明かない。かと言って起こして自白するには見苦しいと思う。
 快眠中の男を叩き起こして、今日吉佐美と別れてくるなんて、馬鹿馬鹿しくて言ってられるか。
 しかし、誰かに言っておかないとせっかくの決心が自重で曲がってしまいそうだ。
 他に腹を割って言える人は……大室か、白渚の二人くらいだな。やわでも一人の男として、ここは白渚に抱負を語ろう。もしかすると咎められるかもしれないが、そいつを跳ね返せない程度じゃ吉佐美に切り出せられるわけがない。
 この休み時間を最大限使おう。
 早足で廊下を進む。白渚のクラスが移動教室でないことを祈ろう。そうだったらオレの虚弱な意志はすぐにお手上げしてしまう。
 生徒で埋め尽くされた廊下を掻き分け、辿り着く。雰囲気から察するに、移動教室ではないようだった。一まず胸を撫でおろそうか。
 扉に手を掛け、開く。
「お」
 一番手前の席に、見覚えのある姿があった。
「あっ!」
 その前の席にも、見覚えのある姿があった。
「源、平野……」
 合唱部の二人と、思いがけず対面した、してしまった。
『穂枝君』
 見事なソプラノとアルトのハーモニーだ。でも中間、メゾソプラノの音色が抜けていて、しまりがなかった。
「吉佐美ン泣かした彼氏さんが何の用だべ?」
 平野の言葉に小さなトゲが生えていて、それがチクチクと鼓膜を突いていた。やっぱり、吉佐美泣かせちまったんだな。さぞかしこの二人には心配かけさせたんだろう。
「白渚に用があるんだ」
「……ふん」
 平野は機嫌が悪いものの、義理で呼びに行ってくれた。この義理も今日限りのものなのかと思うと胸が圧迫されて潰されそうになる。
 残った源と対峙する。
「なんだ、まあその――ゆきねえはあのサマだけどよ、私はその――どっちかっつーと、感謝してるっつーかさ――また歌に向き合ってくれてるようで嬉しいっつーかさ――吉佐美の根性叩き直してくれたっつーかさ――ま、クヨクヨ、すんなよな」
 そう言う源の目はウヨウヨと動いていたが。
「ありがとな」
「あ、ありがととか言うなよ。こ、こっちの台詞だろうが。……だからさ、これからも吉佐美のこと、宜しく頼むな」
 はにかむ源は、友を思いやるそれそのものだった。
 吉佐美は最高の友を持ったと思う。源や平野、それに大室だってそうだ。みんなみんな友達思いで、それは当たり前のことなのだろうけど、意外と難しいことでもある。
 だからこそ、嘘はつけなかった。
「やあ統流っち。このご時世、人を呼ぶときは携帯使おうよ」
 丁度のタイミングで白渚がやってきた。
「悪いな。源、それじゃあな」
「あ、おお。じゃあな」
 すまない、オレはお前を裏切ると思う。
 きっと憎まれる人間になるんだろう。
 それでいいんだ。別に間違っちゃあいないさ。それがオレという、別れを決めた人間なのだ。
「トイレ行きながら話すってことでいいか?」
「まあいいけど」
 改まって話す必要なんてない。吉佐美と別れ、奏と付き合う旨を伝えればいいだけなんだから。
「するがっぴーがいないけど?」
「あいつ熟睡してたから放置」
「あ、そう」
 なんて会話をして、トイレに辿り着く。入口で三名ほどふざけ合っている輩がいて、中で二人ほどが用を足していた。このくらいでちょうどいい。
 隣り合った便器の前に立ち、窓を解放する。蓄えはさほどなかったのだが、この場所に立つと腎臓が活発になるようだった。
「別れようかな、と」
「へえ」
 前触れもなく本題に突入するも、白渚は至って平然だった。昨日の様子からもう察していたのかもしれない。いや、わざわざ呼び出す話題といえばそのくらいしかないか。
「奏が、好きなんだ」
「そっか」
 決意表明は、あっけなく終わった。
 こんなものでよかったのだろうか。
 これだけで、オレの意志は歪むことなく全うできるのだろうか。
 既に用は終えていた。でもオレも白渚も、フラッシュバルブを押さず、陶器製のブツの前に突っ立っていた。
「それで話は変わってさ」
 白渚は曇りガラスの先の空を見上げていた。
「ギロチンって聞いて、どんなイメージ持つ?」
「は?」
 何をいきなり言い出すんだ。
「まあまあ、気軽に答えてくれよ」
 あんな斬首装置に気軽ってのも似合わないが。
「残酷……だよな?」
「僕もそう思うよ」
 なら訊くなよ。気軽に。
「でもさ、ギロチンって一瞬で人の命を断てるよね? そう考えると、首絞めよりも断然囚人さんにやさしいと思わないかい?」
「まあ、処刑に変わりはないけどな」
「うん。僕は死刑反対の立場だから同感だよ。首斬りも首絞めも残酷さ。でもギロチンは首吊りの縄と違って、どちらかといえば拷問具のように考えがちだったり、他の拷問具と同等に考えがちだったりしない?」
 確かに、ギロチンと聞かれて類型を推し量るとなると鉄の処女やらファラリスの雄牛やらが浮かぶ。突き刺したり炙ったり、苦痛を伴って命を奪う、紛れもない拷問具だ。
「ギロチンが残虐だってイメージがくっついたのは、フランス革命で王様や王妃の首が落とされたり、恐怖政治によって大人数の人々が粛清されていったりしたインパクトからなんだと思うよ。根拠のない都市伝説が偶発的にそれの利点を拭い去ろうとしていたってのもあるね」
「で、結局何が言いたいんだよ」
 決意表明のお返しにギロチンの豆知識だなんて、誰も欲しがらないっての。
「やれやれ」
 分かってないなあ、と溜息をつかれる。やれやれ、キミは鈍感だ、と。
「キミは、ギロチンになれるの?」
 その朝霧のような、肺を凍てつかせる調子の変化に呼吸が止まる。
「伊東さんに苦痛を与えないようその首を斬り落とせるかい? 奏さんと付き合い始めてからは、どんな悪い噂が蔓延ろうと、奏さんを守っていけるのかい?」
 それはまさに、ギロチンの宿命であった。
 容赦なく首と胴体を引き離し、その性能さゆえ人々から恐れられる。返り血を浴びてもなお鮮血を振るい、悠然たる態度で待ち受けなければならないのだ。
「本当はお説教なんてしたくないんだけどなあ……。僕の悪いクセだ。でもキミは僕と同じ道を辿るんだと思う。だから、余計なお世話かもしれないけど、言っておくよ」
 白渚は中学二年のとき、大室と付き合いだした。大室は過剰な無口だった。詳しい経緯は察するしかないのだが、きっと険しい道のりだったのだろう。
「クラスの人から、女好きだってレッテルを張られても耐えられるかい? それは奏さんも一緒だよ。弄ばれている女だって言われるかもしれない。噂っていうのは当事者にならなくちゃ恐ろしさを理解できないと思うけど。
 穂枝君、キミは奏さんへの冷ややかな眼差しから守っていくんだ。お互い辛い目に遭うかもしれないけど、奏さんだけは絶対に断頭台へ上げちゃいけない。特殊な人間になるっていうのは、そういうことなんだよ」
 白渚の言う通りのことが、これから起きるのだろう。いや、白渚の予想しえないことですら起きる可能性はある。
 そんなこと、できるのか?
 卑怯で、弱虫で、優柔不断なこのオレが。
「でも――」
 白渚の話は続く。
「僕は、キミ達が乗り越えられると信じてるよ。だって僕達でさえ乗り越えられたんだから。それに、キミ達には僕達がいる。今日みたいにさ、いつでも相談してくれよ。お金の絡まない話だったらいくらでも乗るからさ」
「白渚……」
 お前、キザで大室バカなだけじゃなかったんだな。
「ギャグがない分、本気で頼れそうに見えるじゃないか」
「はは、僕はいずみんといれば……いずみん『といれ』ばそれでいいんだけどね」
 お前に投資した株をトイレットペーパーと一緒に流してやろうか。


 昼休みになって、いつものように屋上へ向かう。オレと大瀬崎と大室で階段を登った。そういえば大室の隣はいつも誰と食べているんだろう。気になって大室に訊いてみると、「クラスの子と食べてる……かも」とのことだった。どうもこのクラスの女子はみんな仲がいいらしい。男子は中心となる人物がいないせいか、無数の都市国家が連合を組んでいるように思える。さすがにそろそろ大瀬崎以外のクラスメイトとも交流しないとヤバいよなあ。どんな噂が立とうとも、立つ前に土台を作っておかないと色々大変だと思う。
 屋上では吉佐美と白渚がレジャーシートを広げて準備をしていた。吉佐美から指定のクッションを受け取る。太陽の香りがした。定期的に洗って干しているのか?
「と……えと、ほ、穂枝君」
「いいよ、統流で」
「本当ですか?」
 彼女の緊張がじわりと溶けた。統流君、なんて呼んで、それからえへへ、と笑う。本当に幸せそうな顔をする。こちらが罪悪感を抱くほどに。
「あ、思わず忘れちゃいそうでした。あの、あたし歌頑張ることにしました。もうコンクールまで少ししか時間ありませんけど、でも精一杯尽くしていきたいと思います」
 吉佐美は頑張り屋だ。残り四日ともう数えるほどしかなくてほとんど調整だけしかできないだろうが、それでもやれることを一つ一つクリアしていくのが吉佐美だ。
「無理して喉潰すなよ」
「はいっ!」
 束ねた髪を揺らして頷く彼女を尻目に、空いた橙の座布団を見遣った。
 今日も奏は休みだった。
 これでは明日も、連休を明かしたそのあとになっても学校へ来ないのではないだろうか。まったく、容赦ない奴だ。
「吉佐美」
 でも今は奏の心配をするより、自身へのけじめをつけることを優先しよう。
「今日、バイトあるんだけどさ」
「あ、はい。行ってもいいですか?」
 落ちつけ、一つ間を置け。
「……ああ」
「本当ですかっ! えと、それじゃあ親子丼お願いします!」
「なら俺はミソラーメンで!」
 大室お手製ホットケーキを二枚頬張る大瀬崎が会話に割り込んできた。
「ラーメンなんてねーよ。つーか来るなよ」
「なんだその口のきき方は! お客様は神様だろおい!」
「そうだな、店の死神だな」
「俺死んでねえよ!」
「誰もそんなこと言ってねえよ!」
 神様ってもっと心の広い人間だよな。威張り散らしてるお客さんは王様だと思う。まあ人生に疲れているだろうからそっとしているけど。
 いつも通りの昼食だった。
 白渚と大室はいちゃついていたし、大瀬崎が新発売のキャラメルコーヒーを大室に与えて困らせていた。相変わらず吉佐美はオレに付きっきりだったが白渚ともごく普通に話していた。
 いつも通りという皮を被せた昼食だった。
 そう見えたのは、きっとオレだけじゃないはずだ。


 放課後は久しぶりに大瀬崎と帰ることにした。帰ると言っても、オレはバイト先へ向かうんだがな。大瀬崎家と途中まで同じ方向だから時々ワケの分からない会話をしながら歩くんだ。例えば今日は担任の現代社会の先生の十年後についてを髪の毛に重点を置いて語り合った。バーコードかカツラか、結局どちらも妥協することなく分かれ道に到達してしまった。
 明日になれば、会話の内容なんてきれいさっぱり忘れ去られているのだろう。
 引き戸を開き、いつもの調理着を着る。これを着ると途端に気が引き締まる。こびり付いた油の臭いに少しずつ集中力が高まっていく。
 しばらくすると親方が降りてきて店先に暖簾が掛かる。道路工事の兄さんたちがやってきた。泥だらけの顔はアルコールが入るにつれて茹であがっていき、勘定のときにはすっかり出来上がってしまっていた。
 入れ替わるようにサラリーマンの上司と部下三人が入ってくる。すっかり顔なじみの常連だ。いつものビールと枝豆、それから麻婆茄子定食。彼らはお酒が入ってもしんみりとしていた。景気のいい話もしていなかった。
 出来立ての定食をテーブルに置いた頃に吉佐美がやってきた。
「お前、なんか疲れてるぞ」
「えへへ、ちょっと歌いすぎちゃいました」
 無理するなと言ったはずだ。と吉佐美指定の席を拭いてやった。ありがとうございます、とお辞儀される。お冷を置くとまた礼をされる。本当に、礼儀正しい奴だ。
 親方は豚汁を煮込んでいた。親方、吉佐美の分、オレが作ってもいいですか? 品はなんだ? 親子丼です。そうか、やってみろ。そんな、厨房での会話。
「部活、どうだったか?」
 特注コンロを点火させる。
「えと……どうしてもみんなとずれちゃうんです。この前まで合ってたんですが」
「焦りすぎなんじゃねえのか?」
 小鍋に卵を投下して火にかける。調理をしながら会話を続ける。
「そう……かもしれません」
「急ぐ気持ちも分かるけどさ、みんなと息を合わせて――って、そのくらい分かるよな」
「あ、いえ! その、参考になります。とっても!」
 そんな感じの会話を続けているうちにも親子丼は完成に近付いていく。
 親子、か。
 吉佐美の母親には顔向けできないな。あなたの娘さんと別れました。たった一週間の付き合いでした……。
 喧嘩別れじゃないんです。好きな奴が……ずっと前から好きだった奴がいたんです。ごめんなさい。
 別に好きな人ができたら別れてあげて下さい、なんて言っていたが、はい是非別れて下さいなんて言って歓迎してくれる親がいるだろうか。
 たった一人の娘をこうもあっさり切り落とすなんて、思ってもみないだろう。
 ごめんなさいと言って目を瞑ろう。許しを請うためでなく、自身を納得するために。
 出来上がった親子丼に豚汁を付けて彼女の前へと置いた。彼女は喜々として割箸を割った。はふはふと口を動かしながら、おいひいです、と言ってくれる。
 心なしか、吉佐美の言葉数が少なかった。
 オレの言葉は無機質だった。
 やがて閉店の時間になると、吉佐美が席を立った。外で待ってますねと内に掛かった暖簾をくぐった。
 「その時」が刻一刻と迫っている。無事彼女に言い渡せることができるのだろうか。緊張が走る。
 吉佐美が告白したときも、この緊張に似たものを持っていたのだろうか。思いの方向は全く別のものになるけども。
 皿を丁寧に洗い終え、棚に戻しておく。親方はいつものように簿記を前に頭を抱えていた。一言声を掛けて外に出る。今夜は風が強かった。
「お疲れ様です、統流君」
 吉佐美は待っていた。待ってくれていた。
 もしここで吉佐美が先に帰っていたら……ありえない作り物語を考えて立ち往生する。
 隣り合わせになって、歩きだす。手を繋ぎ合うことはない。恋人らしいことを追求した吉佐美だったが、最後までその手を温めることはできないまま幕を閉じるのだろう。
 暗い夜道を二人で歩き続けた。バスには乗らない。以前白渚と大室に無茶だからやめておけと言ったが、オレたちはいつも代樹山のふもとまで徒歩で帰るんだ。
 共に無言だった。共に触れ合う空気と言葉を交わしているようだった。
 国道を歩き、コンビニを通り過ぎ、学校を横目に、天端を渡り……。ずっとずっと無言だった。通りすぎる車のテールライト。疲弊しきったサラリーマンという名の死人。エンジン音だったり、足音だったりを音楽に進む。風は湖から代樹山へ、真横から吹き上がり、彼女のスカートを揺らした。
 アパートが近付く。
 そろそろ、切りだすかな。
 なんてことを、思った。
「なあ」「あ、あの!」
 言葉が、重なった。
 いや、重ねられた。
「えと、えと……私から、話してもいいですか?」
 私。そうか、私、か。
「明日、久しぶりに顧問の先生が来るんです」
 間髪なく話しはじめた。
「あの、山田先生ご存知ですか? 古典の山田まいける先生です。独創的で素晴らしい方なのですけど、とってもビブラートの利いたテノールの歌声でして、きっと統流君も驚きますよ。
 それから、明後日からゴールデンウィークです。最初の二日間が練習で次の日が本番なんです。なんか、合唱合唱のゴールデンウィークですね。えへへ、張り切り過ぎて喉枯らさないようにします。
 月曜日の本番までもう時間はないですけど、精一杯大切に練習します。小田原市民ホールで開催されるんだそうです。小田原ってお城があるんですよね? ゾウさんがいるって噂ですけど、本当なんですかね? ……本番、緊張しちゃうと思います。自信無いんです。失敗しちゃうんじゃないかって、怖いんです。でも、統流君が見に来てくれたら頑張れる気がするんです。もしかしたら、銀賞とれちゃうかもしれません。
 あ、最後の火曜日はお休みなんです。統流君、その日にデートしましょう! 久しぶりのデートです。私、東京行ってみたいです。あ、でも丹沢もいいですね。湘南の海も見てみたいです。統流君は、都会の方が好きですか? それとも、自然がいっぱいのところの方が好きですか?」
 それは、どうでもいいと切り捨ててもいいような、埒もない話であった。
 しかし過去については一切触れておらず、統一してこれからの二人の幻想を物語っていた。
 そんなことより別れを切り出さなければならないのに。
「あのな、吉佐美――」
「答えて下さい、統流君」
 いつになく強情だ。こんなことを言う吉佐美に覚えはなかった。
 でも、言わなくちゃいけない。ここで言わなくちゃ、もう後はないんだ。
「吉佐美、オレの話を聞いてくれないか?」
「嫌です」
「そんなこと――」
「嫌です!」
 頑なに断り続ける。
 もう、自分がどうなってしまうのか、悟ってしまっているかのような。
「統流君、知ってますか? 今日で付き合い始めてから一週間になるんですよ? 私たち、まだまだ始まったばかりじゃないですか。昨日は喧嘩しちゃいましたけど、それでも私は至福です。これからのことを考えると、もっともっと幸せな気分になります。統流君と一緒にいられることを考えると、もう眠れなくなっちゃうんですよ? 遠足の前の日のわくわくが、毎日続くんです。早く寝ちゃえば、すぐ明日になって統流君と会えるのに、でももう少し考えていたくなって……私の体って矛盾してますよね。
 でも、それでいいんです。そうして眠れない夜を明かすことが至極なんです。ちょっとわがまま言って、自分でも取れるくらいの高さにあるお皿を取ってもらって、私の作った料理を食べてもらいたいんです。いえ、一緒に作った料理を、一緒に食べたいんです。一人で作るよりも、二人で作った方がおいしいですから」
 吉佐美の幸せは小さな小さな願いの集まりで、高望みなんて一つたりともなかった。日常を幸せだと思えられる、混じりけのない水晶のような輝きだ。
 ただオレが付き合い続ければ、いくらでも叶えられる。何もできない、貧乏なオレでも、吉佐美の笑顔くらいならたくさん作ってやれる。
「統流君、これから、楽しいことはたくさんあるんですよ? でも……統流君はそれを壊そうとしてるんです。たったの一言で、全てを壊そうとしてるんです。だから――」
「別れよう、吉佐美」
 全ての時が、今まさに、止まった
 言い切った。
 少女の首を、斬らんとす。
「オレ、奏のことが好きなんだ」
 吉佐美と、その母親を……裏切ってやったんだ。源千代も、平野雪音も、藤原彰子も、みんなみんな、裏切ってやったんだ。裏切って、裏切って、彼女たちの目前で吉佐美のか細い首筋に刃を食いこませてやったんだ。
 すると、握り持つ斬首の斧が震えているのが分かった。
「だからといって……」
 今さらになって、その罪悪感が糸を引く。
「お前のことが嫌いになったわけじゃ、ないんだ」
 斧が首肉を断つも、ためらいによる力のロスで骨に当たって制止した。
 何を言ってるんだ。
 心を鬼にして、エグゼキューショナーになりきらなければならないのに。ギロチンのような正確さで楽にしてやらねばならないのに。
 そう。
 最大の穴の存在をすっかり忘れていたんだ。
 吉佐美はオレの恋人であると同時に、奏の友達でもあることを。
 初めてできた、奏にとって大切な存在であることを。
 もしここで吉佐美を捨て置いて、奏と共にすることになったら、二人の仲はどう変わってしまうのだろうか。
「これからもさ、仲良くしてほしいっつーか、そりゃお互い気まずくなるかもしれないけど」
 結局オレはオレだった。
 優柔不断で、格好悪くて、最後の最後まではっきりしない。
「お前と一緒にいたのも、楽しかったしさ」
 もう何を言ってるのか分からなかった。道路を飛び出して、途中で車がやってきたのに気付いても立ち止まってはいけないのに。
 なんで道の真ん中で止まっちまったんだろう。
「――すぎます」
 吉佐美の肩が、震えていた。
「やさしすぎます、統流君は」
 風は相変わらず強く、淡々と制服姿の彼女を貫通していた。
「嫌いだって言ってくれれば諦められたのに。顔なんて二度と見たくないって言ってくれればあなたとの思い出、全部捨てられたのに……。なんで、最後までやさしくしてくれちゃうんですか。なんで、なんで……」
 途切れさせながら、彼女は思いを紡いだ。
「卑怯ですよ。ずるいですよ。これじゃあ別れられないじゃないですか。一方的じゃないですか。私たち、お互いのこと何も知らないんですよ? 統流君の好きな食べ物も、好きなアイドルも、好きな仕草も、癖も、何も知りません。統流君だって、私の魅力、ちっとも分かってません。
 出会って一ヶ月も経ってないんですよ? 付き合い始めて一週間ですよ? そんなすぐに気付くほど、私の魅力は軽々しくありません。親身でも、ひた向きでもないです、もっともっと、すっごい魅力です。
 いつか気付かせてあげます。そうして統流君を後悔させてみせます。だから――」
 別れても別れなくても、奏は傷付くんだ。
 そして、オレも穢れていく。
 何よりこの状況で一番苦しむのは吉佐美だ。
 せめて吉佐美だけでも、救ってやりたかった。
 弱々しい男だから。
 もう全てを投げ捨てたかった。
 吉佐美の、最後の言葉を聞く前に。
「だから……」
 瞬間、世界を全て包み込むような、そんなあたたかくて、やさしい笑顔を浮かべた。
「奏と、憑き合ってあげて下さい」
 全ては、この一言で幕を閉じた。
 何もかもが終わった。
 そう、吉佐美と過ごした七日間が、今終わった。
「……え?」
「別れましょう、統流君」
「いい、のか?」
 頷く吉佐美が、女神のように思えて仕方がなかった。
「ダメですね、私。最後までわがままにはなりきれませんでした。今まで心の中で奏に謝り続けてきたんです。出会ってすぐのときから、奏の気持ち、分かってたんです。統流君のどこに惹かれたんだろうって思って、統流君と触れ合ってきたんです。
 そしたら、かっこいいなって思うようになってきて、そのうち統流君のこと見るとドキドキしてきちゃって……。これが恋なのかなって思ったら胸が苦しくなってしまって、本当に、私って男の子の耐性がありませんね。統流君と付き合いたいって思い始めて、でも奏がいて……。だったら、先取りしちゃおうって思っちゃって……。
 私にはまだ統流君の彼女になる資格なんてないんです。統流君の隣は奏なんです。私は二人を追いかける立場なんです。だからスタートラインに立つときは統流君たちの十歩後ろから走るんです。体力ありますから、すぐ追いついちゃいます。その時になったら、私の魅力にも気付くはずです」
 自分勝手ですよね、と吉佐美は謙遜した。正々堂々戦いたいんです、と理由を添えて。
「それから……」
 吉佐美が続ける。
「統流君にとって奏と付き合うことが今の至福なのだとしたら、それは私の至福でもあります。統流君が嬉しいって思えたとしたら、それは私にとっても嬉しいことなのですから」
 世間から見れば、なんてもったいないことをする男なんだ、と馬鹿にされるだろう。
 でも、それでいい。
 それで世間体の一膜を打ち破ることができたというのであれば。
「いつか私のことを本当に好きになって下さったら、またもう一度付き合って下さい。あの、えと……約束して、くれますか?」
 吉佐美と付き合う前と今とで、オレは何も変わることはなかった。
 それはまた、吉佐美も同じであった。やましさなんて何一つなく、月下に広がる水面のように透明で、澄み切っていて、全てを曝け出していた。
 常に正面を向いていた。
 先の言葉にだって偽りはないのだろう。
「ああ、約束する」
「はい」
「それじゃあ、また明日」
「はい、また明日です」
 今吹く風は、やがて代樹山の木々を撫で、空高く雲高く、もうオレの知らない天の彼方にまで吹き抜いていった。
 これはピリオドなのか、それともカンマなのか……。セミコロンのような、曖昧で気味の悪い締まり。
 なんともオレたちらしい別れだった。


四月三〇日(水)


 昼休み。いつものように屋上でのひとときを過ごす。
「今日、奏いないんですよ。どうしたのかなってメールしたんですけど、返信来ないんです。この前奏風邪ひいてましたし……また、ぶり返してしまったのでしょうか?」
 オレには吉佐美がいる。
「最近、奏の口数が少なかったのは具合が悪かったからですよね? そうですよね」
 違う。
 奏は風邪で休んでいるわけじゃない。
 もしかしたら……もう一生学校へ来ることはないのかもしれない。奏の言葉にはそれ相応の覚悟を芽吹かせていた。
 卑怯だ、と思う。
 卑怯だ。
 吉佐美の地位を奪おうとしているなんて。オレにその共犯者になれと言っているようなものだ。
 逃れることなんてできない。いかなる舵をとったとしても船の側面に大きな傷を残すことになる。
 奏の告白を押しのけ、今を保持し続けるか?
 吉佐美と別れ、奏の思いを受諾するか?
 前者であれば確実に奏との絆は裂け、そして元通りに面向かうことは無くなるだろう。
 後者であれは吉佐美は悲しい顔をするだろう。縋りついてでも別れることに首を大きく横に振ると思う。それだけじゃない。吉佐美を慕ってきた後輩彰子や、共に成長してきた源、平野がどんな顔をするだろうか。憎まれ、恨まれ、疎まれ、蔑まれる。吉佐美はあれほど周囲から愛されているんだ。彼女に対する裏切り行為を誰が許してくれるというんだ。
 世間体との戦いだ。個人の自由だの個の尊重だのが叫ばれ、推進されているにもかかわらず、常に周囲を見渡し――周囲のクウキを肌で感じ取り――出方を窺っている奴が大勢いるんだ。オレみたいに。
 たったの六日間で縁切る輩がどこにいる。前代未聞ってやつが最も恐ろしい。日頃第二位以下でありたい。平凡に憧れてやまない。目立ちすぎないように、陰気すぎないように、ひたすらモブを追求していく。
 そんな輩が自己決断の窮地に立たされたとき、どうするか?
「統流君? どうしたんですか?」
「ん、ああ、いや。別に」
「具合、悪そうですよ? それってもしかして、奏から――」
「うつされたとか言うなよ? うつされてたら奏は元気になってるだろ?」
「そ、そうですよねっ! ……そうですよ」
 窮地に立たされたとき、輩は先延ばしにしようと躍起になる。例えば、今日は奏がいなかったから、吉佐美と別れるのはまだ先でいいやといったふうに。
 オレって野郎は本当にダメな人間だよなあ。


 迷い路の境を歩き続けていた。
 それは軍事境界線のように、とても不安定で、いつどちらかの兵隊から撃ち抜かれてもおかしくはない状態であった。
 どちらかの境界に逃げ込めば緊張は解かれるのだろう。死の間近での束縛も緩まれるのだろう。でも敵がいなくなる事態になることはない。一方の領地に逃げ込めば、他方から恨まれることになるのは必然だからだ。
 歪んだ平等思想とも言うべきか、オレは他方から恨まれるよりも、両方から恨まれていた方がまだ気が楽だった。
 そうやって、迷境を逃げ続けるんだ。


 寝不足と物思いの二連コンボにより、あまりにもあっけなく放課後が来てしまった。午後授業は眠気に限界が到来していたようで、二時限分とホームルームをぶっ通しで熟睡していたらしい。
 目が覚めると既に人影はなかった。大瀬崎ですらいなかった。その代わりなのか、隣の机には缶コーヒーが置かれていた。『朝専用』と主張する奴はまだ温もりが残っている。
 遠慮がちに扉が開く。音を立てないようにしているようだが、ボロくて重い教室のドアはガリガリとレールを引っ掻いた。
「お前、部活じゃないのか?」
 吉佐美だった。外ではとっくに野球部がキャッチボールをしている時間帯だ。合唱部なら二、三度合わせられるというのに。
「はい、部活です。今日も来てくれるんですよね?」
 その声は、ちっとも濁っていなくて。期待というよりかは、確認の問い掛けのようで。昨日のことに何の不満も抱かない様子に、思わず口をつぐんだ。
「統流君?」
 きっと、オレの口から出てくる言葉は廃液のように汚染された、穢れた言葉なのだろう。とても彼女に向かってぶちまけられる言葉ではなかった。
「来て、くれますよね?」
 でも、言わなくちゃいけない。
 苦しいことから逃げるだけじゃあいけないことくらい、分かってるんだから。汚い人間が潔さげに振舞ってちゃいけないんだから。
「オレがいると練習はかどらないだろ?」
「い、いえ、そんなこと……」
「そんなこと? どんなことだよ。オレがいる間に何回歌ったか?」
 段々と語気が荒くなっていく。意識的ではなく、無意識に。徐々に感情の抑制が利かなくなっていく。
 どうしてこんなことを言ってるんだろう。刃物の峰のように、頭は至って冷徹だった。
「お前らさ、コンクールまであと何日だ? 五日だろ? こんなのでいいのかよ?」
「それは……」
「オレがいたら練習の邪魔になるだろ。今日は先帰るぞ」
 カバンを取り立ち上がる。
「ま、待って下さい!」
 空いた腕にしがみ付かれる。そのたわわに熟れた二つの実に挟まれる。衝動に揺れ動くが、内側に押し潰して息をついた。
「統流君がいたって、ちゃんとできます。ですから帰らないで下さい」
「できる保証なんてないだろうが。平野だっているんだ、あいつと一緒になったら――」
「雪音は関係ありません!」
 教室に響く吉佐美の怒声。そしてすぐにごめんなさい、という小さな声が聞こえた。
「とにかく保証なんてない。先帰るぞ」
「なら、一緒に帰ります!」
「何言ってんだよ」
「帰ります。本気です」
 一点の曇りもないそれは、ただならぬ覚悟が見て感じ取れた。源の諦めた笑顔、奏の濡れた髪の毛。
 それでもオレは彼女の腕を振りほどかなければいけないのだろう。理不尽と思われようが、自己中心性の塊と思われようが。
「コンクール、近いんだろ?」
「はい、近いです」
 間近の吉佐美が頷く。さっきから吐息に頬を撫でられている。
「でも、統流君とも、もっともっと近くなりたいんです!」
 こんな近くで。
 彼女がちょっと顔を近けようともすれば唇が触れ合ってしまう。
「十分近いだろ。付き合ってるんだし」
「近くありません!」
 断言し、言い放った。
「距離なんて、初めから縮まってなんかないです。私がこんなに近付いても、気持ちはずっと遠いままじゃないですか。それどころか、少しずつ離れていってませんか?」
「気のせいだろ」
「気のせいなんかじゃ、ありませんよ!」
 空は青く、青く、どこまでも青く、平らかに広がっていた。誰の気分とも無関係に空は山の遥か遠くにまで続いていて、ああもしかしたらこの先の空の下では桜が咲いているのかもしれないなと思ってしまったりもして、それからしばらく稜線を眺めてからようやく、彼女の様子がいつもとは違っていることに気が付いた。
「統流君、私のこと真正面から見つめてくれたこと、ありましたか?」
 そりゃ当然……と、今までを思い返す。吉佐美の顔を見ることはあったが、意識を持ってじっと彼女の口を、鼻を、目を、見ることはなかったのではないだろうか?
 もしかしたらそうなのかもしれない。あの日、吉佐美の家へお邪魔したときだって、彼女のことをしっかり見てやれたかと尋ねられれば、自信を持って頷くことはできない。
「私は、見つめられませんでした。統流君のこと見つめても、目が合ったことはありませんでした。私の見る統流君は、横顔ばっかりなんです!」
 それはどんな気持ちなのだろうか。すぐ側の存在であるにもかかわらず、少しの触れ合いもない。今左腕に感じる吉佐美の温もりでさえ冷ややかに受け取ってしまう自分の精神に、彼女はどんな気持ちでいるんだろう。
「嫌なところがあったら直します。私、統流君好みの彼女でありたいんです。統流君がこうしろって言うんなら、それに従いますから。なんだってします。ですから、ずっと統流君の隣でありたいんです!
 それでもやっぱり、奏のこと、気になりますか? ……いえ、答えないで下さい。もしそうだとしても、私じゃ奏の代わりにはなりませんか? 確かに奏みたいに積極的じゃありません。私は引っ込み思案です。面白い話もできません。つまらない人間です。可愛くもありません。そばかすばっかりです。
 ですが、統流君への思いじゃ、誰にだって負けません。まだ奏みたいに、と……統流って呼べません。でも二文字分多くの気持ちを籠めて、統流君って言ってます。そのくらい統流君のこと、愛しているんです。愛がどういうものを指すのかはまだ分かっていないのかもしれません。もしかしたら一生分からないのかもしれません。でも、奏なんかよりも、ずっとずっと、あなたのことを愛しています!
 それでも……奏の代わりにはならないんですか?」
 吉佐美の気持ちは痛いほど分かる。
 大切な人を失う恐怖。そのことを潜在的に知っていた。どこかでそんな経験をしたんだ。
 同情するとともに、今まで吉佐美を見くびっていたのかもしれない。
 彼女の思いを、どこかアリガチと思っていた自分がいた。そこらへんの彼女がそこらへんの彼氏へ抱く情愛と同等であると知らず見なしていた。
 吉佐美は一つのところに命を懸けられる素質を持っている。読んで字の如く、一所懸命なのだ。
 だからこそ、言ってやりたいことがあった。
「オレはな、お前が一つの物事に頑張って取り組んでる姿に惚れたんだ。今のお前にとって懸命になれるのはオレなんだろう?」
「はい」
 揺るぎない心意を象徴する頷き。
「中学時代のバスケや、オレと付き合う以前の合唱もさ、きっと真剣にやってたんだと思うよ。その情熱がオレに向けられたんだと思う」
「いえ、もっと、もっとです」
「ああそうだろう。お前にとってはそうなんだろう。でもな吉佐美、オレにとっては全く違うものなんだよ」
 そりゃ、吉佐美の慎ましげな行いは好意を感じるし、謙虚な態度は好感を持つ。吉佐美の美点はそれを誰に対してもできるってところなんだ。オレだけでなく、対等に配ってやれるその態度が。
「オレは、何か一つのことに打ち込んでる吉佐美の懸命な姿が好きなんだ。オレだけになってる吉佐美なんて、吉佐美じゃない。そんな堕落してるお前なんて見たくないんだよ」
 素人がバスケを始めて、それで関東を目指して練習を積み重ねてきた吉佐美に惚れたんだ。あんな激しい練習は誰にだってできるわけじゃない。吉佐美だって最初はできなかったけれども、できるようになるまで努力を積み重ねてきた。その努力する姿をこの目で見たかったんだ。徐々に体力が付いてきて、息切れせずに山まで辿れるようになった吉佐美の過程を見続けたかったんだ。ゼロから始まった合唱部が練習を積むに重ねて上達していく様を眺めていたいんだ。金賞なんて取らなくったっていい。銀賞でも銅賞でも参加賞でもいい。努力の証さえ獲得できればそれでいいんだ。
「……わかりました」
 長い、長い沈黙は、彼女の一言で割裂した。
「合唱部、一緒に行きましょう。私頑張っちゃいますから。そしたら奏のことなんて吹っ飛んじゃいます。私の懸命な姿に統流君惚れなおしちゃいますから」
 待て。待ってくれ。
「統流君、来て下さいますか?」
 そもそもお前はなんで奏と比べたがるんだ。
「……統流君?」
 違う。奏じゃないんだ。お前に投影してきたのは奏じゃない。
「統流君、返事をして下さい。統流君!」
 ――統流君っ!
 急に、心の奥底から恐怖が滲み出てきた。にんまりと嘲笑う巨大な翼を持つ堕天使のほほえみ。
 胸に住まう奴が今にも鋭利な爪先で心の臓をえぐるのではないかという不安が爆発的に膨らんで、
「――オレを、その名で呼ぶな!」
 叫んでいた。
 悪魔の根本を絶やすために。紛れもない無意識の状態で。まるで反射反応が今ここで為されているようだった。
 しかし、その言葉は一方で、彼女の全ての努力を無効とする言葉でもあった。
 何せ彼女は、その名前で呼ぶところからスタートを切ったのだから。彼女失格だと自分を謙遜して、恋人らしいことを見つけようと言い出して、それからあれほど時間を掛けて、慌てふためいて、でも確かに言い切った。それだけで至福を得られる、純粋な奴なんだ。
 お前ほど彼氏に尽くす人はいない。
 お前ほど彼女にしたい人はいない。
 でも、お前じゃオレの不安はきっと無くならない。お前といると、不安はますます膨れ上がってしまうんだ。
 だからお前のせいなんかじゃなくて、身勝手な自分のせいだ。自分に根づいてしまった不安の恐怖からだ。
 お前がその名で呼んだときから、オレの知らない大事な人を失くした記憶が蘇ってきて、生きながらの別れが蘇ってきてしまったんだ。
 初めから、オレらは隣り合っちゃいけなかったんだよ。
 不条理だよ。
 不安の根源と出会うことがなければ、お前といつまでも一緒にいられただろうに。奏を失ってもなお、吉佐美に背を支えられ、倒れることはなかっただろうに。
 彼女は大粒の涙を流し、肩を震わせていた。その貧弱な肩は、どれだけの失意や絶望が載せられているのか。全ての行いが水泡に帰するとき、人はどう変貌してしまうのだろうか。
「ごめ、なさ……」
 腕の温もりが遠のいてゆく。廊下を駆け抜ける音がやがて失せてゆく。
 吉佐美を泣かせてしまった。
 こりゃ、藤原彰子に怒られるな。神子元奏にも咎められるかもしれない。
 でも、いいんだ。
 これで迷宮で魔境の路を脱する光を見つけられたんだ。
 ……別れよう。
 その意志は伝わっていたんだと思う。
 だから吉佐美は「あたし」じゃなくて「私」って自称していたんだ。


今日の講義は五時限までありました。ヤヴァイです。
どうも、腰折れた歌を詠う際は笹波のしかってことにしてます。笹波です。

ピンと来る方来ない方いらっしゃるかもしれませんので申しておきますと、
我が大学の講義は一コマ九十分なので、
五時限になるともう陽が暮れてしまうのです。


大学の講義が終わって外に出てみますと、
強い強い風が出迎えてくれました。

おまけに構内の街灯は白く霞んで見えました。

雨です。

暴風雨です。


久しぶりの雨は、
ウォーミングアップなど遠く西方で済ませてしまっていたのか、
ここに雨雲がやってきた頃には粉骨砕身本気の雨を
アスファルトに叩き落しておりました。


夜空の黒より濃い空模様に息を付きながら自転車に乗ったんですね。


自転車は風を切断して滑走する乗り物――いや身体の一部で、
人類史上最も評価されるべき発明だと自分は思っているのですが、
しかし向かい風の中を走るのはすなわち地獄の道を走るのと同等なのです。

寒いのなんのって、もう寒さに沁みて涙が出てきてしまいましてですね、
思わずこんな言葉を編んでしまいました。


 北風と 雲に誘われ 珠ぞ降る
 春も遠しか 花ちりぬれど



「北風と雲に誘われて雨と涙が降ってきちゃいました。
 春は遠いですねえ、桜の花はもう散ってしまいましたが」

そういった旨の腰折れた歌なんですけども、
しかしこの溢れ出る律動をなんとか現代語訳なしで伝えきりたい!

なんて思っても、そんな技術を持ち合わせていない自分には、
ただ風と雲に覆われるがまま、珠を降らせるしかないのでした。
  赤子抱く 母のすそ引く 園児かな

どうも、こんな腰折れた川柳を読みたくなってしまうじょがぁです。

いや、あのね、近くに幼稚園があってさ、そこに登園する母子がいたわけでですね、
二人兄弟なんだと思うんですが、
お兄ちゃんの方が幼稚園生で、弟くんはまだ赤ちゃんなんすよ。

お母さんは弟くんを抱っこするので両手はいっぱいなんですけど、
お兄ちゃんもまだ心細いのか、お母さんのツーピースをぎゅっと握って歩いてるんですよ。

自分にもなんかあんな日もあったんだなあと。
あの兄ちゃんは将来どうなるんだろうなあと。

そんなことを思った次第でございますけども、皆さんお元気ですかな?


富士山がきれいだったんで写真撮りまくっちゃったりしちゃってた大学ライフ突入編です。
当然ツレもできてます。
彼女なんてのは作りませんがな。



さてさて、久しぶりに公募へ送ってみようかなと思っている自分です。
ライトノベル系列だとは思いますが、どこ送るかは曖昧な何か。

送るに際しての目標は「焦らない」です。

〆切に追われることなく、また構成プロットも順々に組み立てていきたいなと思います。
(三年前のArchやら二年前に突発的に書いて挫折した公募用作品やらと同じ墓には入れさせんぞ)

とりあえず森博嗣先生みたく、続編も次々出せるような態勢を整えておきます。


というわけで、「もういない。第三部」は大幅に遅れるかもしれません。
第一部と第二部のブランクもそうでしたが、あいかわらずの遅遅しさに申し訳ねえです。
 あの頃は何を学んでいただろうか。
 最低でも、ルソーの社会契約論だとか、仮定法過去完了だとか、モル質量だとか、高次方程式だなんてモノは知らなかった。何も知らなかったけど、世界の大半のことは知ったような顔をして山中を闊歩していた。
 でも反対に、今じゃあもう忘れてしまったこともたくさん知っていて、そういったかけがえのない財産の存在をふと蘇らせたりもする。校庭に新しく造られた傘の骨組のような登り棒が流行って、初めて登ったときの達成感、様々な登り方を友達に披露する昂り。大探険と謳って近所の杉林の道なき道を掻き分ける興奮、シダの森から空に吸い込まれていく杉の幹を見上げる不安。そうして親にめっぽう叱られて、でも怖いもの知らずの友人とまた冒険を実行する。
 そういうことが当たり前だったんだ。
 学校が鳥籠ではなくて、勉強が苦痛じゃなくて、夢がまだあたたかい料理のようであったころの話だ。
 そう、たくさんのことを知っていた。
 好きなところへ走っていけることを知っていて、自由に、何からも囚われず、格式なんてなくて、やることすべてが自分流で、やることすべてが単純だった。後先のことなんて考えずに突っ走っていた。
 それはそう、例えば、あの小学四年生の時の事件がそれだった。
 奏は――神子元奏は、クラスのアイドルだった。
 女子よりも男子とよく遊んでいた奏は、オレたちにとって最も近い異性であった。それに運動神経は女子の中でも群を抜いていて、男子の一部は奏の足と体力に付いていけなかった。それに加えて成績は優秀――頭脳明晰なんて言葉は知らなかった――で、またその整った顔立ち――容姿端麗なんて言葉は知らなかった――でみんなはその魅力と憧憬、敬愛、羨望のような、言葉にならない感情なんかも含めてまとめて全部魅入られてしまったらしい。
 らしいというのは、オレは例外だったからだ。奏を古くから知っていたから、憧れも何も無かった。物心ついたときからちょっかいばかり出されていたから、好かない奴という認識の方が強かった。
 いつも強気でいて、ドッジボールになるとわざと顔面をぶつけにくるんだ。当たっても謝りもしない。逆に開き直るような奴だった。
 ところが、クラス替えの緊張感が和らいできた六月か七月頃になって、急に奏の口数が減った。奏自身は普段通りに振舞っているつもりなのだろうけど、ふと見せる翳りに違和を感じた。
 そういう日もあるだろうなあ、と思っていた。でも、奏の顔色は日に日に青白くなっていった。何か悪い病気に掛かったのではないだろうかと心配したりもした。でもあいつは寝不足の一言で済ました。
 奏はいつもオレをいじるけれども、嘘は一度も吐いたことはなかった。奏の言うことは必ず正論なのだ。図星だからと言って怒っても、うまい具合に丸められてしまう。だから黙って頷くしかなかった。
 でも、そいつは嘘だったんだ。
 女子からのいじめによって、奏は精神的に追い込まれていた。あの奏がオレなんかに助けを借りるほど状況は悪化していた。ねえ助けて、助けてよ統流、と。でもオレの乏しい想像力では経験移入することは難しかった。
 だからきっと、あんなひどいことを言ってしまったんだ。親身にならない、見放した一言を。
 いや、違うな。
 それは今作ったばかりのファンタジーだ。
 実際はもっと単純で、残酷だ。
 いつもオレのことを見下してきた奏のことが滑稽に見えたんだ。いつもいじめてばかりで、泣かせてばかりいるオレに助けを求めるなんて、気でもおかしくなったのだろう、と。
 だから高慢なことを言ったんだ。ちょっとした仕返しだ。
 すると奏は血の気の引いた顔を凍らせたかと思うと瞳を潤ませた。印象的な幻灯はその一瞬を確かに捉えていたものの、奏は途端に踵を返し、家路を駆けていってしまった。
 そのまま家に帰るとお袋が迎えてくれた。統流、おかえりなさい、どうしたの? 尋ねられた。多分ベランダから喧騒が聞こえたのだろう。別れ際に大声で馬鹿と叫んでいたから、とろいお袋も気付いたのかもしれない。だって奏が助けてって言うんだもん、オレのことちょっかいばかりだすのにさ、だから断ってやった、日頃の仕返しだよ。そう答えると、お袋は悲しい顔をした。
 統流、男の子はね、どんなときでも、女の子を守ってあげなくちゃ、だめなんだよ。
 奏は男みたいだから守らなくてもいいだろ、それに奏は男の子にも負けないもん。
 オレは強気だった。
 多分、奏が逃げ帰ったからだ。奏よりも強いんだ、今までの自分なんかよりずっとずっと強いんだ。だからお袋にも勝てるんだと、根拠のない自信に燃えたぎっていた。
 お袋は再び悲しい顔をした。
 強いってことはね、『力』だけじゃないのよ、統流には、強い『心』を持った、男の子になってほしいわねえ、悲しんでいる子を、やさしく守ってやれる、そんな子に。
 そう。
 お袋には勝てなかった。
 オレは面倒くさがり屋だ。
 でも、冷酷なわけじゃない。
 座右の銘と言えるほどのものじゃあないが、お袋の言葉が指針となったことに間違いはないだろう。
 奏ちゃん、今、悲しんでるかも、しれないわね。
 現にその時、オレはランドセルを玄関に置いて、学校へと走りだしていた。特に遊ぶ約束はしていなくても、放課後学校へ行けばみんなが遊んでいるのだ。
 オレにできることは何か。力もなく、弱虫で、凡才で、体力も人並み程度で、誰も特筆する点を挙げてくれはしないだろう。
 でも、動かなくちゃいけない。
 その原動力は、格好いいから、それだけだろう。気分は騎士道物語の主人公だったに違いない。
 だが、現実は騎士とは程遠いものだった。
 そもそも果敢なる騎士のように一人で魔王と立ち向かう、そんな勇気はこれっぽっちもないことくらい目に見えていたから、クラスを統括していたモリオこと丸山杜男に奏の件を話したのだ。するとモリオは、なんだお前神子元の一人や二人も守れないのかと笑われた。他にいたクラスメイトにも笑われた。
 悔しかった。
 こんなの理不尽だ。みんな奏のことが好きなくせに、強がってるんだ。実のところは、誰もいじめを発見していなかったからと、オレがクラスの底辺階級の身で、それなのに奏と一番仲がいい(ように見えた)から僻まれていて、なおかつプライドだけ高くて、茶化されるとすぐ小さな嘘を吐くから信用されていなかったからだ。奏の緊急事態を告げても、また穂枝の早とちりだろと笑っているのだ。
 屈辱に自尊心を傷つけられたオレは、大声を上げて、憎悪の塊を爆ぜようかと思った。そんなとき、モリオの隣に立つガリメガネこと……本名は忘れてしまったが、やせ細ったガリ勉眼鏡が一歩前に出た。
 穂枝氏の言い分、一理ありますね。
 まるで専門用語を並びたてる口調のガリメガネは眼鏡をきりりと上げた。
 少なくとも神子元氏をいじめる動機はあります、しかしながら、我々は誰一人として彼女がいじめられている姿を目撃した者はいない、ですが、だからと言って彼女にいじめがない証拠にはなり得ない、我々がいない時間帯に――即ち休み時間中にいじめは行われていると思われます。
 淡々と述べるガリメガネは、学級男子の頭脳だった。学級委員という肩書と見た目とは裏腹に大のイタズラ好きで、クラスを挙げての一大イタズラを行う際の計画立案には大抵奴が携わっている。クラスの王がモリオだとすると、その宰相たる地位がガリメガネなのだ。
 なら、明日の昼休み、俺とガリメガネがスパイしに行く。お前らは外で遊んで待っていろ。
 その一言でその日は解散となった。
 その日は久しぶりに眠れなかったと思う。全員で何かをやらかすこの楽しさはもう味わえないのかもしれない。そしてそれによって奏が救われるのかと思うと、これ以上の大作戦はないんじゃないかと思ってならなかったし、今もそうだと思う。
 そんなオレたちに待ち構えていたのは、女子たちであった。
 無論正面から待ち伏せているわけではない。間接的に、オレたちを圧倒させたのだ。
 女子たちのいじめというものを、まだよく理解していなかったのだ。理解していたつもりになっていただけだったんだ。
 これは、スパイの報告をしたモリオとガリメガネの証言である。
 教室の入り口には見張りがいて、クラスの人や先生が近付いたら即座に知らせるようになっている。二人は遠くから全力疾走でクラスを横切って中を確認したらしい。奏の席付近に女子たちが集まっていたそうだ。
 放課後、誰もいなくなった教室で奏の机の中を確認すると、そこには折れた筆記用具と、女子が描いたとは思えない汚らしい字でシネやらキエロやら、それ以上にひどく心をえぐり取るような暴言で書き殴られた紙切れが幾つも見つかった。
 モリオとガリメガネはいじめの存在を認めた。しかし、いじめといえば暴力だったオレたちにとって、女子の陰湿ないじめは恐怖として認識された。
 閉め切った教室の中で、いじめから奏を守るための座談会が繰り広げられた。
 議論の点は大きく二つ。
 一つは奏の身を守ること。
 そして、奏の所持品を守ること。
 この二つだ。
 奏の身を守ることは、休み時間中ドッジボールをすることでまとまった。今思えば全員教室にいれば一石二鳥な気もするのだが、それを提案する人は誰もいなかった。なぜなら、誰もが奏の近くにいたかったからだ。教室で男子全員が奏の側に付いていたら不自然だし、不公平でもある。それならばドッジボールというルールの枠に奏を入れた方が平等だと、直観的に浮かんでいたのだろう。
 奏の所持品を守るために、数名教室に男子を残す。奏と一緒に遊べない犠牲者はモリオによって強制的に決められた。不満を持ちながらも、王者の強権には逆らうこともできず、悔しみと一緒にその勅令を呑みこんだ。
 唯一つ配役が残された。
 それは、奏をドッジボールへ連れていく役だ。
 これが意外にもたらい回しされる役割であった。最もおいしい役だと思うのだが。
 高校になったオレたちが再び会を開いたとするならきっと高倍率の席となるだろう。
 しかし、小学四年生にとって女の子というものは触れてはならない神聖なものであった。思春期に突入する一歩手前のオレたちは、異性という存在を自覚し、困惑し、面と向かえばそれだけで言葉を失ってしまう。それが恋と呼ばれるであろうものならば、余計にどう接すればいいのか戸惑うことになるだろう。
 だからみんな、この役になることだけは拒否をした。モリオがなんて言おうとも、これだけは頑なに首を横に振るのだ。
 穂枝、お前がやれ。とモリオに指図される。最後の手段、と言った表情だった。お前にだけはやらせたくなかったが、もうお前しかいない、何を言ったって無駄だ、やれ。そう語る表情だった。
 オレと奏は家族同然の間柄で、ドッヂボールの誘いごときで恥なんてものは生じなかったし、喧嘩もよくしたりする。昼休みに誘うのもいつもオレが担当だった。これ以上の適役はいないが、みんな認めたくなかったらしい。
 翌日、いつもと同じように奏を誘う。最近の奏は誘っても断られてばかりで、その日も奏の首は縦に動かなかった。だから奏の腕を取って走りだしたんだ。
 抵抗されると思った。振りほどかれて、触らないでと怒鳴られる覚悟だった。
 でも奏は、黙って走られるがままに走った。
 ……照れていた。
 そうだ、奏はそのとき照れていたんだ。
 助けてくれてありがとう。
 そう言ってくれているようで、ああ救えたんだなと、魔王から奏を取り返せたんだなと、胸を撫で下ろしていた。
 同時に、奏を守ってやれた達成感を満喫していた。
 守ってやる。
 ずっと近くにいるから。
 助けを求められたら、すぐに手を伸ばせるように。
 何があっても、奏を守ってみせる。
 そのときオレはそう誓ったはずだ。なのにオレはその決意を忘れてしまっていたんだ。あれは真似事遊戯の延長線上だったのか?
 いつから忘却の彼方にいってしまったんだろう。
 天端台高校に行くと決めたのは親との不和が主因であることに今更訂正の余地はないが、その背を押したのが奏の県外受験だった。もし奏が地元校を受験すると言っていたら、不満はあれど地元に残っていたと思う。独りで飛び出すほどの勇気も覚悟もなかったし、何より奏と離れ離れになるのは……嫌だった。
 ああ。
 そうか。
 オレは、奏のことが好きだったのか。
 意地悪で、ちょっかいばかり出して、辛口で、正論ばかり突きつけてくる奏のことが。
 滅多に見せない恥じらう顔をし、不器用な言葉を使って誤魔化そうとする奏のことが。
 ……今だって、好きなんだ。
 理由なんてない。
 あのときの情熱はいつの間に失われてしまったようだ。もう消炭のような代物になってしまっているのかもしれないけども。初心はこれ以上思い出そうとしても引き出しの奥底すぎて届かないだろうけど。だから平気で吉佐美と付き合えたんだ。
 でも、消炭だって捨てたもんじゃあない。確かにあのときのように勢いよく燃えたりはしないだろう。踏み潰せばすぐに紛々となり、風にでも吹かれて消え失せるだろう。
 でも再燃させるとなれば、どんな上質な炭よりも早く熱を宿すことができる。
 まだ手遅れじゃないはずだ。まだきっと。
 いや、手遅れとかそんな話じゃあないな。過去の出来事なんてどうでもいいんだ。
 奏のことが好きだという事実。
 それだけで充分だ。
 鳥の鳴き声がいつも以上に明るい。朝が到来していた。一睡もしていないのか熟睡していたのかはしらないが、随分体が軽く感じられた。
 弁当作らないとな……習慣化した一日の始まりを、また今日も行おう。
 いつまでも思い返すばかりじゃいけない。今日は今日だ。けじめはちゃんとつけないとな。


   tsuisou-8  蝕む


 そこで私はこの高校へ来た最重要課題の取り組みをすっかり忘れていた。この高校へ、実家を離れてこの田舎町に来た理由は三つある。一つ目は一人立ちを果たすため、二つ目は近くに大学があり、そこの薬学部へ入るためだ。この二つは親や先生方に対する口実でしかない。一人立ちは三番目の理由の決意表明でしかないし薬剤師なんてさらさら興味がない。本当の理由は女子の友達を作ること。そんなこと言ったらきっと先生は笑う。親の対応は想像つかないが、あいつは心配するに決まっている。そしてそうなってしまえばきっと友達を作ることなく三年間を棒に振ることになるだろう。駿河に出会ってから特に感じるようになった。今実行に移さなければ。もうこれ以上の失敗は許されなかった。
 大学では、三日でキャンパスライフの方向付けがなされるという。数週間前まで中学生で、周りに大学生もいない私にとってはそれが真実なのかどうか知る術はない。でも確実に私は一人になってしまうタイプなのだと思う。あって男子に囲まれてしまう四年間。それはそれで楽しいと思われるかもしれないが、もう勘弁願いたい状況であるといえる。だからこそ、なんとしてでも今女子と仲良くならなくてはいけないのだ。
 男子二人組には内緒で、まず隣の女子に話し掛けることから始めた。
「お、おはよう。は、初めまして、宜しく……お願いします」
 自己紹介のところで調子狂った。私は自分から友達になろうと近付くことが今までなかったのだ。だから何を言えばいいのか分からない。
「へー、変わった苗字なんだね。あ、私竹野瑞樹、宜しくー」
 たけのみずき、ロールを施した髪を栗色の染め、化粧をし、香水の強烈な臭いを漂わす女の子だった。アイシャドウもマニキュアもずれがない。もしかしたら中学の頃から化粧をしていたのかもしれない。実家の中学にはこんな人いなかった。あんなものは大学に入ってからやるものだと思っていた。
 窓からはダムが見え、その下の深い谷も見下ろせ、三方向を山で囲まれた、どうしようもなく田舎風の町ではあるが、西側を見れば薄ぼんやりと副都心の超高層ビルを望むことが出来る。故郷のシンボルでもある三十メートルの水門。国内最大級と謳われるそれが何個も必要になるくらい巨大な建造物が生えているのだ。屋上から見渡す風景は、あの夏見上げた松でさえも盆栽に見えてしまうのだろう。高校の周辺をざっと歩くだけで、至る所で大きな機械が忙しなく働いている。次から次へと新興住宅街が開発されているのだ。ここは首都圏、東京近郊と呼ばれる世界であって、私の暮らしていた町なんて足元にも及ばない。とんでもないところに来てしまったのだとようやく自覚するのであった。
 瑞樹はすでに一つのグループ内に籍を置いていた。そしてあの瑞樹でさえグループのリーダーではなく下っ端にすぎない。誰もが都会風で、最低でも私の目からは全ての人間が都会人なのだと映った。
 ある日みんなでカラオケをすることになった。行ったことがないと言ったら全員目を丸くした。まじ行ったほうがいいからと勧められたので私も同行することになった。店内は明かりが点いているにもかかわらず暗いイメージで、何となく牢獄の中にいるようだった。個室の中は更に暗く、しかも煙草の臭いが壁やソファや机に染みついていて、気分が悪くなる。私はてきぱきと準備するみんなを部屋の隅から眺めていた。授業中はだらけているのに、こういうときになるといつも喚いて、叫んで、大笑いして、面白くもないことに手を叩き称賛し、私の耳じゃ聞き取れないほど高速でお喋りしている。自分は完全に場違いな存在だった。
「ねえ、ピアス開けたりしないの?」
 ソファの隅で、モニターに映る文字をぼんやり見つめていると瑞樹が話し掛けてきた。J‐POP爆音が鳴り響いていて、リーダーが熱唱し、その部下は合唱し、音痴でもなんでも上手い上手いと囃し立てている。辺境の二人の会話なんて誰にも聞こえるはずがない。
「そんな、嫌よ」
 返事は正直な意志だった。自分を傷付ける行為を肯定することがどうしても出来なかった。それ以上に、穴を開けるという概念が恐ろしくて堪らなかった。心の空洞が耳まで達していたとしたら。達していなくとも、そこの穴が徐々に体を内側から蝕んでいくとしたら……。そんなの非現実かもしれないが、私にとって胸に空いた傷は真に現実のものとして存在しているのだ。
「最初は怖いけど、でも案外やってみると痛くないもんだからさ」
 そういう問題ではなかった。痛いとか、痛くないとか、所詮瑞樹の言っていることは外側の、身体的な痛みでしかない。
「それにさ」
 それからロール髪の女の子はちらりと喉から絶叫の断末魔を軋ませるリーダーを見て、続ける。
「リーダーと同じようにしていかないと、そのうち、『やられる』よ?」
 一瞬わけが分からず呆然とし、走馬灯のように小学四年の自分に戻った。他人とは違う私は除外された。
 静かに首を横に振り、雑音に掻き消される言い訳を述べ、ピアスの穴を開けることを否定した。
 この世界は特殊を排除するように出来ている。まずは外見から。肌が黒かったり、やけどの痕が残っていたり、足がなかったり、ピアスを開けていなかったり。それから内側を。思想が違ったり、文化が違ったり、言語が違ったり、性格がおかしかったり、少し珍しい病気を持っていたり。そうした、普通とは違うものを人間は畏れ敬ったり、逆に忌み嫌ったりする。我こそは普通と称する人間が、異常であると判断した存在を追い払う。そもそも普通とは何を示すのか。リーダーと私とで何が違うのか、私と瑞樹とで何が違うのか、瑞樹とリーダーとで何が違うのか。
 結局、全てが同じであって、全てが違う。そんな、一人の新人高校生でも分かるような当たり前のことを知っておきながら、歴史は承知の通り築かれていったのだ。
 だから私は、ピアスの穴を開けるのを否定してもなおこのグループと行動を共にした。まるで金魚の糞のような存在で、前へ進むのなら前へ、右旋回するのなら右旋回へと「常識」と同じ方向へ進むことを望むことにした。
 何が正しいとか何が間違っているのか、そんなこと考えもしなくなった。とにかく一緒になって行動すればどうにでもなる。リーダーには彼氏がいて、昼休みはその彼氏と共に過ごしていたから昼はバラバラに動いてもよかった。だから私も女子たちのグループから離れて例の男子二人と昼食を取っていた。
 高校一年生の冬。冬休み前最後の学校の日だ。何故かあいつと駿河が遅刻してきて、しかも一緒に登校してきたのだ。駿河の遅刻癖は周知のことだが、あいつはこの頃遅刻なんてしないようになっていたはずだった。きっと駿河があいつのアパートに泊まって、バカ騒ぎして夜更かしして、それで遅刻したのだろう。だが前日あいつは宿泊を頑なに断っていた。こうなった以上、あの頑固者が駿河を部屋に入れさせることはまずないはずなのだ。こんな私でも女の勘というものがあるのだろうか。怪しい。問いただしてみると案の定あいつははぐらかす。このまま詰問すればすぐに自白するだろうが、それだとつまらない。どうせだから代樹荘に潜入して状況証拠も手に入れようと企み、放課後統流に気付かれないよう後を追った。
 そして、あいつが自室の鍵を開け、ドアを開けた瞬間、声を掛けた。
 ――それからのことはよく覚えていない。何か、衝撃的なものが私の記憶をぶっ壊したみたいだった。
 何故かその日からあいつと駿河とよく遊ぶようになった。行き先は決まって代樹山で、私たちは狂ったように極寒の山を、垂直に切り立った坂を邁進していた。服は当然泥まみれになり、毎回毎回こっそりと洗濯したものだった。
 さて、あれはどういうことだったのだろうか。私はだんだんとあいつを追いかけるようになった。一緒に山を登っているときも、先頭を歩くあいつの背中をなんとか見ようと努力したり、頂上に着いても、自然と視線があの横顔に定まってしまったりしているのだ。
 そのときの私の気持ちはなんだったのだろう。恐れ、だったのだろうか。何故かあいつが遠くの存在に思えてならなかったのだ。冬休み最後の日、代樹山の頂であいつはどうしても崖を降りなければならなくなった。何故そうしなければならなかったのか、今となっては思い出せない。大切なものか何かを落としてしまったのだろう。明らかに危ない行為で、駿河は必死になって止めていた。私だって止めたかった。
 でも、止められなかった。
 止めたら悲しむことを、私が一番理解していたからだ。駿河にもしものことがあったときのために大家さんへ助けを依頼するよう指示し、私はあいつの無茶に賛同した。二人の男の子は凛々しく頷き、そして各自のすべき任務を開始した。
 きっと一人の空間を作る口実だったのだ。一人きりになってもすぐまた仲間が来てくれる、安全な孤独空間。一人残された私は何を思ったのだろう。あいつが羨ましかった。同時にひた向きになれるあいつのことが憎たらしくも思えた。私が一心になれることは、逃げることだけだ。半生といってもたったの六年半だが、その六年半の八割は逃げるためだけに捧げてきたものだったのではないかと思う。その情熱を前進に使うことが出来ない。前進の仕方が分からなかった。
 結局、女子の友達は出来たのだろうか。瑞樹やリーダーは友達と言っていいものなのだろうか。駿河は友達だと言える。扱いを見る限り友達といっていいものかは不明だが、何故なら心を開いて話しても怖くないからだ。駿河は仮面を被らず、たった数ミリの膜――私の弱点を見せても大丈夫な存在なのだ。でも瑞樹やリーダーはどうだろうか。……駄目だ。仮面を外した瞬間うずくまってしまう。
 私は泣いていた。なぜ涙を流すのだろう。怖いからだろうか、怖いからではない。抗いようのない運命は突然生まれるものではないと気付いたからだ。あいつと共に成長してきた十六年の一日一日、数千日分の小さな出来事たちは結晶し、やがて人間の超えられぬ巨大な壁を生み出すのだ。
 悲しみは存在する。あいつの横顔ばかり見つめていた。この冬になって昔のように私のことを見てくれることがなくなってしまった。だからこうして、平気で私を置いて断崖を飛び降りるような行為をする。何故かは分からない。分からないからこそ泣いてしまうのだ。本当の私が曝されてしまうのだ。一体私の何がいけなかったのだろうか。あいつの気に障ることを言っただろうか。分からない。ただあいつの記憶から私の存在が忘却されていく。何かがあいつの記憶を蝕んでいる。私はただそれを遠くから眺めることしか出来ない。
 私はもう一人の力ではどうすることも出来なくなってしまっていた。駿河と出会えたのもあいつがいたからだ。あいつがいなければ駿河が近づいてくることもなかった。もう駄目だ、手遅れだ。どこから手遅れだったのか、そんなことはどうでもいい。
 もう私はあいつなしでは生きていけない。
 私は今、独りぼっち。
 駿河が戻ってきて、あいつも戻ってきた。涙を隠し、いつもと同じように素っ気なく対応する。あいつは相変わらずの鋭い目つきで、そして全身からやわらかい雰囲気を漂わせている。昔食べた懐かしいレバニラ炒めの温もりとよく似ていたけど、果たしてその味を思い出す日は来るのだろうか。


どうも、じょがぁです。

日曜日に「翼の生えた少女はもういない。第二部」の執筆が
完了致しました。

だからといって更新を早めるようなことはしないと思います。
多分。

あ、でも「第一九話と第二〇話」、
「第二一話と二部終幕」は一気に更新してしまいます。


4月15日……第一八話
4月22日……第一九話、第二〇話
4月29日……第二一話、二部終幕



と、更新する予定です。



それから第三部に関してですが、

今の構成のまま書いていったら確実にグダグダすると判断したため、
いつの日か言っていたゴールデンウィーク中に連載開始ってのは難しくなりそうです。
(ちょっと他の作品も書きたいとも思っているので)



……さて、最初に事務的なお話をしてしまいましたが、

ちょいと近況でも。



授業要覧もらって、うちの学科が
マジで肌に合っているってことを実感した。


(自分の学科は秘密です。言ったら大学分かってしまうんで)


というのも、
授業要覧に各学科ごと「教育方針と教育目標」という名の説教前書きがあるんですが、

そこに書かれている内容が根本的に違う。

例えば我が校文学部日本文学科の「教育方針と教育目標」(一部抜粋)は、


  今、私たちの周囲では、ものごとが、めまぐるしくうつりかわっています。
(中略)
  そのような時代の中で何を残し、何を生み出せばよいのか。
(中略)
  現代社会の中で古くから伝えられた良いものが失われつつあるとき、日本の文学と言葉に支えられた幅広い教養を基礎として、伝えられてきた大切なこと=<伝統>を活かした新しい提案ができる人間を育てること――それが幅広い教養を身につけた人間を育てるということの意味です。
(中略)
  日本文学科は日本文学と日本語について学ぶ学科ですが、日本文学と日本語についての幅広い教養を身につけた人間を育てることで、現代日本社会の文化状況に対峙して新しい提案が出来る人間を育てること、伝統を生かして新しい社会を作る人間を育てることを教育目標としている学科なのです。(以下略)



はい、恐らくこれが標準的なものなんだと思います。

一方、中略が多くなって申し訳ないす、我が学科(一部抜粋)は、



  私たちは誰に教えられなくても創造の喜びを知っている。幼い子供の手が泥土に触れると、たちまち二つの掌の間で泥団子がこね上げられる。泥団子は自ら創造し所有することのできる小宇宙だ。
(中略)
  【じょがぁの所属する】学科は、創造と喜びを満たすことのできるユニークな学科である。
(中略)
  文学部の中でこの学科がユニークな存在であることは、中に入ってしまえば、かえってわかりにくくなるかもしれない。違いが目に見えるわけではないし、勉学の場であるという基本線は他の学科と変わらないのだから。しかし、このことは頭に入れておく方がいい。……念のために一言。私たちの学科が他の諸学科と異なっていることは自慢するべきことでも、また卑下すべきことでもない。ただ事実を認識しておくこと。
(中略)
  創造は喜びであると先に述べた。しかし創作は同時に(略)産みの苦しみの過程を含むことになる。この創造の喜びと苦しみを経験することによって、文学を生きた知恵として学ぶことができると私たちは信じている。
(中略)
  一冊の本は宇宙に見立てられることがある。本の中に、またその背後に控えている、世界の無限の広がりをさしてそう言うのだろう。(略)あなたは自らの内に文学の宇宙を所有するのだ。それが幼い子供の手にした泥団子より貴重なものであるかどうかは分からない。しかし、より豊かなものであることは間違いないだろう。
(中略)
  この先のページに【じょがぁの所属する】学科で学ぶための主要な三つのコースが示されている。各自の興味に応じて、参考にしていただきたい。この「道案内」に従うもよし、自力で自らの歩む道を探すのもよし。いずれにせよ、あなたはすでに文学の宇宙の内部を旅しているのである。



教授の本気をこの目で見た。

とりあえずこんなのが2ページに渡って書かれているわけです。


というかね、なんかよく分かりませんけどね、
「教育方針と教育目標」のクセにきれいな起承転結が生まれてるんですよね。

「起」で泥団子を例示して、「転」でそいつを再び持ってくるとか……。

それに、その他太字斜字のとこは文学的な表現を使っているという。


高校時代もそうだったけど、
「教育方針と教育目標」なんて見ようとすら思わなかった自分ですが、

我が学科のそいつは何度読み返したことだろうか!



それなのに、
作家を養成するための学科じゃないってのが不思議すぎる。

とりあえず説明には
『専門とする学問を教えることで、学生を社会に通用する教養ある人間に育てる』という、
どこかで聞いたことのあるフレーズが引用するかの如く記されていました。


その下の段で「そりゃまあ作家が生まれたら嬉しいなー」的なことを書いてるんですけどね。
謙虚すぎて感動だぜ……!



まあ、でもですね、


私たちの学科が他の諸学科と異なっていることは
自慢するべきことでも、また卑下すべきことでもない。



きっと、そういうことなんでしょうね。


まあ、どの学科にもいわゆるDQNみたいのがいるわけだし、
うちの学科にも結構いるしね。
地方大学であまり優秀な大学でもないからそこらへんは腹くくってたけどさ。

まあでも「MARCH以下はクソ」とか言ってる輩には
この喜びなんて分からないだろうし別に分からなくてもいいさ。
そういう事実を認識できただけで十分よ。


とりあえず四年間が楽しみで仕方がないぜ!
 心地の良い朝だ。
 一足早い五月晴れ。こんな日には洗濯物を干すに限る。
「えと、統流君」
 制服姿の吉佐美が台所で食器を洗っている。
 これが朝の風景であることが、まるで夢の中の出来事のように感じられて仕方がない。
 というのも、今朝は彼女の来訪を知らせるチャイムで目が覚めたのだ。一緒に学校へ行くことがかねてからの願いだったらしい。でも平日中に登校するのはまだ恥ずかしいから、部活のある休日に行きたいとの要望だった。なんて健気な夢なんだろう、思わずほろりときてしまう。
「あの、とても言いづらいことなのですが……」
「どうした? 何でも言えよ」
 実に清々しい空気。思わずお日さまを仰いで伸びをしたくなってしまうくらいだ。
 何を訊かれたって、笑って答えられるさ。
「えっと……今日、午後から雨が降るみたいです」
 一瞬にして固まる。
 楽しみだったおやつを、弟に食べられるような気分。
 今、一番耳にしたくない事実であった。
「ま、まあでもさ、部活は午前中で終わるんだろ? なら問題ないさ」
 それでも笑って言えたのは、やはり気持ちのいい天気だったからだろう。
 心の中では瞬時に寄り集まって生まれた積乱雲が篠突く雨を降らせていたのだが。


四月二十九日(火)昭和の日


「えへへ、なんか不思議です。歩いて学校に行くなんて」
 サイドポニーを揺らして歩く。半ばスキップだ。一年以上歩いてきた道も、吉佐美にとっては新鮮そのものだった。そりゃそうだ。バスと徒歩ではスピードも違えば目線も違う。肌に触れるものも耳に入るものも違う。
「オレも、誰かと歩く通学路なんていつ振りだろうなあ」
 ひょっとしたら小学以来になるのではないだろうか。そりゃ、途中で知り合いと出会って一緒に学校まで行くことはあるが、終始肩を並べて歩くなんてことはなかったと思う。
「あたしも、中学は千代と一緒に歩いて通ってたんですけどね」
 まだあれから一年とちょっとしか経ってないんですよね、不思議ですね、なんて呟きながら吉佐美は車の作る長い尾を眺めていた。もしかしたらオレを眺めているのかもしれなかった。
 いつもの天端を渡り歩く。「あ、学校です!」なんてはしゃいでいる彼女を思う。まるで一年前のオレのようだった。新品の制服で歩いているような、そんな感じ。あの感情はもう忘れてしまった。
 学校に到着する。門の側に立つ時計台は八時十分を指している。練習は九時から始まるから来るのが早すぎたと言ってもいいな。
 というのも、お互い気まずくなって、早々にアパートを出たからこうなったんだ。
 ……洗濯物を干し終え、お茶を淹れて数分後、どちらかともなく押し黙り、何か急に立ち入ってはいけない森の中に迷い込んだような気になってしまった。吉佐美はそわそわと急須を眺めたり、時計を見やったり、オレを見つめたりしている。
 ここで彼女を抱きしめでもすればよかったのだろうか。キスの一つでもすればよかったのだろうか。
 彼女の髪に触れ、その耳元で彼女の名を囁き、指先だけで頬を撫で、それからアイシテルと吐息すればよかったのだろうか。
 ――そんなことをすれば彼女の存在は消え去ってしまう。
 ――なだらかな風でさえ霞んでしまうくらい短い温もりしか残らないぞ。
 ――どうせまたそうなるのだ。
 ――もう失いたくないんだ。
 ――小さな繋がりだけで十分なんだ。
 はっとする。
 まるで誰かが語りかけているようだった。辺りを見渡してもこの部屋にいるのはオレと吉佐美だけだ。今の声は、二人のどちらにも当てはまらなかった。
 部屋の壁や、畳や、天井に染み込んで取れない何かがいるような気がして、急にこの部屋が恐ろしくなって、出発を促したんだ。
 客観的に見れば、気まずさを誤魔化すためだったらしく、吉佐美は声色高く「そうですね、早く行っちゃいましょう」なんて言っていた。
 早く行けば部室で再び二人きりになってしまうのに、そんなことこれっぽっちも考えずに、部屋を出たのだ。
 部屋が怖くなって出てきたのは建前であって、二人でいられるこの世界から逃げ出したかったのが本音であった。
 この扉を開けたら、もう逃げ道はないだろう。
 でも、選択肢はそれ一つしかなかった。
 建てつけの悪い、軋んだドアノブに手を掛け、意を決して思い切り引き開けた。
「お、よう二人さん。お早いねえ」
 身体を窓に預け、顔だけ振り向いた。
 源だった。
 ふっ、と意識は中学時代に遡る。隣の彼女と共に遡る。
 中学一年生。あの夏の日。
 体育館で見かけた、足利義美のドリブルを、シュートを。
 ……オレたちは立ち尽くしていた。
 そして、ふと気付く。
 汗ばむ動的な彼女のシルエットは、現在の源と重なるのだ。
 吉佐美と同じように、源も足利の姿を焼き付けていたんだ。
 オレはなんてことを考えていたんだ。
 ここは合唱部の部室で、六日後はコンクールがあるというのに。
 何がハグだ。何がキスだ。何がアイシテルだ。
 二人きりになったら、彼女の歌声を聴けばよかっただろうが。
 その一方で。
「あの、統流君」
 なあ、吉佐美……。
「午後から一緒に遊びに行きませんか?」
 お前は、足利から何を学んだんだよ。


「あ、雨だべ」
 十時を過ぎた辺りだった。平野たちの雑談の最中、いつの間にか空はまっ黒な雲に覆われていた。山影に隠れて、突然オレたちに奇襲をしかけてきたんだ。
 平野が気付いたときはまだ穏やかな方だった。しかし、雨粒が一粒グラウンドに染みてゆく度に弾は大きくなり、落ちてくる量もまた増加していき、最終的に空気は真っ白い雨に覆われた。
「あ……統流君、洗濯物!」
 こういう景色もいいもんだよなあ、なんてお気楽なことを考えていた頭から破裂音がかまされる。
「しまった!」
 こいつは主夫失格だ。雨降ればまず洗濯物の確認。未収納であることが想定される場合は現在地の特定と、帰宅方法及び最短帰宅時間の規定を行う。そして竿竹に吊るされ悲鳴を上げる彼彼女たちを救うのが主夫たる応対である。
「悪い吉佐美、先帰るぜ」
「え……あ、ならあたしも――」
「ちょっと待ちな」
 付いてこようとする吉佐美の肩を掴んだのは源だった。
「吉佐美、まさか部活ほっぽりだしちまうワケじゃあねえよな?」
 妙に落ち着いた調子に、思わず吉佐美は足を止めた。
「悪いな源、平野。オレがいるとはかどらないみたいだし」
「は、はかどらないなんてそんな……!」
 否定する吉佐美も、多分分かっているはずだ。平野も、当然源も。
「平野、彼女さんをよろしく頼む」
「やってやんべ!」
「源、オレが言うのもあれだけど、コンクール、応援してんからな」
「おう、楽しみに待ってな」
「吉佐美、また明日な」
「ちょっと待って下さい、統流君、とべるく――」
 バタン。
 彼女の言葉は最後まで聞かなかった。
 廊下に出、ドアに背を預ける。
 悪いな、吉佐美。オレはただ――。
 いや、今は懺悔をしている場合ではない。まずは昇降口まで走り、靴に履き替えることだけに全精力を傾けよう。
 階段を一段とばしで駆け降りる。この業を習得していて損はないな。校舎の最上階からリズムよく降りていく。踊り場へ、廊下へ、踊り場へ、廊下へ……。高度が下がるにつれて目が回り、頭が呆然としてくる。
 一階に降り立ったとき、幻覚のようなものが見えていた。昇降口に髪の長い女子が直立しているように見えたのだ。オレに背を向け、傘を杖のように突き、ただただ土砂降りの真っ白い世界を見つめていた。
 そうさ、これは幻視だ。
 幻視でなければ白昼夢だ。
 彼女の元へ向かう。靴を取るために……いや、彼女が本当に彼女であるかを確かめるために。
 彼女は微動だにしなかった。にもかかわらず、じっと睨み続けられているような感覚に襲われ続けた。その艶やかな黒髪の底に巨大な眼があって、まばたきもせず凝視しているのではないかと妄想してしまう。
 彼女のすぐ背後で歩を止める。もうこれ以上は近付けなかった。
「なんで、お前がいるんだよ、奏」
 見間違えるわけがない。
 幻でも夢でもない。この後姿は、紛れもない奏のものだった。
「……雨」
「おい、聞けよ」
 奏は一寸とも動くことはなかった。まるで人形のように、強風豪雨を観察する。
「雨ね」
「奏、いい加減に――」
「雨、降ってるわね」
「……あ、ああ」
 なんだよ。
 なんだよその言い方は。
 まるで、まるで機械の部品みたいじゃないか。小さな、無機質な、そんな声で、彼女は見えない雲を見つめていた。
「傘、持ってないんでしょ?」
 本能的な恐ろしみに、ただ従うことしかなかった。声だけじゃない、なんで傘持ってないことを知ってるのかとか、それだけじゃない。
 存在自体に恐れをなしていた。
「ここで合相傘でもすればさ、アンタ、浮気になるのよね」
 その一言に全ての神経が収縮していった。
「奏、最近お前おかしいぞ」
 あんなことを言う奴じゃない。きっと何かの間違いなんだ。
 浮気じゃなくて、浮輪と言いたかったんだろ?
 なあそうなんだろ?
 そう言ってくれよ。そう言ってくれれば、笑っておしまいじゃないか。何事もなく、また同じような日々を過ごせるだろうが。
「……そうよ、おかしいわよ」
 だが、儚い願望は脆くも崩れ去っていった。
「分かってるから、自分が変だってことくらい、分かってるんだから! だって、だってだって、本当に変なのよ! おかしくなっちゃってるの! 気が付くとアンタのこと探してて、どこ行けばアンタと会えるのか考えてて、働き先にも行っちゃっててさ……。アンタだってさ、どうせ私のこと病んでるって思ってるんでしょ! 隠したってムダよ。アンタの考えることくらい分かるんだから!」
 癇癪の玉が暴発した。口を開きかければ悲鳴のような津波に呑まれ、口を閉ざせばヒステリックな山崩れに埋まる。もう何も言い出せず、言い返せず、ただ投下されてゆく爆弾に自らの身を差し出す他なかった。
「こんなことしちゃいけないことくらい、知ってるわ」
 彼女の言動は前触れもなく鎮静する。
 焼け野原に立ち尽くした木偶の棒が風に吹かれて揺れている。
「だって、私のしてること、ストーカーじゃない。今日だってアンタのこと追いかけたの。こんなの犯罪よ。……いいえ、そんな法律でどうこう言う話じゃないわね。アンタと吉佐美が恋人で、私はただの腐れ縁。それ以上でもそれ以下でもない。だから私は蚊帳の外。口出しする権利なんてないことくらい、承知してる。いい加減アンタに甘えてばっかじゃダメだってことも、理解してるわよ。でも……でもっ! 仕方ないじゃない! だって、だって……っ!」
 声を張り上げるも、その後が続かない。奏の肩が震えていた。
 そして黒く長い髪の毛を大きく揺らして振り返った。
「ア……アンタのことが、好きなんだから!」
 春雨とは程遠い嵐は、今最骨頂に達しようとしていた。フラッシュが焚かれたかと思うと、遠くの方で雷鳴が轟いていた。
 雨足は学校を駆け巡り、学校正面の広場は湖となっていた。
 それは多分、告白だった。
 奏の、告白だった。
 嘘でも冗談でもなく、また幻覚でも幻聴でもない。
 短い言葉で綴られたそれは正真正銘十三年間の思いが詰まった、告白だ。
「女の子の方から告白させるなんて……いけないんだから――バカ」
 前髪で顔を隠し、小さな彼女は俯いた。
 ひっ。
 その音と共に彼女の肩が一度震える。
 ひっ、ひっ。
 奏の肩が二度震えた。
「お前、泣いて――」
「泣いてなんかっ! ひぐっ、い、いないわよ……。ひっ、ひっ。雨――あ、めなんだか、ら……」
 地鳴る音に、雨粒の叩き落ちる音。まるで静寂の中に白霧が立ち込めている。
 ここは昇降口で、当然、天井もある。雨なんて、降るわけがない。
「……しょっぱい。しょっぱいよぉ……」
 でも奏の足元には雨粒が一つ、また一つと滴れていた。
 あの奏が、泣いている。
 誇りも威勢も全てかなぐり捨てて、ただぐしゅぐしゅに、子どものように鼻を啜り、ぼろぼろと粒を落としていった。
 そんな奏のことが、ひどく愛おしく思えてしまった自分がいて、でも未知の奏に戸惑っている自分もいるわけで、胸が高まって、躊躇して、でも彼女のつむじを見て、小さくなったなあと実感して、そして、激しく抱きしめてやりたいという衝動に駆られ、無言で包んで、強く、強く抱きしめてやって、くしゃくしゃにやわらかな髪を掻き乱し、そのまま安心するまで抱擁してやりたくなった。
 一歩、彼女の領域に踏み入れる。
「近付かないで!」
 互いに二歩後退する。でもまだ胸の鼓動は収まろうとせず、まるで地球が脈打っているようだった。
「やさしく、しないでよ……」
 静かに、一歩、また一歩と引き下がっていく。
「アンタは気付いてないでしょうけどね、ずっとアンタに縋り付いて生きてきたの。アンタの隣にいようと努めてきたの。そしたら、いつの間にかアンタのことが好きになっちゃったのよ! そうしたら、いてもたってもいられなくなって、アンタと離れるのが怖くなって、怖くて怖くてしかたなくって、もうアンタなしじゃ生きられなくなっちゃったの! ねえ、責任とってよ。責任とってよ! ねえ、お願い……。取れないんなら、七年間を返してよ……。アンタのこと好きになっちゃった一日一日を、返してよ……」
 奏の後退はついに外にまで達し、彼女の無防備な髪に冷徹な豪雨が浴びせかける。
 もう、彼女の頬を伝うものが雨なのか、涙なのか、区別がなされることはないだろう。
 最後に睨みつけて、その手に持っていた傘を投げつけ、走り去っていった。
 それから帰り道についてはよく覚えていない。
 どこから音が流れているのか、今自分が何を考えているのか、どこを彷徨い歩いているのか分からぬまま、気が付けば自室のベランダに続く窓を開いていた。
 洗濯物は洗濯バサミにしがみ付きながらも、既にびしょびしょに濡れてしまっていた。
 どうせなら飛ばされて、林の奥へと羽ばたいて、泥だらけになってしまえばいい。
 そんなことまで思ってしまっていた。


 もう限界だった。
 頭が爆発する。何かを考えようとするならば、多分その情報処理に付いていけなくなって、機能を停止してしまいそうだった。
 横になろう。布団なんて敷かなくてもいい。
 ただ屍のように倒れて、無心に無常の時が過ぎゆくのを眺めていたい。
 雨に晒されながら溶けて、土の上を流れて消えていきたい。
 奏……。
 吉佐美……。
 どうして、オレなんかを。
 何の取り柄もないオレのことなんかを好きになるんだ。告白なんてするんだ。
 こんなオレのどこがいいんだ。
「なあ、教えてくれよ」
 まるで唾液のように言葉が漏れ出てくる。霧の中を漂っているようだった。
「誰でもいいよ。誰でもいいから、教えてくれよ。オレが何をしたってんだよ。何でこんなに苦しまなくちゃいけねえんだよ。苦しませるなよ。奏も、吉佐美も。片方を取ったら、片方を切る破目になるじゃねえか。そんなのできねえよ。人と別れるのはな、悲しいことなんだぞ。後悔ってのはもう遅いんだぞ。なあ……」
 垂れ流しの言語は支離滅裂で、もう意味を為す段階ではなかった。考えることはもうやめ、ただ現実から逃げるために、逃げた。どこへ逃げるったって、記憶というものは憑き纏ってくるのだから記憶を遮断するために心の奥にまで逃げるしかない。
 逃げて逃げて、外部と内部の干渉を全てシャットダウンするまで、駆けていかねばならない。
 そうするしかないんだ。
 助けなんて呼んだって遅い。
 もう遅いんだ。
 悔むことが無駄な行いであるように。
 逃げ続けて、その後に待ち受けているものはなんだろうか。
 多分、何も無いのだろう。
 何も無い中を漂う感覚に似ているのかもしれない。
「統流くん」
 その感覚を覚えている。
「統流くん」
 あれはいつのことだっただろうか……。
「統流くん」
 あのときも、こうして名を呼ばれていて――、
「……大家、さん?」
「目が、覚めたかい?」
 玄関に大家さんが立っていた。
 その手には……いや両腕で抱え込んでいるのは何だろうか。
「ほれ、差し入れだよ。軽石」
 がしゃがしゃ、と巨大なビニール袋に入ったそれを玄関に立てかける。その量は、踵の角質落とし用ではなく、どう見ても園芸用だ。このボロアパートの一室でどう使えばいいというんだ? 盆栽の土にでも使えばいいのか?
「最近、どうかな? 辛いことはないかな?」
 大家さんが勝手に上がってきてコタツの中に足を潜めた。
 ……ああ、そうか。
 助けが、来たんだ。
 大家さんなら、きっと助けてくれる。
「あの、話を聞いてくれませんか?」
「いいとも。聞かせてごらん」
 今日のこと、昨日のこと……吉佐美と付き合いはじめてから、奏に告白されるまでのことを、思い出す限り全ての出来事を話した。
 話すことが辛くなって、言葉を途切れさせながらも何とか連ね続けた。
 きっと錯乱していて、まとまった言語として伝達できた自信はない。でも大家さんはしっかりと聞いてくれていた。耳が遠いのだろう、時々聞き返すこともあった。そうして、ゆっくり大きく頷いて唸る息を吐くのだ。
「羨ましいの」
「どこがですか」
 大家さんにこんなことを話してしまってよかったのか? 相談相手を誤ったのではないか? いやそもそも、これは誰かに話してしまっていいものではないんじゃ……。
「どんなことであれ、悩み、苦しみ、後悔することは、青春の素晴らしい宝物なんじゃよ。今はそう思えなくとも、十年後、二十年後、きっとその思い出は光を放つようになるじゃろう」
 そんなことは本当にあり得るのだろうか。今すぐにでも忘れたいんだぞ? それが輝きだすとは到底思えないね。
「ワシもあなたくらいの歳の時は、モテにモテたの。懐かしい。本当に、懐かしいよ」
 しみじみと、大家さんは語っていた。その声は、なぜか震えていた。
 そういえば大家さんの少年時代の話はまだ聞いたことがない。代樹山で遊んでいるイメージが付くものの、詳しいことは一切知らなかった。そもそも、まだ大家さんの本名も知らないんだし。
「……統流くんは、吉佐美さんとこのまま付き合い続けるか、奏さんと新たに付き合いはじめるか、迷っているんだね?」
「はい、そうです」
「いっぺんに付き合おうとはしないんだね? ふむ、潔い子だ。感心感心」
 ゆらゆらと左右に揺れながら、こくこくと頷く。
「それならば、二人の気持ちは差し置いて、あなたと向き合ってみなさい。統流くんの半生を、生まれてから今に至るまでの思い出を、ゆっくりゆっくり、思い出せる限り思い出してごらん。焦っちゃだめだよ。時間はたっぷりあるから、呼吸を整えて、アルバムをめくるように、追想してみるといいよ」
 そうすれば、気持ちの整理が付くんじゃないかの。そう続けて、大家さんはふぉっふぉと笑った。
「また何かあったら、いつでも話に乗るからね」
 やさしく問いかけられ、細い目を更に細めて、知層豊かなほほえみを見せ、大家さんは部屋を出ていった。
「昔のこと、か……」
 一人になって、大の字に寝そべった。イグサの匂いの中に、お茶の香りが練られている。染みだらけの天井から、一本四角い照明が吊るされていた。
 覚えている記憶の中で一番古い幻灯は、奏とサワガニ採りをする一枚であった。
 伊豆の小さな小川でつまみ上げたサワガニ。硬い甲羅はかすかにぬるぬるしていて、それが不思議で顔を近付けたそのとき、奴のハサミが鼻を挟んで離れなかったんだっけか。オレは泣き喚いていたけども、奏は面白そうに笑っていた。
 あれからカニは嫌いになったんだっけ。
 それから、四歳の誕生日があったなあ。あれは確か――。
 そうやって、古いアルバムを一ページずつ開いていくことにした。
 そんなことをして何かが解決するとは思えない。
 でも、確かに気持ちが安らいできて、次第に落ち着きを取り戻していった。


   tsuisou-7  サンドウィッチの気持


「イチャイチャしてんじゃねえよ」
 それが、あいつをも超越するバカ、大瀬崎駿河との出会いだった。ムキになって睨む金髪少年を見て、私は思わず失笑してしまった。中学の入学式の日にも言われたその言葉を三年後にもう一度耳にするとは思わなかった。再び同じ台詞を聞いたことと、前回はお互いに顔が真赤になっていたことが彷彿として蘇り、笑った。
「あら、私たちただ元中が一緒なだけなんだけど?」
「んなもんどうでもいいんだよ。入学早々目障りなんだよ」
「せっかく元中同士でコミュニケーション取ってるだけなのにいきなり喧嘩売るのがあなたの中学校の挨拶なのかしら。ねえ、知ってる? 大学じゃ最初の三日でキャンパス内の立場が決まるのよ。つまり、三日以内に友達が出来なくちゃ四年間ずっと一人のキャンパスライフってこと」
 まるで自分を貶しているようにしか思えなかった。あいつもきっとそう思っているのだろうが、私の顔を見たあと、金髪に向かってこう言い放った。
「ま、それがお前の習った初見に対する挨拶だってんなら今後も続ければいいんじゃねえの?」
 そんな毒舌を吐くような人だったかと、思わずあいつの横顔を二度見してしまった。今思えば、あの毒舌は駿河の発していたオーラに反応したものだったようだ。自称不良少年は言葉を失い、代わりに舌打ちをして席に戻る。
 高校に入ってから私は心に言い聞かせていた。今までの枠を壊して、あらゆることに挑戦しようと。もう私の中の常識は通用しないのだと。誰かに依存するのではなく、少し離れて新しいものを得ようと。やってきたチャンスは必ず活かそうと。
 入学早々の出会いはチャンスだと思った。だからその二日後、学校の設備とその場所を覚えた私は、あいつを連れて一人席に座って黄昏れる金髪少年に声を掛けた。
「ほら、そこの中二病」
「誰が中二病だ!」
 なら反応するなよ、と隣が呆れていた。
「アンタ暇でしょ? 一緒に食堂来なさい」
「はあ? なんで俺が行かにゃいけんだよ!」
「喧嘩吹っ掛けてきた罰。タマゴサンドで許してあげるわ」
 私なりのお詫びだった。変なところだけ礼を弁えてしまっている私は、暗に「あんなひどいことを言ってごめんなさい、これからは仲良くしましょう」と言ったつもりだった。
「そ、それだけでいいのか?」
「オレは親子丼と味噌ラーメンとAランチと野菜ジュースで頼む」
「野菜ジュースなんて飲めねえよ!」
「いや、オレが飲むんだよ。つーかツッコミどころがずれてんな、お前」
 駿河は私の言葉をそのままの意味で捉えてくれて、あいつはそれをネタとして使ってくれた。何でもよかった。こうして新しい仲間が増えたこと、その事実が純粋に嬉しかった。高校生活は今までとは違う。そんな予感が私を包みこんで優しく温めてくれた。


CIMG1521.jpg


手頃な場所にタンポポが群生していて、
運がいいことにスコップも手元にあったので
ちょいと数株拝借してみました。


どうも、じょがぁです。

というわけで、
皆さんも大好き、タンポポコーヒーを作ってみました。


作り方は
カメ五郎さんの動画を参考にしました。


本当にコーヒーみたいな味と香りが楽しめるのか、
体を張ってみたいと思います。


タンポポの根っこは上記の画像を見ての通り、
めちゃくちゃ長いです。
その上、少し引っ張るとポロリしちゃいます。

先端まで完全に掘れた♂のはありませんでしたアッー!


CIMG1523.jpg

それではまず、採れたてタンポポを根元から切っていきます。
断面からボンドのように真っ白い液が滲み出てきますが、
気にせず切断していきましょう。

ちなみに葉っぱも食べられます。
タンポポはどこを食べても健康にいいらしい。
(ただし、Taraxacum――苦い草――と言われるような味ですが)


CIMG1524.jpg

切ったらこんな感じ。
漢方薬にありそうな雰囲気醸し出してるぜェ……。
(実際、漢方としても重宝されているっぽい)

それから側根を除いていきます。


CIMG1525.jpg

取り終えたら水で泥を落とします。
自分はボウルで洗いましたが、本来は流水の方がいいと思います。

適当に洗うと泥っぽいコーヒーになるので念入りに。
細かいところは歯ブラシを使うといいですよ。

(ただ、どんなに擦っても茶色っぽいところが出てくると思いますが、
そいつは根っこ由来の色だ、気にするな)



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撮影:母者

洗い終えた根っこを、今度は輪切りにしていきます。
大体5~3mm程度でカットしていきましたが、まあご自由にどうぞ。
しかし汚い指だなあ。申し訳ねえです。


CIMG1541.jpg

切り終えたよの図。
このくらいでコーヒー3杯分になります。

次はこやつらを2~3日、天日干しにします。
完全に水分がなくなるまで、干乾び干乾びさせましょう。

想像以上にちっこくなります、はい。



~3日後~



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はい、カラカラタンポポの根です。

二まわり、三まわりくらいちっこくなりました。


ライフゼロの根っこを痛めつける炒っていきます。


CIMG1543.jpg

大体弱火で25分前後。
焦げないように菜箸でタンポポと遊んでいてください。

5分くらいたつと、焼き芋の香りがしてきました。


ちょっと不安になる。

もしかしたら、タンポポ以外の根っこも混入しちゃったんじゃないか、と……。
いやそもそも、どこかで調理を誤ったんじゃないか、と……。
つーか、タンポポって食えんの? と……。

でも10~15分後になると、
かすかな湯気と共に、コーヒーの芳ばしい香りが到来します。


上がるテンション。
こりゃ、ひょっとしたら美味いんじゃないの? と。


CIMG1544.jpg

時間になりましたら、手挽きのコーヒーミルに投入して下さい。
かなり熱くなっているので、慎重に。


CIMG1545.jpg

あとはゴリゴリしちゃう系。
コーヒーと同じよ。

ちなみに今回は細挽きです。コーヒーは苦くないとね。
(酸っぱいコーヒーが飲めないだけです)


CIMG1547.jpg

さて、挽き終えたものがこちら。
若干色が薄いかもですが、見た目はコーヒーそのもの。

ただし、

香りは若干甘いです。

もちろんコーヒーの香りもするんですが、
その香りの前にほんのり春の甘味が染み渡るんですね。

だから香りはコーヒーだと思って鼻にしない方がいいかもしれん。
自分は好きだけどね、この香り。


CIMG1548.jpg

フィルターに粉を入れ、
あとは人数分の熱湯を注ぎます。

この量は先程も言いましたが、今回は
3人分です。


CIMG1549.jpg

見た目コーヒー。
ええ、粉の膨れ具合なんてまさにコーヒーじゃないすか!


CIMG1552.jpg

ほら、色もブラック!

もうちょい薄い色で出てくるんじゃないかな、
なんて思ったんですが、
単なる杞憂でしたね。


CIMG1553.jpg

まあ、どう考えても分量間違えてますけどね。


CIMG1554.jpg

カップに注いだよの図。


早速飲んでみた。









あ、コーヒーだ!

信じられない、本当にコーヒーの味がする!


この拡がる苦味、微かな酸味、仄かな甘味

お湯の量間違えたかな、なんて思ったけどそんなことはなくて、
実にコクがあって美味しい。

普通に飲めます。ええ。これはオススメしたい!


ただ、香りはコーヒーほど強くはなかったです。
あるにはあるんですが、おまけ程度の弱い香りになってしまっていました。

それと、キレはほとんどないと言っていいと思います。
後味がずっと喉と舌に残っていて、一時間経ってもコーヒーの苦味を感じられます。


まあ、そういう品種のコーヒーだと思えば
特に気になるようなもんじゃないと思いますね。


ちなみにタンポポコーヒーにはカフェインが含まれていません。

夜遅くに飲んでも大丈夫です。

また、妊娠されてる方にもやさしかったり、
滋養強壮、弱った体にこれ一杯。
古くから健康にいいと飲まれていたようです。


まあ詳しいことはググって下さいませ。

とにかく、


【結論】タンポポコーヒーはマジうめえ。


ということです。

もし良かったら作ってみてくださいね。
責任は負えませんけど。

あと、何でも大量に摂取することは良くないので、
タンポポコーヒーも普通のコーヒーも飲み過ぎないように。
どうも、じょがぁです。
久しぶりにバトンやってみるです。


一次創作小説バトン (22問)

01. あなたのHNは?

ブログ作品では城ヶ崎ユウキを名乗っております。


02. HN、サイト名の由来を教えてください。

城ヶ崎ユウキは伊豆半島東岸の「城ヶ崎」から借用。
ユウキは本名から借用。
サイト名は旧ブログ「FOREVER-BLUESKY」を短くした感じ。
ちなみにフォーエヴァーもブルースカイも自作キャラの名前です。


03. 小説を書こうと思ったきっかけはなんですか?

漫画家になりたかったけど、絵心が無いと悟ったからです、はい。


04. 作中の主人公は自分と似ていますか?あるいは、自分に似たキャラクタ―を登場させますか?

似せないようにしてますが、多分みんな城ヶ崎似になってます。
どっかしらで自分を投影してるんでしょう。


05. 一人称の時、男と女どっちが書きやすいですか?

断然男っす。特に同年代。
でもそのまんまじゃダメだと思うんで、
最近は色んな人の視点で書いていたりする。


06. どんな格好で小説書いてますか(どんな格好で書くと一番集中できますか)

画面から1mくらい離れて、
膝にキーボードを置いて、
舟漕ぎしながらカタカタする。


07. 創作のお供はなんですか?

カフェインと音楽。
洋楽やら無声ものやら。激しくないので頼む。


08. 長編、短編、どちらが書き易いですか?

書きやすいのはまあ、短編でしょう。
でも、書きたいのは断然長編。


09. 自分にとって一番書きやすい、または書きやすそうなジャンルはなんですか?

学園ものかファンタジーだよなあ、と。
でもその二つを組み合わせるのはあまり好きじゃなかったりする。
(翼の生えた少女も、学園とファンタジーで棲み分けられてたし)


10. これには明らかに影響を受けた、という既存作品はありますか?

ジブリのOn Your Markは絶対影響受けてると思う。ラピュタも。
でも大体の発想の根っこは自分の夢の中だからなあ。


11. 作中の登場人物の名前にこだわりを持ちますか?

地名はよく使うよ。


12. 小説を書くときに(主に短めのもの)構成をたててから書きますか?それとも突発的に書きますか?また、構成をたてる場合なら登場人物から?それとも内容から?

短編は大抵突発的に書きたくるです。
構成たてる場合……短編は内容から責めていくと思う。


13. どんなときに小説のネタを思いつきますか?

最初の発想は帰宅途中が多いなあ。
で、細かいシーンは寝る寸前と風呂の中で浮かぶことが多い。


14. 作中で地名を出す場合、架空の場所として新たに名前をつけますか?既存する地名を用いますか?また、新しく作る場合、どのようにして名前を決めますか?

ほとんど既存の場所から取ることが多いす。
ファンタジーでも、舞台のモチーフとなった場所から取ったり。
あとは現在の言葉からもじる感じ。


15. 小説を書く上で参考にしているサイトはありますか?また、それは何処ですか?

最近はもうほとんど行ってないけども、
モノ書き一里塚
Real Create
はお世話になってましたね。他にも色々巡ってました。


16. アクションシーンは何か参考にしてますか?

模索中です、はい。
だからアクション苦手なんだよ、うん。


17. 正直恋愛小説書いているときって恥ずかしくないですか?

最近恥ずかしく思ってしまうようになってしまった……。
そういう次元の話じゃないだろ、と叱りたいもんです。


18. 自分のキャラが夢に出て来たことはありますか?

今後の方針をよく教えてくれます。


19. 執筆中の作品に取り憑かれたりしますか?(重苦しい話を書いてたら鬱になったり、恋愛小説書いてたらウキウキしたり)

憑かれてますよ、ええ。
もう少し憑かれたい。


20. 絶対に書いておきたい(書き上げたい)お話はありますか?

ワールドフューチャーシリーズは死ぬまでに納得のいく形で仕上げたい。


21. 作品を通して、その中にメッセージを込めていますか?また、ある場合それは一貫したものですか?そしてそれは何ですか?

そりゃ当然す。
笑って泣ける、温かい小説を書いていきたいですね。
まあ作品によって主張は当然変わっていきますが。


22. バトンを渡したい一次創作小説作家さん。

そこのあなた。


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このバトンのURL:
http://www.baton-land.com/baton/917

バトン置場の『バトンランド』:
http://www.baton-land.com/










はい、そんな感じで、久しぶりのバトンでした。
なんかやった覚えあるけど、気にするな。
どうも、何だかんだで大学生になったらしい。
じょがぁです。

とりあえず隣の人に話し掛けてやんよ作戦実施しとります。
まあ出だしはなかなかのようで。
後はもうなんとかなるはず。うん。


というわけで、自転車を新調しようと思って
サイクルハウスドンキーさんの所へ行ってきました!

駅から歩いて数分のところにあるこの店。

前々から立ち寄ってみたいなあ、なんて思っていたりしていた場所で、
ついに今日足を踏み入れることにしました。


ANCHORRFA5 EXってのに目を付けていたんですが、
どうも長距離(京都やら宮城やら行く)には向いてないようで、
SURLYCROSS-CHECKなるものをオススメされました。

しかしながら、その自転車はギアが2×9と、前輪ギアが二段階しかなかったり、
ギアチェンジのレバーがドロップハンドルの先端についていたり、
タイヤがちっと細かったりと、
細かい欠点があったりします。

なのでこいつを買おうか迷っていたんですが
そうしたら店長(自称キャプテン)が、

「なんならこいつのフレームを元に色々組もうずw」

なんてことを言ってきたわけですよ。


すなわち、

オーダーメイドです。

ええ、まだ大学生になりたてほやほやのひよっこが、
いきなり特注品に乗ってしまおうじゃないかと、そういうお話です。


実はこのドンキーというお店。

そんじょそこらの自転車屋とは違いまして、
自転車に全てを注ぐ少数精鋭職人が経営する超☆自転車屋だったのだ!

彼らに整備を任せれば、一週間かけて隅々まで検査してもらえ、
自転車の寿命は飛躍的に伸び……具体的にいえば(新品で)二倍は伸びるらしい。


そんな彼らの腕を求めて県外からやってくる人も少なくないとか。
(所在地が伊勢原……即ち、県央であるにもかかわらず)


いやぁ、とんでもないところに来てしまった……。
全く知らなんだですよ。

特注パーツの大半はそんなお店さんに任せてしまいました。
とりあえず、志望金額は20万ということで。
丈夫であることを最重視したので、一生涯乗っていけるものになるはず。
20万なら妥当なとこだろうかな。

予算原案をドンキーさんが作成して下さるようで、
またそれからあーだこーだ話し合ってから最終的な金額を決めるんです。

発注はそのあとになります。
部品在庫の有無も不明な状態なので最終的に手元に来るのはいつになるんだろう……?


まあそんなこんなで。
その他備品は少しずつ手に入れていきたいと思います。

夏前にはやってくるといいなあ。
もしかしたらこの夏に京都行けるかもしれんな……。
暑くて行けないかもだけど。
「穂枝、いいか、誤解だからな。絶対誤解だからな!」
 そのセリフは本日通算八度目だ。朝から目が合う度に同じことを繰り返し言い続けている。まるで劣化したビデオデッキのようだ。
「昨日のあれは、デ、デ、デートなんかじゃねえからな! 神子元が勝手にやったんだ! 俺は関係ない!」
 とはいいつつも、誤解するまでもなく大瀬崎を被害者として捉えている。そもそもデートで知り合いのバイト先に突撃するはずないだろ。
「分かったからもう言うな。誤解を撒き散らしてるぞ」
 大声でデートだの叫んで、女子の名前を添付でもすれば有りもしない噂が捏造されることくらい容易に想像できる。
 大瀬崎が辺りを見渡すと、一斉にクラスメイトは雑談を始めた。奴は小さく咳払いをすると静かに着席する。
「……で、あのあと奏はどんな感じだったんだ?」
 昨晩はずっと奏のことばかり考えてしまっていた。吉佐美との帰る道のりも、帰宅してから掛かってきた電話中も空返事ばかりで奏の奇行について思考するばかりであった。
 どうして彼女はニラレバ炒めを頼んだのだろう。
 いや、そんなの本題じゃない。でも気になるじゃないか。
 まあさておき、奏の……奏の何が本題なのだろう。
 とりあえず奏のことを考えるか。
 それこそ無駄なことではないか。
 今は吉佐美がいるじゃないか……。
 延々とループする自分の低脳さに呆れ果て、やがて尋ねられる吉佐美の無垢な声にはっと我に返る。それからしばらく彼女の声に耳を傾けるものの、ふとした言葉に奏と過ごした昔の記憶が蘇ってしまうようで、知らぬ間に奏の姿が朧に霞んで立ちつくしているのだ。
 眠ることもできずに何度も寝がえりを打ち、寝不足の状態に陥り現在に至る。
「戸の前でしばらく立ち止まってて、それで伊東が歩いてるのを見つけた途端めっちゃ早足で歩き出してだな。付いてくのが精一杯だったぜ」
「そうか……」
 いつもと様子が違う、大瀬崎の話でもそれは感じ取れた。でもその動機がさっぱり分からない。
 再び頭の中がどろどろと煮えたぎってくる。
 結局昨日考えに考え抜いた結果至った仮説は「奏は意味が分からないし、そうとしか思えなくなってしまったオレも意味不明だ」である。もうお手上げだった。
「なあ、穂枝」
「どうした」
「こんなこと言っていいのか知らんが……」
 大瀬崎が珍しく遠慮がちだった。
「なんだよ、お前らしくない。はっきり言えよ」
「ああ」
 それでも奴はあからさまに躊躇していた。
「奏はさ、お前のこと――」
「あーはいはい見当違いだな。お前、目付いてないだろ」
「まだ何も言ってねえだろ! あと視力舐めんな! 複眼級の眼力だっての!」
 複眼て、気持ち悪いな。
 ……大瀬崎の言いたいことは、言わずとも予想できる。
 大瀬崎も吉佐美のように直観したんだ。奏が好意を寄せている、と。
「んなもんあり得ねえよ。昨日のあの機嫌を思い出してみろよ。最悪だったろ」
「お前こそ思い出してみろっての。昨日の神子元、お前のこと見つめっぱなしだったじゃねえか」
「一度も目が合わなかったぞ」
 というか、肘打ち喰らっても観察できるだけの気力はあったんだな。
「お前が顔上げたら途端に逸らしてんだよ。あの憂いに富んだ眼差し。ありゃ片思いした眼差しだな」
「お前のその妙な自信が怪しすぎて仕方ない」
「俺にはアネキがいるからな」
 自慢げなその声は、見栄ではなく誇りに満ち満ちていた。軽々しく否定できなかった。
「ま、お前には伊東がいるんだ。神子元なんざどーんと振ってやれ。ハーレム形成しようと目論んだ瞬間ぶっころだからな!」
 思わずこぶしを握り締めてしまう自分がいた。
 いや、ハーレムとかぶっころとか、そういう問題では無い。
 まるで畑に生える雑草を引っこ抜くかのように、いとも簡単に振れと言ったその態度が気に入らなかった。
 大瀬崎は分かっていない。
 第三者だからそんな身勝手なことが言えるんだ。
「まあ冗談はさておきだ」
 どこまでが冗談なのかはっきりしない大瀬崎が空咳をする。
「女ってのはな、失恋するとケロッと忘れちまうもんなんだよ。好きな奴との思い出も、きれいさっぱり洗い流して、清算するんだ。好きな奴が別の奴のことを好きなんだって気付けば、白けて興ざめしてちゃんちゃんだ。少なくとも、俺のアネキはそうだった」
 大瀬崎の姉は確か一、二年前に婚約した。そんな話を冬頃に聞いたような気がする。大瀬崎の姉はきっと苦い恋も経験したことがあるのだろう。
「冷静に考えてみろ。もし奏が失恋してるんなら、わざわざお前の働き先に行ったりしないだろうし、行こうとも思わないだろ? やっぱお前のこと好きなんだ」
「前提が間違ってるだろ。オレと奏は腐れ縁。互いに異性として好意を寄せることなんてねえんだよ」
「まあ、そうかもしれないけどよ……」
 大瀬崎は完全に納得したわけではなかった。オレも納得はしていなかった。
「とにかく」
 金髪の男はすぐさま開き直る。
「独り身の俺にとってはお前が憎たらしいって言いたかったんだよ。裕福な悩みだチクショウ! 俺の悩みも訊けよこの野郎!」
 奴の悩みとは、金曜日の出来事であった。放課後、コンビニへ向かった彼はついに可愛い(と噂の)店員にアタックしたらしい。
「おにぎりと、ミルクティーと、それとあなたを……お持ち帰りしたい」
「袋ご利用になられますか?」
「あ、はい」
 こうして、彼は儚き恋に幕を下ろすこととなったのだった。残念、お持ち帰りはコンビニじゃない、ファーストフードだ。
「穂枝ぁ、俺もう生きていけねえよ……生き甲斐見つけてえよ……」
 こいつは将来泣き上戸になる。ああそうなるだろう。
「大室の隣の子でも狙ってみようぜ、な?」
 あまりに哀れだったので妥当な線を言ってみた。
 突如、ガバリと立ち上がる。
「その手があったか! しゃあ! 隣の子、ゲットするぜ!」
 エリクサーを使用してもいないのに完全回復した大瀬崎は活き活きと大室たちのいる窓際最前列へ赴いた。オレは席から観察することにしよう。
「あ! スルメっちが現れた!」
 隣の女子が大室の肩を叩いた。
「いずみん、餌をやりますか? 『はい』オア『イエス』」
 選択の余地はなかった。
 こくり、と大室は小さく頷いた。すると隣の子は小瓶を取り出し、大瀬崎の手に振りかけた。
「はい、ゴマしおー!」
 ごま塩を携帯している女子高生、初めて見たぞ……。
「う、うめえ!」
 舐めるなよ、大瀬崎……。
「今だいずみん、行け! モンスターペアレントボール!」
 大室がボールを投げる振りをした。腕だけで投げる、いわゆる女子投げというものだった。
「うわー! 申し訳ございません、ですがお宅のお子様だけを特別扱いすることは……!」
 大瀬崎、それは何の真似だ。
「やったー! スルメっち、ゲットだぜ!」
 女子二人組が爽やかにハイタッチを決めた。
「捕まったぜ……じゃねえよ! なんだよこの扱い! つか俺のあだ名まだ教えてないだろ! いつ知ったんだよ! あといずみちゃん便乗しちゃダメでしょ俺だってつい乗っちまっ――」
 うるる。
 大室の瞳に大粒の涙が溜まっている。大瀬崎の大声マシンガンに驚いてしまったようだ。
「あー、スマン、俺ひんし。一撃必殺喰らっちまったよ……」
『うわ、つかえねー』
 オレと、大室の隣が声をそろえてぼやいた。
 相変わらず大瀬崎はアホだったが……。
 ――女ってのはな、失恋するとケロッと忘れちまうもんなんだよ。
 たまに、あいつは思いもしないようなことを口にするんだ。
 オレだったらそんな器用なこと、絶対にできない。いつまでもいつまでも、ずるずると格好悪く引きずっていってしまうだろう。
 まったく、女心なんて分からない。
 ああ、分からないとも。
 オレは男だからな。
 そうやって、開き直るしか術はなかった。


四月二八日(月)


 奏の気持ちとか、吉佐美の気持ちなんて、関係ないんじゃないのか?
 つまらない歴史の授業を終えて、そんな仮説を打ち立てたりしていた。
 オレ自身の問題なんだから、奏がどう思っていようが関係ない。オレは吉佐美の彼氏なんだし、今の状態にさほど不満はない。大瀬崎に言わせてみれば贅沢な悩みなのだろうしオレだってそう思う。
 元はと言えば、奏が何を考えているのか分からなくなったのに戸惑っただけだ。誰しもそういうことは一度くらい巡るもんだ。深く考えることなんてなかったのかもしれない。
「はい、統流君。口を開けて下さい」
 だから吉佐美に摘ままれたダシ巻き卵を差し出されているこの状況も、あまり深く考えなくてもいいのかもしれない。
「はい、あーん」
「あ、あー……って、まてまてまてまて! さすがに待て!」
 反射的に立ち上がってしまっていた。いやだっておかしいだろ、公共の面前で「あーん」とか、さすがに場所を考えようぜおい! つーか、初めての「あーん」で晒しとかレベルが高いって問題じゃねえぞ。
 クッションに座るみんなを見渡し下ろす。吉佐美はオレのことを恐ろしいものでも見るかのような眼差しで見上げていた。本気で衝撃だったらしい。大瀬崎は大室お手製の蓬餅を口にした状態で停止している。情報処理が追い付いていないらしい。
「統流っちはウブだなあ。食べちゃえばいいんだよ、『あーん』って言って」
 白渚は完全に見せ物として笑っていた。やり方くらいオレだって知ってる、多分。いやそうじゃなくて、こうやって囃されるから嫌なんだ。
 その一方で大室は期待の眼でいつまでもオレを見続けていた。まだ希望を捨てたわけじゃあないと主張している眼だ。正直弱る。
 奏は……水筒からほうじ茶を注いでいる。黙々と。
 再び見た吉佐美はひどく小さく見えて、束ねられた長い髪もへたりと垂れ下がっていた。もしかしたら、これも彼女の小さな夢の一つなのかもしれない。
「仕方ないな……」
 定位置である吉佐美の隣に落下するように座り、吉佐美と向き合う。
 あーん、と口を開ける。
「えと、これは……」
「続きだ、恥ずかしいから、やるんなら早くやれ」
「え、あ、はい! あ、あーん、です」
 ぷるぷると微動する卵焼きが接近する。緊張がすぐそこにあった。すぐにでも食べてしまいたい羞恥心に耐え、口内に入り込むまでじっと忍び待つ。吉佐美の頬が紅潮していく様をじっと観察していた。
「あ、あーん」
 ダシ巻き卵が唇に触れる。その瑞々しい触覚に衝動を覚える。そのインパルスに自制が利かなくなり、思わず吸い込むように卵を口にした。
 和のほどよい甘い舌触りに思わず吐息を漏らす。
「んまいな」
「し、至福です……!」
 さっきまでとはうって変わったやわらかな微笑みに心が休まった。
 吉佐美に悲しい顔は似合わないよ、やっぱり。
「穂枝、てめえ……。ちったあ場をわきまえやがれ……! バカップルって言われてえか」
 バカップルの称号は白渚と大室ペアに譲ってやりたいから勘弁しよう。まあ場所をわきまえなかったのは悪かった。
「あー俺も彼女が欲しいわ。膝枕で耳かきとかされてえ。な? みこも――ぐべっ?」
 既に大瀬崎の顔面には水筒がめり込んでいる。手加減知らずの奏によるピッチングだった。
 大瀬崎の冗談も度が過ぎていたが、奏はもっと度が過ぎている。
「おい神子元! 今のはさすがにいてえよ! 鼻血出たじゃねえか!」
 鼻血で済んだお前の耐久性能が不思議すぎてツッコみたいよ、オレは。


 吉佐美と付き合っている日々にもそろそろ慣れてきたのだろうか。あれから大瀬崎と帰ることはなくなり、自然と合唱部の狭苦しい部室へと向かっている自分がいた。行っても益になるものなんて特に思い当たらないけども。
 こういうことが「日常化する」と言うのだろう。
 奏に対する形にならない疑問も、やがては「日常化」していくと思いながら部室の扉を開いた。
「お、穂枝君じゃねえか」
 室内では源が一人でアカペラでの練習をしていたようだ。楽譜を持った彼女は上半身だけ振り返って手を上げる。
 他の部員はまだいない。ここまで来る途中で箒を持ってる生徒がいたから、残りの二人は掃除をしているのかもしれない。
「熱心にやってるな」
「そりゃ、一週間後にゃぁ本番だからな。部の中じゃ私が一番下手だから、あいつら以上に頑張んないといけないんだ」
 そういえば、前にコンクールがどうとか言ってたな。
 すっかり忘れていた。一週間後と言うと……ああもうゴールデンウィークじゃないか。今年は確か五月の三日から六日までの四日間だったと思う。今日は月曜日だから、連休三日目になる。
 窓開けていい? ――ああ。
 そんな軽い会話を交わす。また練習に戻っても大丈夫か? ――構わない。
 手近にあった椅子を手に取り、座る。解放された窓からなびく春のそよ風が気持ちよかった。源はその窓の外向かって喉を震わせた。
 源のアルト声は上手くもなければ下手でもなかったと思う。人並みの歌声で、音程が高くなると半音ズレて聴こえる。でも力強いそれは二人を牽引するには充分なパワーを有していた。
「なあ、アンタさ」
「なんだ?」
 歌を中断させ、源は振り返った。
「吉佐美のこと、訊いたりしないんだな。今ならなんだって話してやるのに」
 確かに源は吉佐美の旧友で、様々なことを知っているんだろう。吉佐美の過去も当然ながら、吉佐美の趣味、好きな食べ物、好きなタレント、好きな歌……ひょっとしたら癖や隠し事だって教えてくれるかもしれない。
「いや、いいよ」
 でもなぜか何も訊く気にはなれなかった。
 どうしてだかは分からない。
 多分、そういうことはこの目で見つけたいんだろう。
 そうだ、なかなかいい線を行ってるんじゃないのか?
 ちょっとだけ自分を焦らすのもいいのかもしれない。
 うん、そういうことだ。そうに違いない。
「こんな貴重な資源が間近にいるんだぜ? 本来なら飛びついてでも問いただすもんなんじゃあねえの? まあ本気で飛びつかれたら殴るけどな」
 ――誰とも付き合ったことないけどさ、初めての彼女なんだろ? 少しでも相手のこと知りたくなるもんなんじゃないかな、普通。
 源の意見は、それはそれはごもっともだった。オレもきっとそうするはずなのだ。
 でも、どういうわけかこれが初めてじゃないように思われて仕方がなかった。
 ずっと昔に誰かのことを好きになっていて、それが結ばれて、そしてその気持ちを引きずったまま別れて、それからも引きずり続けて……。
 吉佐美の告白を受けてからも冷静でいられたのは、そんな心境があってのことだった。
「……ホント、穂枝君ってクールだよな」
 やれやれと肩をくすめ、楽譜に目を移す。
「お前も同じくらいクールに見えるけどな」
 落ち着き払った様子で終始話すんだ。周りにいる女子はテンションが高いか、きょどってばかりいる。だからそう見えたのかもしれない。
「中学時代はアツすぎるって言われたんだけどなあ。私も歳老いちゃったね」
 元ムードメーカーは小さく、どこか諦めを含んだ笑みを見せた。
 中学時代、源は吉佐美と共に汗と涙を流したのだ。
 関東大会に出るため、日々練習を積み重ねてきたのだ。
 その源が今、哀愁を漂わせている。誰だってそれとなく哀しい気分に浸ることはあるだろうが、その表情に、どうしてか不思議に思えて仕方がなかった。
「あ、穂枝君だ」
「統流君……!」
 ドアが開き、合唱部全員が揃った。
「あ、あのさあのさ、穂枝君て、料理上手け?」
 平野のだべっ声だけが駆け寄ってきた。本人は吉佐美の半歩後ろにいるのだが。興味津々であることが聞いてとれた。
「まあ、一応は」
「ホントけ! 羨ましいべ! そ、それじゃあさ、今度――」
「雪音」
 質問責めをしかけようとした平野を吉佐美が制する。
「統流君が困ってます」
「ご、ごめんなさい……」
 吉佐美の背中に隠れてしまった。仕草が会ったばかりの大室を髣髴させるな。
「雪音、気張らずにだべだべ調で喋れるから嬉しいんだな」
「そ、そんなことないべ!」
 源が茶かすと平野は首と両手首をぶんぶんと振って全否定した。
「統流君、えと、今日はなんで来てくれたんですか? 言いそびれちゃいましたから、来ないと思ってました」
 ここに来た理由なんてない。ただ何となく来てしまっただけだ。
 お前に会うためだよとか、少しでもお前と一緒にいたいとか、そんなクサい台詞の一つや二つをさらっと言えたらよかった。
 でも、恥ずかしかったり、他の何かが妨害したりして、その考えはそっと隅に置くことにした。
「来ちゃ悪いか?」
 代わりにそう言っておいた。
「い、いえ! 至福です!」
 吉佐美にとっては、オレの存在自体が至福なのだろう。
 ……冗談のつもりで思ったが、実際その通りだった。彼女は何度至福と言っただろうか。こんなオレで至福を感じられるのはどうしてだろうか。
「吉佐美ンたら、さっきからずっと穂枝君のことばっかり話しててね、そんで、私も穂枝君のこと、知りたくなっちまったんだべ」
 平野からは、憧れの念がこれでもかと放出していた。オレは別に都会出身でもないし、カリスマとは程遠い存在だ。どうして平野も吉佐美も、そんな眼差しを向けるんだろう。
「な? 千代もそう思うべ?」
 窓際に立っていた源に三つの視線が集中する。
 窓際の少女は何かを言おうと口を開いたが、その言葉は溜息によって彼女の喉奥に呑まれていった。
「仕方ねえなあ」
 どこか、諦めを感じさせる吐息を合図に楽譜をテーブルに置き、椅子の背に自身の胸を乗せて座った。
「穂枝君、ガールズトークというものを知ってるか?」
 空咳を一つした源は返事を待たずに語りだした。
「ガールズトークの起源は縄文土器を作る女性たちが育児に関する知識を共有するために行った話し合いにまで遡る。やがてそれは平安時代に格式化、耽美化し、歌合となって芸術としては最高潮に達するも、和歌が廃れると共にそれは本来の姿に戻り、戦国時代、江戸時代、そして明治大正昭和と現在のガールズトークの原型となる井戸端会議という概念が全国に拡大するも、戦後の欧米化、地下水汚染が広がり衰退、その前後に産声を上げたのが、ガールズトークと呼ばれるものなんだ。話す内容も、育児の知識から広がり、今や近所の噂、有名人のスキャンダル、根も葉もない都市伝説……二千年の歴史を圧縮したそれらの話題はどれも女子たちの心を鷲掴み、離すことはない。そして、何より一番の甘い蜜は、恋の話、それつまり、恋愛トーク! 近所の恋沙汰! 有名人の浮気騒動! 根も葉もない隣の佐藤さんの片思い疑惑! そう、ガールズトークとは即ち、女性の栄養剤! 女性の嗜み! そして何より、人を知り得る情報の最高機関なのである!」
 椅子に片足を乗せ、びしりと人差し指を突きつけられる。
 稀に見る熱弁だった。よく分からんが、とにかくガールズトークってのは歴史あるものらしい。
「ま、冗談はさておき」
「冗談かよ!」
 本気で捉えてたぞ、オレは……。
「ゆきねえ、やっておしまい」
「やってやんべ!」
 この意気込み、オレには理解しがたい。ガールズトークって凄いな。
「んと、吉佐美ンのどこに惚れたけ?」
 なんだよ、いきなり飛ばすのかよ。
「惚れたところか……」
 目立たない奴で、特に惚れるところはなかった。
 でも目立たないことをコンプレックスにしている彼女を前にそんなことは言えなかった。付き合ってから好きになっていこうと思って付き合いだしたから、そこまで深くは考えてなかったなあ。
 まあ強いて言うならば。
「親身なところ、かな?」
「いつも気遣ってくれるとこは吉佐美の美点だよな」
「いえ、そんな……」
 照れる彼女は、満更でもないようで、とても嬉しそうに顔を赤らめていた。
「他にも何かあるけ?」
 他にも……。
 挙げれば山ほどあると思ったのだが、なかなか浮かばなかった。
 ふと彼女の胸に目が行くが……いや、大瀬崎や白渚が相手ならまだしも、この場でそんなことを言ったら冷めるだけだ。それに吉佐美の本質は外ではなく内に秘めている。
 毎日服装に手を抜かないのは分かる。
 でもそれは外観としてではなく、彼女の内観を外に開け出しているように感じられるんだ。
「一つのことに一生懸命になれるところだな」
 彼女に惹かれるのは、そういうときなんだ。吉佐美の見方が変わったのはバスケにひた向きになっていた姿を聞いたからだ。
「吉佐美は穂枝君に首ったけだからな」
「千代! もう!」
 平野が質問をし、オレが答え、源がにたにたと余分事を洩らし、それに吉佐美の顔が真っ赤になる。様式美となりつつあるパターンだった。
 源ではないが、確かに吉佐美はオレに一途だと思う。中学時代は一直線にバスケを突き進んでいたのと同じように、今はその情熱がそのままオレに移行しているのだろう。
 なのに。
 それではちっとも、彼女に惹かれるようなことはないのだ。
「そんで、そんで、あの、こ、告白されたんだよね?」
「おう」
「こ、告白されたときって、どんな気分なるんけ? 吉佐美ンになんて答えて付き合いはじめて、そんでえと、穂枝君の好きな料理は?」
「え、えーっと……」
 怒涛の連問に、まるで米と牛乳と味噌汁を混ぜ合わせたような連問に思わずたじろいでしまう。
「おーいゆきねえ、穂枝君の目が点になってんぞー」
「あ、ごめんなさい……」
 ガールズトークというものは我を失うこともあるらしい。
 まあ、男のむさ話にもどこか通じるものがあるもんだし、話題が違うだけで、とりとめもないことに変わりはないのだろう。


 結局、この後もお喋りは引きずっていった。
 楽しかった。ああそりゃ楽しかったさ。なにせ女子に囲まれてるんだからな。ちょっとくらい胸が躍ったっていいだろ?
 でも、その一方で。
 どうしてこんなことしてるんだろう。
 そう思っている自分もまたいることは確かだった。
 あの諦めたほほえみだったり、お喋りの不思議な昂りだったり、薄まっていく空色だったり、腕時計を何度も覗く源だったり、沈黙を伝えるラジカセだったり、一週間後の合唱コンクールだったりするのだが、ただの気のせいとして処理されてしまうほどオレの頭は疲れ切っていた。
「なあ」
「なんですか?」
 バスを待つオレと吉佐美。風はやみ、代わりに道路では車が流れていた。
「今日、結局何も歌わなかったな」
「そうですね」
 赤黒い夕焼け空を見上げる。
「でも、あたしは」
 明日は晴れるのだろうか。
「統流君さえいれば、それでいいんです」


   tsuisou-6  つむじ


 薄々と、このままではいけないとは感じている。中三になってから、手の甲の皮膚をめくるとそこは空洞で、焦げ茶色に委縮した手の腹の皮膚が見えるという夢を何度も何度も見た。あいつとすれ違った瞬間に肩が粉砕して、それに驚いた顎が崩れ、顔面がぼろぼろと音を立て、足から段々と砂になっていく夢も見た。初めは胸にポツンと小さな穴が空いていただけだったのに、気が付けばもうあとがないほど事態は進行してしまっていた。上手い具合にあいつが私に構ってくれていたから今まで持ち堪えてくれていたのだが、それもいつまで続くのだろうか。高校になったら、さすがに別々の学校へ行くことになるだろう。
 いや、そんなわけがない。不運なことに二人は一度も別々のクラスになったことがない。どうせまた私はあいつと同じ高校へ行ってしまう定めなのだ。またそうやって、楽なほうへ楽なほうへとあいつの進んだ澪を無様に掻き分けていくのだろう。小四のあの日から安全地帯を歩き続けてきた。リスクとリターンなんて考えずに、常に目先の安全だけ求めて歩いていたような気がする。もしかすると、どこかで新しい女子の友達が出来たかもしれない。
 そうだ、出来たのだ。自ら離れさえすれば、あえて崖っぷちに立たされた状態になれば新しい出会いがあったのかもしれない。そう思うと、この三年間がひどく空しいものに思えてきた。
 今までの私だったら、ここでこのことを後悔して、ずるずると中学を卒業してしまったのかもしれない。だがもう過去に起こったことは仕方がないと思うようにもなっていた。トラウマは消えることはないが、それと上手く付き合うことだって出来るだろう、と。
 この頃から私は心に決めていることがあった。中学を卒業したら一人立ちをするというものだ。そのことを両親に伝えると、思いの外二つ返事で承諾をしてくれた。ただ神奈川県のとある人造湖の畔に住む伯父の将和さんの所で、という指定はあったが。本当なら海外留学でもしようかと思ったが、この場所から遠い場所で――当時、隣の県でさえ別世界であると思う程、自身の世界は狭かったのだ――なおかつ住む場所が確保されたのは嬉しかった。これであいつと離れられる。向こうから離れていかれるのは心の準備が間に合わないが、自分から離れていけるのなら、ゆっくりと準備が出来る。
 家事は幼い頃から母の手伝いをしていたので大抵こなせるものの、どうしても料理だけは出来なかった。これもきっと料理好きなあいつの毒に侵された結果なのかもしれない。結局、ギリギリ焦げない程度の固い目玉焼きが苦心の末出来上がる程度にしか上達しなかった。将来、料理の上手な人のところへ嫁がないとね、と母は笑った。悔しいけど、そうするしかないようだった。
 ここまでは予定通りだった。だが私の人生を懸けた計画を根本からぶち壊したのは、またもやあいつだった。
「オレもお前と一緒に行くから」
 そのぶっきらぼうな言い振りに腹を立てずにはいられなかった。
「おば様から聞いたんだけど、本気で家出するつもりなんだって? バッカじゃないの?」
 あいつはバカ以外の何者でもない。親と将来のことで喧嘩して家を飛び出すつもりらしいのだ。人に迷惑かけてまで自分のわがままを押し通そうとしている。勿論私だって将和さんと五月さんに迷惑を掛けることになるのだろうが、家出と居候とではわけが違う。
「……お前しかいないんだ」
 そんな言葉と切実そうな懇願に騙されるほどお人好しではないと言い返そうとしたそのとき、小学四年生の出来事を思い出した。
 私はあいつを頼った。いじめに遭って、どうしようもなくなって、私にはもうあいつしかいないと信じて疑わなくなって、頼った。あいつはその場ではつまらないことを言ったが、最終的には私を救ってくれた。遠回しで、不器用な方法がらしかった。この三年間だって、何だかんだであいつを頼りきっていた。本当に困ったときは必ず助けてくれる。私が抱くのは信頼――そう、私はあいつのことを本気で信じられたのだ。
 それなのに、私はその手を叩き落そうとしている。この人は私を信じてくれているのに、なのに私は叩き落そうとしている。今となっては感覚が痺れていたのかもしれないとも考えられるが、当時は本気でそう信じていた。
 いつの間にか私の背を追い抜いたあいつがじっと見下ろしていた。
「うん」
 髪を撫でる振りをしながらつむじを隠し、頷いた。
 そして、私たちは遠い神奈川の高校に志願届を提出し、二人で勉強して(主に私があれこれ解説をする形だったが)、見事合格を勝ち取ったのだった。
 これが私の中学時代の出来事だ。こうして二人は四月に天端台高校に入学する。
 空想の物語なら、ここで幕を閉じればハッピーエンドであろう。しかし、これは私の追想記だ。辛い現実から逃れるための防衛規制なんてものはない。あるのはただ、過去に傷付き、未来を恐れ、現実を突きつけられる「今」だけなのだ。


   地球連邦公務州スカイガーデン:州都センタータワー


「やだ! スバル君と一緒に行くの!」
「我が愛しの娘よ、考え直してみたまえ!」
 空を浮く島、スカイガーデンの朝は早い。世界で最も早い日の出を観測するからであり、また島民の大多数を占める鳥の人――バーダーという種族が総じて早起きであるからでもある。
「だってパパ子ども扱いするんだもん」
「当然だ。何せ私は、ソフィアのパパなのだからな!」
 そして、ソフィアの外遊する朝は決まってスカイガーデン王と姫の――即ち鳳凰と雛姫の――気品ある口喧嘩を拝見する破目になるのだ。
「鳳凰陛下、恐れながら本日はヒンド地方宰との会談がございます。雛姫殿下のダージリア外遊とは、どうしても予定が合いません」
 側近であるテルルアナンが奏上するも、陛下は全く聞き耳を持とうとはしなさらなかった。
「ダージリアの地とムンバイがどれだけ離れているのか分かっているだろう? 我が愛しの娘のことが心配で会談どころではないぞ!」
 ムンバイはヒンド半島北西に位置し、ここ一体で最も栄えているボジャ=ヴィダルヴァの中心都市だ。一方ダージリアは北にヒマラヤ山脈、東にアラカン山脈、その先は枯海(生命の存在することが不可能な地域のこと。地球――ジアース――の総面積の九割以上を占める)という、極東の地区なのだ。
「お支度を。早くしないと遅刻しますよ、ハ・ウ・ト・サ・マ」
「は、はい……」
 アナさんの言葉以上に圧迫感を感じる気迫に、ハウト様――いや、ハウトさんは怖気付き、オオワシの深く茶色い翼を縮こませた。
 ――と、まあ、この島の長はそういう存在なのだ。
 わざわざ敬意を払われるほどのものでもないと謙遜し、オレたち側近(アナさんやオレはプレイアード騎士団という近衛兵)にも、島民や地上の人々にまで親しげに話し掛けてくれる。まさにスカイガーデンの……いや、この星の象徴というに等しい存在だろう。
「えへへ、スバル君と一緒だね」
 嬉しそうに白い翼をはためかすこの少女はソフィア・ブルースカイ。ハウトさんの一人娘で、オレはこの子の護衛を主な任務としている。
 ソフィアの純情な笑顔は人々を惹きつける力を有していた。雛姫という地位も乗じて、ソフィアの虜となった人も少なくない。老若男女、生けとし生けるもの全てに受容されるその癒しみと慈しみは、亡き母親からそのまま受け継いでいるとも言われているが、詳しいことは新米騎士団員のオレには分からない。
 ただ、確かに彼女の可愛らしさの中に、ふと美しいものが交じっていることがあるようにも思えた。
「お前ら、本来の目的、忘れんじゃねえよ」
 プレイアード騎士団団長のネオン・キーガスさんは茶番に構うことなく朝っぱらから肉にかぶりついていた。
「はい、当然です」
 オレはしかと胸に手を当て、今日の任務の成功を誓った。
 突然変異した空飛ぶクジラによって全壊したダージリアの中継貿易都市ダルジリンの視察をするんだ。
 多分、人は誰もいないだろう。きっと一年後には草原となり、十年後には山林と化し、二十年後に村が出来るのだ。
 口には出さないが、誰しもがそう思っているし、現実変異生物に襲われた都市は必ずその経緯を辿るのだそうだ。
「うん、大丈夫だよ!」
 それでもソフィアは、とびきりの笑顔でいた。
「姫、本当に大丈夫ですか」
 そんな笑顔でいられる場所へ行くわけじゃないのだが……。
「むう、私のことは『ソフィア』でいいの」
 ソフィアが少し不機嫌になる。いや、だって仕方がないじゃないか。初めて会ったあのときを思うと、丁重に話さざるを得なくなる。
「でもね、本当に大丈夫なの」
 天然記念物級のほほえみに、思わず見とれてしまいそうになる。
「私ね、みんなに、たくさんたくさん笑顔をプレゼントしたいんだ」
 それはまるで、小さな子どものような、大きな夢だった。
「そうすればきっと、大丈夫だよ!」
 思わずこぶしを握り締める。己の惨めさに。
 きっと、まだオレには無理だ。ソフィアの夢を守れるほど、オレは強くない。
 でもいつか、ソフィアを守れるくらい強くなれたとしたら。
 絶対に、ソフィアの願いを叶えてやるんだ。


   地球連邦オリエント州ダージリア方面:ペル村


 彼は呼吸を落ち着かせ、標準を合わせる。狙いは二百メートル先の木の葉――と枝を繋ぐ茎一点だ。彼の立つ樹齢千年相当の巨樹と的との高低差、銃身の射角を考慮に入れる。木々のざわめきから風を読みとり、また風と共に揺れる目標と、発射から着弾までの時間のズレをも予測する。それから立射体勢のため生じる微かな手のブレと、自動小銃の命中精度も頭の中で計算する。
 奇跡でも起こらない限り、奇跡という言葉が死語となりつつあるのであれば、そうなるはずの運命でもなければ、命中させることは不可能であろう。
 しかし、彼には頼もしい味方がいた。
 幼い頃から共に過ごしてきた、相棒とも言えるアサルトライフルとの絆だ。日々手入れを怠らず、二十四時間三百六十五日、肌身離さず暮らしてきたその年月は、相棒の癖を隅々まで理解するに至った。
 じっと標的を凝視するだけで、相棒が助言を与えてくれるようだった。
 ここだ――彼は引き金を引いた。
 たん、という人工音に、森は悲鳴を上げる。幾十、幾百の鳥が大空へと舞う。
 銃口の煙、山並みの鳥、志、全てが上を目指してゆく中、たった一つだけ、散り落ちてゆくものがあった。
 銃弾の摩擦によって茎を焦がした一葉だ。
「ひゅー、さすが小銃使いのスナロて呼ばれるだけのことはあんべぇよ!」
 樹下で双眼鏡を覗く青年がやや興奮気味に叫んだ。
「……いンや」
 大木から飛び降り、スナロはライフルを下ろした。
「こんなんじゃあ駄目だ。何かが足ンねえ」
「足ンねえて、おめぇもう充分だべよ。この村さ救ったんだ。あの空飛ぶ鯨倒したて、普通じゃ考えらンねえベ」
 青年の言う通り、スナロはペル村を飛行鯨から守った小さな英雄だった。排水量一トンにもなるその飛行艦艇がひとたび暴れれば、町が三つ程更地と化してしまう。野生の爆撃艇を倒したのだから、それは英雄と呼ばれても差し支えなかろう。
 しかし、それはスナロが一人で討伐した訳ではない。いやむしろ、彼は単に討伐の手助けをしただけであった。
「足ンねえんだ、まだまだ」
「おめぇ、強欲はいけねえよ。ンなことしたら、運命に嫌われるだぁよ」
 双眼鏡を持った青年は、半ば本気で――いや全力でスナロを忠告した。
 運命。
 運命を司るワールドフューチャーの存在。
 全てはワールドフューチャーの思し召しである。
 スナロはこの一ヶ月間、日常の中に溶け込んでいた決まり文句と向き合って過ごしてきたのだ。
 一ヶ月前、村の外れに刀を携えた男がやってきた。
 彼は運命に抗い続ける人間であった。
 良いことも悪いことも全て運命の二文字で片付け、ただただ機械的に暮らしている人々を悲観する人間だった。
 村に飛行巨大鯨が襲来するという一報を聞いたとき、スナロは諦めた。今思えば、もうあの日のような諦めはもう出来ないだろう。そのくらい、すんなりと諦めが付いてしまった。まるで遊びの最中で山の斜面へと鞠を落としてしまったときのように。ああ落としちまった、でも仕方ないべ、そういう運命だったんだな。自身の命に対しても、本当に、そんな感覚だったのだ。
 でも、流離の男は諦めようなどとは少しも考えていなかった。辺境の、さらに辺境の小さな村を守るために。ここが地図から消えたとしても何一つとして影響が出ないような、小さな村のために、命がけで自身の十倍はあろう化物と対峙したのだ。
 運命に抗い変えようとする意志でさえ運命の一部であっても構わない。それでも私は抗い続ける。
 男はそんなことを言い、死闘を繰り広げていた。
 そして彼は、本当に運命を覆してしまった。スナロはその時援護射撃をしただけだ。それが未来を変える引き金になったのかは定かではない。男が言った通り、ここでスナロが銃を構えたことが運命であり、鯨が倒されるのはシナリオ通りだったのかもしれない。
 真相は、それこそワールドフューチャーでなければ見えることはないのだ。
 分からないことだらけの毎日で、眠れない日々が続いた。
「そンでも、行っちまうか?」
 それは、友を気遣う紛れもない友情の証であった。
 スナロは、ゆっくりと、だが強い意志と共に頷いた。
 ここで分からないのであれば、違うどこかできっと分かるはずだ。
 なにしろ極東の地に於いて西極の地はSFのそれと等号の符で結ばれているのだから。噂では遠い星にも人間が住んでいると聞く。そんな場所となるともうSFどころの話では無かった。
「そっか」
 青年は遠く雪に覆われた山を見た。この先ですら、スナロ達を含めた人類にとっては未知の世界であった。
「ンなら、仕方ねえ。おらはここで応援しか出来ねえけンど、いづまでも、いづまでも待ってンからよ。旅疲れしたら帰ってこい、な?」
「ああ、そんときゃ腹いっぱい土産話してやンべ」
「話なんていいがら、うンめぇもン食わしてけろ」
 そう言って、二人は笑い合った。またいつか笑い合える日まで、存分に笑っておこう。そう思って、ずっとずっと笑った。
 がさり、と音がした。
 二人は笑い顔のまま声だけを失う。そして、同じ方向へ、同時に顔を向けた。
 熊。
 いわゆるベアー。
 森のくまさんが、樹木の合間から顔を覗かせていた。
「さあ、小銃使いスナロ・ダ=ペル! 今こそ練習の成果だべ!」
 青年は威勢よくくまさんに人差し指を突きつけた。
「にに、逃げンべぇよ!」
 その小銃使いは既に青年の視界から消えていた。
「ちょ、おい、待てって、待てってよぉ!」
 青年が走りだすと同時に、くまさんとの鬼ごっこが始まった。
「う、撃ったらい、い、痛いべ? 痛いのは誰だって嫌だっぺよ!」
「こんな状況でも熊っこに同情するけえ? 訳分がンねって!」
 青年は知らなかった。
「そうさ、おめぇに足ンねえもんは、根性だけだべよ! なーにがまだ足ンねえだ、この臆病もんが!」
 小銃使いという肩書は、「小心者の銃使い」の略であることを。


   地底連合王都ホール=イー:地底城


 どたどたと、けたたましい床音が真夜中の地底城内に響き渡る。そして、その倍以上の声々が帝の寝床である清涼の間にも入ってきた。呻きながらの目覚めが到来する。低血圧の彼女にとっては、目覚めが悪いどころではない。夜更けに起こされるとは不快の極みであった。
「畜生、どこ行きやがった」
「あっちだ! 追え! 追うんだ!」
「クソったれ、素早っこしいアライグマ野郎が!」
「ツチケモノの分際め!」
 神聖なる殿内とは思えない暴言が飛び交う。彼女は「アライグマ」という的確な形容と「ツチケモノ」という彼のような種族に対して古くから使用される蔑称を耳にして飛び起きた。寝間着の単衣に、愛用の菊紋章の刻まれた扇を手にし、御簾を上げた。
「せ、聖上」
 寝惚け眼の側室には、丁度いい目覚ましになったことだろう。蝋燭の火に浮かぶ若き女帝の姿を見て、慌てて身なりを整えていた。
 帝は呆れた様子で寝台から降り立った。控えの女性二人が二歩擦り足で下がる。
「申し訳ございません。またツチ……いえ、あの子が」
「よい。吾(ワ)が見つける」
 ひれ伏す女御に構わず襖を引き放つ。幾つもの畳間を過ぎ、最後の襖を開けた廊下から地下を見下ろす。大極の広間は慌ただしく駆ける人々で溢れ返っていた。
 全く頭が悪い。
 人海戦術で捕らえられるような相手では無い事くらい、いい加減学ばれてはどうかしら。
 彼女は気を落ち着かせ、懐から竹札と小筆、それから矢立を取りだした。
「派手にやってくれるわね」
 さらさらと、札に古代の文字を書き記す。
「スリルとか興奮とか、そんなのいりませんのに」
 細く美しく走り書かれた文字の刻まれた竹の札から、そっと手を離す。札は自ら意志を持ったように宙を漂った。
「吾はただ、静かに暮らしたいの」
 札は音もなく移動を始めた。彼女は溜息をついて、その軌道に付いていった。無遠慮な足音も、やかましい怒声もすぐ近くまで迫るのだが、誰一人として接触せずに単衣の少女は正倉の間と呼ばれる倉庫部屋に辿り着いた。
「ロッジャー・メットはここかしら?」
 戸を開ける。中は夜そのものの暗闇であった。
「ロッジャー、その名に秘められた魂は、『粗末な家の者』。……ふふ、相応しい隠れ場所ね」
 新たな札を取りだし、先程とは違う字を記す。
「でも、貴方は名声高きメット家の長男、違う?」
 同じように、札を宙に解放する。すると、竹のそれは闇から光を集め取るように光り始めた。
「何より、貴方はこそこそ隠れるような人間じゃない。違うかしら?」
 光が銅像の隅からはみ出る獣の尻尾を映し出した。
「みーつけた」
 きし、きしりとその尻尾との距離を縮める。
 そして、少女は屈みこみ、そっとその尻尾に手を伸ばそうとした、その時――
「うがああああああああああっ!」
「きゃあああああああああああああああっ?」
「わああぁぇっ?」
 獣の尻尾が金切り声を上げると、彼女はそれより大きな悲鳴を上げ、それに驚いた尻尾の主が絶叫する。
 少女は腰を抜かして尻餅を付いた。
「あ、えと……ごめん」
 札の照明があどけない少年の顔を持つ小さな動物の姿を照らす。それは白茶の縞模様をした尻尾に、茶色い大きな耳がヒビだらけの石帽子からぴょこりと飛び出ていた。両頬に三本ずつ長い髭が伸びている。身長は日頃その背の低さに苦悩する少女の、これまた日頃気苦労の絶えない慎ましい胸の高さほどしかない。その姿は明らかに人外であるが、確かに人間の言葉を使用している。
「ただ、脅かそうとして……」
 少年の言葉はここで切れた。少女から小さなしゃくり声がしたからだ。
「馬鹿……ばかぁ!」
 彼女はロッジャーを指でさした。それが何かの命令だったのか、月明かりの札と神隠しの札がロッジャーのデコへと直進する。
「でっ!」
「なんでこんなことするのよう! ばかぁ!」
 再びお札を発射する。ロッジャーはかわすことなくそれに直撃した。なんとなく、寂しくなる。弱々しいロッジャーなんて見たくなかった。どんなことがあっても、崖淵に立たされていたとしても敵に立ち向かっていくロッジャーでい続けて欲しかった。
 こんなことで戸惑ってしまっては、他の人々と同じだ。みんな、女帝の吾を畏れ、近付こうとはしない、心まで近くに寄る人なんて誰もいない。誰も彼もが恭しい。
 ……小さな帝は、伸ばした手を引っ込めようとした。
 いや、それじゃあいけない。もう一度、力強く小さな少年を指した。
 もう一度札で攻撃をする。この倉にある品々はどれも何千年前の芸術だ。でも、帝にとって歴史なんてものはどうでもいいものだった。遺産を台無しにしてもいいからロッジャーに避けて欲しいと心の中で思いながら、加減弾を放った。
 願いは叶うことはなかった。
 命中し、その反動で獣人は首をのけぞらした。
 しかし、彼女が絶望することはなかった。
「……もう怒った、もう怒ったぞ!」
 ぶぶんと顔を左右に振り、じろりと少女を睨んだロッジャーは、相手が女帝であるにもかかわらず躊躇の無い脅し掛けをした。
「第一なんだよ、あんなので泣いちゃうなんて、まだまだお子様じゃん! どの口が地底を平和にしたいなんて言うんだかね! ムリムリ、無理に決まってんよ!」
「泣いてませんわ」
「じゃあさっきのしゃくり声はなんだったんだい? その真っ赤なおめめはなんなんだい?」
 思わず目を押さえて確認しかけるが、どうにかそれを抑え、見下げる口調で言い放つ。
「しゃくってもいませんし、目だって赤くありませんわ。貴方の子どもっぽさに飽き飽きしてますのよ。十二にもなって、その程度の発想とは笑ってしまいますわね」
「はっ、ウソつきじゃんか。僕がいなくちゃなんにも出来ないクセに」
 その一言に、彼女はいい返しが出来なかった。何せ、それは本当のことなのだから。
 脳裏に、地底大陸に燃え広がる充血した瞳のように真っ赤な海が浮かんだ。
「あ、貴方こそ、サフィがいなければ吾を守れませんでしょう? 今日だって、清涼の間に一歩も入れなかったんじゃありませんこと?」
 それもまた、本当のことであった。
「う、うっさい! うっさいよ!」
 そして、ロッジャーが最も気にしていることでもある。
「貧乳! 病弱! 格式幼帝!」
 暴言を撒き散らす少年。またやってしまった。弱気なロッジャーなんて見たくないのに。なのになんで傷付けることしか出来ないの……?
「やれやれ、お互い傷口に塩を擦りつけるのはやめましょう」
「ふん、今日も僕の勝ちだかんね」
 強がるロッジャーも、本当はとても傷付いている。二人は、同じ目に遭ったのだから。
 滲んだ汗を拭いたところで、彼女は足を広げたまま座り込んでいる自身の猥らな姿に気が付いた。白く細い腿を曝け出し、また見る角度によっては……。
 慌てて正座に直る。
「……み、見ましたわね?」
「み、見る価値もなかったね!」
 やっぱり見られたんだ……。
 これでは目どころか、顔まで赤くなってしまう。それだけは何とか阻止しなければならない。
 いや、それならば顔が見えないようにすればいい。良案を思いついたと帝は空咳をし、千五百年前に造られた像に背を預けた。
「ロッジャー、隣に座りなさい」
 強い語調で言ってしまったことを帝少女は後悔するも、とにかく隣り合えばどんなに顔を真赤にさせても分からないだろう。
「まったく、寂しがり屋だなあ、レンカは」
 第二百十八代レンカ帝は何も言えなかった。それは本当のことなのだから。
 ――ただ、無言に過ぎていく時間が好きだった。
 楽しい話でもして、子どもらしい二人だけの約束を交わしたりもしたかったが、そうしたらまた喧嘩になってしまいそうで、怖かった。
 喧嘩は嫌いだ。喧嘩をして別れた路は後悔しか残らない。
 楽しい話はすぐ時が過ぎ去ってしまう。だから、したくない。
 それなら、何も無くてもいいから、少しでも長くロッジャーと居続けたいと彼女は願った。
「いつか……」
 ぽそりと、ロッジャーは独り言つ。
「絶対、レンカんとこに辿り着いてやる。絶対に守るんだって、姉ちゃんと誓ったんだから」
 ロッジャーはたまにそんな可愛いことを言う。負けず嫌いで、いつでも全身傷だらけになるまで演習をする。その奇形の姿に後ろ指をさされ続けても懸命に前進することをやめない。
 もちろんサフィに首ったけのところは良しとは思えないが、それでもレンカにはない物をたくさん持っていた。
 吾にはただ、地位だけしかない。今使ってる幻想だって、人暗ましや人探し、明かり灯火の幻想くらいしか使えない。父上のような、強大な幻想を使うことすら難しい末っ娘の凡才なのだから。
 憧れ――そうこれは憧れだ。
 恋なんてそんな美しいものじゃない。そんなものは地底連合の頂点に立つ帝が、最下層に位置するツチケモノに抱いてはいけない感情なのだから。
 だから、だからいつか。
「期待してるわ」
 もっともっと帝らしくなって、強くなろう。そうして、証明しよう。
 ロッジャーだって、同じ人間なのだということを。
 その強い決心をレンカは胸に刻み込み、ただただ今は隣の少年の温もりを感じていた。






The-Earth Chronik(仮)


 ――いつかあなたを、まもりたいから。


2011.4.1 APRIL-FOOL...

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