ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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ども、じょがぁです。

えー、先日ですね、某出版社から封筒が届いたんですよ。
あれです、ここら辺でよく話してた文学賞の結果です。

ちなみに、かの留学生さんとは、あのあと一度も会うことなく2009年が過ぎ去ろうとしています……。

で、まあ、結果とかそういうのは置いといて、です。


例の『作品四(仮)』を「まあ、そんなわけですけど。」の方に載せておきました。
色々迷ったんですが、やっぱりここにそっと置いてやるのが一番だな、と。

というわけで、是非とも『城ヶ崎の小説ども』にも足を運んでくださいませ^^


それと、友人の星咲ミヤビ氏の新作も載せておきました!
『せつない純情~立ち直れない程に~』です。

なかなか素晴らしい詩なので、こちらも是非ともよろしくお願いします!
こちらは『城ヶ崎とかの詩』からどうぞです!



と、久々の更新がお知らせになっちまいましたね(汗
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ども、じょがぁです。

最近ですね、舌の根元と唇が痛いわけです。
多分口内炎のせいかと思いますけども……(汗

多分無理しすぎて体調崩してるんだろうな。あんま実感ないけど。

唇に口内炎はよくできるんで特に問題はないんですが、
舌の、しかも根っことなるとなかなか辛いものがありますね。

一番に、うまく喋れなくなるわけです。
しかもカツゼツ(なぜか変換できない)の悪いじょがぁは、もう喋らない方がいいのかもですね^^;


そうそう、なぜカツゼツが変換されないのか? といいますと、
特殊な分野の業界用語だからなのだそうです。

んでもって、じょがぁのように
「なんで『滑舌』が変換できないんだ? よし、ググろう」
と思ってググった人々が最初にヒットする、
『Yasushiの「くつログ」』というアマ小説家さんの運営するブログさんに集うわけで、

こんな感じに、物凄い量のコメントが寄せられています。

数えようと思ったんですが、数える気にもならないほどのコメントですね、こりゃ。



……まてよ?

これは、このブログの名を世に知らしめるためのチャンスなのではないか?

『ふいんき(雰囲気)』『げいいん(原因)』など、
読みを間違えてしまって変換できない言葉についてを
このブログで解説する、という企画をすればいいのではないか?

そうすれば、どうしても変換できずに迷っている人を助けることもできるし、
このブログの知名度を上げることもできる。

まさに一石二鳥の画期的アイディア。



これでじょがぁも有名になれる!



と、いうわけで、





こうなんえん(←なぜか変換できない)にならないように、
皆さん体調には十分気をつけましょう!


(まさかの結論)


「そうだな、それじゃあにらめっこなんてどうだ?」
「にらめっこ?」
「そうだ。互いに笑いあえることができたら、それはもう他人ではなく親しき友だ」
 と、オレは思っている。
「イエッサーっ!」
 大瀬崎が敬礼し、大室の席へと赴いた。オレも審判役として付いていく。
 体育のあとだというのにもかかわらず、大室は読書をしていた。大室はオレたちの気配に気付いていないのか、熱心に読み続けている。こんなに近いところから読書をしている大室を見るのは初めてだった。一体なんの本を読んでいるんだろうか……?
 横書きの文章だった。……携帯小説という意味ではなく外国の本って意味だぞ、一応言っておくが。 しかも、アルファベットの上に点が二つ付いているものがある。英語ではないようだ。
「やあ、いずみちゃん」
 『田舎来い』が開始された。大瀬崎の猫撫で声に、反射的に本を閉じ、防御態勢に入る。
「ああ、ごめんごめん。脅かすつもりはなかったんだよ。エヘ」
 なにが『エへ』だっ!
「今から決闘を申し込もうと思ってさ」
 その一言に、大室は机の下に隠れてしまう。
「大瀬崎、どうしてお前は普通に『にらめっこ』と言えないんだよ……」
 何かをやらかしそうで心配になってきた。
「アチャー、ごめんね。そゆこと。ぜひボクとにらめっこで勝負しよう!」
 もう何も言うまい。
「さあ、始めるぞ! にーらめっこしーましょー、わーらうっとまーけよー、あっぷっぷ!」
 何の前触れもなくにらめっこが開始された。いきなりだったからか、大室は表情を変えることができず、無表情のままじっと大瀬崎を見つめている。一方の大瀬崎は顔の筋肉と指を器用に使い、見事なシーサー顔を決めていた。巨大な目の黒眼は上を向き、鼻は手を使わずしても穴を広げており、大きく横に広げた口からは犬歯が垣間見えている。
 大室が圧倒的不利の中、その状態が数秒続いた。
 ついに大室の我慢にも限界が来たようで、顔を歪ませたそのときだった。
「あー、なんかもう可愛すぎだーっ!」
 思いきり大瀬崎が大室に抱きついた。こちらもこちらで我慢の限界だったようだ――と、そんなことはどうでもいい。
「なにやってんだっ!」
 クラスが騒然となる中、大瀬崎の後頭部に肘打ちを喰らわせる。大瀬崎は大室からずるずると滑り落ち、最後には床に突っ伏してしまった。やれやれ、自制を掛けながら作戦を遂行するって言っておきながら、まるでできてないじゃないか……。
 大室は突然の暴挙に驚いたようで、涙を浮かべながらそわそわと辺りを見渡していた。いや違う。これは誰かを探しているんだ。
「悪かったな……」
 オレは謝っていた。別にオレが何をした、というわけではないのだが、謝らずにはいられなかった。
 大室は目を潤ませたまま、オレを見て首を傾げた。


 放課後、化学実験室の掃除があった。
 掃除をすることは嫌いではないのだが、面倒臭いことに変わりはない。掃除当番でない大瀬崎が嫌みたっぷりに「それじゃ、俺は帰ってゆっくりとジャンプでも読んでますかな」と言ってきたのがムカついた。
 その大瀬崎が日頃の生活態度や服装に関しての呼び出しがかかり、生徒指導室へ連行されたときほど清々しいことはなかったが。
 とっとと床の埃を払い、ゴミ箱に捨てる。その動作を何度か繰り返すと、ようやく掃除の呪縛から解放された。
 カバンを持って実験室を出る。さて、帰ってジャンプでも読むか。……いや、オレにはそんな金がないからコンビニで立ち読みしないといけないんだったな。その上外は寒いだろうしコンビニはアパートと反対の道を歩くことはめになるのでやめることにした。
 その代わり、というわけではないが、自販機で飲み物を買ってから帰ろう。ちょうど喉が渇いていたところだし、こう寒いと外に出る前のガソリンが必要だ。
 階段を下り、廊下を右に曲がる。
 顔に――いや、全身に――何かやわらかいものが当たる感触と同時に目の前が真っ暗になった。
 な、なんだこれは? 思わず身を引き、ぶつかった『もの』がなんなのかを確認する。
 それがなんなのか、すぐには理解できなかった。前方に白い半透明の物体が三つ、ふらふらと揺れている。……ああなんだ、ただのゴミ袋か。両手に一つずつ、腕で抱え持ったものが一つの計三袋だ。どれもパンパンに膨らんでいる。って、ごみを運ぶ人の顔が隠れてるんだが……。しかし、こいつらを一人で持つなんて、よほどの怪力の持ち主なんだろうな。
 と、オレがぶつかった反動でなのか、抱えている袋がくしゃりと落ちた。
 大室と目が合った。
 ゴミを持っていた怪力の持ち主と想像していたお方は、机を持ち上げることさえ大変そうな大室だった。廊下に落ちたゴミ袋を挟んで、オレたちは不思議なほど冷静にお見合いをしていた。
 何だよ、この状況。
「これ……お前一人で、か?」
 なぜか目の前で起こっている状況をわかりきっているにもかかわらず、しっかり認識しようと大室に問いかけていた。
 ……こくん。大室が頷いた。
「確か、教室掃除だったよな?」
 ……こくん。大室が頷いた。
「ば、罰ゲームなのか?」
 ……ふるふる。首を横に振る。
「でも、ゴミ捨てに変わりはない、と」
 ……こくん。頷く。
「どうしてお前一人で三つも持ってるんだよ」
 ……。大室は何かを言いたげそうに辺りを見渡すが、結局黙り込む。
「ま、無理にとは言わないが……。で、白渚はどっかにいるのか?」
 ……ふるふる。首を横に振る。
「オレも手伝おうか?」
 ……ふるふる。首を横に振る。
「重いだろ? 持ってやるよ」
 ……ふるるっ。首を横に強く振った。
「ムリすんなって」
 オレが手を差し伸べると、大室は危機を感じたのか、身体を震わし、オレをすり抜けようと駆けだした。
「あ、待て――」
 いきなり走ると転ぶぞ、と言おうとしたのだが、大室は自分の落としたゴミ袋に足を引っかけ、顔面から盛大に転んだ。
 遠くの昇降口から聞こえる下校生徒たちのざわめき。
 やけに静かだった。
 大室は真っ赤になった顔を持ち上げた。すぐにでも泣いてしまえそうなほどの涙を目頭に溜めている。
「て……手伝う、ぞ?」
 苦笑いを浮かべつつも、ここは手を差し伸べるべきだと思う。
 大室はしばらく涙を堪えていたが、その粒が流れるか流れないかの境で頷いた。
 片手で涙を拭い、もう一方の手でオレの手を取ってくれた。手は冷えていて、転んだときに手をついたからか、真っ赤になっていた。それにしても、大室の手は小学生のようにやわらかかった。
 散らばった袋を拾い、そのうちの一つを大室に渡す。大室は何かを言いたげな視線を向けていたが、あえてそれを無視した。ここでそうしたら男じゃないっつー意地だ。
「歩けるか?」
 ……こくん。大室は足を何度か動かしてから頷いた。
 オレが歩き出すと大室はひょこひょこと後ろを付いてくる。お前はイヌか。
「で、なんでお前一人でゴミ捨てに行ってたんだよ」
 途中でそんな雑談をする。だが、大室は会話を続けることはなく、ただオレの後ろを歩いているだけだった。
「友達と一緒に行けばよかったろうに」
 ほとんど独り言だった。そして、すぐにそれは言ってはならないことだということに気付いた。後悔してももう遅く、振り向くと大室は立ち止まっていた。顔は俯き、肩を震わせている。 
「……悪い」
 悪いっつったって、どこがどう悪いのかわからない。悪いのがオレなのか、はたまた大室なのか。誰も悪くないのに、心なく悪いと言ってしまったのかもしれない。
 だが、こんなものに悔やんでも仕方がないと思う。言ってしまったことに変わりはないのだから。
「なあ、大室」
 静かに、口を開く。
「お前さ、白渚にばかり頼ってるよな」
 大室は下を向いたままだったが、それでも構わない。
「そう見えるだけなのかもしれんが、白渚がいなかったら何ができるんだ? 誰かに何かをお願いすること、できるか? できないんじゃないのか?」
 言うべきことがあるのなら、それを口にするべきなんだ。
「もしそうなら、これからはオレを頼れよ。友達なんだから」
 大室が顔をはっと上げ、オレを見つめた。
 ……ん? オレは今、なんて言った? 衝動的になんて言ったんだよオレ! 今、めちゃくちゃ臭いことを言わなかったか? しかも大室に対して! 白渚という男がいる大室に対してだ! 再来する後悔の嵐。
 だが、予想外なことに大室は瞳をきらめかしていた。きっと涙だけのせいではないだろう。なら……これは、喜んでいるのか? 待て、どうして喜ぶ必要がある? オレのセリフを聞いて喜ぶ奴なんぞ聞いたことがないぞ。
 お、落ち着け、冷静になれ。そもそも喜んでいる、と決めつけてしまっていいのか? 実は嫌がっているのかもしれないぞ。気持ち悪いと内心思っているかもしれない。
 だが、それを知る術はない。
 大室の口が開かない限り。
 もう少し話せばわかりあえるだろうか? いや、そんな簡単に行くわけがない。事は急変するようなもんじゃないはずだ。もう少しゆっくり、大室のペースに合わせていけばいい。
 かといって、この状況を抜け出すにはどんな手を使えばいいんだよ。言ってしまったことを後悔する気はないと先程言ったばかりだが、言ってしまった以上後始末をしなくてはならない。
 じゃあ言い訳でもするのか? ……ダメだ。言い訳したらそれこそ大室は悲しむだろう。大室にはクラスにいるときに頼る存在がいなくちゃいけない。
 大室のことだ、クラスメイトを想像する限りそういう人はいないだろうし、大室からそういう奴を作ることもしなさそうだ。
 で、大室の拠り所にオレが名乗りを上げたってことで、それはつまり……。
 拠り所? そして、この大室の反応。ま、まさか!
「い、行くぞっ!」
 いかん妄想を捨てに行くように、半ば早歩きでゴミ捨て場へと急いだ。
 物事を言うときは、必ず結果を想定したあとに発言すべきだ……。
 そう身を持って感じた一日であった。



第十五話『ケツイノカタチ』に続く

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「そうだな、それじゃあ軽く世間話でもすればいいんじゃねえの?」
「世間話?」
「そうだ。内容は自分で決めてくれ。くれぐれもソフトな世間話を心掛けてくれな」
「ラジャーっ!」
 大瀬崎が敬礼し、大室の席へと赴いた。オレも監視役として付いていく。
 体育のあとだというのにもかかわらず、大室は読書をしていた。大室はオレたちの気配に気付いていないのか、熱心に読み続けている。こんなに近いところから読書をしている大室を見るのは初めてだった。一体どんな本を読んでいるのだろうか……?
 横書きの文章だった。……携帯小説という意味ではなく外国の本って意味だぞ、一応言っておくが。 しかも、アルファベットの上に点が二つ付いているものがある。英語ではないようだ。
「やあ、いずみちゃん」
 『田舎来い』が開始された。大瀬崎の猫撫で声に、反射的に本を閉じ、防御態勢に入る。
「ああ、ごめんごめん。脅かすつもりはなかったんだよ。てへ」
 なにが『てへ』だっ!
「今日はさ、いいお天気だよね」
 大瀬崎は微妙な話題から話を広げるようだ。だが、今日はいい天気ではない。かといって、雨がやんでしまったのでとりわけ悪いわけでもない。
 大室はどう反応していいのかわからず、より一層警戒を強める。
「はは、まあ挨拶はここらへんにして、最近の世界情勢だけどさ、思ったより不況が長引いてるよね。いやあ、困った困った」
 大瀬崎に似つかわしくない話題に、大室は目をまんまるにした。
 が、あとに続かない。大瀬崎はしばらくの沈黙のあと、
「く、雲が逆さまになって現れるのは、何曜日だ?」
 不自然に話題を変えた! つか、なんだよこのなぞなぞはっ!
「わかるかなーわかるかなー?」
 大瀬崎は手をワキワキとさせながらカウントダウンをしている。大室は答えたそうな顔を浮かべてオレを見ていた。
 雲……『くも』を逆さにした『もく』の曜日、つまり『木曜日』が答えだ。
 だが、大室は答えようとしない。いや、大瀬崎を怖がって声が出ないようだ。奴の手は何かをやらかしそうで困る。
「タイムアーップ! 残念でした、正解は『ありません』でしたぁ!」
「はい?」
 思わずオレは声を出してしまった。
「だってそうだろ? 雲が逆さまになったところで雲は雲だ。何も現れるわけないだろ」
 天才だ……。バカを超えた天才だ……。つまり、バカの帝王だ。
 大室が不服そうにオレを見つめる。オレはゆっくりと首を横に振った。こいつはこういう奴なんだ。
「……くそ、こうなったら」
 咳払いをし、大瀬崎は大室の正面に向かった。
「ヘイカノジョ! イマカラオチャシナーイ?」
 なぜか片言の日本語を用いて、突如大室の手首を掴んだ。どうやら誘拐の呪文を唱えたようだ。
 って待て、誘拐だと?
「な、何やってんだよっ!」
 教室を出ようとする大瀬崎の後頭部にチョップを繰り出す。大瀬崎はそのまま前のめりになり、床に突っ伏した。やれやれ、自制を掛けながら作戦を遂行するって言っておきながら、まるでできてないじゃないか……。
 大室は突然の大瀬崎の暴走に驚いたようで、そわそわと辺りを見渡していた。いや違う。これは誰かを探しているんだ。次第に目頭に何かが溜まってきている。
「悪かったな……」
 オレは謝っていた。別にオレが何をした、というわけではないのだが、謝らずにはいられなかった。
 大室は目を潤ませたまま、オレを見て首を傾げた。


 放課後、化学実験室の掃除があった。
 掃除をすることは嫌いではないのだが、面倒臭いことに変わりはない。掃除当番でない大瀬崎が嫌みたっぷりに「それじゃ、俺は帰ってゆっくりとジャンプでも読んでますかな」と言ってきたのがムカついた。
 その大瀬崎が日頃の生活態度や服装に関しての呼び出しがかかり、生徒指導室へ連行されたときほど清々しいことはなかったが。
 とっとと床の埃を払い、ゴミ箱に捨てる。その動作を何度か繰り返すと、ようやく掃除の呪縛から解放された。
 カバンを持って実験室を出る。さて、帰ってジャンプでも読むか。……いや、オレにはそんな金がないからコンビニで立ち読みしないといけないんだったな。その上外は寒いだろうしコンビニはアパートと反対の道を歩くことはめになるのでやめることにした。
 その代わり、というわけではないが、自販機で飲み物を買ってから帰ろう。ちょうど喉が渇いていたところだし、こう寒いと外に出る前のガソリンが必要だ。
 階段を下り、廊下を右に曲がる。
 顔に――いや、全身に――何かやわらかいものが当たる感触と同時に目の前が真っ暗になった。
 な、なんだこれは? 思わず身を引き、ぶつかった『もの』がなんなのかを確認する。
 それがなんなのか、すぐには理解できなかった。前方に白い半透明の物体が三つ、ふらふらと揺れている。……ああなんだ、ただのゴミ袋か。両手に一つずつ、腕で抱え持ったものが一つの計三袋だ。どれもパンパンに膨らんでいる。って、ごみを運ぶ人の顔が隠れてるんだが……。しかし、こいつらを一人で持つなんて、よほどの怪力の持ち主なんだろうな。
 と、オレがぶつかった反動でなのか、抱えている袋がくしゃりと落ちた。
 大室と目が合った。
 ゴミを持っていた怪力の持ち主と想像していたお方は、机を持ち上げることさえ大変そうな大室だった。廊下に落ちたゴミ袋を挟んで、オレたちは不思議なほど冷静にお見合いをしていた。
 何だよ、この状況。
「これ……お前一人で、か?」
 なぜか目の前で起こっている状況をわかりきっているにもかかわらず、しっかり認識しようと大室に問いかけていた。
 ……こくん。大室が頷いた。
「確か、教室掃除だったよな?」
 ……こくん。大室が頷いた。
「ば、罰ゲームなのか?」
 ……ふるふる。首を横に振る。
「でも、ゴミ捨てに変わりはない、と」
 ……こくん。頷く。
「どうしてお前一人で三つも持ってるんだよ」
 ……。大室は何かを言いたげそうに辺りを見渡すが、結局黙り込む。
「ま、無理にとは言わないが……。で、白渚はどっかにいるのか?」
 ……ふるふる。首を横に振る。
「オレも手伝おうか?」
 ……ふるふる。首を横に振る。
「重いだろ? 持ってやるよ」
 ……ふるるっ。首を横に強く振った。
「ムリすんなって」
 オレが手を差し伸べると、大室は危機を感じたのか、身体を震わし、オレをすり抜けようと駆けだした。
「あ、待て――」
 いきなり走ると転ぶぞ、と言おうとしたのだが、大室は自分の落としたゴミ袋に足を引っかけ、顔面から盛大に転んだ。
 遠くの昇降口から聞こえる下校生徒たちのざわめき。
 やけに静かだった。
 大室は真っ赤になった顔を持ち上げた。すぐにでも泣いてしまえそうなほどの涙を目頭に溜めている。
「て……手伝う、ぞ?」
 苦笑いを浮かべつつも、ここは手を差し伸べるべきだと思う。
 大室はしばらく涙を堪えていたが、その粒が流れるか流れないかの境で頷いた。
 片手で涙を拭い、もう一方の手でオレの手を取ってくれた。手は冷えていて、転んだときに手をついたからか、真っ赤になっていた。それにしても、大室の手は小学生のようにやわらかかった。
 散らばった袋を拾い、そのうちの一つを大室に渡す。大室は何かを言いたげな視線を向けていたが、あえてそれを無視した。ここでそうしたら男じゃないっつー意地だ。
「歩けるか?」
 ……こくん。大室は足を何度か動かしてから頷いた。
 オレが歩き出すと大室はひょこひょこと後ろを付いてくる。お前はイヌか。
「で、なんでお前一人でゴミ捨てに行ってたんだよ」
 途中でそんな雑談をする。だが、大室は会話を続けることはなく、ただオレの後ろを歩いているだけだった。
「友達と一緒に行けばよかったろうに」
 ほとんど独り言だった。そして、すぐにそれは言ってはならないことだということに気付いた。後悔してももう遅く、振り向くと大室は立ち止まっていた。顔は俯き、肩を震わせている。 
「……悪い」
 悪いっつったって、どこがどう悪いのかわからない。悪いのがオレなのか、はたまた大室なのか。誰も悪くないのに、心なく悪いと言ってしまったのかもしれない。
 だが、こんなものに悔やんでも仕方がないと思う。言ってしまったことに変わりはないのだから。
「なあ、大室」
 静かに、口を開く。
「お前さ、白渚にばかり頼ってるよな」
 大室は下を向いたままだったが、それでも構わない。
「そう見えるだけなのかもしれんが、白渚がいなかったら何ができるんだ? 誰かに何かをお願いすること、できるか? できないんじゃないのか?」
 言うべきことがあるのなら、それを口にするべきなんだ。
「もしそうなら、これからはオレを頼れよ。友達なんだから」
 大室が顔をはっと上げ、オレを見つめた。
 ……ん? オレは今、なんて言った? 衝動的になんて言ったんだよオレ! 今、めちゃくちゃ臭いことを言わなかったか? しかも大室に対して! 白渚という男がいる大室に対してだ! 再来する後悔の嵐。
 だが、予想外なことに大室は瞳をきらめかしていた。きっと涙だけのせいではないだろう。なら……これは、喜んでいるのか? 待て、どうして喜ぶ必要がある? オレのセリフを聞いて喜ぶ奴なんぞ聞いたことがないぞ。
 お、落ち着け、冷静になれ。そもそも喜んでいる、と決めつけてしまっていいのか? 実は嫌がっているのかもしれないぞ。気持ち悪いと内心思っているかもしれない。
 だが、それを知る術はない。
 大室の口が開かない限り。
 もう少し話せばわかりあえるだろうか? いや、そんな簡単に行くわけがない。事は急変するようなもんじゃないはずだ。もう少しゆっくり、大室のペースに合わせていけばいい。
 かといって、この状況を抜け出すにはどんな手を使えばいいんだよ。言ってしまったことを後悔する気はないと先程言ったばかりだが、言ってしまった以上後始末をしなくてはならない。
 じゃあ言い訳でもするのか? ……ダメだ。言い訳したらそれこそ大室は悲しむだろう。大室にはクラスにいるときに頼る存在がいなくちゃいけない。
 大室のことだ、クラスメイトを想像する限りそういう人はいないだろうし、大室からそういう奴を作ることもしなさそうだ。
 で、大室の拠り所にオレが名乗りを上げたってことで、それはつまり……。
 拠り所? そして、この大室の反応。ま、まさか!
「い、行くぞっ!」
 いかん妄想を捨てに行くように、半ば早歩きでゴミ捨て場へと急いだ。
 物事を言うときは、必ず結果を想定したあとに発言すべきだ……。
 そう身を持って感じた一日であった。



第十五話『ケツイノカタチ』に続く

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 少年の夢を見ていた。
「目が覚めた?」
 少年が少女に笑いかける。
 少女はじっと少年の顔を瞳に映していた。ただただ、じっと。
「君の名前は?」
 少年が言った。
 波が岸を撫でる。風が潮を運ぶ。
 少女は息を吸った。そして、吐く。
 それから目を閉じて、目を開けた。改めて少女は少年の瞳を見つめる。
 少女はそっと翼を広げた。自分が誰なのかを確かめるかのように。
「えっと……」
 そして、翼の生えた少女はゆっくりと、自分の名前を呟く。
「私は……私の、名前は――」

 その瞬間、舞台は小鳥たちの羽ばたきによって真っ白くなった。
 鳥の群れが過ぎ去ったあとには、ただ闇の世界だけが取り残されていた。
 翼から抜け落ちた白い羽根が、ゆっくりと大地に舞い落ちる……。
 それが何を意味しているのか、わからなかった。
 わかることは、ただ一つ。

 それは――。


四月十四日(月)


 朝から気分が悪かった。身体の調子がおかしいとか、奏の熱がうつったとかだったらまだよかった。心の奥底にある鉛の球体のような物体が、内臓のような、肺のような部分にめり込んでいる。腹が痛いわけではない。ただ、どうしようもなくこれからのことが不安になってしまう。ちょうど、晴れの予報のはずが雨となってしまった今日の天気のように。
「穂枝ぁ」
 欠伸まじりの大瀬崎に呼ばれる。
「あ?」
 やる気のない返事をするが、もちろん机に突っ伏した姿勢のままだ。
「お前、なんか元気ねえな」
 今日のオレはどうかしている。目覚めから今に至るまで、どうも気分が上がらない。
「色々考え事してたんだよ」
 そう、色々と……。言葉にできない何かを色々と考えてしまっていて、だから元気がなくなっているんだ。そう思うしかない。
「いずみちゃんのこと?」
 大瀬崎の声が途端に強くなる。片目で大瀬崎を見ると、奴は大室の方をじっと見つめていた。
「お前の脳ミソは気軽でいいな」
 大瀬崎につられるようにしてオレも大室を見た。
 よく見えないが、いつものように席に座っている。周りには誰もいない。多分本でも読んでいるんだろうな。
『これ以上いずみにちょっかいかけるようなら、いずみをキミたちから隔離させようと思ってるよ』
 昨日の昼の出来事を思い出した。あいつの眼は本気だった。オレには大室を隔離する方法なんて考えつかないが、白渚ならどんな手を使ってでもそうさせるのだろう。
「大瀬崎、ちょっと伝えたいことがある」
「うおっと? まさか穂枝……俺と恋敵になろうってのかい?」
「いや、違う」
 誰がどう履き違えればその考えに至るんだ……。
 とにかく、白渚の決意はこのバカにも伝えたほうがいいだろう。いや、伝えなければならない。
『穂枝君にはできる? 大瀬崎君を止めることが』
 これは、義務なのだから。
「白渚が言ってたんだが――」
 昨日の出来事を細かく伝えた。
「――要するにだ。白渚はあまりお前のことをよく思ってないらしい」
 大瀬崎がガタリと立ち上がる。
「なんだと! くっそ、こうなったら強行突破で白渚をぶっつぶすしかねえ!」
 その雄叫びじみた声に大室がビクリと反応し、怯えた目でこちらを見るが、オレと視線が合うとすぐに顔を伏せる。
 仕方がない、頭のカタイ大瀬崎を諭してやらないとな。そうしないといろんな人に迷惑をかけそうだ。
「なあ、それをやったら本末転倒だってこと、わからないか?」
「どういう意味だよ!」
 大瀬崎は興奮しきっているが、こっちはあくまで冷静に対処しよう。
「お前がどう思ってるか知らんが、白渚は大室の彼氏だ。無論大室と白渚は仲がいい。ここまでいいか?」
「お……おう」
 大瀬崎の口調が穏やかになる。
 お前、アツくなるなら、もうしばらくはアツくなってろよ。どーでもいいから口には出さないが。
「で、大室と仲がいい白渚をメッタメタにしたら大室はどう思う? そのくらいお前でもわかるだろ?」
「そうか、いずみちゃんが悲しむ!」
 自分の過ちに気付いたようで、わなわなと手を震わせた大瀬崎が絶叫した。クラスの視線が大室をチクチクと刺している。その本人は存在を空気と化しようと身を縮こまらせていた。スマン、大室……。
「ま、そういうことだ。つまり大室と仲良くなりたかったらその反対をすればいい。お前も白渚と仲良くすれば大室の好感度が上がるってわけだ」
「なるほど! お前頭いいな!」
 合点を打つ大瀬崎がオレを尊敬の眼差し……まるで師匠を慕うような眼で見つめる。
「ま、お前よりかはな」
「一言多いわっ! ……っと、んなことはどうでもよくて、善は急がないとな。次の休み時間付き合ってくれ! 白渚んとこ行くぞ!」
 大瀬崎は目を見開いたかと思えば、真剣モードに突入する。お前、見てて飽きないよ……。


 で、休み時間になる。大瀬崎に引っ張られるようにして教室を出ると、白渚のいるクラスまでほぼ全力に近い速さで疾走する。そうしないと大瀬崎に追いつけなかった。
「白渚ぃ! 便所行こうぜ!」
 大瀬崎は白渚の教室に押し入ったかと思えばそんなことを叫んだ。クラスが静まり返る。
 白渚は数人の男子と談笑していたが、大瀬崎のそれに気付くと立ち上がった。
「やあ、君が来るなんて珍しいね、おせざっきー」
 教室の入り口にまでやってきて、白渚は笑顔で挨拶する。一瞬オレを見たような気がする。
「おせざっきー言うな!」
「じゃあざっきー」
「省略すなっ!」
「え? じゃあ……駿河、スルガ……スルメくん?」
「いや、そういう問題じゃねえっつーのっ!」
 大瀬崎は目を見開いて突っ込みをする。
「便所行こうぜって言ってんだよ!」
 少しイライラが溜まっているのか、大瀬崎の言動が荒い。オレだったらここで諦め口調になるんだがな。
「トイレかい? うーん、行きたい気分だけど、どうしてわざわざ僕なんかを誘うんだい?」
 まあ、そう言われるのが普通だろうな。さて、ここから大瀬崎はどう切り出すんだ? あの信念を曲げない白渚をどう説得する?
 一つ咳払いをし、大瀬崎は語りはじめる。
「俺は思ったんだ。ただ昼休みに屋上へ集まって一緒に飯を食う……。それだけじゃあ友情なんてものは芽生えないのだと」
「でもきさみーといずみんはそれで仲良くなったんだよ?」
「それはそうであろう。なにせ、女同士の友情なのだから。だがしかし、我ら日本男児にそのようなクネクネした交流なんぞ必要ない!」
「そうかな?」
「そうだともケイナギ殿!」
 誰だよケイナギって。
「男児たるもの、ピクニック気分でわいわいきゃぴきゃぴあははうふふと何十日間……いや、何ヶ月間繰り返したとしても、真の友情は永遠に築かれることなく別れの時がやってくるのである!」
 誰だよお前。
「しかし、連れションは違う。某外国企業の掃除機並みに違う。百の食事は一の連れションにしかず! 一回の連れションで互いの全てを理解しあえるのだ!」
 極言を叩きつけ、その人差し指を真一直線に白渚へと向けている。とうの彼は困ったようにオレに助けを求めていた。
「少なくとも、大瀬崎理論ではそれが究極論なのだそうだ」
「そう! 連れションは健康で文化的な青春を謳歌する我々男子中高生の最高かつ唯一のコミュニケーション手段なのである!」
お前が憲法の条文を引用するとは……。人間本気になると本来以上の力が発揮されるんだな。
 白渚はきょとんと大瀬崎の方をぼんやり見ていた。あまりの迫力に呆然としている。
「六文字にまとめると『トイレ行こう』ってことみたいだから付き合ってやってくれないか?」
 このままだと時が止まったまま始業のチャイムが鳴ってしまいそうだったので付け足しておく。ってか、時間が止まってんのに始業ってのは矛盾してるな。
「な、なるほど、ね」
 白渚が我に返り、苦笑いを浮かべた。
「うん、ちょっと待っトイレ、友達に一言言ってくるよ」
 謎の言語を一瞬発したかと思うと、白渚はまた教室に戻った。
 特に変わった様子はない。昨日の白渚のことだから、もう少し冷たく接してくるものだとばかり思っていた。
 それはトイレに行ったときも同じで、大瀬崎の暴走ぶりを楽しんでいたほどだ。昨日はそんな暴走が気に入らないとか言っておきながら、な。
 とにかく、白渚に昨日のような気配は感じられなかった。


 連れションのときに白渚から聞いた話、一年の時、雨の日は屋上の前の踊り場で飯を食っていたらしい。今はもう雨が上がり、外に出ても大丈夫なのだが、地面が濡れているときも踊り場なのだそうだ。彼らには食堂や教室で飯を食うって発想はないのか?
 そんな思いを巡らせた四時限目が終わり、昼休みになる。
「食堂じゃねえのか……。久々に行きたかったんだがな」
 大瀬崎が不満を漏らす。オレたちの案を奏に持ちかけたところ、『踊り場ね』と理由も無く返されてしまった。あれほど屋上で飯を食うことに反対していた奏は、すっかり屋上派へと転向してしまっていた。悪い気はしないがな。なんならオレたちだけで食堂に行けばいいと思うのだが、特にどこで食っても変わらないだろうから踊り場で食うのなら踊り場で食う。
「行きたい行きたい行きたい行きたい!」
「お前、やっと壊れたか?」
「やっととはなんだ!」
 ただ、大瀬崎は本気で食堂に行きたいようだ。だが、独りよりかはみんなのいる踊り場を選んだ、といったところだな。
「あー、桃色・女王様ラーメンがオレを待っているってのにっ!」
「お前、それだけはやめとけ」
 女王様はSMを遠回しに表現している、というのが専らの定説であるが、それの味は……まあ、察してくれ。
「それだけじゃない。オレにはギネスを狙う義務があるんだ……!」
「ギネス? 何言ってんの? 桃色・女王様ラーメンの早食い世界新でも作るのか?」
「違うわっ! 言い出しっぺはお前だろっ!」
 言い出しっぺ? 何のことだかさっぱりわからない。
「その日のために毎日走りこんでるんだぞ……」
 大瀬崎とのバカげた会話に一区切りがついた辺りで最上階へ辿りつく。すでに奏と伊東が準備を終えており、シートに座ってお茶を飲んでいた。
「ほら、統流が来たわよ」
「え、あ、はいっ! あの、えと、ほほ、穂枝君!」
 オレに気付くなり伊東の顔が真っ赤になる。しかもどもりがいつも以上に激しい。なぜ?
「俺は呼ばれてないんすか?」
「ど、どど、どうぞ座ってください!」
 と、オレ専用の群青色のクッションを奏の前に置く。
「誰か俺のこと――」
「あら、その辺お茶溢して汚れてるわよ」
 奏がオレのクッションの位置をずらし、伊東の隣に置く。
「か、かか、奏っ!」
 伊東の顔が更に真っ赤になる。まるでポストのようだ。
「あの、俺の席――」
「そうか、悪い」
 クッションの上に座る。硬すぎず、軟らかすぎず、ちょうどいい弾力を持っている――のはいいんだが、それより隣で窒息しそうなまでに顔をリンゴにしているこいつはどうすればいいんだ?
「おい、伊東――」
 伊東の肩を叩く。
「ひゃはっ! へ、へあ、は、はいぃ?」
 この反応、ただごとじゃないぞ……。
「俺の――」
「ほら吉佐美、つぎつぎ」
「え……ええっ! あれ、本当にやらなくちゃいけないんですか?」
 奏が不敵な笑みを漏らし、伊東は慌て戸惑っている。
「当ったり前でしょ。最初が肝心なんだから、ほら」
 何の話をしているんだ?
「俺――」
「あ、あの、穂枝君……」
 奏に背を押され、心の準備ができていない伊東にちらちらと見られる。
「えと……お茶、どうですか?」
 あわあわと水筒と紙コップを取り出した。
「おお、悪いな」
「あ、はいっ!」
 伊東はソバカスの頬を緩ませ、水筒の液体を注ぎ入れる。白い靄が立ち昇る温かい麦茶だ。
「どうぞ」
 手渡され、それを受け取る。
「あっ――」
 そのとき、伊東の赤みを帯びた手に少しだけ触れた。伊東はとっさに手を引く。危うく麦茶をこぼしそうになったが、間一髪のところでオレが掴み取った。
「ひぁっ! あ、その、ほえ――」
「やい伊東! 俺にもお茶をくれよぉ!」
 うお? いたのか大瀬崎! 知らないうちに存在が消えていたじゃないか。
「……アンタはシートに溢したやつでも舐めてなさい」
「さすがにそれはヒドいんじゃないですかねえっ?」
 奏は盛大な溜息のあと、「ひどいのはアンタの方よ」と呟いたような気がした。多分気のせいだと思うのだが、空耳にしてはよく聞こえた感じがする。
 それからしばらくして大室がやってきた。心細そうに辺りをキョロキョロと見渡しながら、おずおずと上履きを脱ぎ、所定の場所に座った。
「どうしたんですか、いずみ?」
 大室はビクリと身を硬直させたあと、オレたちを見回し、それから素早く伊東に耳打ちする。
「そうですか……白渚君が来ないんですね?」
 大室がこくこくと頷く。オレを見て、伊東は力なく笑った。
『あたしの目の前でも、白渚君と話すときは耳打ちなんです。いずみの言ってることは白渚君を通してあたしに伝わるんです』
 お前の気持ち、今ならなんとなくわかる。
「っかしいな、学校にはいるはずなんだけどな」
 大室の行動に対して、特に気にしていない大瀬崎が呑気なことを言う。
 見習った方がいいかもしれない。これは気長にやっていけばいいんだ。変に重く考えすぎて、それで大室に察せられたら意味がない。
 にしても、白渚は早退したのか? いや、連れションのときは元気そうだったからその可能性は少ない。
 大室の背筋がピンと伸びる。そして、何かを察知したのか、じっと階段の下を見つめていた。イヌか。
「やあ、お待たせみんな」
 息を切らした白渚が上がってきた。噂をすれば影、とはこのことを言うんだな。右手に小型の缶を、左手に白い瓶を持っている。待ち切れず、大室は靴下のまま白渚の懐に飛び付いた。イヌか。
「あはは、ごめんね、購買に行ってたんだ」
「大室を連れずにか?」
 あの白渚が大室を連れずにどこかへ行くなんて信じられなかった。
「うん、いずみんにプレゼントをね。はい」
 白渚が大室にコーヒー(ブラック無糖)を渡そうとすると、大室はすぐにでも泣きそうな顔をして、いやいやと顔を横に振った。まるで小さな子が駄々をこねているようで愛らしい。
「あ、ごめんごめん。これは僕のだったよ。いずみんはこっち」
 わざとらしい言葉を吐きながら、今度は牛乳の入った瓶を大室に見せた。大室は急に眼の色を輝かした。弾け飛ぶ星と『きららー』という擬態語が大室を包み込むようにして見える。
 どうやら、大室の好きな飲み物は牛乳のようだ。そして、その逆がコーヒーらしい。
「きさみー、ちょっとこれ借りるよ」
 白渚は笑顔を作りながら紙コップを目の前に置き、缶コーヒーと牛乳瓶のフタを開ける。そして、それらを同時にコップへそそぎ込んだ。
「はい、いずみん。一対一だよ」
 濁った茶色のそれを大室の手の上に置く。
 大室は目をきらめかしながらも、手先が震えて水面がさざ波立っている。明らかにどう反応すればいいのか迷っていた。
「ふふ、困った顔のいずみんもかわいいなあ」
 とても満足げな白渚。
 なあ白渚、大室はお前の大切な彼女なんじゃないのか……?
 と、困惑した大室を見て心をかき乱されかけたオレが言っても説得力がないのだが。
「ごめんごめん」
 と、苦笑いを浮かべた白渚は脹れっ面の上目遣いで彼氏を見つめる大室の頭をやさしく撫でた。大室は気持ちよさそうに目を細める。イヌか。
「あ、みんなもごめんね。それじゃあご飯にしようよ」
「アンタといずみはじゃれあいすぎなのよ……」
 奏は溜息を吐き、オレの弁当箱を奪い、バンダナを広げた。
 そんなこんなで、少し遅れた昼食が始まる。
 たまに白渚が気になってしまい、ちらと見る。光景は変わらない。大室の作ったおかずを口にして、笑顔で「おいしいよ」と言う。
 昨日の白渚は幻だったのか? あの白渚を見たオレは夢を見ていたのか?
 そんなわけ、ない。
 ……多分。


 午後の始めは体育だった。ま、二年で最初の授業だったので体育館で軽いオリエンテーションの後は自由に遊ぶ時間だった。大瀬崎や席の近い男子とバスケをしたのだが、大瀬崎はああ見えて運動神経がある。いや、すばしっこいといったほうがいいかもしれないが、
ディフェンスの脇をターンしてくぐり抜けたり、鮮やかなレイアップを決めたりと、現役バスケ部には劣るものの、上々の活躍をしていた。オレもディフェンスとして相手のシュートを阻止したりしてたんだが、注目されないことに変わりはない。
 体育が終わり、十分休みに入る。
「待てよ……?」
 体操服を脱ぎ、上半身裸の大瀬崎が神妙な面持ちで固まった。
「どうした?」
「要は俺がいずみちゃんを困らさなきゃいいんだろ?」
 なんの話かと思えば、『田舎来い』の話だった。
「それができないからオレも白渚も苦労してるんだよ」
 手っ取り早い方法が『田舎来い』を中止させれば万事解決なんだが。
 だが大瀬崎はウィンクをして指を振った。気持ち悪い。
「チッチッチ。我輩を甘く見る出ないぞ。従来、我輩は我輩の本能のままに作戦を遂行していった。なれば、我輩に自制を掛けながら作戦を遂行するまでよ! ハードなタッチがダメならソフトなタッチにすればいいではないか!」
「ソフトでもお前が大室に触れたらオレたちは抹殺されるだろうけどな。ま、普通のお喋り程度なら大丈夫だろ。その前に服を着ろ、服を」
 白渚の忠告――いや、警告というべきか――を忘れたわけではない。だが、大室にはたくさんの人と関わった方がいい……と思っている。あのままだったら、大室はいつまでも変わらない。おせっかいだってことは重々承知だ。そもそもオレが大室を変えようとすること自体正しくないのかもしれない。大室を傷つけるかもしれない。こういうことは全て白渚に託せばいい話だ。外野は黙っていればそれでいい。
 でも、それでも、どうしても大室のことが心配なんだ。
 そして、大室を守ると誓った白渚のことも。
「よっしゃ、そうと決まればすぐに案をくれ、穂枝!」
「あ?」
 制服を着た大瀬崎が一人で情熱を燃やしている。
「さあ、新いずみちゃんとなかよしこよし計画参謀長官、この大瀬崎にご命令を!」
「オレが提案するのかよ!」
 やれやれ、オレも共犯者になるってことか。
 でも、今日の白渚を見る限り、そんなに強引なことをしなければ平気だろう。
 そんな浅はかなことを考えていた。

●世間話。
○にらめっこ。



第十五話『ケツイノカタチ』に続く

第十三話に戻る
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『城ヶ崎の小説ども』に戻る。
ようやく小説にゆとりができてきました。
あ、ゆとりってのは、いい意味で、ですよ?

ども、じょがぁです。
現在次々回のお話を書いているわけですが、もうね、終盤って感じっすよ。
少し前まで前半戦終了とか思ってたんですが、第一部が無事完結できそうでドキドキしてます。

ってか、今に至るまでの総文字数(選択肢後も含めた全部)が、
約11万2千文字なのだそうです。

ちなみに前作の『翼の生えた少女~続~』はサイトを参照しますと、
約18万5千文字らしいですね。

『もういない。』の第一部途中でこの文字数……。
果たして最後のピリオドが打たれたその瞬間、どうなってるんでしょうかね……?


と、少し興奮ぎみだったりします。
ども、じょがぁです。最近ずっと思ってる……といっていいものなのだろうか? たまに、中学時代を思い起こすことがある。あのことはよかった。何も知らずに、ただ突っ走っていけばよかったから。だから、生徒会長をやることができたし、いじめゼロ計画とかやったり、友達の相談にのって自分なりの答えを出していたんだろうと思う。その答えで相手が傷付こうとも、うちは気付くワケがなかった。そのくらいうちは何も知らなかった。
最近忙しくて更新が遅くなっとりますな。申し訳ねっす(汗
まあ、そんなに忙しくないのかもしれませんけどもね……。
でも、なんだろうね、そういうことができなくなってる自分がいる。高校生になったら少し休もう。ゆっくりとした、単なる一般人としての生活を送ろう。そう思ってた。でも、それはただの戯言だったんだな。単なる逃げ道だ。二年と十一ヶ月たってようやく、そのことに気付いた。なんつーか、もうね、あの頃みたいに相談にのられても、何も答えられないわけよ。答えようと思っても、自信が起きない。無理にやったとしても、そんな言葉は表面上の当たり障りの無い言葉ばっかりで、自分でも馬鹿馬鹿しいわけよ。ただの気どり。ヘタレ。それだけ。中二病(笑)とか言ってきたし、多分これからも言うだろうけど、でも、うちはあの頃に戻りたい。胸張って中二病やっていた頃に。多分こんな弱気で意味不明な文章を書いてる時点で中二病なんだと思うけど、あの頃はこの一文を書かなかった。自覚なしで突っ走ってた。
うーん、これからの『翼の生えた少女はもういない。』をどうしようか、迷ってたりする。
というのも、うん、時間がないわけです。一番の理由は。何やってんだろうな、自分。友達一人の相談にさえのることができずに、ただただ曖昧な返事をするだけ。何も言えない。何も動けない。黙っている傍観者。お前は神様か。それなら疫病神か。ゴミだ、クズだ、ムシケラだ、クソだ。……最低だ。周りの目なんて気にしなかったあの頃に戻りたい。正義は必ず勝つと信じていたあの頃に戻りたい。無垢だった、純粋だったあの頃に……。
頑張れば五週間で一部は完結。なんと十二月二五日、クリスマスの日に終わる計算ですね。
でも、その間にテストがあったり、
クリスマス~三十日前まで山形へ出張があるわけでして……。
うーん、切羽詰まったこの状態で小説を書いたらどうなるのやら……と思ったり思わなかったり。
(いや、今も十分切羽詰まってるんで、クオリティ高いつもりでも質落ちてると思いますが^^;こういう自身の不安をブログ上にぶち流して同情を求めようとするやつのことが大っ嫌いだ。そういうやつは相談窓口にでも行け。……なーんて思ってる奴です。だから、同情なんていらない。多分これはあれだ。羞恥をさらしたいんだ。そうやれば、気が晴れるとか、そういう幻想を抱いてるだけだから気にしないでくれ。だから文字小さくして色を白にしてるわけですわな。フェッフェッフェ。
ま、そんなこんなで、これからも計画的にやっていこうと思います。
こういう経験も必要だと思うんで。
(現に今まで一度も更新遅らせたことはない……はずですし)うわ、今回の更新気持ち悪いな……。
昨日の記事どおり、沼津へ行ってまいりました!
ども、じょがぁです。


いやはや、昨日からずっと天気のことを心配してたんですが、
なんと、風の気持ちいいみごとな青空っす!

いやぁー、今日のじょがぁは恵まれてるなあ……。
電車から見えた相模湾がきれいだったね!

静岡に入ると雲一つない富士山が……っ!

自転車で御殿場行ったときは見えなかったけど、
今回はその白く覆われた頂を見ることができました!


そして、沼津駅に到着。
うむ、まずは駅舎を撮影しよう!









デジカメが無い\(^o^)/ナンテコッタイ

落としたのか?
いや、待て、焦るな。

家に忘れたんだ。うん。

と思って、家にメールを送ろうと携帯を開いてみる。








バッテリー残量1\(^o^)/ワーイ

だ、大丈夫だ。電源をオフにしておけばおkだ。必要なときだけにONすれば……。


でもって、デジカメが家にあることが確認され、結局コンビニでインスタントカメラを購入。
千円の出費……。いてえ……。


さて、まずは沼津の食べもの、ということで沼津港へ。

沼津港には『沼津港飲食店街』というものがありまして、
港で挙げられた魚介類を調理したお食事処がたくさんあるんです。

じょがぁは『武田丸』というお店で漁師丼ってのを食いました。
色んな魚が載った丼+茶碗蒸し+お吸物+お茶って内容ですね。

うん、おいしかった。なんていうんだろ、ぷりっぷりしてた。

まあ、ワサビにあたって一度噴き出したわけですが。


ですが、ここはあまり学生向きじゃないっすね。
なぜなら、昼食として食べられる物の中で最も安いものが漁師丼なんですが、

一杯1680円です。


なぜこんな場所に来てしまったのか?

うちだってここじゃない店に行きたかった。いや、ここもうまかったけど。

本当は『丸天』に行きたかったのに、
素で『武田丸』に入ってしまった自分がそこにいます。


『丸天』のウニ丼980円なんだぜ……。


ここまででじょがぁは移動大含め四千円ほど使ってしまっています。死にたい。



それから港を散策。

と、何やら巨大な物体を発見。
なんつーか、港なのに不自然にデカイ建造物があるんです。

しかも、同じ形のものが二つ。それを繋ぐように上層部を橋のような通路がある感じ。

灯台か? と思ったんですが、灯台にしては形が角ばってるし、何より大きすぎる。
そこらの団地よりも全然背が高い。


近くへ行ってみると、どうやらそれは『びゅうお』という名前の建物なのだそうです。


何に使われてんだよ……。

なになに?



え、水門?


水門!?


いや、デカすぎるだろ……。
一応下参照。
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kankou/sanpo/byuo/byuo-1.htm

ちなみに日本最大の水門だったと思います。

びゅうおは展望台にもなっていて、
そこから大瀬崎駿河の名前を借りた『駿河湾』と『大瀬崎』を見ることができます。


あと海岸とお茶畑、学校にも行ったりしたんですが、ここら辺は小説でお会いするとして、

感想を言うならば、

沼津の人は本当に親切でお話し好きなんだと思いましたね。


びゅうおの受付でチケット買ってるときに、
「今日はいいお天気ですからよく見えますよ」
と受付のおばちゃんから言われましたし、

沼津駅北口でなかなか目的地のバスが来ないので、
暇そうにしているバスの運転士さんに場所尋ねたら、
「ここじゃなくて向こうの大きな道に行けばいいと思うよ」
と教えてもらい、それプラス
「○○行きのバスに乗るのが一番いいんじゃないかな? かな?」
と、丁寧に教えて下さり、感謝感謝したり。

まあ、ここらは営業で、なのかもしれませんが、

茶畑散策を終えて、近くの小学校を見に行こうとしたときに会った
散歩中のおばさんに道を尋ねたら、なんと小学校のすぐそばまで案内して下さりました。
(しかも彼女の散歩コースとは逆側で、しかも十数以上歩く距離だったのに、です)
そこ周辺の話や、うちの話なんかで盛り上がって、凄く楽しかったっす。

あと、商店街のお茶屋のおじいちゃんもやさしかったなあ。
静岡のお茶のことで自分が知らなかったことを教えて下さったり、向田邦子さんの話をしたり、

とにかく皆さん親切でした。


あと、挨拶すると必ず返してくれるんですよね。

うーん……日本人ですね、沼津は。


というわけで、とても楽しく、充実した一日でした。


Read More...は、どうでもいい余談。

⇒続きを読む

明日、沼津へ旅行行ってくる。

ども、じょがぁです。


えー、沼津に行ってきます。今回は自転車ではなく電車とバスと足っす。
どんな町なのか、詳しいことはよく分かりませんけども、でも興味があるんですよねー。

多分もう葉っぱはないと思いますが、お茶畑が楽しみっす。ええ。


雰囲気を感じていきたいです。うまいもの食っていきたいです。

特に海鮮とぬまづ茶だな。わくわく。高いけど。


「大瀬崎」
「……え?」
 耳の調子がおかしいのかしら、と奏は耳をそばだてる。
「大瀬崎」
 同じことを言う。
「もう一回」
「大瀬崎」
 同じことを言う。
「……は?」
「大瀬崎ってカッコいいよな。面白いし、運動もできるし、何よりみんなを盛り上げる素質を持っているところが」
「ねえ、統流?」
 オレは大瀬崎の魅力を語りまくった。時に勇ましく、時に人の心を揺らぐように、時に誇大広告なみに大瀬崎を褒め称え、時にウソも混じえながら。
「――というわけで、オレは大瀬崎が好きだ」
 決まった……。
 ついに、言い終えた……。
 語り残した栄光は多々あれど、大瀬崎の偉大さを伝えるには十分すぎるはずだ。
「アンタって、そっちの男だったのね」
 一瞬にしてそう結論づけられた。
「まさか、アンタのことならなんでも知ってるって自負してたけど、まさかの大穴が残ってたのね。驚きだわ」
 やる気のない声。ふてくされている。
「ま、ジョーダンだからな、奏」
 当たり前だ! あんな奴のことを好きになる男……いや、人間がいると思うか? オエ、あいつと腕組んでる姿を想像したら吐き気がしてきた。とにかくオレにそっちの『ケ』が無いことをここに誓っておく。
「知ってるわよ」
 その全てを一言で片づけられ、ゴミ箱に捨てられてしまった。
 沈黙。多分宇宙空間を彷徨っていてもこんな沈黙を体験することはないだろう。
 ……さて、一気に空気が冷めてしまった。どうすんだよ大瀬崎、お前の責任だ。お前のせいで静かになっちまっただろ。
 くそ、大瀬崎はどこに逃げたんだ? やれやれ、仕方がない。元の空気を取り戻すためにはオレが動くしかないのか。
 オレができること……ほとんど限られてしまっているし、どれも違和感を感じさせるものばかりだ。でも、今となっては多少の不審は許される……はずだ。
 オレに前振りは必要ない。そうと決まれば即座に実行するに限る。
「そうだ、何か作ってやるよ」
「は? 何唐突に」
 奏がガバリと顔を上げる。ワケがわからない、と疑問符を浮かべている。
「アクエリだけってのはやっぱりダメだと思うんだよ」
「今更? 別にそんなの気にしなくていいわよ。むしろさっきの冗談の方を気にしてほしいわね」
 グ……。だがそれを声に出すな! 聞こえてないフリをして突っ走れ穂枝統流!
 ……ああ、思考が大瀬崎に似てきたな、オレ。
「何がいいか?」
「別にいらないって言ってるでしょ?」
「無いならオレが勝手に決めるぞ?」
「だから、いらないわよ」
「よし、じゃあお吸物でも作るか。台所と食材借りてもいいか?」
「いい加減……」
 言いかけて、奏は深呼吸をし、とてつもなく大きな溜息を吐いた。
「勝手にしなさい」
 ついに奏が折れた。というか、呆れられた。
 それでもいい、これから元のペースに戻していけばいいんだ。そう心の中で頷き、立ち上がった。


 お吸物というのは、和のダシに塩や醤油、その他少々の具材を加えた日本の汁物だ。具材にはそれぞれ役目に応じた名称があるのだが、ここでは割愛する。
 とにかく、今回は時間もないので鰹節のダシを使い、フ、ユズ入り七味、ミツバ(ここの庭で採れたものらしい)を入れようと思う。というか、こんな珍しい食材が揃っていることに驚いた。
 おばさんの許可を取り、台所に向かう。なんとIHクッキングヒーターだ。初めて見たぞ……。いや、むしろ今時はこっちが主流なのかもしれんが。
 調理に移る。量も少ないしお湯を沸かして少し手を加えるだけだからすぐに終わるだろう。
 火(電気?)を点けたところでおじさんがやってきた。
「何を作るんだい?」
 興味津々なのか、身体を傾けたり背伸びをしたりして鍋を覘いている。
「お吸物です」
「お吸物? へっへえ……。統流くんは料理ができるのか! いやあ、素晴らしい!」
 オレの背中を思い切り叩き、ガハハと笑う。ありがとうございます、と咽ながら呟いたが、この様子だと多分聞こえてない。
「俺も奏も、料理はヘナチョン組だからなあ。あ、それ奏のか?」
 それ、と鍋を指差す。あ、はい、と返事をした。
「そうか……ありがとうな」
「いえ、そんな」
 お湯が煮立ちそうなので鰹節を投入する。
 もわりと白い湯気が立ち昇った。しばらく置いておき、鰹節が沈んだらこしてダシを取り出す。
「最近、奏が学校のことをよく話すんだ」
 カツオ風味の蒸気で鼻孔を満たしていると、おじさんは昔話を語るように呟く。
「友達のことや、昼食のこと、そして、統流くんのことも、ね」
「オ、オレっすか?」
 思わずカツオをアク取りですり潰してしまった。
「ああいう性格で表情が読みにくいんだが、統流くんのことを話すときは目を輝かしてるのがよーくわかるんだ。きっと統流くんは奏のためにたくさんのことをしてあげたんだろうな。あの子のおじさんとして、礼を言っておこう」
 おじさんはオレの肩をやさしく叩いた。
 オレは戸惑った。オレが奏のためにやったことなんてあるだろうか? いつの日か『いい友達を作れたらいいな』と言ったこと、そして今日のお見舞い。人生を振り返ってもそれくらいしかない。逆に奏に迷惑かけた方が遥かに多い。本来オレが奏に感謝すべきなのに。
 でも、オレが戸惑った本当の理由は、こうやって肩を叩かれたことなんて今まで無かったからだ。もちろん、父さんからも。
「統流くん、君たちならきっといい家庭を作ることができるよ」
「ありがとうございます……」
 どこか身体が浮いているようで落ち着かない。ソワソワとする。
 ……と、ちょっと待った! あらぬ言葉を耳にしたような気がするぞ?
「えと、今なんて言いました?」
 おそるおそる訊いてみる。
「ん? 君たちならきっといい家庭を作ることができると言ったんだが? 最高の夫婦だとは思わないかね? 家事のできる賢明な夫、成績優秀の見目麗しい妻……と、伯父の俺が言うようなことじゃあないよなっ! ガーッハッハッハッハッハ!」
 おじさんは高々と笑い、肩を思い切り揺さぶられる。
「いや、おじさん、オレたち付き合ってすらいない、ただの腐れ縁っすから……」
 鰹節が沈んできた。そろそろいい頃だろう。
「なにっ?」
 こす準備をする背後でおじさんは拍子の抜けた声を上げた。
「ふふ、ふ、二人はラブラブじゃないのかっ? あちゃー、やってしまったぁ!」
 おじさんは身体を逸らし、白い髪のかかる額をペシリと叩いた。
 そのテンションはさすがに吹っ飛びすぎだろっ!


「第一、いきなり料理する人なんている? しかも、勝手に人の家のものを使って!」
 お吸物を口にした途端に奏の説教は始まった。
「パックでないにせよ、このダシ即席なんでしょ?」
 カツオだけで悪かったな。仕方ないだろ。それなら昆布を一時間水に浸せばよかったのか?
「そもそもお吸物ってこういう場で出されるもんじゃないでしょうが」
 世間的にはそうだが、だからといって世間に従えばいいワケじゃないだろ。そういうんなら、他のやつを頼んでくれよ。
「それから、これが一番決定的なことなんだけど、お吸物とアクエリはどう考えても合わないわよ! アンタのセンスがよくわかんらないわ」
「う……」
 アクエリだけのお見舞いはダメだろ、ということで作ったのがお吸物だ。共倒れじゃ意味が無いってことに気付かなかった。この文句は筋が通っている。
「ってか、アクエリに合う食い物があるか?」
「無いわよ。アクエリを買ったセンスも疑うわ」
 ボロクソに言われまくり、為す術なくタコ殴りにされている気分だ。これだったら作らない方がよかったかもしれない。
「でも」
 お吸物を啜り、奏がごくりと喉を鳴らした。
「あたたかい」
 吐息を漏らす奏はやさしい目でお椀を見つめていた。
「ま、お吸物だしな」
「お吸物だから、ね」
 また息を吐く奏。今度は溜息に近い。恐らくまたオレが期待はずれのことを言ってのけたのだろう、多分。
 オレもお椀を持つ。白い蒸気にカツオの風味と共にゆずの爽快な香りが鼻から全身へと伝わっていき、足先から鳥肌が立っていく。香りを十分に楽しんだあと、吸い地で口を湿らせる。うん、醤油の味が強いな。せっかくのカツオダシを壊してしまった。まあ、味はイマイチだが、奏の言うとおり温かい。
「にしても、お吸物って作るの難しいんじゃないの?」
 奏が素朴な疑問を投げだした。
「そうか? 思うに、味噌汁作るより簡単だぞ。作り方ほとんど同じだし」
 良質なお吸物を作る、となったら話は別だが。
「そ、そうなの?」
 味噌汁とお吸物は別次元の食べ物じゃない、と呟いているが、同じ和食の同じ汁物の同じダシを使う料理のどこが別次元なんだよ。
「ぶっちゃけ、この中に味噌入れたら味噌汁になる」
 ここでオレは、奏に「そしたら味噌汁がしょっぱくなるでしょ!」という突っ込みを待ち望んでいた。
 だが、奏はその予想斜め上というか、明々後日の方角というか、このまま未来に行ってしまうというか、とにかくぶっ飛んだ返答をよこしてくれた。
「味噌汁って……水に味噌入れて沸騰させればいいんじゃないの?」
 それは味噌の水溶液だ。
「なあ、中学んころ、家庭科でやったよな?」
「うるさいわね、どっちにしろお吸物と味噌汁は別物、違う料理なの! そうでしょ?」
 やれやれ、強情な奴だ。お前の作る味噌汁の方が違う料理だと思うぞ……。
「なんか言った?」
 裏がありそうな笑顔をされた。
「いや、何も」
 うーん、やはりオレたちの会話の主導権は奏が握ってるんだな……。


「あら、泊まっていけばいいのに」
 日の暮れ、林の中に立地するここは代樹山のように暗かった。
「こんなところでいいのなら、いっそのこと住んじゃいなさいよっ!」
「お、おばさま!」
 まあ、おばさんは相変わらず明るく、夕陽に赤く染まっていた奏はそんなおばさんに振り回されていそうだった。
「気持ちは嬉しいですが、大家さんが心配すると思うんで……」
「そうか、残念だ」
 おじさんは本当に残念そうにしている。でも、だからといって明日学校があるのに泊まるのは色々と面倒だし、そもそも奏の住まいで寝るのは抵抗がある。
「統流くん、大家さんによろしく言っておいてくれな」
「あ、はい」
 おじさんと大家さんは本当に仲がいいんだろうな。
 さて、帰るか。
 ……待った。おじさんは大家さんと仲がいいんだよな?
 それじゃあ、大家さんの名前くらい知ってるんじゃないのか?
 ずっと気になっていたことだ。最近は『大家さん』が当たり前になってしまっていたが、考え方を変えれば誰だか知らない人間の管理する内装外装共に怪しいアパートにオレは暮らしている。誰だって気になる。
「あの、おじさん」
「お、泊まる気になったのか!」
 どうしてそうなる。
「いえ、その、大家さんの名前を知ってたり……しませんよね?」
「大家さんの名前?」
 おじさんは腕を組んで唸る。
 そして、
「さあ」
「さあ?」
「そう、『さあ』だ。あの人の名前を知ってる人なんてほとんどいないだろ、うん」
 その答えは、想定していたといえば想定していた。でも、実際にそう言われると衝撃的で、より一層大家さんの神秘さが増していく。
 大家さん、もしかしたら神様なんじゃないのか……?
「そうですか、ありがとうございます」
 一礼すると、いやいや、悪いね、とおじさんは頭を掻いた。
「それでは、お邪魔しました」
 少し肌寒さをかんじ、今度こそ帰ることにする。
「いつでもいらっしゃい」
「次は夕食も食ってけ! 五月の飯はうまいからな!」
「それじゃ、また明日ね、統流」
 三人がオレに手を振る。おばさんは胸の前でひらひらと、おじさんは豪快に腕をぶんぶん振り、奏は……ほんの一瞬だけだったが。
 ――やれやれ、奏の伯父と伯母は個性的な人だったな……。
 でも、ああいう家族ってのも、毎日が飽きなさそうで楽しいのかもしれない。
 何かの機会があったらまた行ってみよう。
 なんとなく、そんなことを思いながら水の苑地から見える夕日を眺めていた。



第十四話『拠り所を探して』に続く

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「大室だな」
「いずみ?」
 何言っちゃってるの? と怪訝そうな顔をされる。
「あの小動物みたいなかわいらしさ、いいよな」
「いいよなって……なんでそんなこと私に? そりゃあいずみは可愛らしいわよ。でもいずみには慶二がいるじゃない」
「倒してでも奪い取る!」
 声を張り上げ、オレはガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。
 静まる室内。風鈴の音。ああ、そうか、今が夏だったら林に飛び交う蚊の羽音くらい楽に聞こえるんだろうなあ……と思う程度の静けさだ。
「統流、アンタ大瀬崎に似てきたわね」
 奇遇だな、オレもそんな気がしたところだ。
「昔は……冗談でもそんなこと言わなかったのに……」
 悲しそうに顔を逸らされてしまった。一気に襲われる後悔の念。奏と過ごしてきた思い出が蘇る。
「わ、悪かった、奏」
 冗談で言ったつもりが、かえって奏を傷つけてしまった。昔のオレとはもう出会えないのだろうか……。
 ともかく、オレのせいで嫌な沈黙が部屋を包み込む。
 言い訳したいが、作ることになってしまったんだから仕方がない。元の空気を取り戻すためにも、思い切って行動に出たほうがいいだろう。
 オレができる行動……ほとんど限られてしまっているし、どれも違和感を感じさせるものばかりだ。でも、今となっては多少の不審は許される……と思う。
 オレに前振りは必要ない。そうと決まれば即座に実践するに限る。
「そうだ、何か作ってやるよ」
「は? 何唐突に」
 ワケがわからない、と疑問符を浮かべている。
「アクエリだけってのはやっぱりダメだと思うんだよ」
「今更? 別にそんなの気にしなくていいわよ。むしろさっきの冗談の方を気にしてほしいわね」
 グ……。だがそれを声に出すな! 聞こえてないフリをして突っ走れ穂枝統流!
 ……ああ、思考が大瀬崎に似てきたな、オレ。
「何がいいか?」
「別にいらないって言ってるでしょ?」
「無いならオレが勝手に決めるぞ?」
「だから、いらないわよ」
「よし、じゃあお吸物でも作るか。台所と食材借りてもいいか?」
「いい加減……」
 言いかけて、奏は深呼吸をし、とてつもなく大きな溜息を吐いた。
「勝手にしなさい」
 ついに奏が折れた。というか、呆れられた。
 それでもいい、これから元のペースに戻していけばいいんだ。そう心の中で頷き、立ち上がった。


 お吸物というのは、和のダシに塩や醤油、その他少々の具材を加えた日本の汁物だ。具材にはそれぞれ役目に応じた名称があるのだが、ここでは割愛する。
 とにかく、今回は時間もないので鰹節のダシを使い、フ、ユズ入り七味、ミツバ(ここの庭で採れたものらしい)を入れようと思う。というか、こんな珍しい食材が揃っていることに驚いた。
 おばさんの許可を取り、台所に向かう。なんとIHクッキングヒーターだ。初めて見たぞ……。いや、むしろ今時はこっちが主流なのかもしれんが。
 調理に移る。量も少ないしお湯を沸かして少し手を加えるだけだからすぐに終わるだろう。
 火(電気?)を点けたところでおじさんがやってきた。
「何を作るんだい?」
 興味津々なのか、身体を傾けたり背伸びをしたりして鍋を覘いている。
「お吸物です」
「お吸物? へっへえ……。統流くんは料理ができるのか! いやあ、素晴らしい!」
 オレの背中を思い切り叩き、ガハハと笑う。ありがとうございます、と咽ながら呟いたが、この様子だと多分聞こえてない。
「俺も奏も、料理はヘナチョン組だからなあ。あ、それ奏のか?」
 それ、と鍋を指差す。あ、はい、と返事をした。
「そうか……ありがとうな」
「いえ、そんな」
 お湯が煮立ちそうなので鰹節を投入する。
 もわりと白い湯気が立ち昇った。しばらく置いておき、鰹節が沈んだらこしてダシを取り出す。
「最近、奏が学校のことをよく話すんだ」
 カツオ風味の蒸気で鼻孔を満たしていると、おじさんは昔話を語るように呟く。
「友達のことや、昼食のこと、そして、統流くんのことも、ね」
「オ、オレっすか?」
 思わずカツオをアク取りですり潰してしまった。
「ああいう性格で表情が読みにくいんだが、統流くんのことを話すときは目を輝かしてるのがよーくわかるんだ。きっと統流くんは奏のためにたくさんのことをしてあげたんだろうな。あの子のおじさんとして、礼を言っておこう」
 おじさんはオレの肩をやさしく叩いた。
 オレは戸惑った。オレが奏のためにやったことなんてあるだろうか? いつの日か『いい友達を作れたらいいな』と言ったこと、そして今日のお見舞い。人生を振り返ってもそれくらいしかない。逆に奏に迷惑かけた方が遥かに多い。本来オレが奏に感謝すべきなのに。
 でも、オレが戸惑った本当の理由は、こうやって肩を叩かれたことなんて今まで無かったからだ。もちろん、父さんからも。
「統流くん、君たちならきっといい家庭を作ることができるよ」
「ありがとうございます……」
 どこか身体が浮いているようで落ち着かない。ソワソワとする。
 ……と、ちょっと待った! あらぬ言葉を耳にしたような気がするぞ?
「えと、今なんて言いました?」
 おそるおそる訊いてみる。
「ん? 君たちならきっといい家庭を作ることができると言ったんだが? 最高の夫婦だとは思わないかね? 家事のできる賢明な夫、成績優秀の見目麗しい妻……と、伯父の俺が言うようなことじゃあないよなっ! ガーッハッハッハッハッハ!」
 おじさんは高々と笑い、肩を思い切り揺さぶられる。
「いや、おじさん、オレたち付き合ってすらいない、ただの腐れ縁っすから……」
 鰹節が沈んできた。そろそろいい頃だろう。
「なにっ?」
 こす準備をする背後でおじさんは拍子の抜けた声を上げた。
「ふふ、ふ、二人はラブラブじゃないのかっ? あちゃー、やってしまったぁ!」
 おじさんは身体を逸らし、白い髪のかかる額をペシリと叩いた。
 そのテンションはさすがに吹っ飛びすぎだろっ!


「第一、いきなり料理する人なんている? しかも、勝手に人の家のものを使って!」
 お吸物を口にした途端に奏の説教は始まった。
「パックでないにせよ、このダシ即席なんでしょ?」
 カツオだけで悪かったな。仕方ないだろ。それなら昆布を一時間水に浸せばよかったのか?
「そもそもお吸物ってこういう場で出されるもんじゃないでしょうが」
 世間的にはそうだが、だからといって世間に従えばいいワケじゃないだろ。そういうんなら、他のやつを頼んでくれよ。
「それから、これが一番決定的なことなんだけど、お吸物とアクエリはどう考えても合わないわよ! アンタのセンスがよくわかんらないわ」
「う……」
 アクエリだけのお見舞いはダメだろ、ということで作ったのがお吸物だ。共倒れじゃ意味が無いってことに気付かなかった。この文句は筋が通っている。
「ってか、アクエリに合う食い物があるか?」
「無いわよ。アクエリを買ったセンスも疑うわ」
 ボロクソに言われまくり、為す術なくタコ殴りにされている気分だ。これだったら作らない方がよかったかもしれない。
「でも」
 お吸物を啜り、奏がごくりと喉を鳴らした。
「あたたかい」
 吐息を漏らす奏はやさしい目でお椀を見つめていた。
「ま、お吸物だしな」
「お吸物だから、ね」
 また息を吐く奏。今度は溜息に近い。恐らくまたオレが期待はずれのことを言ってのけたのだろう、多分。
 オレもお椀を持つ。白い蒸気にカツオの風味と共にゆずの爽快な香りが鼻から全身へと伝わっていき、足先から鳥肌が立っていく。香りを十分に楽しんだあと、吸い地で口を湿らせる。うん、醤油の味が強いな。せっかくのカツオダシを壊してしまった。まあ、味はイマイチだが、奏の言うとおり温かい。
「にしても、お吸物って作るの難しいんじゃないの?」
 奏が素朴な疑問を投げだした。
「そうか? 思うに、味噌汁作るより簡単だぞ。作り方ほとんど同じだし」
 良質なお吸物を作る、となったら話は別だが。
「そ、そうなの?」
 味噌汁とお吸物は別次元の食べ物じゃない、と呟いているが、同じ和食の同じ汁物の同じダシを使う料理のどこが別次元なんだよ。
「ぶっちゃけ、この中に味噌入れたら味噌汁になる」
 ここでオレは、奏に「そしたら味噌汁がしょっぱくなるでしょ!」という突っ込みを待ち望んでいた。
 だが、奏はその予想斜め上というか、明々後日の方角というか、このまま未来に行ってしまうというか、とにかくぶっ飛んだ返答をよこしてくれた。
「味噌汁って……水に味噌入れて沸騰させればいいんじゃないの?」
 それは味噌の水溶液だ。
「なあ、中学んころ、家庭科でやったよな?」
「うるさいわね、どっちにしろお吸物と味噌汁は別物、違う料理なの! そうでしょ?」
 やれやれ、強情な奴だ。お前の作る味噌汁の方が違う料理だと思うぞ……。
「なんか言った?」
 裏がありそうな笑顔をされた。
「いや、何も」
 うーん、やはりオレたちの会話の主導権は奏が握ってるんだな……。


「あら、泊まっていけばいいのに」
 日の暮れ、林の中に立地するここは代樹山のように暗かった。
「こんなところでいいのなら、いっそのこと住んじゃいなさいよっ!」
「お、おばさま!」
 まあ、おばさんは相変わらず明るく、夕陽に赤く染まっていた奏はそんなおばさんに振り回されていそうだった。
「気持ちは嬉しいですが、大家さんが心配すると思うんで……」
「そうか、残念だ」
 おじさんは本当に残念そうにしている。でも、だからといって明日学校があるのに泊まるのは色々と面倒だし、そもそも奏の住まいで寝るのは抵抗がある。
「統流くん、大家さんによろしく言っておいてくれな」
「あ、はい」
 おじさんと大家さんは本当に仲がいいんだろうな。
 さて、帰るか。
 ……待った。おじさんは大家さんと仲がいいんだよな?
 それじゃあ、大家さんの名前くらい知ってるんじゃないのか?
 ずっと気になっていたことだ。最近は『大家さん』が当たり前になってしまっていたが、考え方を変えれば誰だか知らない人間の管理する内装外装共に怪しいアパートにオレは暮らしている。誰だって気になる。
「あの、おじさん」
「お、泊まる気になったのか!」
 どうしてそうなる。
「いえ、その、大家さんの名前を知ってたり……しませんよね?」
「大家さんの名前?」
 おじさんは腕を組んで唸る。
 そして、
「さあ」
「さあ?」
「そう、『さあ』だ。あの人の名前を知ってる人なんてほとんどいないだろ、うん」
 その答えは、想定していたといえば想定していた。でも、実際にそう言われると衝撃的で、より一層大家さんの神秘さが増していく。
 大家さん、もしかしたら神様なんじゃないのか……?
「そうですか、ありがとうございます」
 一礼すると、いやいや、悪いね、とおじさんは頭を掻いた。
「それでは、お邪魔しました」
 少し肌寒さをかんじ、今度こそ帰ることにする。
「いつでもいらっしゃい」
「次は夕食も食ってけ! 五月の飯はうまいからな!」
「それじゃ、また明日ね、統流」
 三人がオレに手を振る。おばさんは胸の前でひらひらと、おじさんは豪快に腕をぶんぶん振り、奏は……ほんの一瞬だけだったが。
 ――やれやれ、奏の伯父と伯母は個性的な人だったな……。
 でも、ああいう家族ってのも、毎日が飽きなさそうで楽しいのかもしれない。
 何かの機会があったらまた行ってみよう。
 なんとなく、そんなことを思いながら水の苑地から見える夕日を眺めていた。



第十四話『拠り所を探して』に続く

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「伊東、かな?」
「吉佐美?」
 奏が確認するように伊東の名前を呟く。
「そう、なの……」
 オレが頷くと、奏の声は少しずつ小さくなっていった。
 なぜか様子がおかしい。
「否定しないのか? 冗談で言ってるかもしれないぞ?」
「本気で言ってるじゃない。どうせ昨日なんかあったんじゃないの」
 奏はアクエリの入ったカップをコースターに置くと、頬を両肘で支えるようにしてうなだれた。
 奏らしくもない反応。これ、明らかにおかしいだろ。まだ熱が残ってるんじゃないのか?
「奏、冗談だ」
「……は?」
 奏がチラと視線だけを向ける。
「だから、ジョークだよ、ジョーク。今のオレに好きな人なんていねえから」
 正確にいえば、『この世界』に好きな人がいないのだが。
 奏の頬がずるずると両腕の合間をすり落ち、最後にはテーブルに突っ伏してしまった。
「……あっそ」
 冗談で言ったつもりが、かえって奏の機嫌を損ねてしまったようだ。うまく捻じって反撃されるのかと思ったのだが、今の奏は少し怒っているようにも見える。
 オレのせいで嫌な沈黙が訪れる。
 言い訳したいが、作ることになってしまったんだから仕方がない。元の空気を取り戻すためにも、思い切って行動に出たほうがいいだろう。
 オレができる行動……ほとんど限られてしまっているし、どれも違和感を感じさせるものばかりだ。でも、今となっては多少の不審は許される……んじゃないのか?
 オレに前振りは必要ない。そうと決まればすぐにでも実行に移るべきだ。
「そうだ、何か作ってやるよ」
「は? 何唐突に」
 奏がガバリと顔を上げる。ワケがわからない、と疑問符を浮かべている。
「アクエリだけってのはやっぱりダメだと思うんだよ」
「今更? 別にそんなの気にしなくていいわよ。むしろさっきの冗談の方を気にしてほしいわね」
 グ……。だがそれを声に出すな! 聞こえてないフリをして突っ走れ穂枝統流!
 ……ああ、思考が大瀬崎に似てきたな、オレ。
「何がいいか?」
「別にいらないって言ってるでしょ?」
「無いならオレが勝手に決めるぞ?」
「だから、いらないわよ」
「よし、じゃあお吸物でも作るか。台所と食材借りてもいいか?」
「いい加減……」
 言いかけて、奏は深呼吸をし、とてつもなく大きな溜息を吐いた。
「勝手にしなさい」
 ついに奏が折れた。というか、呆れられた。
 それでもいい、これから元のペースに戻していけばいいんだ。そう心の中で頷き、立ち上がった。


 お吸物というのは、和のダシに塩や醤油、その他少々の具材を加えた日本の汁物だ。具材にはそれぞれ役目に応じた名称があるのだが、ここでは割愛する。
 とにかく、今回は時間もないので鰹節のダシを使い、フ、ユズ入り七味、ミツバ(ここの庭で採れたものらしい)を入れようと思う。というか、こんな珍しい食材が揃っていることに驚いた。
 おばさんの許可を取り、台所に向かう。なんとIHクッキングヒーターだ。初めて見たぞ……。いや、むしろ今時はこっちが主流なのかもしれんが。
 調理に移る。量も少ないしお湯を沸かして少し手を加えるだけだからすぐに終わるだろう。
 火(電気?)を点けたところでおじさんがやってきた。
「何を作るんだい?」
 興味津々なのか、身体を傾けたり背伸びをしたりして鍋を覘いている。
「お吸物です」
「お吸物? へっへえ……。統流くんは料理ができるのか! いやあ、素晴らしい!」
 オレの背中を思い切り叩き、ガハハと笑う。ありがとうございます、と咽ながら呟いたが、この様子だと多分聞こえてない。
「俺も奏も、料理はヘナチョン組だからなあ。あ、それ奏のか?」
 それ、と鍋を指差す。あ、はい、と返事をした。
「そうか……ありがとうな」
「いえ、そんな」
 お湯が煮立ちそうなので鰹節を投入する。
 もわりと白い湯気が立ち昇った。しばらく置いておき、鰹節が沈んだらこしてダシを取り出す。
「最近、奏が学校のことをよく話すんだ」
 カツオ風味の蒸気で鼻孔を満たしていると、おじさんは昔話を語るように呟く。
「友達のことや、昼食のこと、そして、統流くんのことも、ね」
「オ、オレっすか?」
 思わずカツオをアク取りですり潰してしまった。
「ああいう性格で表情が読みにくいんだが、統流くんのことを話すときは目を輝かしてるのがよーくわかるんだ。きっと統流くんは奏のためにたくさんのことをしてあげたんだろうな。あの子のおじさんとして、礼を言っておこう」
 おじさんはオレの肩をやさしく叩いた。
 オレは戸惑った。オレが奏のためにやったことなんてあるだろうか? いつの日か『いい友達を作れたらいいな』と言ったこと、そして今日のお見舞い。人生を振り返ってもそれくらいしかない。逆に奏に迷惑かけた方が遥かに多い。本来オレが奏に感謝すべきなのに。
 でも、オレが戸惑った本当の理由は、こうやって肩を叩かれたことなんて今まで無かったからだ。もちろん、父さんからも。
「統流くん、君たちならきっといい家庭を作ることができるよ」
「ありがとうございます……」
 どこか身体が浮いているようで落ち着かない。ソワソワとする。
 ……と、ちょっと待った! あらぬ言葉を耳にしたような気がするぞ?
「えと、今なんて言いました?」
 おそるおそる訊いてみる。
「ん? 君たちならきっといい家庭を作ることができると言ったんだが? 最高の夫婦だとは思わないかね? 家事のできる賢明な夫、成績優秀の見目麗しい妻……と、伯父の俺が言うようなことじゃあないよなっ! ガーッハッハッハッハッハ!」
 おじさんは高々と笑い、肩を思い切り揺さぶられる。
「いや、おじさん、オレたち付き合ってすらいない、ただの腐れ縁っすから……」
 鰹節が沈んできた。そろそろいい頃だろう。
「なにっ?」
 こす準備をする背後でおじさんは拍子の抜けた声を上げた。
「ふふ、ふ、二人はラブラブじゃないのかっ? あちゃー、やってしまったぁ!」
 おじさんは身体を逸らし、白い髪のかかる額をペシリと叩いた。
 そのテンションはさすがに吹っ飛びすぎだろっ!


「第一、いきなり料理する人なんている? しかも、勝手に人の家のものを使って!」
 お吸物を口にした途端に奏の説教は始まった。
「パックでないにせよ、このダシ即席なんでしょ?」
 カツオだけで悪かったな。仕方ないだろ。それなら昆布を一時間水に浸せばよかったのか?
「そもそもお吸物ってこういう場で出されるもんじゃないでしょうが」
 世間的にはそうだが、だからといって世間に従えばいいワケじゃないだろ。そういうんなら、他のやつを頼んでくれよ。
「それから、これが一番決定的なことなんだけど、お吸物とアクエリはどう考えても合わないわよ! アンタのセンスがよくわかんらないわ」
「う……」
 アクエリだけのお見舞いはダメだろ、ということで作ったのがお吸物だ。共倒れじゃ意味が無いってことに気付かなかった。この文句は筋が通っている。
「ってか、アクエリに合う食い物があるか?」
「無いわよ。アクエリを買ったセンスも疑うわ」
 ボロクソに言われまくり、為す術なくタコ殴りにされている気分だ。これだったら作らない方がよかったかもしれない。
「でも」
 お吸物を啜り、奏がごくりと喉を鳴らした。
「あたたかい」
 吐息を漏らす奏はやさしい目でお椀を見つめていた。
「ま、お吸物だしな」
「お吸物だから、ね」
 また息を吐く奏。今度は溜息に近い。恐らくまたオレが期待はずれのことを言ってのけたのだろう、多分。
 オレもお椀を持つ。白い蒸気にカツオの風味と共にゆずの爽快な香りが鼻から全身へと伝わっていき、足先から鳥肌が立っていく。香りを十分に楽しんだあと、吸い地で口を湿らせる。うん、醤油の味が強いな。せっかくのカツオダシを壊してしまった。まあ、味はイマイチだが、奏の言うとおり温かい。
「にしても、お吸物って作るの難しいんじゃないの?」
 奏が素朴な疑問を投げだした。
「そうか? 思うに、味噌汁作るより簡単だぞ。作り方ほとんど同じだし」
 良質なお吸物を作る、となったら話は別だが。
「そ、そうなの?」
 味噌汁とお吸物は別次元の食べ物じゃない、と呟いているが、同じ和食の同じ汁物の同じダシを使う料理のどこが別次元なんだよ。
「ぶっちゃけ、この中に味噌入れたら味噌汁になる」
 ここでオレは、奏に「そしたら味噌汁がしょっぱくなるでしょ!」という突っ込みを待ち望んでいた。
 だが、奏はその予想斜め上というか、明々後日の方角というか、このまま未来に行ってしまうというか、とにかくぶっ飛んだ返答をよこしてくれた。
「味噌汁って……水に味噌入れて沸騰させればいいんじゃないの?」
 それは味噌の水溶液だ。
「なあ、中学んころ、家庭科でやったよな?」
「うるさいわね、どっちにしろお吸物と味噌汁は別物、違う料理なの! そうでしょ?」
 やれやれ、強情な奴だ。お前の作る味噌汁の方が違う料理だと思うぞ……。
「なんか言った?」
 裏がありそうな笑顔をされた。
「いや、何も」
 うーん、やはりオレたちの会話の主導権は奏が握ってるんだな……。


「あら、泊まっていけばいいのに」
 日の暮れ、林の中に立地するここは代樹山のように暗かった。
「こんなところでいいのなら、いっそのこと住んじゃいなさいよっ!」
「お、おばさま!」
 まあ、おばさんは相変わらず明るく、夕陽に赤く染まっていた奏はそんなおばさんに振り回されていそうだった。
「気持ちは嬉しいですが、大家さんが心配すると思うんで……」
「そうか、残念だ」
 おじさんは本当に残念そうにしている。でも、だからといって明日学校があるのに泊まるのは色々と面倒だし、そもそも奏の住まいで寝るのは抵抗がある。
「統流くん、大家さんによろしく言っておいてくれな」
「あ、はい」
 おじさんと大家さんは本当に仲がいいんだろうな。
 さて、帰るか。
 ……待った。おじさんは大家さんと仲がいいんだよな?
 それじゃあ、大家さんの名前くらい知ってるんじゃないのか?
 ずっと気になっていたことだ。最近は『大家さん』が当たり前になってしまっていたが、考え方を変えれば誰だか知らない人間の管理する内装外装共に怪しいアパートにオレは暮らしている。誰だって気になる。
「あの、おじさん」
「お、泊まる気になったのか!」
 どうしてそうなる。
「いえ、その、大家さんの名前を知ってたり……しませんよね?」
「大家さんの名前?」
 おじさんは腕を組んで唸る。
 そして、
「さあ」
「さあ?」
「そう、『さあ』だ。あの人の名前を知ってる人なんてほとんどいないだろ、うん」
 その答えは、想定していたといえば想定していた。でも、実際にそう言われると衝撃的で、より一層大家さんの神秘さが増していく。
 大家さん、もしかしたら神様なんじゃないのか……?
「そうですか、ありがとうございます」
 一礼すると、いやいや、悪いね、とおじさんは頭を掻いた。
「それでは、お邪魔しました」
 少し肌寒さをかんじ、今度こそ帰ることにする。
「いつでもいらっしゃい」
「次は夕食も食ってけ! 五月の飯はうまいからな!」
「それじゃ、また明日ね、統流」
 三人がオレに手を振る。おばさんは胸の前でひらひらと、おじさんは豪快に腕をぶんぶん振り、奏は……ほんの一瞬だけだったが。
 ――やれやれ、奏の伯父と伯母は個性的な人だったな……。
 でも、ああいう家族ってのも、毎日が飽きなさそうで楽しいのかもしれない。
 何かの機会があったらまた行ってみよう。
 なんとなく、そんなことを思いながら水の苑地から見える夕日を眺めていた。



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「奏……」
 背筋を伸ばし、真剣な眼差しで奏を見つめる。
「な、何よ……突然そんな改まっちゃって」
「好きだ」
「え……え?」
 奏の顔がみるみるうちに赤くなっていくのがわかる。たった三つの文字を発しただけなのに。それだけで。
「そ、それって……どういうこと?」
 訊いてはいけないことを訊いてしまっているようで、震える声に戸惑いがあった。
「ずっと昔から、お前のことばっかり見てた……いや、見てしまっていたんだ。見てしまうという衝動を抑えきれなかった」
「え、えと、ほら、な、何変なこと言ってんのよ?」
 ソワソワと目線を左右に巡らせ、手元はコーヒーカップを掴んだり離したりしている。
「だから……こうしてお前に会えてよかった。元気で、よかったよ」
 オレは一度たりとも奏の瞳から視線をぶらさないでいる。じっと見続ける。
「え、とっ、その、いきなりそんなこと言われたって……。ど、どうすればいいのよ?」
 緊張状態の伊東なみに奏がどもっていた。
「そ、それよりソフィアがいたときはなんだったのよ! アンタ、ソフィアが好きだって私に……」
「あのときはそう思ってた。でも、違うって気付いたんだ」
「さっきの話と違――」
 奏の言葉を遮る。
「今なら胸を張って言える。奏が好きだ」
 静かに、語るような口調でオレは奏に囁いていた。
 奏の瞳が澄んでいく。
「う……嘘、じゃないわよね?」
「ああ、ウソだよ、奏」
「そ、そんな、嘘だなんて……嘘?」
 今度は眼つきが急変する。なぜか悪寒が身体中を駆け巡った。
「と、統流……っ!」
 ぎりっ――、その音は奏の歯軋りのようだった。ここからでも聞こえる。
「いやあ、カッコよくウソついてみたらどうなるかなって思って、思わず……」
「思わず……じゃないわよ!」
 奏の顔が怒ってか、あるいは恥ずかしさでより一層赤みが増す。
「第一、統流はこ、告白じみたこと言う人間じゃないでしょうが! それが改まって言うんですもの、変に勘違いしちゃったじゃない!」
 怒られた。奏の言うとおりオレはあんなこと言うキャラじゃない(ソフィアへの告白は例外だ。あれは焦らしに焦らした結果だからな)。だからといってここまで勘違いされるとはな……。
「駿河以外の人をおちょくるなんて最低よ」
 冗談で言ったつもりが、かえって奏の機嫌を損ねてしまった。うまく捻じって反撃されるのかと思いきや、普通の女の子みたいな反応をするなんて思ってもみなかった。
 オレのせいで嫌な沈黙ができる。
 言い訳したいが、作ることになってしまったんだから仕方がない。元の空気を取り戻すためにも、思い切って行動に出たほうがいいだろう。
 オレができる行動……ほとんど限られてしまっているし、どれも違和感を感じさせるものばかりだ。でも、今となっては多少の不審は許される……多分。
 オレに前振りは必要ない。そうと決まればすぐにでも行動に移るべきだ。
「そうだ、何か作ってやるよ」
「は? 何唐突に」
 案の定、ワケがわからない、と疑問符を浮かべているが気にしないようにする。
「アクエリだけってのはやっぱりダメだと思うんだよ」
「今更? 別にそんなの気にしなくていいわよ。むしろさっきの冗談の方を気にしてほしいわね」
 グ……。だがそれを声に出すな! 聞こえてないフリをして突っ走れ穂枝統流!
 ……ああ、思考が大瀬崎に似てきたな、オレ。
「何がいいか?」
「別にいらないって言ってるでしょ?」
「無いならオレが勝手に決めるぞ?」
「だから、いらないわよ」
「よし、じゃあお吸物でも作るか。台所と食材借りてもいいか?」
「いい加減……」
 言いかけて、奏は深呼吸をし、とてつもなく大きな溜息を吐いた。
「勝手にしなさい」
 ついに奏が折れた。というか、呆れられた。
 それでもいい、これから元のペースに戻していけばいいんだ。そう心の中で頷き、立ち上がった。


 お吸物というのは、和のダシに塩や醤油、その他少々の具材を加えた日本の汁物だ。具材にはそれぞれ役目に応じた名称があるのだが、ここでは割愛する。
 とにかく、今回は時間もないので鰹節のダシを使い、フ、ユズ入り七味、ミツバ(ここの庭で採れたものらしい)を入れようと思う。というか、こんな珍しい食材が揃っていることに驚いた。
 おばさんの許可を取り、台所に向かう。なんとIHクッキングヒーターだ。初めて見たぞ……。いや、むしろ今時はこっちが主流なのかもしれんが。
 調理に移る。量も少ないしお湯を沸かして少し手を加えるだけだからすぐに終わるだろう。
 火(電気?)を点けたところでおじさんがやってきた。
「何を作るんだい?」
 興味津々なのか、身体を傾けたり背伸びをしたりして鍋を覘いている。
「お吸物です」
「お吸物? へっへえ……。統流くんは料理ができるのか! いやあ、素晴らしい!」
 オレの背中を思い切り叩き、ガハハと笑う。ありがとうございます、と咽ながら呟いたが、この様子だと多分聞こえてない。
「俺も奏も、料理はヘナチョン組だからなあ。あ、それ奏のか?」
 それ、と鍋を指差す。あ、はい、と返事をした。
「そうか……ありがとうな」
「いえ、そんな」
 お湯が煮立ちそうなので鰹節を投入する。
 もわりと白い湯気が立ち昇った。しばらく置いておき、鰹節が沈んだらこしてダシを取り出す。
「最近、奏が学校のことをよく話すんだ」
 カツオ風味の蒸気で鼻孔を満たしていると、おじさんは昔話を語るように呟く。
「友達のことや、昼食のこと、そして、統流くんのことも、ね」
「オ、オレっすか?」
 思わずカツオをアク取りですり潰してしまった。
「ああいう性格で表情が読みにくいんだが、統流くんのことを話すときは目を輝かしてるのがよーくわかるんだ。きっと統流くんは奏のためにたくさんのことをしてあげたんだろうな。あの子のおじさんとして、礼を言っておこう」
 おじさんはオレの肩をやさしく叩いた。
 オレは戸惑った。オレが奏のためにやったことなんてあるだろうか? いつの日か『いい友達を作れたらいいな』と言ったこと、そして今日のお見舞い。人生を振り返ってもそれくらいしかない。逆に奏に迷惑かけた方が遥かに多い。本来オレが奏に感謝すべきなのに。
 でも、オレが戸惑った本当の理由は、こうやって肩を叩かれたことなんて今まで無かったからだ。もちろん、父さんからも。
「統流くん、君たちならきっといい家庭を作ることができるよ」
「ありがとうございます……」
 どこか身体が浮いているようで落ち着かない。ソワソワとする。
 ……と、ちょっと待った! あらぬ言葉を耳にしたような気がするぞ?
「えと、今なんて言いました?」
 おそるおそる訊いてみる。
「ん? 君たちならきっといい家庭を作ることができると言ったんだが? 最高の夫婦だとは思わないかね? 家事のできる賢明な夫、成績優秀の見目麗しい妻……と、伯父の俺が言うようなことじゃあないよなっ! ガーッハッハッハッハッハ!」
 おじさんは高々と笑い、肩を思い切り揺さぶられる。
「いや、おじさん、オレたち付き合ってすらいない、ただの腐れ縁っすから……」
 鰹節が沈んできた。そろそろいい頃だろう。
「なにっ?」
 こす準備をする背後でおじさんは拍子の抜けた声を上げた。
「ふふ、ふ、二人はラブラブじゃないのかっ? あちゃー、やってしまったぁ!」
 おじさんは身体を逸らし、白い髪のかかる額をペシリと叩いた。
 そのテンションはさすがに吹っ飛びすぎだろっ!


「第一、いきなり料理する人なんている? しかも、勝手に人の家のものを使って!」
 お吸物を口にした途端に奏の説教は始まった。
「パックでないにせよ、このダシ即席なんでしょ?」
 カツオだけで悪かったな。仕方ないだろ。それなら昆布を一時間水に浸せばよかったのか?
「そもそもお吸物ってこういう場で出されるもんじゃないでしょうが」
 世間的にはそうだが、だからといって世間に従えばいいワケじゃないだろ。そういうんなら、他のやつを頼んでくれよ。
「それから、これが一番決定的なことなんだけど、お吸物とアクエリはどう考えても合わないわよ! アンタのセンスがよくわかんらないわ」
「う……」
 アクエリだけのお見舞いはダメだろ、ということで作ったのがお吸物だ。共倒れじゃ意味が無いってことに気付かなかった。この文句は筋が通っている。
「ってか、アクエリに合う食い物があるか?」
「無いわよ。アクエリを買ったセンスも疑うわ」
 ボロクソに言われまくり、為す術なくタコ殴りにされている気分だ。これだったら作らない方がよかったかもしれない。
「でも」
 お吸物を啜り、奏がごくりと喉を鳴らした。
「あたたかい」
 吐息を漏らす奏はやさしい目でお椀を見つめていた。
「ま、お吸物だしな」
「お吸物だから、ね」
 また息を吐く奏。今度は溜息に近い。恐らくまたオレが期待はずれのことを言ってのけたのだろう、多分。
 オレもお椀を持つ。白い蒸気にカツオの風味と共にゆずの爽快な香りが鼻から全身へと伝わっていき、足先から鳥肌が立っていく。香りを十分に楽しんだあと、吸い地で口を湿らせる。うん、醤油の味が強いな。せっかくのカツオダシを壊してしまった。まあ、味はイマイチだが、奏の言うとおり温かい。
「にしても、お吸物って作るの難しいんじゃないの?」
 奏が素朴な疑問を投げだした。
「そうか? 思うに、味噌汁作るより簡単だぞ。作り方ほとんど同じだし」
 良質なお吸物を作る、となったら話は別だが。
「そ、そうなの?」
 味噌汁とお吸物は別次元の食べ物じゃない、と呟いているが、同じ和食の同じ汁物の同じダシを使う料理のどこが別次元なんだよ。
「ぶっちゃけ、この中に味噌入れたら味噌汁になる」
 ここでオレは、奏に「そしたら味噌汁がしょっぱくなるでしょ!」という突っ込みを待ち望んでいた。
 だが、奏はその予想斜め上というか、明々後日の方角というか、このまま未来に行ってしまうというか、とにかくぶっ飛んだ返答をよこしてくれた。
「味噌汁って……水に味噌入れて沸騰させればいいんじゃないの?」
 それは味噌の水溶液だ。
「なあ、中学んころ、家庭科でやったよな?」
「うるさいわね、どっちにしろお吸物と味噌汁は別物、違う料理なの! そうでしょ?」
 やれやれ、強情な奴だ。お前の作る味噌汁の方が違う料理だと思うぞ……。
「なんか言った?」
 裏がありそうな笑顔をされた。
「いや、何も」
 うーん、やはりオレたちの会話の主導権は奏が握ってるんだな……。


「あら、泊まっていけばいいのに」
 日の暮れ、林の中に立地するここは代樹山のように暗かった。
「こんなところでいいのなら、いっそのこと住んじゃいなさいよっ!」
「お、おばさま!」
 まあ、おばさんは相変わらず明るく、夕陽に赤く染まっていた奏はそんなおばさんに振り回されていそうだった。
「気持ちは嬉しいですが、大家さんが心配すると思うんで……」
「そうか、残念だ」
 おじさんは本当に残念そうにしている。でも、だからといって明日学校があるのに泊まるのは色々と面倒だし、そもそも奏の住まいで寝るのは抵抗がある。
「統流くん、大家さんによろしく言っておいてくれな」
「あ、はい」
 おじさんと大家さんは本当に仲がいいんだろうな。
 さて、帰るか。
 ……待った。おじさんは大家さんと仲がいいんだよな?
 それじゃあ、大家さんの名前くらい知ってるんじゃないのか?
 ずっと気になっていたことだ。最近は『大家さん』が当たり前になってしまっていたが、考え方を変えれば誰だか知らない人間の管理する内装外装共に怪しいアパートにオレは暮らしている。誰だって気になる。
「あの、おじさん」
「お、泊まる気になったのか!」
 どうしてそうなる。
「いえ、その、大家さんの名前を知ってたり……しませんよね?」
「大家さんの名前?」
 おじさんは腕を組んで唸る。
 そして、
「さあ」
「さあ?」
「そう、『さあ』だ。あの人の名前を知ってる人なんてほとんどいないだろ、うん」
 その答えは、想定していたといえば想定していた。でも、実際にそう言われると衝撃的で、より一層大家さんの神秘さが増していく。
 大家さん、もしかしたら神様なんじゃないのか……?
「そうですか、ありがとうございます」
 一礼すると、いやいや、悪いね、とおじさんは頭を掻いた。
「それでは、お邪魔しました」
 少し肌寒さをかんじ、今度こそ帰ることにする。
「いつでもいらっしゃい」
「次は夕食も食ってけ! 五月の飯はうまいからな!」
「それじゃ、また明日ね、統流」
 三人がオレに手を振る。おばさんは胸の前でひらひらと、おじさんは豪快に腕をぶんぶん振り、奏は……ほんの一瞬だけだったが。
 ――やれやれ、奏の伯父と伯母は個性的な人だったな……。
 でも、ああいう家族ってのも、毎日が飽きなさそうで楽しいのかもしれない。
 何かの機会があったらまた行ってみよう。
 なんとなく、そんなことを思いながら水の苑地から見える夕日を眺めていた。



第十四話『拠り所を探して』に続く

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 仮店長のようなものをした今日のバイト(といっていいものなのかはわからないが、正式な店員ではないのでこう表現する)は三時には終わり、今は自分の部屋でくつろいでいる。
 新しい時計がやってきて、部屋は賑やかになった。殺伐とした室内に、特徴のない時計がやってきても変わりはないだろう、と思ったりもしたが、居間の柱に掛けてみると全体がまとまって見えるようになった。この調子で日々の生活も変わっていけたらいい。だが、時計を見ても時刻がわかるだけで暇潰しになるわけではない。バイトが無い休日は何もせずにゴロゴロしていることが多い。いつかアルツハイマーになるんじゃないかって、ときどき思うことがある。
「統流くん、差し入れだよ」
「うわぉっ!」
 予期せぬタイミングでの声にオレは思わず座りながら後ずさりし、窓に頭をぶつけた。驚きすぎだろ、と思うかもしれないが、独り暮らしのオレが一人でのんびりとしていたところに突然の来客者、しかも入れた覚えのない客が目の前にいたら誰だって驚く。
 まあ、一年も代樹荘にいれば慣れてしまってもいいのかもしれないが。
「ああ、大家さんですか」
「ほれ、フォークじゃよ」
 頭を押さえるオレを見て、大家さんは微笑みながら銀色のそれを差し伸べている。
 つーか、フォークってなんだよ、フォークって。
「神子元さんちにアスパラガスの差し入れを持っていったら貰ったんじゃよ」
 オレの心の声を読んだかのように大家さんが答える。
 神子元さんちというのは、もちろん奏のおじさんの家だ。
「いや、でも……貰ったってことはつまり大家さんのためのフォークですよね?」
 それがどうしてオレのところに来るんだよ。
「二人分貰ったんじゃよ」
 大家さんはフォッフォと笑っているが、きっとそのうちの一本は来賓用のフォークだと思う。
 まあ、大家さんからの差し入れはどう足掻いても貰う運命にあるものだと一年前に思い知らされたから、このフォークも貰っておくことにする。
 ズシリ……。
 お、重い……。フォークってこんな重いもんだったか? いや、そんなわけない。これはあれだ、鉛製だ。っておい! そんなんで飯食ったら冗談抜きで死ぬぞ!
「銀でできたフォークじゃよ。大切に使いなさい」
 ぎ、銀のフォーク、だと? 鉛ではなく?
 銀製フォークといえば、まさに西洋貴族の象徴ともいえる。そんなものを貧乏代表のオレが持ってしまっていいのだろうか? 貧乏評議委員から追放をくらってしまうのではないか? だが安心しろ、そんな委員会はない。
 いや待て、それ以上に神子元おじさんは何を考えているんだよ! アスパラガスに対して銀スプーン二本って、等価交換って言葉を小学校で習わなかったのか? ……そんな難しい言葉を小学校のガキたちが習ってるワケないが、とにかくアスパラガスに銀スプーンはおかしいと思うぞ。おじさんの趣味が骨董品集めが趣味らしいことを知ってるし、あそこの家が裕福なのも知っててもなお、おかしいと思える。
「それで、将和から話に聞いたんじゃが……」
 将和(マサカズ)さんは奏の伯父の名前だ。大家さんよりもかなり若い(オレや奏の父親と比べると歳を食っている)と思うのだが、あの大家さんが呼び捨てで呼ぶんだから近しい仲なんだろう。どんな縁があって二人が知り合ったのか、それは大家さんの多き謎の一つだ。
「どうやら奏さんが風邪なのだそうな。大丈夫かの?」
 奏……金曜から体調を崩しているんだっけか。昨日のメールから返事がないし、大丈夫なのだろうか?
「じゃから、これを奏さんに渡してほしいのじゃよ」
 と、大家さんのポケットからそれが清涼な音と共に姿を現した。その音のように丸く透き通った小さな鐘、糸に結ばれた蒼い短冊。ふっと、夏の黄昏時に浮かびあがる月を思い起こされる。
 どう見ても夏の風物詩、風鈴だった。
「えと……確か今は春、ですよね?」
 オレはタイムスリップしてしまったのか? もしそうだったらそうだと言って下さい、大家さん。
「そうじゃの。桜が散ってしまって、ちと寒い日が続くがの」
 それじゃあその手に持ってるブツはなんだよ、とはどうしても言えず、ひらひらと音を鳴らす風鈴を受け取るしかなかった。
 ま、オレも奏の様子が心配になってきたところだし、丁度いいか。
 そう心の中で繰り返し暗示をかけながら出かける準備をする。
 空は雲が大半を占めているものの、久しぶりの日差しが降り注いでいた。


 お見舞いの品が大家さんの風鈴だけではみっともないので、コンビニまで寄り道し、アクエリを買ってから神子元家へと足を運んだ。
 学校から国道を突っ切り真っ直ぐ進んだ所に奏は住んでいる。家はここに越してきたときから知っていたが、中に入ったことは一度しかない。確かあれは高一の冬の日だった。
 奏のおじさんの家へ行く途中に湖を一望できる、水の苑地と呼ばれる公園がある。公園といっても遊具はほとんどなく、あるのは水の苑地という名前通り、足場の一部から水が噴出する階段と、その階段を降りたところにある芝の生えた広場、水遊びのできる水辺といった水関連のものばかりだ。おまけに水辺の端に滝があり、その裏側に回り込むことができたりする。大瀬崎がいたらめちゃくちゃ喜ぶな。
 公園の外れの雑木林にテニスコートとバスケコートがあり、更に歩くと林の中から豪邸が姿を現した。
 これが神子元邸だ。
 代樹荘と比べてみよう。神子元邸の入り口には白い門がある。一方代樹荘の入り口には錆びた郵便受けがある。代樹荘と同じ白い外壁だが、無論こっちにひび割れなんてない。ああ、これ大理石だ。代樹荘は二階建て、この屋敷は三階建てだ。広さは代樹荘と同じくらいあるように思える。結論。代樹荘は一生神子元邸を越えることはできない。神子元邸に木や花の茂る庭園が存在している時点で負けは決定しているのだが。
 つーか、貧乏人代表選手のオレがこんな豪邸の門をくぐってしまっていいのだろうか?
 あのときは奏の案内があったし、考え事もしていたからなんなく入れたのだが、今は一人身のオレ。めちゃくちゃ入りづらいぞ……。
「あら、どなたですか?」
 どこからか女性の声がした。慌てて声主を探す。
 いた、庭だ。手にジョウロを持つ銀髪の老婦人が奏のおばさんだろう。
「あ、ええと、穂枝統流です。奏とは小さい頃からの知り合いなんですが、奏のお見舞いをしに来ました」
「穂枝……ああ、穂枝君ね!」
 脳内の引き出しからオレの名前を見つけたようで、おばさんは合点する。おばさんとは初めて会ったのだが、おばさんは奏からオレの名前を聞いていたのだろう。
「奏ちゃんのお見舞い? まあまあ、こんなところまでよく来たわねえ、ありがとねえ、嬉しいわぁ、ほら、上がって上がって、どうせだから奏ちゃんの部屋まで案内するわ、ゆっくりお話していったらどう? 奏ちゃんの具合もずいぶんよくなったし、あっ、安心して、うつりはしないわよ! さあさあ、早く早く!」
 おばさんは門を開けたかと思うと玄関の扉も開けていた。
 つ、付け入る隙が無い……。どこで相槌を入れたらいいのかさえわからない。奏のおばさんはマシンガントーカーだった!
「あなたぁ! 噂に聞いてた奏ちゃんの彼氏よぉ!」
 かと思ったら、家の中へと物凄いことを言ってくれた。
「ち、違いますよ!」
 即座に否定すると、急に冷やかな表情で睨まれた。
「あら、赤の他人でしたらすぐ出ていってもらえます? 二秒後に門から出ていってもらわなければストーカーとみなして訴えますよ?」
「いや、赤の他人でもないです……」
 自己紹介で奏との関係を述べたつもりだったのだが……。
「あなたぁ! 彼氏よぉ!」
 リビング向かって大声で叫ぶおばさん。
 もう、どうにでもなれ……。こういうハイテンションな人なんだろうと諦めた。なんか、色々と。
 そんなこんなで奏の家へ上がらせてもらう。外装もさながら、中もなかなかのものだ。二階まで吹き抜けの玄関はまさに豪邸だな、と思う。
 廊下は掃除の行き届いたフローリングで、天井の光を反射されている。
 この先にシャンデリアのあるリビングがあるのだが、オレが向かうのは手前にある階段だ。
「五月(サツキ)、奏の彼氏とはどこのどいつだい?」
 リビングに続くドアが音を立てて開き、白髪まじりの壮年男性が現れた。
 オレと目が合う。
 じっと見つめられる。
 じっと見つめ返してやる。
「おや、君は確か……そうか、大家さんとこの少年だな!」
 おやおや、とか、久しぶりだなあ、とか、大きくなったなあ、とか、よくいる親戚のように身体をべたべたと触られる。
 ここの住民は大らかすぎだと思うんだが……。
 この男性が神子元将和さん。奏のおじさんだ。
 実はおじさんとは前に会ったことがある。無計画でこの地にやってきたオレに住む場所と働く場所を教えてくれたのだ。おじさんには本当に感謝している。
「奏のお見舞いに来てくれたのか? いやあ、おじさん嬉しいなあ。奏は二階の階段上がってすぐの部屋だからな」
 おじさんは階段を指差して言った。
「それじゃあ、ゆっくりしていって下さいねえ」
 おばさんがにこりと笑う。
 なんか、一方通行に話が進んでいるような気がするが、二人ともいい人だ。
 ありがとうございます、そう言って階段を上りかけた時、奏のおじさんに止められる。
「おっと、くれぐれも奏にイタズラするんじゃねえぞ。イタズラってのは、統流くんならどういう意味かわかるだろう? ま、おじさんは大歓迎だけどなっ! ガーッハッハッハッハ!」
 大笑いをして背中を叩かれた。
 な、何を言ってるんだ、この男は……。
「あなた、ダメよ! 奏ちゃんにもしものことがあったら向こうに迷惑がかかるでしょ!」
 おばさんがおじさんの腕をピシリと叩く。よかった、おばさんは常識をわきまえているみたいだ。
「だから、前祝いにお赤飯買ってこないといけないわねっ! ホーッホッホッホッホ!」
 おばさんが高笑いをすると同時にオレを支えていた何かが崩れ去っていく音が聞こえた。
「ガーッハッハッハッハ!」「ホーッホッホッホッホ!」
 これは……冗談として受け入れていいんだよな?
 っていうか、このあとに奏の部屋へ行くのはかなりの勇気が必要なんだが。
 まあ、このおじさんおばさんが後ろに付いている限り、オレには前進しか選択肢が無かったわけだが……。


「奏ちゃん、お客様よ」
 おばさんが奏の部屋のドアを開け、それからオレに入るよう促す。
「グッラック!」
 おばさんが片目をまばたかせた。
 それはきっとおばさんの口癖であって、深い意味はないということにして、奏の部屋に入った。するとドアが自然に閉まる。おばさんが勝手に閉めたようだ。
 緊張してしまう。いくら奏だとはいえ、一応女の子だ。そして女の子の部屋に入るのは小学生以来になる。
 しかし……奏の姿がない。風邪だからベッドに寝ていると思ったんだが。
「私の彼氏ってのは、彼女がどこにいるのでさえわからない節穴なのかしら?」
 ベッドの反対側から声。思いがけない展開にオレは声も上げることができなかった。
「残念ね、寝てるとでも思ってたの? 周りが見えてないからモテないのよ」
 奏は勉強机に座り、不機嫌な顔を浮かべてオレを見ていた。
「一言余計だっての。……風邪、ひいてるんじゃないのか?」
 頭を掻き、意外と元気そうな奏を見てホッとする。
 心配するオレへの礼と言わんばかりに奏は盛大な溜息をしてくれた。かわいくない奴め。
「風邪だから寝てるって発想が単純なのよ。そもそも、風邪なんてもう治ったしね」
「なんだ、そうだったのかよ」
 てっきり長引いてるものだと思っていたから心配してきたのだが、いつもの奏らしい態度になおさら安心した。
「あ、そうだ。一応お見舞いとしてきたから、これ」
 こんなに元気だから、今のうちに渡さないと忘れそうな気がしたので、風鈴とアクエリを渡す。
「ふ……風鈴?」
 ちりいん、という響きが部屋に澄みわたり、奏は理解不能、といったような顔をする。
「大家さんからだ」
「……なるほどね」
 奏は全てを理解したようで、それを机の上に飾った。いい音がする。
「で、このアクエリも大家さんから?」
「いや、それはオレからだ」
「……アンタが私に?」
 信じられない、とそのあとで呟かれた気がする。そして、また大きな溜息を発射された。
「あのねえ、アクエリって何よ、アクエリって。センスおかしすぎるわよ。急きょ買ってきましたって言ってるようなものじゃない」
 ズタボロに言われるアクエリ。かわいそうに……。いや、買ってきたオレのせいか。
「わりいな。でも大家さんのだけってのも変だと思ったからだ。まあ、そんなに嫌なら無理にいいぞ」
 そうすれば久しぶりにスポーツドリンクがオレの部屋にやってくる。やったな。
「……貰えるもんはありがたく貰っとくわよ」
 と、奏は立ち上がる。「コップ持ってくるから待ってて」と言い残して部屋を出てしまった。
 病人だからオレが……と言いたかったが、病人つったら怒るな、うん。
 暇なので辺りを見渡してみる。奏の部屋はきれいに整頓が行き届いており、清楚で温かみのある部屋だった。奏と真逆の雰囲気だな、こりゃ。廊下と同じフローリングの上に花柄のカーペットが敷かれている。正面の窓には白いカーテンが掛けられており、西日を庭の木陰と共にやさしいものにしていた。部屋の左側に白いベッド、中央に脚の長いテーブルと椅子、そしてベッドの反対側にクローゼットと勉強用の机が置いてあった。机の上にノートが広がっている。覘いてみると、びっしりと書かれた数式に襲われた。
 こいつ、勉強してやがる。
「何見てんのよ」
「うおぉっ!」
 思わず後ずさりをし、窓に頭をぶつけてしまった。あれ、今日二回目な気がする。
 音もなく部屋に入っていた。奏は白いコーヒーカップの載ったお盆を持っていた。ガラス製のコップではなく、上品な陶磁器であるところが神子元家らしい。つーか、アクエリをコーヒーカップで飲むところ、この家に一般的なコップという物体は存在しないようだ。
「べ、勉強してんのな」
 溜息をつく奏に対して言い訳のようなことを言った。
「あ、それ勉強じゃないわよ」
「はい?」
 この数式を見たあとで『そうですか、勉強じゃないですか』とは言えなかった。
 だが、オレは忘れていた。奏の知的好奇心はいつだって旺盛なのだということを。
「それ、調査よ、タイムマシンの」
 タイムマシン。過去とか未来へ行く、説明無用の機械のことだ。
「どうしてそんなものを調べてんだよ。そういう夢持ってんのか?」
「え?」
 奏はオレの予想外の反応に目を丸くした。
「そ、そんなわけないわ。私にはちゃんと他にやりたいことあるもの。これは趣味……というか義務みたいなものね。ソフィアよ、ソフィア」
 ソフィア……久しぶりにあいつの名前を耳にした。いつでもあいつのことを考えているのに、なぜか懐かしさより新鮮な響きがする。
「といっても、タイムマシンの作り方というよりかは『もし過去へ遡ったとしたら』ってことを私なりに考えてるだけなんだけどね」
 あの複雑な式を書いていた意味は知らんが、過去へ行ったときの事態を知るための式なのかもしれないな。
「まとまったらアンタにも話すかもね。それよりお茶……というよりアクエリ飲みましょ」
「あ、ああ……」
 中央の椅子に掛ける。テーブルの真ん中にでんと置かれたアクエリとコースターに載ったカップを交互に見ると、改めてアクエリを買ったことを後悔する。だがなんでもカップで飲むのに慣れているのか、奏は何食わぬ顔でアクエリを注いでいた。
「しっかし、アンタから遊びにくるなんていつぶりかしらね?」
 オレのカップにアクエリを注いでくれている奏が呟いた。
「小学……以来だな」
「小学ねえ……。アンタともう今年で十四年になるのね」
 マジかよ。もうそんなになるのか……。確かに、物心ついたときから奏と遊んでいた記憶はある。
「で、そんな長年の私たちだけど、ずっと気になってることがあんのよ」
 奏が頬杖を始める。この家でその格好をされると、なぜかオレは嫌な予感がしてならない。
「アンタ、好きな人っている?」
「は?」
 予想外の質問だったので思わず声が漏れてしまった。
 どうしてこう、女子というのはこういう話が好きなんだ。
「それならお前が先に言えよ」
 あえて話を長引かせる。だから大瀬崎から『ヘタレ』呼ばわりされるんだろうけども。
「あ、そういう意味じゃないのよ」
「ほら、アンタさ、ソフィアがいなくなってすぐのとき、何も食べられなかったじゃない」
「そりゃ……そうだったが」
 奏はうまく答えるのを回避した。
 悲しみに打ちひしがれて、ソフィアの温もりをいつまでもいつまでも噛み締めていたら、食欲なんてどうでもよくなっていた……ような気がする。憶測なのは、その頃のことをあまり覚えていないからだ。
「今だから言えるんだけどさ、アンタにはあの子が必要だったんじゃない? 今はもう吹っ切れたでしょうけど」
 心が揺らぐ。
 明るい声、笑顔、温もり。
 白い翼、青い服、黒い靴下。
 お姫様のような白い肌のあいつのことは、今でもよく思い出す。伊東や白渚、大室たちと過ごしていると、あいつがいたらもっと楽しくなっていたはずだ。
「今でも……後悔してる。未来に返さなかった方がよかったんじゃないかって」
「やっぱし、ね」
 奏がアクエリを一口したのでオレも飲んだ。
 あえて、あえて辛さと苦しさを感じないように過ごしていたってのに。
「となると、あの子はアンタから必要とされてて、未来の世界でも必要とされてて、引っ張りだこね」
 あいつをオレと影のような存在が引っ張り合っている姿を想像して、思わず失笑した。
「あいつがたくさんいればよかったんだがな」
「バカ、気持ち悪い」
 冗談で言ったつもりが、普通に返された。オレだって何人ものソフィアが「統流君」「統流君!」「統流君っ」の合唱をしていたら……まあ悪くはないが周囲の人は悪く思うだろうな。
「で、話は戻るけど今のアンタに好きな人はいるの?」
 話を戻されてしまった! しんみり作戦は失敗か。これ以上の言い逃れはできないらしい。
「もちろんソフィアって答えは禁止だから」
「くっ……!」
 どうするオレ? どうやって答える?

●奏、実はお前のこと――。
○伊東が気になりすぎて眠れない。
■大室かわいいよ大室。
□大瀬崎駿河アッー!

第十ニ話に戻る
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『城ヶ崎の小説ども』に戻る。
我が家にもついにタコ焼き機がやってきました。
これでもんじゃ焼き作ったらさぞかし美味しいんだろうなあ……。

なんて思いつつ、タコ焼きがうまく焼けるようになってきました。


話は変わるけども、シュミレーションRPGって面白いね、と言いたかったじょがぁでした。
西部戦線異状なし。
ども、じょがぁです。土曜日の未更新率が高いのは気のせいです。


ところで最近……と、最近気になることを書こうと思ったんですが、

よくよく考えてみるとそれは全てネタばれになってしまうことに気付きました。


うーむ、どうしよう……?



『ホラホラ・ミテミーテ・フトンガ・フットンダ』

訳:「ほら、みみ、見てごらんよ! ふふ、布団が飛んでるよっ!」

『ミテミーテ』の類語……『イケルーテ』



ヤマなしオチなしイミなし。
やおい
なぜだ、なぜなんだ。

(ワケあって)
野菜を調べていたらこんな曲を見つけてしまったぜ!



じょがぁです、ミクの歌はあまり聴かない、
というか昔は拒否反応起こすくらい嫌い(メルトなんて糞喰らえ)だったんですが、

いやあ、これが機械の音だなんてね。

というか、ミク事情に詳しくないのでなんとも言えませんが、
これが埋もれてる理由がワカラネっす。

とりあえず、ミク嫌い以外の方はどうぞです。
(聞いたことあったらスンマソン)
小説書きはじめたのは、キーボードに慣れるため、というまさかの新説。

ども、最近寒くなってきて、いよいよ『翼の生えた少女』の季節がやってきますね、じょがぁです。


そういえば、最近気になってはいたものの特に力入れてなかったことがありますね。

小説の話なんですが、『表記ゆれ』の話です。


表記ゆれとは、簡単に言ってしまえば、
同じ作中に『ダイア』と『ダイヤ』みたいな、
同じものを指す語なのに表記が違うやつのことです。


特に問題ないと思う方もいるかもしれませんが、
実際表記ゆれがたくさんあると違和感があると思います。


で、実際自分の作品で調べてみた。

『翼の生えた少女はもういない。』では、
『暇』が『ヒマ』になってるところがいくつかあったりします。

多分、他のもたくさんあるんだろうなあ……。


というわけで、これからはそういうものに気を付けつつ執筆していきたいなと。
アルルゥ。
えと、『翼の生えた少女はもういない。』更新しました^^

色々慌ただしく、それと結構言葉が思い浮かばずに粗い文になってしまいましたこと、ご了承ください。
第一部が終わって、暇な日に全体的に修正すると思いますので、
そのときにはもっときれいな文章になっていると信じてます(汗

話は変わりまして、次回の『翼の生えた少女はもういない。』ですが、
目次を見てわかるように『???』ではなく仮題がすでに上げられています(苦笑
まあ、久々の大家さんですし、楽しんでいきたいと思います。


忙しいけど、久しぶりに選択肢でも作るか。経験が大事なんだ、経験が。


というわけで、うたわれるものの全貌を追っていこうと思います、じょがぁでした。
イェイェイイェイイェイ。

 寒い寒い夜道。
 確かあれは、クリスマスムードが過ぎ去ったあの日。
 雲がもう少し厚ければ確実に雪が降っていたであろう日。
 遠くのゲーセンに行って遊んだあとのこと。
 コンビニでアイスを買ってしまって後悔したあとのこと。
 オレは、代樹荘前の駐車場で立ちつくしていた。
 夢だと思ったし、誰かが仕掛けたドッキリなのだとも思った。
 でも、それは真実で。
 偽りなんてものは何もないということもまた、表していた。
 オレは確かに出会ったのだ。
 そう、翼の生えた少女に。

 鼓動と荒い息。
 白いもや。
 鳥の鳴き声。
 不気味なほどのざわめき。
 誰もいない畔の公園。
 最初に見えたのは黒い塊だった。
 次に見えたのは白い翼だった。
 ――っ!
 奴の名を呼ぶ。
 ――統流君っ!
 そう応えてくれた気がする。
 オレは決死の覚悟で黒い影を追い払った。
 ただただあいつを救いたい一心で。
 今まで疑ってばかりだった奴なのに。
 あんなに冷たい言葉を投げつけたあとだというのに。
 どうしてこんなにも躍起になって大声で叫んでいるのだろうか?
 そんな疑問さえ持たないほど、必死だった。
 掻き消えた影のあとに、一人の少女が横たわっていた。
 傷だらけの翼。
 泥だらけの顔。
 冷たいてのひら。
 でもあいつは温かく笑っていた。
 ――家に戻ろう。
 ――でも、悪いです。
 ――いいんだよ、そんなこと。

 こうして、オレたちの日々が始まる……。


四月十三日(日)


 こんなに早くバイト先へ行くのは、面接以来かもしれない。いつもならば夕方からの時間帯に入っているのだが、今日はまだ昼にもなっていない。そう、待ちに待った定食の仕込みができる日がやってきたのだ。
 つまり、飯を炊き、豚汁(オレはとんじると呼ぶが、人によってはぶたじるとも呼ぶようだ)を作り、油を天ぷら鍋で熱し、その他食材の下ごしらえをしておく、ということだ。
 日曜の昼時といえば、最も客の入らない頃合だ。昼は近所で働く作業員、夜は仕事帰りのサラリーマンによって生計が成り立っているといっても過言ではない。その作業員もサラリーマンもいないわけだから、いっそのこと日曜は定休日にしてしまえばいいものを、親方は水曜に休暇を取ると言って聞かない。理由があるのだろうが、一年間働いているオレでさえ教えてもらったことはない。
 店の裏側から合鍵を使ってドアを開けた瞬間に脂の臭いが鼻の奥に入り込む。一歩中に入ると、こびりついた脂だらけの床がオレを迎えてくれる。食堂内はがらんどうで、親方の姿はない。二階に親方の家族がいるはずなのだが、なぜか気配がしなかった。
 自然と体は厨房の隅まで歩いており、エプロンを着け始めていた。そうしながら、ぼんやりと考えていた。
 オレだけで仕込みをしろと……?
 確かに仕込みをやれ、と言われた。だが、隣に親方が付き添ってくれているものだとばかり思っていた。
 こもった脂の臭い。電気も換気扇も付いていない十数畳程度の一室。
 いきなりハードル高すぎだろ……。
 いや、別にただ炊くだけなら、作るだけなら簡単にできる。でも店の味を出すとなると話は別だ。ご飯を炊く、それだけのことでも、米を研ぐ力加減、水の量、炊く時間なんかによって味はうまくもまずくもなる。豚汁など言うまでもない。
 でも……。
 やるしかない。幸い具材や調味料は揃ってるんだ。溜息を一つ吐いてから、オレはまず米びつを開けた。


「……こんなもんでいいだろう」
 何度か味噌を追加してから豚汁の味見をしてみると店の味に近くなった。僅かカツオが欲しかったものの、開店時間が迫っているので諦めた。
 暖簾をあげ、まな板と食器を洗う。この時間はほとんど誰も来ないだろう。だからきっと親方はこの日を選んだんだ。もし失敗したとしても、その被害を最小限に抑えられるように。
 さて、暇だからキャベツの千切りでもしていようか、と思っていた矢先に入口の引き戸が開く。
「らっしゃい」
 いつものように親方の声を真似た挨拶をする。昼の常連は知らないのだが、お客の顔は必ず見る。常連なら世間話でもしてから『いつもの』品を作る。機嫌の善し悪しも確認する。
 このときも例外ではなく、オレは今日初めての客の顔を見る。
「やあ、統流っち」
 どこかで見たことのある顔だった。常連だろうか?
「あれ、今日はおやっさんいないのかい?」
「そのうち来るかもしれませんが、今はいませんよ」
「そっか。まあいいや、カウンターでいい?」
「どうぞ」
 世間話を交わす。
「それじゃあ、『いつもの』頼むよ」
 厨房前のカウンターに座った客が言った。
「はいよ」
 客の前にお冷を置き、包丁を軽く水洗いしてからまな板に置く。具材を取り出そうとして、あることに気付いた。
「すいません……えと、本当に申し訳ないのですが『いつもの』というと……?」
「あ、そういえば統流っちとは初めてだよね。僕はチキンカツ定食で」
「そうでしたか。すいません、これからはちゃんと心得ておきます」
 機嫌を悪くしてしまっただろうか、オレは営業スマイルを浮かべながら客を見る。幸い、微笑ましそうにオレを見つめていた。
 つーか。
 今更なのもあれだが、仕方がない。
 だってさ。
「なんで白渚がいるんだよ!」
 思わず狭い店内で大声を上げてしまった。
 まさか来るとは思っていなかったから、すっかり営業モードでいてしまっていて気付かなかった。
「おお、いい驚きっぷりだね。でもそれはこっちのセリフだよ」
 白渚が笑顔を脂ぎった食堂内に振りまく。相変わらず眩しい奴だ。久々に見たような気がするが、何一つ変わっていない。唯一変わっているのは隣に大室がいないことだが。
「統流っち、ここでバイトしてるんだ」
「そうだな、もう一年になるんだな……。でも昼に組んだことはほとんどなかったな」
 キャベツの千切りをしながらの会話。気さくに話しかける白渚は親しみやすく、モチベーションが上がっていく。
「へえ、そうなんだ。僕たちは中三の頃から毎週日曜はここで昼食にするって決めてるんだ」
「お前、立派な常連だったのな」
 それは驚きだ。今まであまり関わりの少なかった白渚にこんな接点があったとは。
 ……いや、待て。ちょっと待て。思わず包丁が止まる。
「って、僕『たち』? 他にもいるのか?」
「そうだよ。今日は旅行でいないんだけど、いつもはいずみんと一緒さ」
「いず……大室とか?」
 こいつらは毎週こんなところで飯を食ってるのか。いや、それより驚きなのは最低でも毎週日曜日、二人は一緒に過ごしている、ということだ。
 どんだけ仲がいいんだよ。
「毎週行って、金尽きないのか?」
 店の人間がこんなことを聞くのはよくないことだと思うのだが、気になってしまったんだから仕方ない。
「ここは安いからね。あ、安くておいしいから」
 付け足しのあとの爽やかな笑顔。どうしてかイラッとこない。そういう才能を持っているんだろうな。
「で、安くてうまいここの、一番安くてうまいチキンカツを注文する、と」
「悪いね。財政厳しいんだ、僕たち」
 僕たちってことは、大室もチキンカツ定食なのな。
 大室、という言葉であることを思い出す。
「そういや、なんで昨日は来なかったんだ?」
 確か昨日聞いた理由では『大室が行けないから』ということになっている。伊東からその心も聞いたわけだが、やはり本人からも聞いておきたい。
「いずみんが宮城へ家族旅行に行ってるからさ」
 ほとんど伊東の言った理由と同じことを言われた。当たり前か。
「そうか」
 千切りにされたキャベツを皿の上に盛り付ける。次はカツだ。
「あれ? てっきり追及されるものかと思ったんだけど」
 白渚は予想外の反応に苦笑いを浮かべていた。
「ああ、昨日伊東から色々聞いたからな。お前の意志の強さも」
「へえ、なるほど」
「ま、昨日は来なくても日曜の日課になってるこの食堂には一人でも来るんだな」
 先程作った衣を生の鶏肉を小麦粉、といた卵、パン粉の順番にささっとつける。この三つのバランスが難しく、未だに親方のようなカツを作る自信がない。……そんなものをお客に出してしまっていいのか?
「僕の両親はね、日曜は夕方まで帰ってこないんだ。ほら、言っただろう? 僕の父さんは警部だって。だからいずみんがいなくてもこの食堂には来るよ」
 いつも大室の弁当を食べている白渚のことだ、料理なんてやらないんだろうな。ま、来てくれてるんだからつべこべ言う必要はない。お客様は王様だ。神様ではないが。
 衣の付いた肉を熱した油の中に投入する。油の飛び散る音が心臓を高鳴らせた。これだから揚げ物はたまらない。
「ところで……」
「うん?」
 白渚が話題を変える。
「少し気になってることがあるんだ。『大瀬崎君』のことなんだけどさ」
 火の調節をしている手が止まった。今、胸がズシリと重くなったぞ……? なんだ、この圧迫感は? 白渚の気配が急に変わり、空気が淀んでいく。
「昨夜、『いずみ』に電話で聞いたんだ。大瀬崎君、まだいずみにちょっかいかけてるんだって? 僕がいない間にも」
 白渚は表情を見せずに水を一口含む。どうやら……今までの雑談は『前置き』だったみたいだ。
 なにからぬ雰囲気を察したオレはとっさに返す。
「確かにそうだが、でも大瀬崎は大室のためにやってるんだ。そりゃあ無理矢理って気はするが、大瀬崎は大室と色んな話がしたいんだよ」
 大瀬崎を擁護するつもりはないが、誤解してほしくはなかった。やり方こそ暴走的だが、その目的は伊東やオレとも同じだからだ。
「穂枝君」
 その声は平常心を表面上保っていたが、その奥には激しい感憤にまみれていた。
「伊東さんから聞いたんだよね? 僕のいずみに対する強い意志を」
「あ、ああ」
 内心白渚のオーラに圧され気味だったが、何とか声は裏返らずにすんだ。
「統流君、キミは理解していないよ。本当の『強い意志』とは何かをね」
「なん、だと?」
「大瀬崎君はいずみと色んな話をしたい? だからってそれを強要するの? 本末転倒だと思うね。それに僕はいずみを守ってあげる使命がある。いずみの近くに火の粉が飛び交っているのなら、僕にはそれが大きくなる前に払い消す責務があるんだ」
 使命ってなんだよ。
 責務って……なんだよ。
 それじゃあ伊東の言ってた『溺愛』とか関係ないじゃないか。
 お前の言ってることはまるで……主に忠誠を誓った従者のようで、ただ自身を拘束してるだけじゃないか。
 そんなことを、白渚に言ってやりたかった。
 でも……くそ、言葉が浮かんでこない。こんなにも自分の語彙の無さを恨むことはなかった。
「そんなに無理しなくてもいいだろ」
 だから、ただそれだけを言った。一体、この一言でオレの言いたいことのどれだけが伝わるのだろうか?
「無理してでも、やらなくちゃいけない。それが僕の責任なんだ」
 何も伝わることはなかった。
『キミは理解していないよ。本当の『強い意志』とは何かをね』
 その通りだ。オレにはそんなの理解できない。
「だから、これ以上いずみにちょっかいかけるようなら、いずみをキミたちから隔離させようと思ってるよ」
「ど、どうしてだよ!」
 思わず身を乗り出してしまった。
 ワケがわからない。そんなことをしなくちゃいけないものなのか?
 ……オレには理解できない。
 ただ、そんなことしちゃいけない。それだけはわかる。せっかく出会えた新しい仲間なんだから。
 ふと奏のふっとした笑顔が頭をよぎる。ツンとしていながらも、若干綻んでいる頬。なんだかんだ言いながら奏は大室と白渚と出会えたことを嬉しく思っていた。
 それなのに、たったの数日で、十日も満たずに別れてしまうなんて……。
「オレは反対だ! せっかく出会えたっていうのに――」
「それじゃあ」
 白渚はオレの言葉を落ち着きのある迫力で遮った。
「それじゃあ、穂枝君にはできる? 大瀬崎君を止めることが」
 大瀬崎を止める……? つまり『田舎来い』を中止させる、ということか?
 今までそうしようとしてきた。だが、やめさせることなんてムリに決まっている。あいつの意志は固い。プライドは無いが一直線の意志だけは誰にも負けない。
「もしそれができるんなら隔離なんてさせないよ。僕だって本当はそんなことはやりたいくないしね。隔離して、君や奏さんと会えなくなるのはカックリだもん。隔離だけに」
 白渚はそう言って笑った。嘲笑いのようなものではなく、ただ力のない笑顔だった。
 つーか、寒くなってきた。冬でも汗が出るほど暑い厨房なのだが……。
「さて、そろそろこんな話はやめようか」
 何事もなかったように、白渚は背伸びして深呼吸する。
「カツも焦げちゃいそうだしね」
「うわっ! やっべえ!」
 慌てて油に沈むチキンカツを取り出した。見事なこげ茶色をしている。もちろんその香りは焦げの香りだ。
 こんな失態をしでかしてしまうなんてな。恥ずかしいってもんじゃねえぞ。
「……もう一度作り直すよ」
「あ、いいっていいって。僕が長々と話してたのがいけないんだ。時間も無いし、それでいいよ」
 統流っちの作ったやつなんだから、焦げててもおいしいよ、と付け足す。
 少し迷うところなのだが、断ることにする。
「いや、ダメだ。新しいのを作る」
 いくら知人だとはいえ、お客はお客だ。お金を払ってここに来てくれている以上、オレだってそれなりのサービスをしなくちゃいけない。
「……それじゃあ、そうしてくれると嬉しいな」
 白渚はそう言ってにこりと笑った。
 つい数分前までの白渚とは、まるで人格が違っていた。
 本物の白渚はどっちなんだ?
 でも、そんなこと気にしていられない。
 なぜなら、次のカツこそは必ず成功させなければいけないからだ。


 今度はきれいに揚げることができた。よかった。
 カツとキャベツの千切りの皿と豚汁、ご飯を白渚の前に置く。
 ようやく一仕事が終わり、オレは大きく息を吸って流し台の淵に腕を突いた。
 引き戸が開く。休む間もなくオレは背筋を伸ばし、新たな客に「らっしゃい」と声をかけた。カウンターの白渚がクスリと笑う。
「うまくやってるか?」
 その声でオレは急に心臓が高鳴った。それからすぐに全身の緊張が溶けるようにしてほぐれだした。
「お、親方……」
 帰ってきた。やっと、帰ってきた。
 親方は何も言わずに厨房へ入ってきた。そして、チラとまな板を見やった。
 こげ茶色のチキンカツがそこにあった。
「失敗か?」
 小さな声で、だがすっと耳に入ってくる鋭さを持った声で訊かれた。
「あ、はい……」
「最悪、だな」
 独り言のようにオレだけ聞こえる声量で呟いたのは、カウンターに白渚がいたからだろう。お客が誰もいなかったら大声で怒鳴られるところだった。
「ったく、用事が入っちまったからお前を代理として任せておこうかと思ったんだが、まだ一人立ちはムリのようだな」
 隅でエプロンを付けながら親方は言ってきた。その言葉にオレは身震いした。
「すいません……。これからは気をつけます」
 オレは白渚に見られないよう、かすかに頭を下げた。
「これからは、だと?」
 豚汁の入った大鍋の蓋を開ける親方は、どこか淡々としていて、オレは戦々恐々だった。
「何度も言ってるはずだ。料理に『これから』は許されねえ。お前の作った料理で食中毒起こしたあとで『これから』なんて言っても通用しないように、こんなブツをお客様に見せた時点でダメなんだよ。だから最悪だな、と言ったんだ」
 オレの考えは浅はかだった。親方はお客がいてもオレに対しては容赦しなかった。
「少しは自分の失敗を心にとどめておけ」
「はい。まだまだ未熟者です……。すみませんでした」
 オレは白渚に構わず頭を腰まで下げた。
「なんか大変だねえ」
 後ろから呑気な声と豚汁をすする音がする。でもそんなもの気にならないし、気にする必要がない。
 親方はオレの謝罪を無視し、代わりにオレの作った豚汁をおたまですくい、椀に入れて一口飲む。
 しばしの無言のあと、今度は焦げたチキンカツを包丁で切り、端っこをつまんで食べる。
 また、しばらく玩味している。
 包丁を置き、余ったカツを生ごみに捨ててから呟いた。
「おれがいないときくらいはお前がこの店をやっていてもいいと思うんだが、お客様に迷惑かけてるようじゃおれも気楽に外出なんてできないな」
 ぼそっと親方は呟いた。
 え……?
 オレは思わず心の中で声を漏らしてしまった。
「それってもしかして、今日オレに仕込みを任せて下さったのは……?」
「お前のためじゃねえ。お客様のためだ」
 と、親方はちらと白渚を見た。
「お客様に迷惑かけるからな、営業遅らせるよりかは少しだけお前におれの代わりをやってもらいたかっただけだ。ま、今となっちゃあ迷惑かけることに変わりはなかったわけだがな」
 呆れた野郎だ、と溜息を吐く親方を見て、思った。
 ただ単に、試しにやってみろ、というわけではなかったんだ。オレはもっともっと期待されていた。少し前まで単なるバイトとして雇われ、皿洗いをしていたオレが、ついにここまで来ることができたんだ。
 だが、それを裏切ってしまったことは悔しかった。オレがちゃんとしていれば、親方はオレをもっと評価してくれてたはずなのに。過去のことを悔やんでも仕方がないのだが。
 親方が炊事場に移動し、火を付ける。それからフライパンに油を注いだところで、オレにしか聞こえないくらいの声で言った。
「……これからも、頑張ってけ」
 もう一つ、悔しい、という気持ちとは違う感情が湧いている。親方から信頼されていたことが嬉しかった。今は、悔しい感情より嬉しい感情のほうが強い。
「はい、頑張ります!」
 ずっとずっと頑張っていこう。少しずつ失敗から学んで、立派なコックさんになるんだ。



第十三話『大家さんグッジョブ』に続く

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『城ヶ崎の小説ども』に戻る。
ども、じょがぁです。

11月の21、22、23の三連休、そのどこかで静岡行きたいです。

お茶畑行きたいけど、きっともうお茶葉無くなってるんだろうなあー……。

そんならわざわざ今に行かなくても、新茶の取れる春ごろに行ってもいいんだよなあ。


とにかく、今は切羽詰まってますが(でも苦しくない。不思議!)、頑張っていきたいと思いますよー。


つーか、小説もそうですけども、弓道のほうも今色々あって忙しいんですよね……。
年内に二つも大きな大会がありますし。









あー、もう今年も2ヶ月を切ったんですねえ……。
三ヶ月前の夏休みよりも二ヶ月後の来年の方が近いのか……。

今年は色々ありましたが、そんなことを語る前に、Read More...でコメント返信っす^^

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ども、じょがぁです。
案の定『翼の生えた少女はもういない。』の次回話がほとんど書けていないぜ☆

今日から本気出す。

まあ、何とか形にしてみたいと思います。あと七話くらいで終わってくれたらいいけど、多分十話くらいになるんだろうなあ……。

そうすると、一月の第二木曜日に終わる予定なのか……。うーむ……。
その間に静岡の沼津らへんで取材(というか、雰囲気満喫)したり、
その他行くべきところがあるからなあ……。

まあ、そこら辺はゆっくり考えてみますかね。


というと、ノベルゲームの方は来年からになるのか……? それはヤバイな……。

というわけで、Read More...でコメント返信ですー。

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「ここの次にどこ行きますか?」
 雨はまだ降っている。店を出たオレたちは行く場所を決めていないことに気付く。いや、実際伊東は気付いていたのかもしれない。あらかた、パフェを食い終わってからすぐに出発してしまったオレのせいだ。
 しかし、何度も言っているように駅事情に詳しくない。
「伊東に任せ――」
「次は穂枝君の行きたいところでお願いします。あたしはここだったので」
 と、笑顔で返されてしまった。まあ、一理あるのだが……。別に行くところなんてない。
「穂枝君、本当にどこでも大丈夫ですよ? 先ほどの借りもありますし、なんなら荷物持ちにでもなります」
「いや、そりゃあ悪いって」
 伊東のことだからマジでやりかねない。
 でも、そうだな、どうせだから前から必要だと思っていたものを揃えるいい機会かもしれない。
 というと、無論この結論に至るわけだ。
「よし、時計を買いにいこう」
「……へ?」


 今、オレの部屋に時計はない。
 理由は簡単だ。むしゃくしゃしてやった、後悔はしている、というものだ。時計があるだけであの部屋が圧迫しているんだと勝手に決め付けて捨ててしまった。結果、窮屈なのは部屋自体が狭いことだということが判明し、税込七千五百六十円の掛け時計をムダにしてしまったのだった。
 携帯電話があれば行けるだろうと楽観視していたのだが、携帯を開く面倒臭さ、部屋唯一のインテリアの喪失。ここ数日でこの二つはかなりの痛手だということに気付かされた。
 というわけで、オレたちは駅前のデパートにある電化製品コーナーへと足を運んでいた。
 エスカレーターを上り、目的の階に着くと蛍光灯の明かりが迎える。その奥では超大型のプラズマテレビたちが同じ番組を上映している。なんか、こういうのを見るとワクワクするのは部屋に電化製品が少ないオレだけなのか?
 伊東は周囲をキョロキョロと物珍しそうに見渡している。あとで聞いた話、こういう場所にはあまり行かないそうだ。
 フロアの端っこに腕時計や目覚まし時計、掛け時計にさらには振り子時計まである、時計づくしの区画があった。ここなら目当ての時計が見つかるだろう。
「さて、伊東にも手伝ってもらいたい。いい感じの掛け時計を探してほしいんだが、そんなに大きくなくていい。安くてシンプルなやつがベストだな」
「わかりました! 頑張ります!」
 小さくガッツポーズをして気合を入れる。緩めにやってもらって結構なのだが、店を出てからずっとこの調子だ。
 金網状の壁に規則正しく掛けられている時計を眺める。こうしてみると、小さい時計だけでかなり絞られてしまう。ちなみになぜ小さい時計にするかというと、まず部屋が小さいので時計が大きくなくても時刻がわかる、という点が挙げられる。それと、デカすぎるとまたむしゃくしゃしてやってしまいそうなのがもう一点だ。大きさで言うなら目覚まし時計でもいいのだが、置くタイプの時計は掛けるタイプよりも窮屈さを感じさせてしまう。目覚まし掛け時計たるものがあれば二万まで払える。
 最近の時計はデザインに凝ったものもある。例えばこの上にある時計なんて太陽みたいな形をしている。いわゆるフレームなんてものはない。茶色い胴体のそれは、どうせ広い部屋のインテリ野郎が買うのだろう。オレなんて到底買えるような代物ではない。……ん、三千九百八十円? いや、でもやめておこう。
 つーか、中にはどう見てもネタとしか思えないような時計があったりする。手提げ風時計とか、用途がわからん。
 しかし……なかなか手ごろな時計が見つからない。小さい時計かと思えば、アナログにデジタルが埋め込まれているタイプで相当な値段をしていたり、三十年前によくありそうな四角い掛け時計(あの部屋に似合うだろうが、似合いすぎて悲しくなる)だったりとする。くそ、貧乏人は日時計で暮らせというのか?
「あ、穂枝君、あの時計なんてどうですか?」
 神は死んだのか? 仏は見放したのか? そう心の中で叫ぼうとしたところで伊東に呼び止められた。
 伊東は一番上に掛けられた時計を見ているようだった。そして、背を伸ばすことなく両手を挙げてそれを取ろうとした。
 あともう少しで時計に届く瞬間、伊東は何かを感じて顔をしかめた。電流が迸ったかのように両手を引っ込める。
「どうした?」
 オレが近寄ると、伊東は笑顔を見せた。
「あ、えと……す、すいません。わ、私じゃ届かないみたいなので、あの時計取ってくださいませんか?」
 その笑顔は、苦笑いのようにも、作り笑いのようにも見えたのは気のせいだろうか……。
 多分気のせいだな。どうせオレの勘は当たらないんだ。
「一番上のやつだな」
 ひょい、と時計を外す。太いシルバーのフレームに白い文字盤。黒く細い長方形の指針。やや大きいものの、これでもかというほどシンプルな時計だった。気になる値段は、なんと二千九百八十円(税込)。
「これだ……」
 思わず呟いていた。


 そのあと、オレと伊東はデパートの各階をうろつき、一階にあるクレープ屋のクレープを食ったりもした。
 日は暮れ、バスターミナルへの歩行者回廊を歩いていると薄暗い雲の所々から藍色の空が垣間見えていた。この調子だと、明日は久々の青空を見ることができるだろう。
 バス停でバスを待つ。最初のうちは不安だらけだったが、終わってみると清々しい気分になっていた。ビニール袋の重みと、隣にいる奴との距離が少しだけ縮まったから。
「あの、穂枝君」
 オレたち以外の誰もいない待合所。寒いことに変わりはないが、風はやんでいる。
「えと、その……」
 伊東は口ごもり、何かを言おうとするが、結局それは喉奥へと呑みこんだ。そのあとでオレはじっと見つめられる。
「もしよろしければ、いずみと仲良くしてあげてください。もしかしたら、穂枝君ならあたしにできなかったこともできるかもしれません」
 大室は、無口だ。
 もうずっと昔から無口のままらしい。
 そんな大室とたくさん話すことができるのならば……。
「ま、気楽にやってくよ」
 そうだ、気楽に、だ。
 いつものように、何気なく接していけば、いつかきっと……。
 それが何日先なのか、はたまた何年先なのかはわからないが。
 それでも、オレは大室と話がしたいと、心の底から思うようになっていた。



第十ニ話『境界』に続く

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 注文した味噌カツ定食とヘルシーランチはすぐにやってきた。オレの定食は熱した鉄板の上にあるタワシ大の味噌カツ、それからご飯に味噌汁、更に冷奴まで付いている。一方伊東のヘルシーランチとは玄米ご飯に味噌汁、冷奴と胡麻和えに漬物数種類がついた、文字通りヘルシーな定食だった。これでご飯がおかわり自由なのだから大したものだ。
 正直なところ、味はそこらのファミレスなんて比にならないほどうまかった。この味噌カツは添加物に漬けた冷凍食品を温めたような味ではない。外はサクサクと、中は十分に味噌ダレが染みこんでいてやわらかい。ご飯は香りからしてうまいし、冷奴なんて有名旅館にもありそうな味と歯ごたえを持っている。ここにきて正解だ。通ってもいい。
「うまいな」
「はい、とっても美味しいですね! よかったです」
 伊東も満足そうに頷く。
「この調子なら例のウンタラ級パフェにも期待が持てるな」
「クイーン・エリザベス級ですよ、穂枝君……」
 苦笑いを浮かべながら言われても、んなこと知ったこっちゃない。
 そんな感じで、オレたちは和気あいあいと会話と食事を楽しんだ。こんなに楽しい食事をいつかしたような気がする。いつだっただろう……?
 そうだ、思い出した。ソフィアとファミレスに行ったときのことだ。あのときは、ファミレスのまずい飯でさえもうまいと感じられるほど楽しかった。あいつの笑顔、ラーメンをすする音。
 ――デート、だね!
 あいつの喜んだ顔と、それを聞いて戸惑うオレ。
 そうか、あのときと同じなのか……。
 あのときと、同じ?
 デート、だね?
「あの……穂枝君?」
「ふわぁえっ!」
 味噌カツを思い切り投げ飛ばしそうになった。目の前の伊東が不思議そうに首を傾げている。見なかったことにしてくれ……。
「ど、どうした?」
 咳払いをしてから平然を装う。
「あ、えと……その、とても嬉しそうな顔をしていたので」
 丸わかりじゃねえか!
 いや、待て、焦るなオレ。話題を変えて注目を逸らせばいいんだ。だが、その話題が浮かばない。ヤバイ、ヤバいぞ。おっと、冷静になれ。まず今日のことを振りかえろう。雨の中校門の前に待っていて、奏が風邪をひいたことを知り、それから伊東が来て、大室が旅行で白渚が……。そうだ、白渚だ。
「そういや、白渚が今日来なかったのは、大室が行けなかったから、なんだよな?」
「え、あ、はい。そうですよ」
 よし、急な話題転換に戸惑いながらも答えてくれたぞ。この調子だ。
「さっきも聞いたが、どうしてそんな理由が通用するんだ? 確かに白渚の彼女は大室だが、だからといってそこまでするか? ……あ、もしかして大室ってああみえて縛るタイプだったりするのか?」
 伊東が小さく吹き出し、クスリと笑った。
「そんなわけないじゃないですか」
 だよな。あの無口な大室がそんなことするわけないよな。もしそうだったら面白いのだが、現実はそう甘くはない。つーか甘くなくてよかった。
「逆ですよ、逆」
 大室は笑顔のままで続ける。
「白渚君が、です」
「あいつが大室を縛っているのか?」
オレが変な想像をしていると、察した伊東が補足する。
「あ、勘違いしないでください。語弊がありますね。白渚君はそんなひどいことしません。縛ってる、というよりかはいずみを溺愛しちゃってると言った方がぴったしですね」
 それはまあ……今までの光景を見ていればわかる。
「だから、大室が行かないんなら白渚も行かないのか?」
「そう、なりますね」
 伊東は自分の考えが合っているかを確かめるように、ゆっくりと頷いた。
「でも変じゃないか? 本当に大室のことを想ってるんなら普通そんなことしないだろ。オレが白渚の立場だったら行くぞ。それで、大室の分まで楽しんで、お土産を買ってくるとかするんだけどな」
 オレの意見は正論だと思う。根拠はないが自信はある。
「そうですね、あたしもそうすると思います。でも、白渚君は違うんです。根本がいずみを『想っている』んじゃなくて『溺愛している』んですから」
 その二つに違いは見当たらなかった。
「白渚君は『いずみのために全てを捧げている』って何度も耳にしてます」
 あいつ、中二病だったんだな……。
「……冗談のように聞こえるかもしれませんし、恥ずかしすぎて耳を塞ぎたくなるかもしれませんね。でも、白渚君は本気でその信念を貫きとおしているんです」
 あいつの言っていることはあまりにも恥ずかしすぎる。オレでなくても、そんなことを言っている奴とは関わりたくないと思うだろう。でも一方でこうとも捉えられる。あんなセリフを平然と言ってのけ、それに対する反応を全て無視し、その視界に入るのは大室いずみただ一人である確たる証拠なのだと。察するに、今日白渚が来なかったのは『大室がいないのに、一人で楽しんでいられるものか』という意志の表れなのかもしれない。
「なるほどな」
 あいつの決意が伝わった、ような気がする。だからといって、どこでもいちゃつかれるのは勘弁だが。
「そういえば、あいつらっていつ頃から付き合ってるんだ?」
「え? いずみと白渚君ですか? 確か……中学二年生からだったと思います」
 なるほど、全てが繋がった。白渚は付き合い始めたときから『いずみのために全てを捧げている』という決意を固めていたんだな。
 それから白渚と大室の会話で盛り上がった。と言っても二人の経過については伊東にもわからないことが多く、深みのない推論話になってしまったのだが。


 飯を食い終わると、オレたちをずっと監視してたのでは、と疑ってしまうくらい絶妙のタイミングで玉露とパフェがテーブルに置かれる。
 洒落ている透明なロッキンググラスに揺れる深く澄んだ緑色をした玉露の芳しい香り。オレの父さんが作っている煎茶とはジャンルが違うからあえて言わせてもらおう。この香りは煎茶には出せない香りで、オレにはもったいないくらいの上品さを持っている。
 一口飲む前に伊東の前に築かれた巨塔に唖然となる。
 まずそのパフェの大きさに驚かされる。グラスの幅は変わらないものの、高さは優に四十センチを超し、更にてっぺんのミントとなると地上五十センチはあるんじゃないか? これがクイーン・エリザベス級か……。ちゃんとキャラメルプリンとストロベリーチョコレート抹茶(グラス内の大半を占める明るい茶色っぽいアイス)も入っている。うまそうというか、味が気になるところだ。
「つーか、ランチ食ったあとにそれはキツいんじゃないか?」
「デザートは別腹ですよ」
 ご機嫌な伊東がプリンと生クリームとミントを合わせて口に入れた。
 よし、オレも飲むか。と思ってグラスを掴もうとしたのだが、熱すぎてとっさに手を離してしまった。玉露を淹れる温度は煎茶よりも低いのだが、グラスは熱をよく伝えるからだな。
「いずみ、可愛いですよね?」
 ヒリヒリする指を冷水の入ったコップを何気なく掴んで冷やしているときに、そんなことを言われた。
「あ? ……まあ、小動物みたいで」
「ですよね! いつもお弁当食べてるとき、ご飯をちょこっとだけ口に入れて、それをゆっくり噛んでるところとか、本当に愛くるしいんですよ!」
 同感だ。口には出さんが。
「話ができるともっと楽しいんだけどな」
「そう、なんですよね」
 伊東は顔をそっとパフェに戻した。ふと会話が途切れたことに気付く。なんか変なこと言ったか? 思わず出てしまった言葉で傷つけてしまったのでは……?
「あの、穂枝君はいずみのこと、どう思ってますか?」
 突然会話が再開する。
「うん?」
「いずみのこと、嫌いですか?」
 オレ、地雷みたいなものに踏んじまったのか? いや、違う。伊東の独り言のようなものだった。
「私はいずみのこと、好きです……。大好きです……! だから、私は、いずみともっともっといろんな話がしたいんです!」
 身を乗り出して、そう訴えてきた。気圧される。伊東のようにはっきりとは言えないが、オレだって伊東と同じ気持ちだ。
 その願いは大瀬崎も持っている。奏もそうだろう。なんとなくわかる。
 誰しもが、大室と話がしたいと思っている。
「穂枝君もそう思いますよね?」
 だから、オレは答える。
「ああ。そう思ってる」
 その一言を聞いて、ホッとのしたのか伊東は溜息をついた。
「やっぱり……穂枝君は凄いですよね。羨ましいです」
 それから長いスプーンでアイスを掬って食べる。
「オレが……オレのどこが凄いんだよ」
 考えてみろ、面倒臭がりでやる気のない、勉強も平均的だし帰宅部だし、スポーツは苦手ではないが得意でもない。当たり障りのない微妙な男のどこに羨ましいと感じさせる魅力があるのだろうか?
「その、たくさんのことに気を使えるところです」
 伊東はくぐもった声で呟いた。
「オレがか? 気なんて使えてないと思うぞ?」
 面倒臭がりだし、な。
「そんなわけないですよ!」
 ずいと顔を寄せてきた。こんなに強い意志を持って迫られたことは奏以外にいない。それほど伊東は真剣そのものだった。だが、オレとの距離が近いことに気付くと顔を赤らめて元に戻った。
「今だって、穂枝君、いずみのこととっても心配してますし、わわ、私のことだって……」
「お前のこと?」
「あ、いえ……」
 急に押し黙る。さっきの威勢はどこにいったんだ?
 伊東はスプーンをテーブルに置いた。様子が違う。
 お茶を飲もうとグラスを手に取ったとき、ポソリと声が聞こえた。
「あの、あたしって目立ちませんよね」
「そうか?」
「みんなといるときの話です」
 ああ、確かにそうかもな。大瀬崎とオレは『田舎来い』の遂行と阻止をしていて、大室はその被害を受けている。奏と白渚はムードメーカーというかペースメーカーというか、とにかく中心にいる存在のような気がする。なんとなく伊東は隅っこにいるような、そんな気もしなくもない。弁当はうまいんだけどな。
「あたしだって、いずみのためにしてやりたいこと、たくさんあります」
 さっきの話だ。
「できれば一緒にお喋りしたいです。そのために頑張ってきました。でも……最近やっと二言三言の会話ができるようになってきただけなんです。一年を費やしてもですよ? それに……あたしの目の前でも、白渚君と話すときは耳打ちなんです。いずみの言ってることは白渚君を通してあたしに伝わるんです」
 大室たちと初めて会った日のことを思い出した。あの日、食堂で飯を食うか屋上で飯を食うかで意見が分かれたときのことだ。あのときのようなことを大室はずっとやり続けてきたのだろう。
 それほどまでの異常なほど沈黙を守り続けるそれは、一体何が原因なんだ?
「あたしじゃ無理なんです。あたしには白渚君みたいにいずみの隣にずっといることなんてできませんし、大瀬崎君みたいにたくさん声をかけるのは恥ずかしくてできません。奏みたいに色々な意見を出そうとしても、何を言えばいいのかわからなくなってしまって……」
 小声の訴えは続く。もう大室の話ではなかった。
「あたしは積極的じゃありません。ずっと前から克服しようと思っているのですが、頑張って足掻いているうちにも、他のみんなは別の話題で盛り上がっていて……。ふとあたしとみんなの間に深い溝ができてるんじゃないかって孤独になることがあるんです」
 伊東と出会って五日。たった数日前までは顔も名前も知らなかったはずなのに、伊東はオレに自分の悩みを明かしていた。
 どうしてオレなんかに? 奏には相談したのか? いや、この状況からしてその可能性は低い。
「あ……。ご、ごご、ごめんなさい! こんなこと言うつもりじゃなかったんです。忘れて下さい……」
 謝るくらいなら、どうしてオレに話したんだよ。
 渦巻く疑問は多い。
 でも、そんなものより。
「別に、積極的じゃないからってそれを直す必要はないと思うぞ」
「え?」
 こいつを助けてやりたいという、どこからともなく湧いて出てきた感情にオレの心は揺れ動いていた。
「伊東は伊東、白渚は白渚、オレはオレだ。自分の嫌なところを直そうとヤケになって、それで嫌な気分になっちまったら意味ないだろ」
 面倒臭がりなクセに、オレは面倒な説教をしていた。
「オレが思うに、お前にもいいところはたくさんある。オレは知ってる、合唱部をゼロから立て直して、今じゃあコンクール目指してるくらいにまで成長したじゃないか」
 オレらしくもないことを、何偉そうに言ってるんだ。
「合唱部はあたしだけの力じゃないです。みんながいたからここまでこれたんですから……」
「他にも、大室のために何ができるか、必死に考えてるだろ? 伊東は頑張り屋なんだ」
 頑張り屋とか、付け足しにしか見えない言葉を連ねて、それでも心から言ってると言えるのか?
「何も進歩してないですから意味ないです。どんなに考えたって、意味ないんですよ、あたしは」
「最後に、お前の謙虚さだ。それはやさしさであり、思いやりだ。お前なら、誰かを心の底から大事にできる。だから一年間も大室のために頑張ってきて、その悩みや苦しみをオレに伝えたんじゃないのか?」
「け、謙虚なんかじゃありません。ただ、あたしは……」
 伊東は言葉を詰まらせた。
 気が済んだか、オレ。これで勝ったと思っているのか? そもそも勝ち負けなんてないのに、勝っただなんて思っちゃっているのか?
 お茶を一口飲む。香りと甘味が口を溶かしていく。
 温かかった。
 ああ、そうさ。オレは面倒臭がりだ。
 でも、冷酷ではない。
「ずるいです、穂枝君」
 すっかり俯いてしまった伊東を見て、言いすぎたかな、と後悔する。語彙のないオレはオブラートに包まずただストレートに言葉をぶつけるだけだと知っていたのに言いまくってしまった。
「あたしはまだ穂枝君のこと何も知らないのに、穂枝君はあたしのことたくさん知っちゃってます」
「あ……」
 そういえばそうだった。
 伊東が知ってるオレの情報といえば、弁当が作れる、奏と腐れ縁、大瀬崎が下僕、だけの可能性も十分あり得る。
「ですから……」
 ソバカスの頬を赤く染めた伊東にちらと見つめられる。
「ちょっとだけ……ドキッとします」
「はい?」
 あまりにも小声だったため、特に後半部分が聞き取れなかった。
「あ、いえ! その、ありがとうございました!」
 あたふたと手を首をぶんぶんと振る。
「えと、あの、おかげさまで自信が湧いてきました」
 それから、ペコリとお辞儀をした。
 まあ、なんかよくわからないが……。
 伊東がパフェを口にする。
 何かを解決することができたようだから、めでたしでいいのだろう。



第十一話『その後~泉の続きへ~』に続く

第九話に戻る
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『城ヶ崎の小説ども』に戻る。
どうも、審査後のじょがぁです、不合格です、宜しくお願いします。



そういえば、昨日の『熱血!ホンキ応援団』は素晴らしかったですね。
あれはやらせじゃない。文字通りホンキの番組だ……と思う。


というか、番組HPのBBSもいいですね。

↓↓↓

『PN神主さんからの投稿』

てもいい番組だなぁ・・・と思いました。
エンツさんがレギュラーだと聞いてこの新番組を見たのですが、
んとうにいい内容で感動しました。
エンツさんも頑張ってください!応援しています。


↓↓↓

こういう、わかる人にはわかるネタ的な意味で。

(まあ、どこかのおバカさんがみんなに迷惑をかけるような荒らしをしなければいいですけど)
眠り姫が『果報は寝て待て』という諺を提唱したんじゃないかな?

ども、次の『翼の生えた少女はもういない。』は十一月九日(月曜)更新予定です、じょがぁです。
恐らく十話と十一話同時に更新するんだろうなあ……。
(十一話はかなり短くなるんで)

うん、削ることが出来ないね、城ヶ崎さんはね。


というわけで、バトンをやってみましょうかな。

⇒続きを読む


 ソフィアは未来からやってきた、と言っていた。
 嘘だと思った。
 だから笑ってやった。
 あいつは記憶を失っていたから。
 それなのにどこからやってきたのかを知っていたから。
 矛盾している。
 だから、頭の固いオレは嘘と決めつけて笑った。
 でも、オレは間違っていた。
 ソフィアはタイムマシンによってこの世界へと送られたのだ。
 タイムマシンはどこにある?
 そもそもタイムマシンとはなんだ?
 何もかもわからなくて。
 悲しすぎる未来の世界のことなんてわかりたくもない。
 でも、それを必死に話すソフィアの澄みきった瞳に少しだけ興味を持った。
 だから、オレはこいつを信じることにした。
 だから、オレたちは探すことにした。

 そのタイムマシンと呼ばれる物体を。


四月十ニ日(土)


 明日は雨ね、と昨日の奏は言っていた。
 その支度をしていたかのように、昨日は風が冷たく、午後からは雲行きが怪しくなっていた。
 そして今日は更に気温が下がり、予報通り朝から雨が降っている。
 休日、極寒、雨。
 外出なんかせずに家でゴロゴロとしているには絶好の日和だ。
 と、本来ならば代樹荘でヒマをもてあそぶオレが発狂しかけているのだが、今日は違う。
 糠雨の中、誰もいない正門の前で発狂しかけている。
 なんだよ、定刻になっても誰も来ないじゃないかよ! ってか、この雨で駅前まで行くのか? それ以前に久々に使うことになったビニール傘、二本ほど骨が折れてるんだが。くそ、あのとき大瀬崎が小学生みたいに開いた傘を振りまわしてたからだ。しかもオレのを。
 こんなときに奏がいれば、少しばかり気が紛れたはずなのに。
 朝、奏からメールが届いた。熱が出たから行けなくなった、だと。昨日の朝、この場所で三十分以上も突っ立っていたんだから無理もない。オレは『おいおい……。まあ、しっかり休めよ』と返信して今に至るわけだ。
 ったく、他の奴らはいつ来るんだ……そう思った矢先に一台のバスが道路を挟んだ反対側に停車した。
 バスが市街地の方へと走り出す。バス停で群青色の傘を差した少女がオレの方を向いた。
「あ、おはようございます、穂枝君」
 伊東だった。
 伊東はお辞儀をして横断歩道を渡ったた。青と白の縞模様が特徴的なチュニックを着ている。裾口や袖口がひらひらとした薄黄色をしていた。それから藍色のジーパン、そして茶色のニーハイブーツ。伊東はかなりのおしゃれ好きのようだ。
 対するオレは下からスニーカー、ジーパン、黒い長袖の上に白の半袖を着ている。センスの悪さについては自覚がある。
「ごめんなさい、思いのほか道が混んでたみたいで……」
 門まで来て、もう一度頭を下げる。
「それでも二番乗りだし、気にするな」
「に、二番乗りですか?」
 パチクリと目をまばたかせ、伊東が辺りをキョロキョロと見渡した。
「お、お手洗いなのかと思ってました……」
「そうだったらいいんだけどな」
 この様子だと奏が風邪だということを知らないらしい。あ、大瀬崎を忘れていた。
「奏は風邪をこじらせたみたいで来れないそうだ」
「えっ……?」
 伊東が目を丸くしてオレを見つめた。いや、嘘じゃないからな。真実を述べただけた。
「あんなに楽しみにしてたのに……。そういえば昨日はくしゃみばかりしてて、辛そうにしてたかも……」
 やはり昨日から風邪の兆候があったようだ。環境の変化で体調が崩れているところに『田舎来い』がトドメを刺した、といったところだな。
「それじゃあ、今日は三人になっちゃうんですね」
「そうだな……」
 オレはため息を吐く。
 伊東は奏が来れないことを残念そうにしていた。当たり前か、一昨日から今日という日の計画を立てていたんだから。
 ……って、今なんつった?
「三人って言ったよな……?」
「はい。いずみと白渚くんも来れないんだそうです」
 いや、冗談だろ。
「いずみは家族と旅行があるみたいで、そのことを忘れてたみたいです。白渚くんは『いずみんを置いて僕だけ楽しんじゃいけないよね』って」
「いやいやいや、白渚は明らかにネタだろ!」
 だってそうだろ? 彼女が来ないから自分も行かないなんてバカげていると思わないか?
 でも、伊東は首を横に振る。
「白渚君ですから……」
 それだけの理由で済まされるような、そんな口ぶりだった。ワケ分からないのはオレだけなのか……? その疑問は誰かが来なければ解決されない。さあ大瀬崎、すぐ来るんだ。
 その瞬間に携帯が揺れだした。
 嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。最近メールが来るたびに不吉な予感しかしないのは気のせいか?
 開くと、予感通り大瀬崎からだった。
『今起きた、すぐ行く、畜生』
 雨が虚しくオレの壊れた傘に弾かれしぶきをあげている。
「あの、誰でしたか?」
 伊東が心配そうにオレを見つめている。
『ためらいなく先行ってる。駅かファミレスかどっかでオレたちを見つけておいてくれ』
 という文章を打ちながら伊東に向かった。
「どうやら、大瀬崎も来れなくなったようだ」
「え……? ええっ!」
 ここまでお前はネタを用意していたのかと思うと尊敬するに値するな、と思いながら実際はほぼヤケクソでメールの送信ボタンを押していた。この雨と寒さと企画運営を担当している白渚が行かないことも相乗し、思考が突発的になってしまっていた。ここで大瀬崎を置いていってしまったら伊東と二人きりになってしまうことなど、冷静に考えてみればわかりきっていたんだが……。
 しかし、メールを送ってしまっては後戻りできない。大瀬崎ごときに『さっきのメールは嘘だ』なんて言う訂正文を送るのも癪だし。
 ええい、乗りかかった船だ! こうなったら全力で楽しんでやろうじゃないか。今日ばかりは金に躊躇もしない。あのときのように、あいつとアクセサリーショップへ行ったときのように。
「よし、とにかく全員揃ったんだ」
 出席者二名、欠席者四名と、学級閉鎖レベルの『揃った』だったが。
「こうなったら、行けなかったみんなの分まで楽しむしかないな」
 独り言のように呟き、オレは歩きだす。
「え、あ……は、はいっ!」
 伊東が頷くと、群青色の傘から雫が飛び散った。
 隣で歩調を合わせようとする伊東を見て思った。
 傘、買い替えたほうがほうがいいな、と。


 それからしばらくしてやってきた駅行きのバスに乗った。休日の昼前で、しかも駅までまだ距離があるせいか席はがらんどうで車内は静まり返っている。
 一番後ろの座席に、微妙な間隔を空けて座るとバスは唸り声をあげて走り出した。
「さて、と。確か駅にある店で飯を食うことになってるんだよな」
 なっている、と言ってもそれを決めたのは奏と白渚だ。二人がいないのだから別にそいつらの案どおりにしなくてもいい。つっても、二人の計画は非常にアバウトなため、計画どおり、というものが存在するのかどうかさえ危ういところなのだが。
 まあ、駅なんてほとんど行っていないオレにとってはどうでもいい話だ。
「どこで食う?」
 落ち着きなくバス内の広告を眺める伊東に尋ねてみる。
「え……? は、わ、私は……どこでも、いいです。とと、統流君が行きたいところにっ!」
 後半声が裏返っていた。間違いなく緊張している。なぜなら、オレも緊張しているからだ。
「オレが行きたいところか? んなこと言われてもなあ……。特に何が食いたいってわけでもないし、そもそも駅に数回しか行ったことないからな。オレなんかに任せたら、恐らくグダグダした結果ハンバーガーに行きつくと思うぞ」
「そうですか……。あわ、私は別にそれでもいいですけども……」
 声のトーンが下がる。それは、ハンバーガーが嫌なわけではなく、他に行きたいところがある、そんな気がした。
「伊東はよく駅前に行ったりするのか?」
「え? あ、はい。よく合唱部のみんなといずみと白渚君で行ってました」
 女子五人と男子一人、か。人はそれをハーレムと呼ぶが、白渚のことだから大室しか眼中になさそうな気がする。そこが一途というか贅沢というかは微妙なところだ。
 とにかく。
「じゃあ伊東は駅前のこと詳しいのか?」
「く、詳しいってほどじゃありませんけど……」
 顔が少し赤く染まる。
「それなら、オレを案内してくれないか?」
「え……ええっ?」
 今度は耳まで赤くなった。
「で、でも、わわ、私そんな……っ!」
「駅まで行ってハンバーガー食うよりかはちゃんとしたところで食いたいと思わないか?」
 伊東は俯き、小さくゆっくりと頷いた。
「……いや、なんつーか、無理に考えてくれなくてもいいからな? 別にオレはどこでもいいんだし」
 そう言った矢先、伊東が嬉しそうに勢いよく顔を上げた。
「あ、あのっ!」
 その嬉しそうな口調と言ったら、今まですっかり忘れていたことを思い出したような、そんな口調で、伊東が活き活きと見えた。
「新しく出来た喫茶店があるんです! 雪音が……あ、合唱部の友達です。その子が昨日、穂枝君が帰ったあとに喫茶店の話をしてて……」
 喫茶店、か。喫茶店は高いイメージが染み込んでいるのは、オレが田舎者なのか、それとも貧乏人なのかのどちらかか両方なのだろう。ま、高くても今日ならいけるけどな。
「その喫茶店、雪音が言うには安くて美味しくてボリュームがあるんだそうです。普通のランチや定食もあって、おかわりも自由らしいので、次遊びに行くときに行ってみようって思ってたんですよ!」
「なるほど、それは期待だな」
「しかも……すっごく美味しいパフェがあるらしいんです! 確か名前は……えと、忘れちゃいましたが、とにかく長かったと思います!」
「なんか……なんでもありだな」
 それにしても、伊東の目が輝いている。意外にも伊東は食事が好きなのかもしれないな。自分で弁当も作ってるんだからあり得ないわけでもない。
「よし、そこに行くか」
「はいっ! でも、いいんですか? 本当にあたしが行きたいところで」
「いいと思うぞ。ハンバーガーにならなくて本当に良かった」
「そうですね」
 そう言って伊東は笑った。メガネを透かして見える笑顔は本当に眩しくて、どこか少年のような一直線さも見受けられた。
 それと、もう一つ新しい発見をした。
 本人に自覚はないようだが、普段の伊東は『あたし』だが、緊張すると『私』になるようだ。
 つまり……今伊東は緊張がほぐれている、ということらしい。
 一方のオレは、余計に緊張しているワケなのだが。
 どうして緊張してるかって? そいつは是非とも察してくれ。


 バスを降りればすぐ目の前に駅がある。二階建てで、そのほとんどがレストランやコンビニになっている。東京や横浜に比べればおもちゃみたいなものだが市では、一、二を争う規模の駅と駅前だ。
 頭上に天井が広がっていて、バスターミナルにいる間は濡れずにすむ。
(ちなみにこの天井はそこにあるエスカレーターを上れば歩くことができる。歩行者回廊と言って自動車と歩行者の通行を分けることで安全に駅や周辺の建物まで行くことができるようになっている。まあ砕いて言えば頭上にある地下街、歩行者天国より天国に近い歩行者天国みたいなものだ)
「穂枝君、案内しますけどいいですか?」
 ぼうっと辺りを見渡していたが、伊東のそれで我に返る。
「おう、いいぞ」
「それじゃあ、まずは上に行きましょう!」
 伊東は歩行者回廊へと続く階段を指差した。おいおい、傘を差さないところに店を構えてくれよ……。と、そんなグチを漏らしたところで何も変わらないのだから黙って伊東の右斜め後ろを付いていく。
 エスカレーターを上り、駅の入り口が見えたところで壊れた傘を開く。回廊にはオレと同じように傘を差して歩く人々が大勢いた。無論壊れている傘を持っているのはオレ一人なワケだが。しかし、雨だというのに人が多いな。
 辺りを見渡してみる。回廊の中央は穴が開いており、一本のモミの木がバスターミナルから伸びている。クリスマスに行ったらきれいな飾りがなされていたんだろう。あれからもう四ヶ月になろうとしてるんだなあ……。その木の周囲は高層ビルや巨大なデパート、高級マンションなんかがオレたちを見下ろしている。その中で一番背の低い建物が主役であるはずの駅で、それはモミの木よりも低いところが何とも笑える。……ここ数年で急発展した現れなんだろうな。
 伊東の足が止まる。そこは駅の端っこだった。少しでも気を緩めたら見逃しそうなほど地味な看板と小さな暖簾が掛かっている。
「ここ、なのか?」
 どう見ても居酒屋だ。裏路地にありそうな店がどうして駅に埋め込まれているんだ? オレには理解できなかった。
「そうです、ここです!」
 伊東が嬉しそうに頷いた。推測するに伊東もここに来るのは初めてのはずだが、どうしてこいつは疑問を抱かないんだ? 例の合唱部仲間とやらが事前にこういう見た目の店だと教えていたのか? そういや、この店って喫茶店なんだよな……。
 伊東が先に暖簾に手の甲を当てた。オレも同じようにして中に入ることにしよう。


 第一印象が見事にぶっ壊された。
 中はおしとやかな和風をイメージしていて、大人びていた。こげ茶色の柱が座席を分けているところなんて洒落ている。
 すぐに店員――茶屋の娘のような格好をしている――がやってきて人数の確認をされる。伊東がこちらをちらりと見たので、オレが「二人です」と言うと店員は小さくお辞儀して奥の席まで案内された。六人……詰めれば八人くらいは座れそうなゆったりとしたテーブル席だ。
 ようやく落ち着けたかと思うと、ピアノジャズが耳をくすぐりはじめる。暗めの店内だからか、和風な内装なのにアメリカンな音楽が合っていることに驚いた。
「いい店だな」
「そうですね、来てよかったです」
「まあ……問題は味なんだがな」
 小さな声で呟いた。伊東の部活仲間曰く安くてうまくてデカいようだが……。
 紙ナフキンの後ろにおしながきが二つあったので、一つは自分に、もう一つを伊東に渡した。
 それを開いてざっと品を眺める。確かに値段は安そうだ。
「あ、穂枝君、見て下さい!」
 前から興奮気味の声。伊東がメニューのあるページを開いて指差していた。
「これです! 雪音の言ってたすっごく美味しいパフェです!」
 なになに……クイーン・エリザベス級、キャラメルスイートプリン入り……まだ続くのか、ストロベリーチョコレート抹茶パフェ?
「明らかに名前が長すぎるだろ!」
 と、思わず突っ込んでしまう。それとなんでも入りすぎて逆にまずそうでもある。つーか、『クイーン・エリザベス級』とか『スイート』って、あとから名前を長くするために付け足したようなものじゃねえかよ!
「長いところがいいって雪音が言ってましたから……」
「そうなのか」
 やれやれ、なんかもうその名前を聞いただけで疲れてしまう。それでも多分伊東はナントカ級のパフェを食うんだろう。
 もっとマシなのはないだろうか、と思っておしながきに目を落とす。
 『玉露(岡部)』というものがあった。
 玉露と言えば最高級の緑茶だ。岡部と言えば静岡市の西側に位置するお茶の名産地だ。
 どうしてこんなものが『クイーン・エリザベス級キャラメルスイートプリン入りストロベリーチョコレート抹茶パフェ』の隣にあるのだろうか……。と思ったら、これらは『和風デザート』に分類されているかららしい。どっちも『和風デザート』にしては微妙すぎるだろ……。
 突っ込みどころ満載かと思いきや、ハンバーグ定食や中華そば、お子様ランチなど、まともなものが多い。大人から子どもまで、幅広い層にウケるよう努力しているらしい。お子様ランチなんて日の丸、星条旗、ユニオンジャック、トリコロールから選べるようだしな。
「伊東は決まったか?」
 何を食うのか決まったところで伊東を見る。
「はい、大丈夫です。穂枝君は何を頼むんですか?」
「オレか? オレはこの味噌カツ定食ってのと玉露を頼むつもりだが」
「ぎょ、玉露ですか!」
 伊東に驚かれた。いや、まあ確かにこんな高いもの(一杯で雑誌が買えるほど)を頼むほうが異端なんだろうが、でもお茶をよく飲むオレとしては一度くらいお茶の王様を飲んでみたいじゃないか。
 ちなみに伊東はヘルシーランチと例のパフェを頼むようだった。
 そこまではいい。そこまではいいんだ。こんなに素晴らしい店なのだけれども、一つだけ気にくわなかったことがある。それは店員に注文するときの話だ。
「えと、ヘルシーランチを一つ」
「はい」
「それから、その、クイーン・エリザベス級キャラメルスイートプリン入りストロベリーチョコレート抹茶パフェを一つ……」
「はい」
「オレは、味噌カツ定食を一つ」
「はい」
「あと玉露を」
「はい?」
 どうして聞き返したんだよ! そんなに玉露が珍しいかっ!



第十話『源流の泉』に続く

第八話に戻る
目次に戻る
『城ヶ崎の小説ども』に戻る。
東京の高校でアーチェリー部が事故を起こしたそうだ。
額に矢が刺さった……とのこと。
部員さんは重症みたいだけど、うーん……。


弓道もうちの弓で放った矢なら、コメカミからだったら軽く貫通しますからね……。

気を付けていきたいものです。
なんというか、四時間前から眠いのに寝てないぜ! 

ども、縛りプレイ、Mではない、じょがぁです。
(じょがぁの明日はどっちだ!?)


さてさて、こういうネタのないときはバトンをする。それがブロガーの嗜みってものです。きっと。


つーわけで、Read More...からどぞ。

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貴様……どうしてそんな力を秘めていながら……その弱々しい……体格なのだ……っ!

君は人を見た目で決めているからだ。だから、負けた。

ぐぅぅ……憎い、憎いぞ! 貴様ぁぁぁああ!!

憎いのは僕じゃなくて、君の胃袋と目の前のわんこソバじゃないのかな?


(わんこソバ大食い選手権、決勝にて)


ども、意外と大喰らいなじょがぁです。

なんか今、ブログの一部機能がエラーになってるみたいでちょっとビクビクです。


しかも話題がないために、特にボリュームのない更新になってしまうために、
冒頭だけボリュームたっぷりにしてみましたが、どうでしょう?
(どうしようもない)




なんか、明日は祝日みたいですが、なんか普通に学校行っちゃいそうですね^^;
誰か学校来ないかなー。


あ、そうだ。学校で吉佐美を描いていたら、思いの外きれいに描けた。

そ、それだけっす(汗

じょがぁへのお便りは
  こちらからどうぞ。

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