ほえぶる!

ファンタジーやら現代もののエンタメ小説やら紀行文やら書いてます。自転車にも乗る。「文藝サークル~綴~」の中の人、「おにこくらぶ」の中の人、「ドジョウ街道宿場町」の中の人です。

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翼の生えた少女はもういない。
著 城ヶ崎ユウキ

目次

・前置き翼の生えた少女はもういない。

・第一部『不安』
  第一話『まるで昨日の話のように――。
  第二話『『起死回生ともいう。
  第三話『『新しい日常の昼下がり 前篇
  第四話『新しい日常の昼下がり 後編
  第五話『田舎来い草案提出締切日』 11/12段落微修正
  第六話『渡る風
  第七話『入相
  第八話『白いきれと箱
  第九話『今起きた、すぐ行く、畜生。
  第十話『源流の泉
  第十一話『その後~泉の続きへ~
  第十二話『境界
  第十三話『大家さんグッジョブ
  第十四話『拠り所を探して
  第十五話『ケツイノカタチ
  第十六話『Die Welten die Vergangenheit
  第十七話『翁の瞳の奥底に眠る其方
  第十八話『水辺の夕陽
  第十九話『不安
         Read More...『KEEP』

・第ニ部『迷境(仮)』
・第三部『深紅(仮)』
・末文『???』

   『城ヶ崎の小説ども』に戻る。
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 それから幾日かが経った。
 いずみは、耳打ちなしでも話ができるようになってきた。たまに顔を赤らめて白渚の背中に隠れることもあるけどな。大瀬崎と初めて会話が成立したとき、大瀬崎は嬉しさのあまり大室に抱きつこうとしたときもあったな。ま、あと少しのところで白渚が介入し、最終的に大瀬崎は白渚に抱きつく形となったのは笑えた。だがこのシチュエーション、一部を除いて誰も喜ばないぞ……。
 久しぶりに朝早くに登校すると、やはり大室はすでに来ていた。今日は読書ではなく勉強をしている。そういや英語の小テストがあったんだっけか。そのせいか、オレの前席の男子や、大室の隣席の女子や他数人が席に座って小気味よいシャーペンの音を立てている。最近授業に付いていくのでやっとだからな、オレもやるとするか。
 カバンから筆記用具と単語帳を取り出す。今日のテスト範囲は……おや、三十ページもあるぞ。よし、諦めよう。
 出したばかりの勉強道具を全てカバンに詰め、またいつものように机に伏せる。寝やすいフォームをあれこれ試した。
 右腕を伸ばし、その二の腕にコメカミを置き、左手でデコを軽く支える姿勢に決めたところで、何かが落ちる音がした。もう筆箱も何も出してないし、オレとは無関係の奴がシャーペンか何かを落したんだろう。オレは構わず眠ることにする。
「……あ、ありがとう」
 朦朧とする意識の中で、大室の声が聞こえた。小さくても、静かな教室ではよく聞こえる。
「いえいえ、どういたしまして」
 とりわけ明るい声が返事をした。
「わぁ、大室さんの声、初めてだよ!」
「そ、そう……かな?」
「そうだよ!」
 元気良く、ぶんぶんと頭を縦に振ってるんだろうな、声の主は。
「あの、実は私、ずっと大室さんと話したかったんだ!」
「え……?」
「なのに、話しかけようとするといっつも怖そうな男子が来るんだもん」
 あとで大瀬崎の奴をいじり倒してやるから安心しろ、二人。
「私、見て見ぬふりしかできなくて……。ごめんね」
 大瀬崎、お前クラスの評判悪いみたいだぞ。いや、待てよ? 怖そうな男子ってオレも入ってるかもしれないよな? 遠目で見てるよう心掛けたつもりなんだが。
「スルガくん、怖い人なんかじゃないよ……多分」
「え? そうなの? っていうか、知り合い?」
「……かも。スルガくん、不器用だけど……こんなわたしなんかと仲良くなろうって頑張ってた……と思うの」
 頑張りが伝わってたってことは、ある意味『田舎来い』は成功したのかもしれないな。
「いきなり大声出されたりとか、触られたりとかされると怖いけど……とってもやさしいと思う、かも」
 いい印象を持っているのか、はたまた変態という印象を持っているのか、これだけだと判断しがたい。個人的には後者の方が面白そうだからそっちを希望するが。
「へえー。人って見かけによらないんだね。じゃ、私もスルガ君みたいに、大室さんと仲良くなりたいな!」
「え……っ」
 大室の声が震える。きっと全身固まってるな。
「あ、大丈夫大丈夫。スルガ君みたいな酷いことはしないって。ただ、一緒にいろんなこと話したり、一緒に勉強したり、一緒に遊んだりしたいなって思ったんだ」
「こんな……わたし、なんかと?」
 大室の声色からして、緊張している。
「『こんな』じゃないよ。『なんか』でもないよ。大室さんだから仲良くなりたいの!」
 寝る体制を変えた。きっと、この子は伊東や奏のように思いやりがあるいい友達になるだろう。安心して眠れる。
「だってさ、こんなにモキュモキュ可愛い子、ほっとけないもん!」
 そして、奴もまた、大瀬崎に類する何かを持っていた……。つーか、なんだよモキュモキュって。
「そ、そんな、わたし、かわいくなんてないと思う、かも」
「大室さんは可愛いって! はうぅっ、抱き締めたいよう!」
 そう悶えた一秒後、大室が小さな悲鳴を上げていた。でも、その悲鳴はどこか嬉しそうで、安堵のようなものが混じっているような感じがした。
 結局、友達になるキッカケなんてなんでもいいんだろう。奏のときだってそうだった。そりゃ、オレと大瀬崎が知り合ったときのキッカケみたいに、それから人物像が固められることがある。その点に注目すれば肝心なのかもしれない。だがキッカケなんてものは所詮キッカケに過ぎず、親しくなるうちに忘れていくものなんだろうな。
 にしても、一瞬なんだな、友達になるっていうのは。


 その日の放課後、いつものように帰り支度をしていると、大室に呼び止められた。
「あの、トベルくん。ちょっと……いいかな?」
「ん? いいけどどうした?」
「俺は用無しなんすか?」
 隣の大瀬崎の嘆きに、大室はこくんと頷いた。
「いずみちゃあん、今日も可愛いっすよお!」
 いや、今更媚売っても意味ないぞ。大室も首をふるふると横に振ってるし。
「トベルくん、少しだけ残ってもらって、いい……かも?」
 途方に暮れながら帰宅する大瀬崎を尻目に大室は小首を傾げた。
「そのくらいはいいけど、どうしてだよ」
「ひみつ……かも」
 大室はやや頬を赤くして、手をモジモジとさせた。ま、大室がオレを呼び止めるってことは、大事な用事なんだろうな。オレは了承した。クラスメイトがいなくなるまでまで、オレたちはなんとなく机に腰を掛けて待っていた。そのうち白渚が来るんだろうなあ、なんてことを呟くと、オレとの話が終わるまで来ない約束をしていると返してきた。よほど個人的な話なのだろうか。
 なんて思っていたら、教室に誰かが入ってきた。
「……なんでアンタがいるのよ」
 奏だった。大きな溜息を吐くが、オレだって吐きたい。
「こっちのセリフだ。今から用事があるんだよ」
「それこそこっちの台詞よ。私はいずみに用があって来たの」
「オレだって大室に用があるんだ」
「と、トベルくん、ミコちゃん! 落ち着いてほしい……と思うの!」
 オレたち特有のよくわからない展開に、大室が割り込んできた。
「えっと、二人に用事があって、その……かも」
 大室はうまく説明することができず、言葉をすぼめる。少しかわいそうになってきた。
「いや、悪い。わかってた」
「ごめんね、このバカ統流が悪乗りしちゃって」
「それはお前だろ」
「何言ってんのよ! アンタからだったでしょ?」
「そうか? 奏からじゃなかったか?」
 また言い争いが始まった。また大室が困りだすが、すでに決着は着いていた。オレが奏に口論を持ち込んだところでオレの負けだからだ。
 数分後、ようやく収まり、本題に移る。
「えと……二人とも、いつも、ありがと……かも」
 大室からの感謝から始まった。
「わざわざお礼をするほどのことしてねえぞ?」
「それなら吉佐美にしてあげてほしいわね。私はなんにもしてないんだから」
 オレたちは大室といるのが楽しいからいつも大室といるだけだ。だからお礼なんていらない。オレとしては、自身から「ありがとう」と言いたい程なんだから。
 大室は照れ笑いを浮かべ、小さく頷いた。
 それから、しばらく無言の時が続いた。
 野球グラウンドから野球部のかけ声が聞こえる。ボロっちいグラウンドだからか、その怒りを声にして発散させているようにも思える。
「って、それで終わりかよっ!」
 思わず突っ込んでしまう。相手が大室だからといって突っ込みに加減をするつもりはない。
「ち、違うかも! これは前置きかも! 前座なのかもっ!」
 必死に解説する大室がとても健気でかわいらしい。奏がオレを睨んでいる。からかうのはもうよしたほうがいいのかもしれないな。
「えっと……わたしが言いたかったのはね、トベルくんの『夢』の話なの、かも」
 夢? ゆめ……。ああ、あれか、バスケの試合中に大室と話したときにほんのちょっとだけ触れた。
「同じ世界の夢ばかり見るってやつだったか? よく覚えてたな」
「統流、そんな夢見てたの?」
 隣の奏がやけに心配そうにしている。
「まあな。でも別に気にしないでいいぞ」
「バカッ! 夢によっては悪い病気の予兆だったりするのよ!」
 んな話聞いたことないぞ。まあ、あり得る話なのかもしれないが。
「ミコちゃん、えと、トベルくんは大丈夫……かも。その夢を見るのは、トベルくんが特別な存在だから……だと思うから」
 特別な存在……。どこかで聞いたことのあるフレーズだ。
「で、なんでいずみがそんなこと言えるのよ」
「わたしのね、とっても古い友達から聞いたことがあるの」
 ミナトのことか。きっともう会えない、大室の最初にできた友達だ。
「あ……そう。で、統流の夢の話に、どうして私が必要なのかしら?」
 予想だにしない話題で、奏はなんだか居場所が悪そうだった。
「この話は、ミコちゃんも……ミコちゃんだからこそ聞いておいたほうがいいから……かも」
 大室は、オレと奏を交互に見、そして顔を赤くする。
「ばっ……バカ!」
 なぜか奏も顔を赤くした。っていうか、何に否定してんだよ。
 いずみが小さな空咳をして話を戻した。
「トベルくんの見る夢はね、束縛されてしまった、遠い遠い未来の世界なのかもって、思ったの」
「束縛? どういう意味だ?」
 じゃあ、普通の世界は束縛されてない世界ってことなのか? そもそも束縛された世界ってどんな世界だ? ワケわからんぞ。
「例えば……ええと、トベルくん、手を挙げてもらえる……かな?」
 手を挙げる? どうしてそんなことしなくちゃいけないんだよ。それだけで束縛された未来の世界ってのを説明できるっていうのか? 土台、現在にいるオレたちなんかから未来のことを知るなんて不可能だ。
 さあ、それでも手を挙げるのか、オレ?

●渋々手を挙げる。
○手を挙げたところで説明できるわけがない。



第十七話に戻る
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 それなら、見せてもらおうじゃないか。束縛された世界ってのはどんな世界なのかを。
「ほらよ。これでわかるのか?」
 渋々手を挙げた。
 こくり、と大室は頷いた。まさか、そんなはずがない。
「このときね、トベルくんには大きく分けて二つの可能性があった……はずなの。手を挙げるか、またはその逆か」
 まあ、そうなるだろうな。オレだってどっちにしようか迷ってたんだからな。
「さらに細かく言うとね、手を挙げるにも、すぐにぱっと挙げるのか、嫌々挙げるのか、右手か左手か……。いろんな可能性が組み合わされば、これだけでとってもたくさんの可能性がある……と思うの」
 なんだ? 何を言ってるんだ? 大室は手の挙げ方が何通りあるのかを身振り手振りで説明している。確かにオレは渋々と右手を挙げた。無意識だったから左手を挙げた可能性もある。
「でも、すぐに手を挙げるつもりはなかったぞ?」
「もしも……わたしが『手を挙げて』って言ったときに嫌々手を挙げる考えを持たず、すぐにでも手を挙げようと思ったとしたらどう……かな?」
 つまり、こういう考えを持っていたらどうだ? という話らしい。
『「例えば……ええと、トベルくん、手を挙げてもらえる……かな?」
 手を挙げる? ほほう、それで束縛された世界が説明できるのか。それは是非とも気になるところだな。よし、手を挙げよう』
 もしオレがそう思ったとしたならば、確かにすぐに手を挙げた可能性はある。
「もしも、の世界は必ず別の世界で実現しているの」
 ほう、それじゃあ正直者のオレっていうのも別世界にはいるっていうのか。笑えるな。別に大室のことを信じていないわけではないが、皮肉的になってしまうのはオレの思っている以上に事が壮大だからなのだろう。
「それで、統流の見る夢とそれはどう関係があるのかしら?」
 奏は興味を持っているようだ。そういや、奏はタイムマシンの調査をしてるんだっけか?
「今のは、可能性を簡単に説明した前座……かも。今この瞬間でも、この世界には可能性で満ち溢れてると思うの。でも、トベルくんの見る世界に可能性はない……のかも。可能性を束縛された世界がトベルくんの夢、なのかもしれない」
 つまり、右手を挙げることしか許されない世界なのか。
 それって、悲しいことだと思う。可能性に満ちた世界の話を聞いたばかりのオレが言ってはバカの一つ覚え的なものを感じるのだが、でも縛られた世界に楽しいことなんてないような気がした。
「トベルくんが同じ夢を見るのは、きっと予知夢の一種……かも。予知夢は、無限大の可能性のうちの、ある一つの可能性を示唆してくれているの。占いもそれに近い……かな? トベルくんの場合は、身近な未来じゃなくて、遠い未来の予知夢を見ているかもなの。でも、その世界に可能性はないから、いっつも同じ夢を見てしまう……のかも」
 待て、混乱しそうだ。予知夢ってのはつまり……ん? もしそうなると意識が少しの間タイムスリップしてることになるな。そんなことが可能なのか? 誰もが予知夢をしているっていうのならこの説を疑っていたが、予知夢なんてする人そうそういないし、そもそもこの話を大室に聞かせたのはあのミナトだ。会ったことはないが、大室の語りから察するに、本気で真実を知っている。能ある鷹は爪を隠すという表現があっているのかは定かでないが、強く主張しないところが妄言を吐く人と大きく違っていた。信じるしか……ないのか?
「その話、本当なのか?」
 確かめるように、訊いた。
「……そうだったら、いい、かも」
「そう、か」
 かも、ねえ……。どうやら大室にも確信がないのが事実のようだ。というか、全てを知っているのはミナトであって大室ではない。
『信じるも信じないも貴女の勝手ですわよ』
 なんてことをミナトも言っていた。大室がミナトに再会できていない以上、大室にもわからないことだらけなのだ。ここでさらに深く追求するほどオレは非道じゃない。
 でも。
 それでもオレは、大室に夢の話をしてよかったと思った。今まで、あの世界がなんだったのか知らないままに傍観していたのだから。
 ……夢の、話?
 待て。
 オレは、どんな夢を見ていた?
 『同じ世界の夢を見ていた』
 それはわかる。
 『現在でない世界の夢を見ていた』
 それもわかる。
 でも、それがどうして未来の世界だと知っている?
 なぜ妄想の世界の夢だと思わなかった?
 その夢の中に誰がいた?
 ……答えられない。
 夢なんてもの、ふとした瞬間に忘れてしまうものだ。
 それが当たり前なのに。
 普通なのに。
 でも、どうしてだ?
 どうして、こんなにも心が苦しいんだ?
 どうして、こんなにも心細く感じるんだ?
 ほつれた糸が知らず知らずに切れてしまっていたような気分がする。
 一体、その夢の何がオレを苦しめているんだ?
 ダメだ、どうしても思い出せない。
 しずしずと溜まっていく焦り。
 どうして焦らなければならない?
 忘れたければ忘れればいいのに、どうしてここまで抵抗する?
 走り出したい衝動に駆られるが、背骨に被さるようにして積まれていく不安がオレの身を封じる。
 アパートの一室に戻った瞬間、靴も脱がずに錆びたドアに背を預けた。
 どうしてだろう。
 誰かと離ればなれになってしまったわけでもないのに。
 今は、悲しみしかない。


 朝、目が覚めたあとの枕がグショグショだったのを見て、確信する。
 雲を掴むような不安は、目的のない学校生活を送る不安は、オレの心を少しずつ蝕んでゆくのだと。
 そう、全ては大室の言う通り、前座だったのだ。
 もしこれが一つの物語なのだとしたら、今までのことは単なるプロローグにすぎない。
 これからが本番だ。
 長い長い、不安との戦いが今、静かに始まるのであった。


 ――第一部『不安』 完



・第二部『迷境(仮)』に続く

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「いや、それやってなんの意味があるんだよ。説明してくれよ」
 手を挙げる程度の動作ならしてもよかったのだが、それで束縛された世界が説明できるワケがない。
「すでに説明ができた……かも」
「いや、まだ何もやってないんだが」
「やってない、それだけで説明は不要……だと思うけど」
 不要と言われてもなあ、少しも理解できてないんだが。
「このときね、トベルくんには大きく分けて二つの可能性があった……はずなの。手を挙げるか、または今の場合のように、手を挙げないか」
 大室は不要と言っていながらも説明を始めた。まあ、そうなるだろう。オレは手を挙げなかったから『逆』を選んだことになる。
「さらに細かく言うとね、手を挙げなかったにしても、どんな考えをもって手を挙げなかったのかで色々と分かれる……のかも。迷いに迷って手を挙げなかったのか、きっぱりとした理由をもって手を挙げなかったのかとか、色々……」
 なんかワケのわからん言い訳のようなことを言っている。考え方の違い? あるかもしれないが、無いような気もする。無意識だったからな。いや、無意識だったからこそ、考えが変わっていた可能性もある。あくまで可能性だが……
「もしも、の世界は必ず別の世界で実現しているの」
 大室の世界論が正しければ、別の世界にもオレが一人ずついるってことか。いない世界もあるかもしれない。でも、別世界のオレ俺おれが全員集合なんてことしたら……恐いな。
「それで、統流の見る夢とそれはどう関係があるのかしら?」
 奏は興味を持っているようだ。そういや、奏はタイムマシンの調査をしてるんだっけか?
「今のは、可能性を簡単に説明した前座……かも。今この瞬間でも、この世界には可能性で満ち溢れてると思うの。でも、トベルくんの見る世界に可能性はない……のかも。可能性を束縛された世界がトベルくんの夢、なのかもしれない」
 つまり、有無を言わさず手を挙げさせられる世界なのか。
 それって、悲しいことだと思う。可能性に満ちた世界の話を聞いたばかりのオレが言ってはバカの一つ覚え的なものを感じるのだが、でも縛られた世界に楽しいことなんてないような気がした。全てが運命の奴隷化されたような、そんな気分になる。
「トベルくんが同じ夢を見るのは、きっと予知夢の一種……かも。予知夢は、無限大の可能性のうちの、ある一つの可能性を示唆してくれているの。占いもそれに近い……かな? トベルくんの場合は、身近な未来じゃなくて、遠い未来の予知夢を見ているかもなの。でも、その世界に可能性はないから、いっつも同じ夢を見てしまう……んだと思う」
 待て、混乱しそうだ。予知夢ってのはつまり……ん? もしそうなると意識が少しの間タイムスリップしてることになるな。そんなことが可能なのか? 誰もが予知夢をしているっていうのならこの説を疑っていたが、予知夢なんてする人そうそういないし、そもそもこの話を大室に聞かせたのはあのミナトだ。会ったことはないが、大室の語りから察するに、本気で真実を知っている。能ある鷹は爪を隠すという表現があっているのかは定かでないが、強く主張しないところが妄言を吐く人と大きく違っていた。信じるしか……ないのか?
「その話、本当なのか?」
 確かめるように、訊いた。
「……そうだったら、いい、かも」
「そう、か」
 かも、ねえ……。どうやら大室にも確信がないのが事実のようだ。というか、全てを知っているのはミナトであって大室ではない。
『信じるも信じないも貴女の勝手ですわよ』
 なんてことをミナトも言っていた。大室がミナトに再会できていない以上、大室にもわからないことだらけなのだ。ここでさらに深く追求するほどオレは非道じゃない。
 でも。
 それでもオレは、大室に夢の話をしてよかったと思った。今まで、あの世界がなんだったのか知らないままに傍観していたのだから。
 ……夢の、話?
 待て。
 オレは、どんな夢を見ていた?
 『同じ世界の夢を見ていた』
 それはわかる。
 『現在でない世界の夢を見ていた』
 それもわかる。
 でも、それがどうして未来の世界だと知っている?
 なぜ妄想の世界の夢だと思わなかった?
 その夢の中に誰がいた?
 ……答えられない。
 夢なんてもの、ふとした瞬間に忘れてしまうものだ。
 それが当たり前なのに。
 普通なのに。
 でも、どうしてだ?
 どうして、こんなにも心が苦しいんだ?
 どうして、こんなにも心細く感じるんだ?
 ほつれた糸が知らず知らずに切れてしまっていたような気分がする。
 一体、その夢の何がオレを苦しめているんだ?
 ダメだ、どうしても思い出せない。
 しずしずと溜まっていく焦り。
 どうして焦らなければならない?
 忘れたければ忘れればいいのに、どうしてここまで抵抗する?
 走り出したい衝動に駆られるが、背骨に被さるようにして積まれていく不安がオレの身を封じる。
 アパートの一室に戻った瞬間、靴も脱がずに錆びたドアに背を預けた。
 どうしてだろう。
 誰かと離ればなれになってしまったわけでもないのに。
 今は、悲しみしかない。


 朝、目が覚めたあとの枕がグショグショだったのを見て、確信する。
 雲を掴むような不安は、目的のない学校生活を送る不安は、オレの心を少しずつ蝕んでゆくのだと。
 そう、全ては大室の言う通り、前座だったのだ。
 もしこれが一つの物語なのだとしたら、今までのことは単なるプロローグにすぎない。
 これからが本番だ。
 長い長い、不安との戦いが今、静かに始まるのであった。


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 そういえば最近、出かけることが多い気がする。
「統流! この超ジャンボ・ザ・ウルトラパフェ奢りなさい!」
 奏か。仕方がない。たまには奢ってやるか。おや、みんなも食いたいのか。やれやれ、今日だけだぞ。
 ん? 予想以上の出費になってしまったな……。
 しまった、家賃が払えない程金払っちまったぞ! 今手元には四十三円しかない!
「おやおや、統流くん」
 大家さんが現れた。
「家賃が払えなければ今すぐにここを出ていってもらおうかの?」
 待ってくれ、あと一日待ってくれたら給料が入ってくるんだ! 親からの仕送りも来る!
「親に頼りおって……」
 盛大な溜息を吐かれた。
「所詮子どもは子どもじゃ。独り暮らしなんぞまだまだ早い。さあ、実家に帰りなさい」
 待ってくれ! オレはこのアパートが好きなんだ! この町が好きなんだ!
「それはただの言い訳じゃ。統流くん、自分に嘘をついちゃいけないよ。統流くんが好きなのは……統流くんの、好きな人は……」
 待ってくれ! 言わないでくれ!
「わかった、言わないでおこう」
 よかった、とどこかで安心しているオレ。
「ただし、統流くんは地獄に落ちるのじゃ」
 どこからともなく爆弾が発射される赤いスイッチが出現し、大家さんはためらいなくそれを押す。
 畳が抜け落ちた。
 下は黒だ。
 オレはどこへ向かおうとしているのか? それとも、この黒のように向かう先なんてないのかもしれない。ただ、漆黒の中を落ち続けるだけ……。もう、終わってしまう。
 嫌だ。
 そんなのは嫌だ。
 嫌だ、嫌だ。
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「うわぁあぁあ!」
 ガバリと起き上がった。
 小鳥のさえずりが窓越しに聞こえる。
 そして、ようやく気付くのだ。
 ……ああ、これが夢なのか、と。


▲四月十七日(木)開校記念日


 集合は前回と同じ場所、同じ時間だった。相変わらず早めに来てしまった。天気は快晴。まさにこれが春だ! と断言できる暖かさだ。今日は寒さに震えることなく待つことができる。
「あら、アンタにしては早いのね」
 まずは奏がやってきた。黒のシャツの上に白いレースを羽織り、上品な雰囲気を醸し出している。ジーパンがスカートで、性格を正せばお嬢様の鏡だったな。
「前と同じくらいにに来たつもりなんだがな」
「あ、そ」
 素っ気ない返事をされる。
 すぐに伊東がやってきた。襟にフリルが付いており、伊東の胸をより強調させている。黒字に赤縞模様のついたスカートに前と同じブーツを履いている。
「すいません、遅くなりました!」
 少し駆け足だった。まだ定刻前だし、そんな急がなくてもいいのに。
「さて、これで全員か?」
「コラ穂枝、俺を忘れるなぁ!」
 ちっ、遅刻しなかったか。大瀬崎も無事に着いた。ジーパンに黒のパーカーというラフな格好だ。
「……で、これで本当に全員集合でいいんだな?」
 まだ集合時間の十分前だというのに。みんな暇なんだな。
 ところが、伊東がふと気付いたように訂正する。
「あ、いえ、もう一人いるんです」
「もう一人? 合唱部仲間か?」
 その可能性も十分ある。だが、伊東は首を横に振った。
 じゃあ誰なんだよ。
 と、そのときオレンジ色のバスが目の前に停まる。学校の生徒以外誰も降りないこのバス停で、こんな時間に降りてくる奴がいるなんて……。
 驚きはここで終わらなかった。バスから降りたそいつは真っ白いワンピースと、ウエストに巻かれた赤い紐が全体を引き締め、どこか緊張した面持ちで歩いてくる。
 ……大室?
「なあ、オレたちが会っちまっていいのかよ?」
 よう、とかおはよう、とか、そういうこと以前の問題だ。白渚に出くわしたりでもしたら何をされるかわかったもんじゃない。
 すると、奏が人差し指を鼻に当てた。
 ほう、そういうことか。
 全員が揃ったところでオレたちは出発することにした。バスの中でどこへ行くのかを考えた結果、前回オレたちが行ったあの喫茶店へ行くことになった。今度は絶対に玉露を頼まないぞ……と、あの超巨大パフェを想像する前にそんなことを考えたりしていると駅に着いた。
 喫茶店を案内する。二度目の来店だが、改めて思うのだが、外観の印象さえよくすればいいのにな。ま、口コミで広がれば関係ないんだが。
 こうしてみんなで外食すると、外食に慣れている奴、慣れてない奴がよくわかる。オレはバイトで逆の立場に立っているので場慣れしているし、伊東はよく友達と食っていると聞いたことがある。大室は毎週日曜にオレのバイト先で昼飯を食ってるというし、大瀬崎も旅先では外食だ。オレを含めた四人は、ごく普通におしながきを開き、食いたいものを選ぶ。ま、この歳にもなれば嫌でも慣れる。だが一方の奏は、店の中に入る前からそわそわと店周りを見渡し、中に入っても伊東の陰に隠れるようにして移動していた。挙句、お手拭きが渡されたとき、明らかにオレの手元を見て使い方をマネていた。オレが顔を拭いたら奏も顔を拭いただろうが、あとが面倒くさいのでやめた。こいつもこいつで、大室と同じような境遇に遭ってるんだしな……。
 この店の辞書にに外れという言葉は載っていないのだろう。それぞれ違うメニューを頼み、その全てがうまかった。料理人の端くれとして、この味を見習いたいものだな。そうそう、伊東がまたしても例の巨大パフェを頼んでいた。結局オレはクイーンなんたらかんたらくーたらパフェの名前を覚えることができなかった。
 腹が満たされ、奏の希望でデパートの服売り場に赴いた。服なんてものに興味を抱かないオレにとっては退屈でしかたがないのだが、それを知っていて奏は言っている。可愛くないよな、マジで。
「穂枝ぁ! これ見てみろって!」
 大瀬崎はめちゃくちゃはしゃいでいた。つーか、そこはどう見てもスカート売り場だぞ。
「統流」
 奏に呼ばれる。両手に柄の違うキャミソールを提げている。
「これとこれ、どっちがいいと思う?」
 オレが選べというのか?
「右のがいいんじゃねえか?」
 なんとなくそっちの方が涼しそうな感じがする。
「あ、そう」
 と、左側のキャミソールをカゴに入れた。
「オレが選ぶ必要ねえじゃねえかよ!」
「あら、アンタの意見を参考にしたのよ? アンタ、センスないじゃない」
 言いたい放題だな……。
「あの、穂枝君、いいですか?」
「ほら、吉佐美が呼んでるわよ。行ってらっしゃい」
 次は伊東か……。ムダに服売り場を歩きまわってるんじゃないか? オレは。
「あの、いずみに付けるブラジャーのことなんですけど……」
「んなの選べるわけないだろうが!」
 もう嫌になってきた。
「ですが……いずみはいつも白渚君に選んでもらってるって言ってましたよ?」
「あのなぁ……。オレは白渚でもなければ、大室の彼氏でもないし、ブラジャーの選び方なんて知らないんだぞ」
 相槌を打つ伊東。熱心に耳を傾けている。そうじゃなくて反省しろよ。
「そもそも、だ」
「そもそも?」
 伊東が首を傾げる。大室もきょとんとくりくりした眼をじっとオレに向けている。
「伊東の方が断然詳しいだろうが! どうして素人目のオレに頼むんだよ!」
 女性下着売り場にて、大声で突っ込むオレ。視線が集まらないワケがない。途端に顔が熱くなった。
「す、すいません! その、いずみのサイズは小さいですし、ちょうど穂枝君と同じくらいだったので詳しいのかとてっきり……」
 何言ってるんだ、伊東吉佐美十六歳。
「キサミー、ひどい……かも」
 うるる、と大室は目に涙を滲ませる。そりゃ当り前だ。
「わわ、ご、ごめんなさい! えと、えと……変なこと言ってしまいましたか?」
 今の失言を自覚してないのなら、伊東は天然記念物ならぬ天然記念人物に認定されるであろう。
 しょんぼりと自分の胸を見て落胆する大室にも、女の子らしいコンプレックスがあるんだな。きっと白渚は大室の全てが好きなのだから気にしていないのだろうが、これは大室個人の問題だ。大室も年頃な一面を持っているんだな。いや、今までそう思わなかったオレもオレだが……。ま、こんなことを考えている自分に抵抗を感じているオレも年頃といえるのか、はたまたヘタレというべきなのか……。
「お、チョイシング中?」
 ひょいと大瀬崎が出現した。なんだよチョイシング中って。
「俺はこれがいいと思うぞ」
 黒柄のそれを手にすると、ひらひらと伊東に見せた。
「こ、これです! ベストマッチです!」
 いや、これです! じゃないからな……。
 おいこら、そいつを大室に渡すな、大室はレジへ向かうな……。あー、もういいや。
「しっかし、穂枝と伊東ってめっちゃくちゃ仲いいよな」
 前触れもなく大瀬崎が呟いた。なぜかそれほど白くない歯を見せつけている。
「そうか?」
「ええっ! あと、えと、その……っ」
 仲がいいといっても、ほどほど程度だと思っているのだが。
「ああ、仲がいいに決まってる。知ってるんだぜ、お前ら二人で時計買ってんの」
「な……」
「ひゃえ? あ、その、ええっ?」
 部屋に掛けてある素朴な時計。まさかコイツ……。
「尾けてたのか?」
「いや、俺だってそんな気はなかったさ。ただ俺は遅刻したからすぐ駅に向かっただけだっての」
 ああ、そういえば『今起きた、すぐ行く、畜生』なんてメールをくれたんだっけか。来ないとばかり思っていたんだがな。
「で、お前らが歩いてるところ見つけて、合流しようと思ったんだけどよ、その、なんだ、お前らが絶対領域作ってて中には入れなかったってこった」
 あの大瀬崎が合流できない程だと? 何がどう効力を発揮すればそうなるんだよ。
「とにかく、お前らはお似合いなんだよ」
「そうなのか?」
「え、えっと……その」
 ま、理由はどうであれ、ストーカー行為をしていたことは確かなんだな。


 日が傾いてきた頃、オレたちは水の苑地にいた。大室の家を通り越してしまう形になってしまうのだが、大室はそれでもいいと頷いた。
 湖の畔に作られた公園。昨日、大瀬崎と白渚が戦った場所。だがあのときの静けさはなく、たくさんの人で賑わっている。芝の広場では小さな子どもとその父親であろう人とがキャッチボールをしていたり、水遊びをして遊んでいる子どもを遠くからじっと見つめている母親、ベンチに腰掛けるお婆さんや滝の裏へ行ってはしゃいでいる大瀬崎などなど。
 太陽は山の間からオレたちを照らし続けている。子どもたちが跳ばす水飛沫が水晶となって弧を描く。
 滝の裏で遊びつくした大瀬崎が鬼ごっこを提案した。立ちっぱなしで疲れていたのだが、いざやってみると楽しいな。まあ、二分の一くらい大瀬崎が鬼だったんだが。たまには童心に返ってただひたすらに楽しむ。あの頃はただ夢と追いかけっこをしていたんだな……。それがいつしか夢を釣ろうとしているような気分になってしまっているような感じがする。
 ……ふう、そろそろ疲れてきたな。みんなも大瀬崎から逃げるというよりかは離れるような感じになってしまっているしな。
 ふと大室のことが気になった。あいつ、喘息持ちだよな? 今まではしゃぎすぎていたけど、果たして大丈夫なのか?
 見たところ、普通に立って歩いている……ように見えた。だが実際はそうでなかった。もう歩くことですら限界を感じているほど、症状が悪化していたのだ。
 まだ誰も気付いていない。大室は膝に手を突いて大瀬崎から一番離れた場所――滝の前にある水辺の岸――にいた。
「次はいずみちゃんだ!」
 鬼の大瀬崎が狙うのは大室だった。半開き状態の眼を大きくさせたその瞬間、大室はバランスを崩した。
 身体が傾く。大室に抵抗するほどの力は残っておらず、瞬き一回ほどの時間で水面に叩きつけられるだろう。身体が冷えて、喘息が悪化するかもしれない。
 もうダメだ。そう思った、そのときだった。
「いずみっ!」
 誰かが滝を突き破った。そして、『彼』は自分が濡れるのに構わず水辺を突き進む。そして、大室が水に着くその直前に彼女を抱きかかえた。そのまま『彼』は芝の広場に降り立ち、倒れこむようにして大室を芝生に寝かせた。『彼』も同じように大室の隣で大の字になって寝転んだ。
「いずみ、いずみ……大、丈夫?」
 息を整えながら『彼』は言った。
「うん――けほっ、大丈夫かもだよ――こほっ、ケイジくん」
 咳きこみながらも大室は笑う。
 大の字の白渚にも、笑みが漏れた。
 半ば状況を把握できないオレは、他のみんなに倣って二人の元へ駆け寄った。
「白渚……いたのかよ!」
 大瀬崎は驚いていた。オレも驚いている。どうして白渚がいるんだ? 今日は来てなかったはずだが。
「いたよ、ずっとね」
 ずっと? ずっとってことは、校門に集合してから今に至るまでずっとか?
「いずみんを守るために、僕はいるんだから」
 白渚がニカッと笑う。白い歯が夕陽に輝いた。
「なのに、オレたちを追放しなかったのな」
「うん。ちょっと、お説教されちゃって、ね」
 チラと大室の方を見る白渚の顔には、少しの照れと、ほんの僅かな誇らしさがあった。
「さて、と」
 大室のバッグから喘息スプレーを取り出し、大室にくわえさせた白渚はすっと立ち上がった。
「まずは……そうだね、みんなに感謝しないといけないかな。今日はいずみと遊んでくれてありがとう。いずみにとって、本当に久々の出来事だと思うからね」
 久々の出来事、か。そうだよな、友達と遊ぶのは中一の夏振りなんだから。
「それからいずみん、今日は一緒に遊べなくてごめんね。でも、楽しかったかい?」
 そっと大室の髪を撫でる白渚にこくり、と頷いた。
「そっか。よかったよ。それから……これは一つお詫びをしないといけないかな。統流っちとざっきー……いや、ここでは穂枝くんと大瀬崎くんと言うべきだね」
「俺らにか?」
「うん」
 白渚は頷いて続ける。
「実は今日、試してたんだ。僕がいなくてもいずみんがみんなと仲良くやっていけるかを。そして、キミたちがいずみんと仲良くしてくれるかをね」
 試してた? あれほど頑なに大室を一人で守ろうとしていたはずだ。なのに試すだなんて今更すぎないか? そんな疑問は、大室の照れ笑いで理解した。そうか、説得してくれたんだな……。でも、多分大室以外の協力もあってだと思う。大瀬崎とのバスケもそうだろうな。
「あ、ミコっちときさみーには、協力ありがとう、と言っておかないとね」
 協力とはなんだ? と疑問を抱くと「私たちも仕掛け人だったのよ。今日遊んだこともアンタたちを試すために仕掛けた罠だったってわけ」と、ありのままの言葉で種明かししてくれた。全ては計画通りだったってことか。ま、最後に大室が喘息になっちまった予想外だろうが。
 つーか、このために白渚はオレたちをストーカーしてたってワケな。とてもじゃないが一般人が成せることじゃない。でも白渚は大室のためならなんだってするんだから特別不思議なことでもないか。
「それからみんな、本当に……ごめん」
 白渚が頭を下げた。白渚のつむじを今まで見たことがなかった。
「僕は馬鹿だ。ずっとみんなの言ってることが正しいことなんだって、薄々とは気付いていたんだ。理解していたつもりなのに、僕は穂枝くんと大瀬崎くんにひどいことをしてしまった。せっかくみんな仲良くなってきたのに、僕はそれをぶち壊してしまった。いずみはもう子どもじゃない。いい加減僕がいなくても何とかやっていかないといけないのに。わかってる。わかってるけど、僕はいずみの手を離すどころか、緩めることさえできなかった。子どものままだったのは僕の方だったんだ。いずみのことを一生守っていかなくちゃいけない。そんな使命感ばかりずっと強くて、いずみのこと、わかってるつもりで、なんにもわかってなかった。いずみを守ることが義務なんだって、心に言い聞かせていた。でも実際は違うんだよね?」
 言葉を一端切り、下げた頭を上げる。
「今なら、みんなの前でも言える。義務とか使命とか、そんなもの関係ない。僕は、今ここにいるいずみが好きだ。だから……ずっと、大切にしていく」
 大切にしていく。この言葉は『守っていく』とは意味が違う。すぐに壊れてしまいそうなものをそっと温めているような、そんなやさしさを持っている。
「それで、がっぴー」
「がっぴー言うなっ」
 大瀬崎の言動は荒いが、表情はにこやかだ。
「命令権の期限ってまだ大丈夫?」
 昨夜のバスケで得た絶対命令権のことか。
「そうだな、じゃああと一分でどうだ?」
 大瀬崎、適当に言っただろ。
「うん、ちょうどいいね。それじゃあ、これは僕が二人へ、いやみんなへの命令……でいいのかな?」
 命令というかお願いだけど……いや、命令にしておこう、なんて独り言を一通り終えたあと、オレたちに真剣な眼差しを向けた。
「どうか、意地ばかり張って、頭の固い僕と、人見知りばかりするけど、とっても優しいいずみを、これからも……宜しく、お願いします」
 もう一度、深々と頭を下げた。彼のびしょ濡れになった髪の毛から数滴の水が垂れる。大室も身体を起こし、ペコリとお辞儀をした。
 しばらくの沈黙が続く。オレが白渚に対して言いたいことは一つだけしかない。きっとみんなも同じことを考えている。でも、どう切り出せばいいのか迷っていた。
「くっ、くく、クククッ……」
 大瀬崎が笑い声を押し殺しているが少しずつ口から漏れ、最後には大きな声を上げて笑った。
 きっと、大瀬崎の一言を皮切りに、オレたちはそれぞれ白渚に一言ずつ思い思いの――でも、言いたいことは同じ――言葉を口にするだろう。
「し、白渚のクセに水臭せえじゃねえか! 俺たちまで調子狂っちまうって」
「水臭いのは水浸しだからだろ。白渚、風に当たってたら風邪引くぞ」
「そうね、風邪は勘弁してよね。かかると本当に苦しいんだから」
「それに、白渚君といずみがいなかったらとっても寂しいですよ」
 オレたちの気持ちは同じだ。
 意地っ張りだって、人見知りだっていいじゃないか。
 オレたちはわかり合えているのだから。
 それが、友達なんだから。
「みんな……ありがとう」
 オレたちは二人を迎える。臆病で無口な彼女と、彼女を支え続ける彼氏を。
 これが、オレたちだ。
 オレたちの、形だ。


 夕焼け空を映す湖に浮かぶ一つの羽根は、ずっとオレたちを見つめていた。そして何かを言い残したあと、タンポポの種が風に運ばれ流れるように、粉塵となって静かに消えていった。



第十九話『不安』に続く

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